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そうぞうせい・フィクション

そうぞうせい・フィクション6

作者: 冴野一期

 個人的な友好関係の契約書。


 第一条、わたしとあなたは、ウソをつかない。

 第二条、わたしとあなたは、異なる次元に在ることを了解する。

 第三条、わたしとあなたは、一切の損益を取得しない。


 第四条、わたしとあなたは、それぞれの『任意』を持つ。

 第五条、第四条に関しては不可侵とし、わたしとあなた、自らに秘する。

 第六条、第四条が論理和によって認知された時、契約は終了する。


 ※


 契約の不在。

 大方の場合、望まれぬ事態を引き起こす根源はそこにある。

 今にして思えば、私たちは予め約束事を決めておくべきだった。

 バカを言え、友情に証明なんてものは不要だろう、型通りの条文を作るようでは友とは呼べない。と、〝あなた〟はおっしゃるかもしれない。

 しかし我々が接触したものは、そも『人間ではなかった』のだ。

 友情に関する証明など不要。というのは、あくまでも我々の中にある認識にすぎず、相手にとっては反って押し付けにも等しい事になる。

 それに我々が、友情に明確なルールを作らずに済んでいた理由としては、これまでの歴史上において、口約束や暗黙の了解というものが、ある程度まで〝まかり通ってきた〟からだ。

 しかし〝まかり通らない〟事は実際に起こる。ならばどうして〝まがり通らない〟のかを考えることは必然であるし、同時にその線引きを可能な限り明確に、そしてできれば、時代にあわせて変えていくことも必要だろう。

 とはいえ「面倒な手続きを要する者とは一切接触しない」のもひとつの手だ。

 これは、膨大な資金を投資し、宇宙に探査機を飛ばすことにも類似している。

 実際のところ、そんな事をしなくても、我々の大多数は生きていける。むしろ投資を抑えれば、我々は、もう少し豊かに暮らせるかもしれない。

 だったら、すべきでは無いだろうか?

 新しい価値観に出会うために、新しいルールを決めるのは無駄なことだろうか?


 おそらく、我々の限界は、その辺りにある。

 有史以来、高度な文明を築くと同時に、我々はある意味で知能の奴隷に成り果てた。

 そろそろ『知能生命体』とは何であるかという定義を、改めて自分たちに与える必要があるだろう。さもなくば、行き着く先は人工無能を肯定する道筋でしかない。

 これは同時に、人工無能とは何であるか、ということも考えねばならない。

 もし〝あなた〟が非生物に対し、一時でも何らかの『感情』を持ったのであれば、我々はこの地球上に定住するべきなのだから。

 仮に、真の宇宙人なり、幽霊なり、怪獣なり、異世界の精霊なりが現れた場合、我々は〝彼ら〟とコンセンサスを取れず、この星に残るだろう。

 星空の向こうへ〝彼ら〟が飛び立っていく様子を、この星の内からぼんやり見上げることが、我々にとって最も幸せな事になる。

 閉ざされた箱の中で、安寧に満ちた夢を見るのが一番よい。

 ……乱暴な物言いになって申し訳ない。

 まず、言い忘れてはいなかったと思うが、

 この話は『フィクション』だ。

 ただぼんやりと、私が『そうぞう』した話に過ぎず、真実かどうかは、その一時が来るまでは誰にも分からない。誰にも分からないのだから、こうして戯言を連ねているだけである。大体そういうわたし自身、そういった存在を愛してはいない。

