後日の記録-4
食事後、ラジオ体操などで時間を潰した僕は、いつもの職場──ゲームをするための施設へと向かった。
そこで昨日と同様ナナと合流し、ゲームにログインする──
──とは、ならなかった。
もうすぐ9時になってしまうというのに、いつまでたってもナナが来ない。
昨日はカプセルホテルのフロントで別れて、また明日、9時前に現地待ち合わせという話をしたはずなんだけど……。
部屋の時計を見ると、あと1分で9時になってしまう。
9時を過ぎてからのログインになってしまっては、その日1日、エネミーを倒したときのドロップ金が半分になってしまう。
僕は踏ん切りをつけて、もうログインしてしまうことにした。
ログインして噴水広場で9時過ぎまで待ってみたけど、ナナがログインしてくることはなかった。
さらに10分待っても来ず、9時15分になったとき、僕は諦めて、1人で狩りを始めることにした。
だけど、1人での狩りは効率が悪い。
1回戦闘に遭遇するまでに20~30分もの間、草原フィールドを歩き回らなければならず、3回の戦闘を終えてトータル6匹のポヨンを倒したときには、メニュー画面に表示される時刻表示はすでに10時30分を回っていた。
このペースだと、1時間あたりの撃破数は5匹程度か……。
昨日散々ポヨンを狩り続けた僕のレベルは、今やすでに6レベルになっていて、継戦能力的にはさほど問題はない。
ヒーリングの魔法も2回使えるようになっていて、極端な話、1回も回復所を利用せずに丸1日ポヨンを狩り続けることすら可能なんじゃないかと思えるほどだ。
ただそれでも、18時まで昼休憩抜きのぶっ通しで狩りを続けたとしても、日次報酬条件の45匹を達成できるかどうかは、かなりあやしい。
そもそもが1人ではなく、2人パーティで狩りをすることを前提にしたミッション受領条件なのだ。1人で達成できる道理ではないのである。
と、そのとき、チュートリアル妖精がいつものSEを伴って出現した。
「ご主人様―、ナナさんからメッセージが届いたっすよ」
チュートリアル妖精にそう言われて、僕は飛びつくようにメニューを開き、メッセージボックスを確認する。
『噴水広場で待ってます』
ナナからのメッセージには、その短い文章が記されていた。
僕は一目散に噴水広場に向かう。
噴水広場に辿り着くと、端っこの方のベンチで横になっているナナの姿が見えた。
その姿に少しイラッとしながら、僕は彼女の方に近付く。
何を呑気なことをやってるんだ、時間は有限なんだぞ──そんな風に思いながら。
しかし近くに寄ってみると、ベンチに横たわった魔術師姿の彼女が、苦しそうに荒い呼吸をしているのに気付いた。
顔は赤く、額にはびっしょりと汗を掻いている。
「ナナさん……体調悪いんですか?」
僕は言ってみて、そう言えば昨日、ナナが上がり際に自身の体調不良を告げていたと思い出した。
「遅くなってすみません。今日の狩り、始めましょう」
ナナは僕の問いには答えず、ベンチから身を起こす。
いや、始めましょうって……そんな体調で動くつもりなのか?
「大丈夫なんですか……?」
僕の口からそんな言葉が漏れる。
愚問だった。
「大丈夫ではないですけど、やるしかないですから」
ナナはそう言って、ベンチから立ち上がる。
が、すぐによろけて倒れそうになってしまう。
その彼女の体を、僕はとっさに自分の身で支える。
「はあ……はあ……」
僕の胸の中で、荒く吐息するナナ。
僕が支えを外せば、今にも倒れてしまいそうだ。
そうだ、こんな様子で大丈夫なわけがない。
大丈夫ではないけど、彼女にはそうするよりほかに道がないのだ。
狩りをして生活保護費を稼がなければ、ナナは今日、路上で寝るしかなくなる。
そして、こんな体調でそんなことになれば、冗談抜きに命に関わる。
でも──だからと言って、こんな体調の女子を、今日1日働かせるのか?
ちょっと風邪気味というぐらいなら、状況が状況だからそれもありかもしれないが、今の彼女は熱を測れば38度を超えるであろう重病状態だ。
それなら、僕が1人で稼いで、ナナの生活費を作るか……?
18時までに45匹のポヨン撃破という条件を満たすことは、1人ではかなり厳しい。
先にも述べたが、今のところの視野だと、僕が昼休み抜きのぶっ通しで狩り続けても、達成できるかどうかあやしいぐらいだ。
仮にギリギリ達成できたとして、ポヨン45匹分のドロップ4,500円に、日次報酬の3,600円が加わって、そこから回復所の利用料が多分1,400円ぐらい差し引かれることになる。
6,700円だと、等分して食費も考えたら、カプセルホテルには泊まれない。
でもこれは、等分しなければいい話だ。
だけどそもそも、彼女の分の生活費を僕が捻出するというのは、不健全な気もする。
せめて一時的に「貸す」という形に……だけどそうは言っても、そんな話を今この体調のナナにするのは……
──あああもう、めんどくせぇ!
「ナナさん」
僕は自分の胸にもたれかかって、苦しげに息をするナナに言葉をかける。
ナナが熱っぽい顔をあげて、眼鏡越しの上目遣いで僕を見てくる。
「ナナさん、今日はもうログアウトして、寝台で寝ていてください。ナナさんの食費とカプセルホテルの宿泊代は、僕が何とかします」
「えっ……で、でも……」
「いいから。今日は1日安静。いいですね?」
「…………はい」
そうして、僕に説得されたナナはログアウトしていった。
「……はぁ」
ナナを見送って1人になった僕は、そこで大きくため息をついた。
やってしまった。
はっきり言って、空手形以外の何物でもない。
でも、言ってしまったからには、やらないといけない。
そうして僕がポヨン狩りを始めようと街を出ようとすると、呼んでもいないのにチュートリアル妖精が出てきて、僕をからかった。
「ご主人様、意外と男らしいところあるっすねー」
意外とは余計だ、と言いたかったけど、僕自身が一番そう思っていたから、何も言えなかった。