初日の記録-2
さて、ここまでの記録を見て、もう人生バラ色だろうと思った人はいるだろうか。
ゲームやっていればお金がもらえるとか、理想の世界じゃないか、と。
僕はそう思った。
なんてうまい話なんだと、ある種の詐欺の可能性すら疑ったぐらいだ。
だけど実際、この世界は、まごうかたなきリアルだった。
つまり、難易度ルナティックのクソゲーだった。
要はゲームバランスと獲得金額の問題なんだけど……。
「1匹100円かぁ」
今、僕の目の前の草原には、100円玉が2枚落ちている。
僕はたった今、ポヨンというモンスター2匹と死闘を繰り広げ、からくも倒したところだ。
そして、そのモンスターが光の粒になって消滅して、ドロップしたのがこの100円玉だった。
「なんだか不満そうっすね」
僕の肩の横あたりの空中に浮いている、身長20cmぐらいの妖精が声をかけてくる。
こいつは僕がログインした時に現れたチュートリアル妖精だ。
口調に似合わず、姿は背中に羽根を生やした美少女。
コスチュームも、緑を基調にした妖精チックなやつで、素体のビジュアルと相まって非常にチャーミングだ。
さらに言えば声も可愛らしいのだが、三下口調が完全に台無しにしている。誰の趣味だこれは。
「うん、まあ、不満というか、絶望的というか……」
ポヨンというモンスターは、いわゆるスライム相当の、最弱モンスターらしい。
直径50cmぐらいのプルプルした愛らしい姿で、飛び跳ねて体当たりで攻撃してくる。
ところがこいつが、最弱モンスターのわりに結構強い。
攻撃の一撃一撃がかなり重くて、1回体当たりを受けると、僕の最大HPが14しかないところ、2~3点ものダメージを受ける。
対して、こっちの攻撃で与えるダメージは3~4点。2発殴れば1匹倒せる感じだった。
結果、コンディション最高の状態で2体と遭遇して殴り合ったのに、その最初の戦闘でいきなり死にそうになった。
「レトロゲーのバランスなんだよなぁ」
いや、僕は好きだけどさ、最初からこういうシビアなバランスのRPGとか。
ただ、問題はリターンの悪さだ。
「街の回復所を利用するのに、いくら掛かるんだっけ?」
「レベル×200円っすね」
「だよなぁ……」
回復所というのはRPGによくある宿屋に相当する施設で、お金を払って利用することで、HPとMPを最大値まで回復させることができる。
現在、僕のレベルが1だから、利用料金は200円となる。
が、200円稼いで200円かけて回復では、元の木阿弥だ。
「戦闘で死ぬとどうなるんだっけ?」
「所持金0になって、街の神殿で復活っす」
ほら聞いて? 所持金全損ですって。酷くない?
……まあ、リアル死のデスゲームですとか言われるよりマシではあるけど。
「復活時のコンディションは」
「オールグリーンっす。HP・MP全快の出血大サービスっす」
うーん、最初聞いたときは所持金全部奪っておいて出血大サービスも何もないだろうと思ったけど、こうなってくると本当にデスペナが安く思えてくるから不思議だ。
経験値が減るわけでもないし、回復所で回復しても死に戻りしても変わらんというこの事実。
っと、そう言えば経験値、どれだけ貰えたんだ?
僕は脳裏で念じてメニューを開き、経験値表示を確認する。
「経験値:8/13」と書かれていた。
スラッシュの左側が現在の獲得経験値、右側が次のレベルになるために必要な経験値だ。
ポヨン2匹倒しただけで経験値8点か。
ってことは、1匹あたり4点。あと2匹倒せばレベルアップか。
周辺バランスがアレだからもっとずっと先だろうと思っていたけど、レベルアップは案外チョロいんだな。
これなら意外とどうにかなるかもしれない。
レベルアップすればちょっとは楽になるだろうから、まずはお金を貯めるより、レベルアップをしていけば……。
いや、ちょっと待て。
回復所の利用料は、レベル依存で上がっていく。
……これひょっとして、レベル上げたら逆に余計苦しくなるんじゃ……。
「ご主人様は長考タイプっすねー」
「うるさいな。いいだろ別に」
「バカの考え休むに似たり、って格言があるっす」
ねえ、見てこのチュートリアル妖精。酷くない?
まあでも、これ以上考えても埒があかないってのはあるかもしれない。
レベルアップでどのぐらい能力が上がるかも、それで戦闘がどのぐらい楽になるかも分からないんだから、是非の判断もできるわけがないのだ。
「……にしてもこのゲームの難易度は異常だよ。レトロゲーでもこれほど酷いのはなかなかないと思うけど」
「だからウチ、最初に言ったっすよ? パーティ組んだほうがいいって」
うっ……。
そう言えばそんな話もあったかもしれない。
僕らがゲームにログインしたとき、プレイヤーたちは全員、街の出口前の「噴水広場」に集結していた。
そこで思い思いに、それぞれのチュートリアル妖精からゲームの基本的な説明を受けていたのだが……。
そこはコミュ力のなさに定評のあるニートたち。
チュートリアル妖精からパーティ編成を奨められて、すぐ近くにその相手がゴロゴロいるのに、誰ひとりとして、自分から見ず知らずの他人に話しかけようとする者は現れなかった。
もちろん、僕もそのうちのひとりである。
とりあえず、ひとりでどこまでやれるのか試してみようと自分に言い訳して、広場をあとにして街を出た。
そして、今現在に至るわけなのだが。
なるほど、整理してみると、ゲームバランスをどうこう言う前に、自分が悪い気もしてきた。
ん、思考を切り替えよう。
僕は、これからどうするかを考えるべきだ。
とりあえず僕は、地面の100円玉2枚を獲得した。
そして、“ヒーリング”の魔法を唱えて、HPを回復する。
残り3点、赤ゲージまで減少していたHPが、一気に最大値である14点まで回復する。
最大値の3点あったMPは、それ1発で残り0になった。
このゲームでは、プレイヤーは最初のログイン時に、クラスを2つ選択できる。
メインクラスを1つ、サブクラスを1つだ。
僕が選んだクラスは、メインクラス:ファイター、サブクラス:プリーストだ。
結果、戦士寄りの能力ながら、プリースト魔法も多少は扱えるという能力になっている。
「さてと、行くか」
「お、パーティ組む気になったっすか?」
チュートリアル妖精が聞いてくる。
……ふっ、バカめ。
ニートの底力を舐めるなよ。
「いや、このままソロで行く。もう1戦したら、街に帰って回復しよう」
「ご主人様……結構重症っすね」
チュートリアル妖精が憐みの表情で僕を見てきた。
くそぅ、何だよその目は!
ソロでもうまくやればいいんだろ! やってやるさ!
そうして僕は、さらに20分ほど街の外を歩いた頃に、ポヨン3匹の群れに遭遇。
逃走に2度失敗して、3匹の愛らしいモンスターからフルボッコにされた僕は、敢え無く死亡。
全財産の200円をシステムに没収されて、神殿送りになったのだった。
幽体になってゆっくりと神殿に送られている時に、僕は思った。
あ、これ、ソロ無理だわ……と。
名前:ポーン
年齢:31歳 性別:男
メインクラス:ファイター サブクラス:プリースト
レベル:1 経験値:8/13 所持金:0円
HP:0/14 MP:0/3
STR:8 VIT:7 AGL:3 INT:2 WIL:4
武器:ウッドスティック(ATK+2)
盾:なし
身体:ノーマルクローク(DEF+2)
頭:なし
総合ATK:10 総合DEF:3
魔法
ヒーリング(消費MP:3)
現在時刻:10時10分