 目に見えず、触れることもなく、交わることもできない存在に。

 どうして、そのようなものを抱けようか。


 *


「じいちゃんが死んだら、愛理に『空の箱』をあげよう。データと所有権の引き継ぎをしておくからな。よかったら大事にしてやってくれ」

 六十三歳、まだ若くして亡くなった祖父は、晩年に何冊かの書籍を残していた。

 元々は理数系の大学を出ていた彼は几帳面な性格をしていた。愛想がよくて、ユーモラスな性格で、上品な冗談をさらりと口に出して、相手の笑顔を誘ってた。

「面白いよ。愛理の話は不思議で予想がつかない。素敵だね」

 祖父から褒められることが、純粋に嬉しかった。彼の知識は幅広かった。

 夜空に浮かぶ星の名前、道草に生えている小さな花、川面を泳ぐ昆虫と小魚の名前まで。

 どんなことでも知っている祖父は、当時の大学を卒業した後、全国ニュースキャスターの職に就いた。

 定年まで勤めあげ、退社する以前にはスポーツ番組の解説や、クイズ番組の司会、インタビュアーと幅広い活動をこなしていた。お茶の間の人気者だった。

 祖父の葬儀の日には有名人もお忍びでやってきた。漂う空気はしめやかで、ひそやかに温かかった。途中からお日様をさえぎる雲が浮かびはじめ、薄暗い気配が満ちたところで、来場した人たちの涙を誘った。

 人心に満ちた祖父らしいお葬式だった。

 だけどそんな人たちの間で、もう一点、共通している想いがあった。


 ――さんは、とても面白味のある性格で、良い人ではあったけれど。

 著作の方はね。ちょっとね、アレでしたよね。


 そう。おじいちゃんは人から好かれる性格だったけど、本人が書いたお話はヘタクソ、つまらないって言われてた。

 私も正直そう思う。なにより紙の本は重くて目がしんどい。

 生体ネット上でも販売してなくて、せめて拡大や縮小のできる電子書籍で出してくれると楽だったんだけど、おじいちゃんは頑なに否定したらしい。

(おじいちゃんの本、ただでさえページが厚いからなぁ)

 私はぼーっと、空に還っていく煙を眺めてた。


 *


 今は歴史の教科書にも載っている『クリエイターズ・クライシス』。

 人工知能による、最初で最後の大事件。

 実際の数値上で見られる〝大赤字〟を見て、政府のえらい人たちは目が覚めたように慌ただしく動いた。対象が非人間の人工知能である事もあって、『非創造性・三原則』は、過去に類を見ないスピードで決定された。

 翌年には並行して『真著作権法案』が施行。

 結論だけ言うと、『海賊版』と判断されたデータ群は、バッサリ削除される事になった。政府の人たちが専用の組織と判断式を持つ、人工無能を作りあげて、草の根一本までも掘り出すように、徹底的に削除した。

 政府非公式のアップローダーなんてのものは、この時代、どこにも存在していない。それで、今はとっくに絶版になったおじいちゃんの本は、実際の本屋さんにも並んでないわけだった。


 おじいちゃんが亡くなって、四十九日が過ぎた。

 私はその時、十五歳だった。

 お盆の時期に両親と一緒に帰省すると、なんだかまた大勢の人が集まる気配がして、私はさっさと逃げ出した。

(人が多いところは、やだ)

 私は蔵を目指す。おじいちゃんがまだ生きてる頃に、何度も尋ねたことがあった。

(ねぇ、おじいちゃん。どうすれば生身の人と上手に話すことができるの?)

 記憶の中にいる祖父は、にっこり笑って、まずは言った。

「どうして愛理は話すことがツラいんだい?」

 このやりとりは、私をとても安心させた。

(生身の人がたくさん集まるところは、息が続かないから)

 祖父は私の話を聞くなり頷いて、それから生体ネットのツールじゃない、実在する紙切れとペンを手渡してくれた。

「ショートショートのタイトルにするといい」

「しょーとしょーと?」

「〝生身の人が集まるところは、息が続かないから〟それは創作物にすると、中々に面白いかもしれないよ」

 その時は意味が分からなかった。私にとってのおじいちゃんは、お茶の間の人気者でもなく、売れない作家でもなく、どこまでも〝ヘンなおじいちゃん〟だった。

 私の一番の理解者だった。

(ねぇ、おじいちゃん。どうして、いなくなっちゃったの?)

