表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/24

後日の記録-6

 僕は考えた。

 今、本当に必要なものは何か。

 18時までにポヨンを45匹倒すというのは、手段であって、目的ではない。


 本質的に必要なのは、安心して休養でき体調を回復できる寝床と、栄養ある食事だ。

 そのためには現状、カプセルホテルの利用料と、食事代が必須になる。

 できればナナの分だけじゃなく、僕の分も欲しい──となると、今日中に最低でも8,000円ぐらいは必要になってくる。


 だけど、そんなお金は今日のログインでは手に入れられなかった。2,400円というのが現実的な数字だ。

 じゃあ、どうするか。


 ギャンブルをしてこれを8,000円まで増やす、という選択肢が一瞬頭に浮かぶ。

 だけど、発想の広げ方としては悪くないにしても、この案自体は現実味がない気がする。


 日本で即日配当のあるギャンブルなんて、競馬みたいなものしか思い浮かばない。パチンコなんかの景品でカプセルホテルの宿泊券とか、さすがにないだろうし……。

 それに何より、たいていのギャンブルは胴元が勝つようにできている。

 ギャンブル好き=借金まみれっていうのも、あながち偏見とは言い切れない必然で──ん、待てよ?


 僕は自分の思考の中に取っ掛かりを感じて、様々な可能性を検討してみる。


 テレビCMでやっているような企業を利用する……いや、今の僕らの境遇を考えると、多分無理かな。

 この施設内にあるかどうかも分からないし……。

 まあでも、一応探して、まだ営業しているなら話を聞くぐらいはするべきか。


 いやでも、ちょっと待てよ。

 それ以前に、あの人に当たれば、ひょっとしたら目があるかもしれない。

 本当に何となくだけど……あの人は、そういうことを望んでいる気がする。

 まあいずれにせよ、ダメ元で頼むだけ頼んでみるべきだな。ノーリスクだろうし、打てる手は全部試そう。


 ……だけどその目を考えると、もっとできることが広がる気がする。

 そもそも1日4,000円、月に12万円なんて金額が、最低限の生活を送るための費用として必要になってくること自体がおかしいんだ。

 そのネックになっているものも、ひょっとしたら、潰せるかもしれない。


 ──よし。

 これ以上ぐちゃぐちゃ考えていても頭が煮えそうだし、とりあえず思いついたことを試してみよう。




 というわけで僕は、回復所で回復を済ませ次第、すぐにログアウトした。


 現実世界に戻って寝台から起き上がると、部屋の中を縫って歩き、壇上の所長のもとに行く。

 途中、寝台でナナが眠っているのを見かける。身を縮こまらせて、寒そうにしている。上着でも着ていれば掛けてやりたいが、あいにく僕もパジャマ1枚だ。


 僕は所長の前まで行くと、まずは生活保護費の支給を申請した。

 2,400円を所長から受け取る。


 その上で僕は、所長に向かってこう切り出した。


「あの……所長に2つ、お願いがあります」


 所長は、怪訝そうな顔をする──かと思ったらそんなことはなく、ニヤリと笑って「ほう、何だ。言ってみろ」と返してきた。

 ダメ元だったけど、これは目が出てきたかもしれない。


「1つ目は……僕にお金を貸してもらえないでしょうか」


 僕の言葉に、周囲にいた何人かのニートたちがどよめく。

 だが、所長は愉快そうに口元を吊り上がらせたまま、「いくらだ」と聞いてくる。


 話が通りそうな目が見えている。

 だけど、ここで言う金額は、おそらくとても重要だ。

 先の所長の返答は、金額次第では、貸そうと言っているようなものだからだ。


 そして──貸してもらえるかどうかは、おそらく「この返答で、この人を満足させられるかどうか」に懸かっている。

 何故なら、貸すかどうかを……いや、「貸したいかどうか」を決めるのは、この人だからだ。


 僕は……その上で、この金額を提示した。


「できれば……20万円」


 再び周囲がどよめく。

 だが当の所長は、面白くて堪らないといった様子だ。


「それに対する返答をする前に、2つ目のお願いとやらの内容を聞こうか」


 所長の次の問い。

 僕は慎重に言葉を選ぶ。


「2つ目は……賃貸住宅を借りたいので、その保証人になっていただけないでしょうか。──お願いします」


 僕はそう言って、所長に頭を下げた。


 カプセルホテル代、1日3,240円。

 1ヶ月を30日とすると月97,200円の物件だが、これは貧乏人の住居費としては、あまりにも高すぎる金額だ。


 これに対し、もし賃貸住宅を借りられるのであれば、月4万そこそこの物件を借りたとして、光熱費など込みで考えても、住居費は月5万円程度で済むはずだ。

 そうして日々の出費を削ることができれば、今後の生活にも余裕が出てくるだろう。


 でも賃貸住宅を借りるには、通常、敷金礼金を含む頭金と、保証人が必要になる。

 そして頭金は、敷金1月分、礼金1月分、初月家賃1月分と考えれば、12万は必要になってくるはずだ。


 その上、今回のナナのように僕が病気で倒れる可能性も考えれば、ある程度の資金のプールはどうしても必要になってくる。

 色々な不測の事態を考えれば、5万ぐらいはプールが欲しいところだ。


「……ふん、少々計算が甘い気もするが、まあいいだろう」


 所長が言う。


「住宅賃借の保証人は引き受けよう。あとは必要な金さえ用意すれば、信用面で断られることもあるまい。この施設内なら、私が保証人になった時点で債権回収100%を保証されたようなものだからな」


