後日の記録-1
朝の時間を潰すのは、意外と大変だった。
5時頃にネットカフェを出て、8時半の生活保護施設開放までおよそ3時間半。
インターネットも何も使えない環境で、この時間はあまりにも長すぎた。
寝ないにしても、時間いっぱいまでネットカフェに残っていればよかったかと後悔した。
この余った時間を、ラジオ体操やジョギングなどして潰してみたら結構気分は良かったけど、このときの僕が一番欲しかったのは、ゆっくり落ち着いて快適に眠れる環境だった。
うう、眠いよぉ……今日の生活保護もらったら、まず目覚まし時計を買おうと心に誓う僕だった。
朝食はコンビニでサンドイッチと、パックの紅茶飲料を買った。
金銭的にかなりカツカツの状況で飲み物を買うのはどうかとも思ったけど、昨日から全然甘いものを摂取していなかったこともあって……平たく言うと欲望に負けた。
まあでも、その103円で得た幸福度を考えれば、悪い買い物ではなかったと思う。
税込197円のツナとタマゴのサンドイッチと合わせて、300円の豪勢な朝食。
軽く運動していい感じに空腹感が出てきた頃に公園でがっついたサンドイッチは、あっという間になくなってしまったけど、めちゃくちゃ旨く感じた。
これで残金は、75円。
1円も持っていないというよりもリアルに金欠感があって、なんだかしょんぼりした。
8時半ちょっと前頃に、あの殺風景な生活保護施設の建物前に行くと、そこにはパジャマ姿の男女がすでにかなりの数、集まっていた。
そこにはナナの姿もあった。
どことなく顔色が悪い気がしたけど、多分僕もどっこいどっこいなのだろう。
8時半きっかりに、建物の扉が内側から、黒服たちの手によって解放される。
この黒服たちはもっと早くに出勤していたんだろうか、それともこの建物内で寝泊まりしているんだろうか……そんなどうでもいい疑問が脳裏に浮かぶ。
が、そんなことはもちろんすぐに忘れて、建物内の件の部屋に辿り着いた僕らは、所定の寝台で寝転がって、ゲームにログインした。
ああ、この寝台、病院にあるのみたいに硬いけど、いっそこれでもいいからぐっすり眠りたいな……。
そんなことを思いながら、僕はヴァーチャルリアリティの世界にダイブしていった。
ゲームにログインすると、噴水広場でさっそくチュートリアル妖精が現れた。
「おはようっす、ご主人様。……なんか眠そうっすけど、昨夜はお楽しみだったっすか?」
「…………」
イラッとした僕は、チュートリアル妖精にデコピンしてやった。
「うごほぉっ!」
と思ったら、それはチュートリアル妖精のお腹にクリーンヒットした。
デコピンならぬハラピンだった。
「……し、死ぬっす……殺人事件、いや、殺妖精事件が起ころうとしているっす……」
「で、何の用? もう悪い知らせはお腹いっぱいなんだけど」
「あ、そうそう、そうだったっす」
チュートリアル妖精はすぐに調子を取り戻して、「業務連絡っす、ご主人様」と言う。
まあ、こいつのリアクションが派手なだけで、実際にはそんなに強くピンしてないし。
「今回は悪い知らせじゃないっすよ。むしろスーパー良い知らせっす」
ほほう。
これまでは、こいつから新しい情報が来るたび、悪い方に悪い方に話が転がって行ったからなぁ。
良い知らせと言われても、イマイチ信用できない。
「今週のミッションが発表されたっす。メインメニューから確認と登録ができるっすよ」
「……ミッション?」
僕はメインメニューを開いて確認してみる。
ステータスやアイテムなどを確認するボタンの下に……あ、この「ミッション確認・受注」ってやつか。
メニューを操作して開いてみると、以下のようなサブウインドウが表示された。
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☆ミッション「ポヨンをX匹倒せ!」
内容:受注後、期限内にX匹以上のポヨンを倒せば達成。パーティを組んでいる場合、パーティメンバーが倒した分も受注者の撃破数に含まれる。
日次報酬獲得条件:その日に[X÷4]匹以上のポヨンを倒すこと。
報酬総額:X×120円。
日次報酬:X×20円。
受注締切:今日の18時。
期限:今週金曜日の18時。
※ミッション受注者は、そのミッションを達成するまでの間、別のミッション受注者とパーティを組むことができません。複数のパーティメンバーがミッションを受注してしまわないように気を付けてください。
※次のミッション発注は来週の月曜日です。
ミッションの受注の際には、Xの値を入力してください。
X=[ ](ただし、Xは4の倍数)
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──よし、よく分からない!
いや、何となく分かるところもあるけど、何だこれっていうのもある。
特に分からないのが……
「この、Xって何?」
そうチュートリアル妖精に聞くと、
「ご主人様が好きに入力していい数字っすよ。今回のミッションの場合は4の倍数っていうのが条件っすから、X=4でも、X=400でも、自分が引き受けたい数字を条件内で好きに決めればいいっす」
という答えが返ってきた。
……えーと、つまり、どういうことだ?