 2点目がクリア。

 ……ただ、そっちはどちらかと言えばプラスアルファの部分だ。


 一拍の間を置き、所長は続ける。


「貸すのは20万でいいんだな? 貸付条件は1年払いの年利4%。月曜から金曜までの各ウィークデイに、1日ごと800円ずつ取り立てる。年260日の回収で208,000円の返済だ。それでよければ貸そう」


 所長は、まるであらかじめ利率と取り立て方法を用意してあったかのように、すらすらと条件を提示してくる。


 ……いや、「用意してあったかのように」じゃなくて、用意してあったんだろうな。

 こっちから頭を下げてくるのを、待っていたってことか。


 しかし1日800円か……。

 1月にウィークデイが22日あるとすれば、月17,600円……家賃と合わせると、結局のところ、月7万円近くは必要になるのか。


 とは言え、10万弱と7万弱の差は大きい。

 1日あたりに直せば、1,000円の差になる。

 毎日1,000円が浮いたら、何ができるかって話だ。


「はい、それで構いません。お願いします」


 僕は再び、所長に頭を下げる。


「言葉の使い方がなっていないが……まあいいだろう」


 所長は黒服の1人に指示して、奥の部屋から1封の封筒を持って来させる。

 その封筒が、所長経由で僕に渡される。

 封筒には、わずかな厚み。


「確認しろ」


 所長に言われるままに封筒を開き、中を確認する。

 緊張と高揚で手が震える。


 確認したところ、封筒の中には諭吉さんが、きっちり20人いらっしゃった。

 ……にしても、手の震えが治まらない。


 が、そのやり取りを見ていて、騒ぎ始めたのは周囲のニートたちだ。


「そ、そんなのがアリなら、最初から言えよ! だったら俺も借りるぞ!」


 1人がそう言ったのをきっかけに、俺も、俺も、私もと、次々に希望者が現れる。

 だが、これに対して、所長が冷たく言い放つ。


「勘違いするな。私は、こいつに金を貸すことを決めただけだ。貴様らに貸すとは言っていない」


 この所長の言葉に、騒然とした室内が一瞬、シンとなる。


「な……なんだよそれは。そんなの……えこひいきじゃないか」


 ニートの誰かが言う。そうだそうだ、と声が上がる。

 だが所長は動じない。


「えこひいきか。公平でないひいきを表す言葉だが……私に対して下手なりに礼を尽くし頭を下げたこいつと、ただ偉そうに権利を主張するばかりの貴様らを同様に扱うことが公平だと、本気でそう思っているのか?」


 この所長の反撃に、ニートたちが言葉を詰まらせる。

 だが相手も、負けないだけの口喧嘩なら、百戦錬磨のニートだ。

 あるニートが、再び口火を開く。


「──はっ! つまり俺たちに頭を下げろってことか。俺らをこんなところに閉じ込めて服従させて、王様気分か。いいご身分だな? ……ふん、そいつみたいな、立場の強い人間に媚びへつらう人間ばかりだと思うなよ」


 そいつ、というのは僕のことだろう。

 強い者に媚びへつらう人間と言われれば、僕だって少しムッとする。

 違う、と言いたい。


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、所長がそのニートに向けて侮蔑の視線、そして言葉をぶつける。


「ほう……つまり貴様はこいつのことを、強い者に媚びへつらう卑しい人間だと、そう非難しているわけか」


 そのニートは、自分の言葉をオウム返しにされ、気勢を削がれたようだ。


「……ああ。だって、そうだろうがよ」


 どうにかそう返したニートを、所長はこう切って捨てた。


「貴様の考える、貴賤の価値観そのものが低俗だ」


 こう言われては、そのニートはすぐには二の句を告げない。

 所長は言葉を続ける。


「誰にだって為したいこと、為すべきと思うことがあるだろう。その目的を実現するために、自分の意志で誰かに頭を下げる行為──それは価値のある、尊い行ないだ」


 為したいこと、為すべきと思うこと。


 僕が今、一番為したかったのは──体調不良に苦しむナナに、せめて安心して休めて、体調を回復できる環境を用意してやることだ。

 プラスアルファでいろいろ欲張ったりもしたが、それだって、その最低限の環境を、持続的に確保するための手段を講じたに過ぎない。


「……嫌々に頭を下げる者に、私は興味を持たん。私が評価するのは──正義でも欲求でも構わんが、自分が為したい何かを、自らの行動で掴み取ろうとする者のみだ」


 所長はそう締めくくった。




 しかし、僕はふと思う。

 自分が為したい何かを、自らの行動で掴み取ろうとする者──この人、所長もそうなのだろうか、と。


 ニート矯正収容所という名のこの施設。

 強制収容所ではなく、「矯正」収容所だ。


 この施設も、誰かが何かを為したいと思い、行動をした結果の産物なのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