例えば、Xに100という数字を入れてみると考えよう。
そうすると、ミッション文面はこういう風に変わる。
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☆ミッション「ポヨンを100匹倒せ!」
内容:受注後、期限内に100匹以上のポヨンを倒せば達成。パーティを組んでいる場合、パーティメンバーが倒した分も受注者の撃破数に含まれる。
日次報酬獲得条件:その日に25匹以上のポヨンを倒すこと。
報酬総額:12,000円。
日次報酬:2,000円。
受注締切:今日の18時。
期限:今週金曜日の18時。
※ミッション受注者は、そのミッションを達成するまでの間、別のミッション受注者とパーティを組むことができません。複数のパーティメンバーがミッションを受注してしまわないように気を付けてください。
※次のミッション発注は来週の月曜日です。
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こうすると、だいぶ分かりやすくなってくる。
このミッションというのを引き受けて、期限である今週金曜日までに100匹のポヨンを倒せば、報酬総額の12,000円を貰える、ということだろう。
ちなみに、モンスターを倒したときのドロップ金は別に貰えるのかどうか確認したら、「もちろんっす。ご主人様はホント疑り深いっすねー」と言われた。……こいつの減らず口は直りそうにないな。
まあともあれ──うん、確かにスーパー良い知らせだっていうのに、間違いはないな。
えっと、あとは……
「この日次報酬っていうのは?」
「条件を満たすことで、1日ごとに貰える報酬っす。日次報酬として支払われた分は、報酬総額から差し引かれるんで注意するっすよ。あと、1日に日次報酬が支払われるのは1回だけっす」
ふむ……つまり、ポヨンを1日に25匹以上倒せば、その日のうちに2,000円が受け取れる。
でも、この条件で1日に50匹以上倒しても、4,000円が貰えるわけじゃない。
で、昨日が確か月曜日だったから、今日は火曜日で……今日(火)、明日(水)、明後日(木)と2,000円ずつ日次報酬を受け取った上で金曜日にミッションを達成したら、ミッション達成時に貰えるのは報酬総額の12,000円から2,000円×3を差し引いた6,000円っていうことか。
……うん、僕どっちかっていうと理系頭なんだけど、そろそろ頭が痛くなってきたぞ。
これ文系頭の人には厳しいだろうなぁ……。
で、あと気を付けなきゃいけないことは、パーティで1人しかミッションは受けられないということ。
僕が少なくとも今週中、ナナとパーティを組んでプレイするんだったら、ミッションを受注するのは僕かナナのどっちか1人じゃなきゃいけないということだ。
それともう1つが、次のミッション発注は来週の月曜日だということ。
つまり、今日ミッションを受注し損ねたりすると、おそらくこのミッションというシステムの恩恵を、今週中、一切受けられなくなる。
さらに言えば、ミッションの受注内容をミスったとしても、それを明日以降に変更することはできないということでもある。
僕はとりあえず、同じく噴水広場にログインして来ていたナナと合流し、方針について相談してみた。
そうすると、
「私こういうの全然苦手なので、ポーンさんに決めてもらった方がいいと思います。私、それに従いますから」
と丸投げされた。
……うん、何となくそんな気はしてたけどさ。
さて、ミッションは僕が受注するとして。
あとの問題は、Xをいくつにするかだ。
Xを高い値にすれば、その分だけ報酬も増える。
だけど、ミッションの難易度も上がり、失敗の確率が増える。
失敗してしまえばミッション報酬はパァなのだから、迂闊な値には決められない。
えっと……今の僕らは多分、黙々とポヨンを狩り続ければ、死亡回復のための時間を差し引いても、1時間に平均6匹ぐらいのポヨンを狩れるんだと思う。
根拠は昨日の午後の稼ぎだ。
13時過ぎ頃にログインしてから17時頃までの間に2人が1,100円ずつを稼いでコンディションリセットをしているんだから、僕らは4時間弱で22匹のポヨンを倒していることになる。
そうすると、動けるのが1日8時間と考えて、期限まで4日あるんだから、6×8×4=192匹というのがおおよそ期待できる撃破数っていうことになる。
だけど問題はここからだ。
じゃあといって、安易にX=192としてしまっていいんだろうか。
例えば、今後レベルアップなどで強くなって行けば、死亡回復の回数が減って、狩りの効率が上がることは考えられる。
でも一方で、ちょっとした不運や凡ミスで、期待以下の結果しか弾き出せない可能性だってもちろんあるわけで。
少なめの数字に設定した方が気は楽だけど、この決定は僕だけでなく、ナナの収入にも影響してくる、責任ある決定だ。
そして、ちょっとした収入額の違いが、後々僕らの首を絞めることだって、十分に考えられる。
「ああ、そうそう。このミッション受注システムは、ニートの人たちに企業経営者の気分をちょびっとだけ味わってもらうために考えられたものらしいっすよ。良かったっすねー、社長さん気分っすよ、ご主人様」
チュートリアル妖精が余計な情報を教えてくれた。
いらないよ、そんな気分!