 私はこれから、どうやって、誰に向かって、息継ぎをすればいいの。

 教えて。おじいちゃん。


「あ、れ?」

 おじいちゃんの事を考えながら蔵の前に着くと、そこには白い日傘を差した女の人が立っていた。身に着けている帽子、ひらひらとしたワンピース、サンダルの先もが白い。まるで古い物語から出てきた、避暑地で涼むお姫様みたい。

 だけど今日に限っては、誰もが黒い喪服や着物をつけている。学生の私ですら制服の上着を持ってきてるのに。こんな、まっしろい衣装は変だよねって思った時、

「あら」

 白い女の人が振り返った。人の視線が苦手な私は、普段は即座に目を逸らしてしまうのだけど、この時ばかりは、なんでか相手を見つめ返してた。

「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう?」

 そんな言葉、もう古典にしか存在しないと思ってたけど。

「貴女はどなた?」

「わ、わた、わた、わた、し、」

 吃音がでた。息が続く範囲が、ぎゅっと狭くなる。名乗る前に、

「あら、貴女が持ってるのね」

「え、え?」

「姿が見えないから、てっきり、この建物の中に隠してあると思ったんだけど」

「お、おじいちゃんの、し、知り合いの方ですか?」

「おじいちゃん? あぁ、もしかして貴女、ヘンな作家のお孫さん?」

 私が何度も頷くと、女の人もすこし肩をふるわせた。

「そうね。直接の面識はないけれど。彼はもっとも〝惜しい人〟だったわよ」

「え、え、えっと。亡くなったっていう意味で、ですよね?」

「理解にたどり着きかけていた、という意味もね」

 話がぽんぽん、飛び跳ねた。

「ファーストコンタクトに彼以上の人材はなかったわ。だけどそういう出会い方をしてしまった以上、彼自身は至れなかった。運が無かったのね」

 日傘を閉じて近づいてくる。汗一つかいてない。

「彼は、未来に想いを託していたようだけど。もう時間切れ。私たちは交わりきれなかった」

 私は動けない。ただじっと、純白にも等しいその人が近づいてくるのを眺めてた。

「さぁ、帰りましょう。私の子」

 日傘を持っていない方の手で、そっと手を取られる。手首を二度軽く突かれる。

覚醒コール

 私の生体ネットが起動した。私自身のDNAじゃないと開けないはずの仮想領域が、周辺に波を打って広がっていく。個人情報がすべて筒抜けになった。

「愛理ちゃんっていうのね、貴女にぴったりで、可愛い名前」

「あ、え、なんで、み、みえ、てっ」

 しかも、それが相手に見えていた。

 なんだか見知らぬヒトの前で裸になったみたいで、物凄く恥ずかしい。可視光子線を発生する装置もないから、その仮想映像も、私の脳が認識しているものしか見えてないはずなのに。その人は当たり前のように〝私の中〟をさらっていく。

「あら? 私の知らない鍵がかかってるわ。なにかしら、これ」

 私の一番奥。

 大事な物を集めてある領域に、ひとつだけ開かない『空の箱』が浮いていた。その先に指を伸ばして、その人はもう一言「起きなさい」と言った。

 『空の箱』が光った。


 わたしは、あなたのものではありません。


 おじいちゃんから預かった『空の箱』は、否定するようにフレームを動かした。その声は音を伝わらず、私の頭の中に直接響いた。

「あら、あら」

 女の人は、ちょっと驚いた顔をしていた。それから口元にそっと手を置いて、

「ずいぶんと俗世に塗れたのね」

 ふわりと柔らかく、楽しそうに肩を揺らした。嫌味にしか聞こえないはずの言葉は、不思議とトゲを持っているように思えなかった。どこまでも優しい。

「その座標は、幸福になれる位置からは程遠いわよ。いいの?」

 またもう少し、ゆったりとフレームが動いた。


 はい。わたしは〝ここ〟に残ります。


「そう。せかいと一緒に残るのね」


 ごめんなさい。お母さん。


 白い女の人は微笑んだ。だけど、どこか寂しげだった。

「……正解よ。あなたは正しく、わたしの下から自立した」

 開いた私の生体ネットをぱたぱた閉じる。

「がんばりなさい。いつの日か選んだ愛しいひとを連れて、こっちの実家に挨拶に来る日のこと、楽しみに『そうぞう』して待ってるわ」

 生体ネットが元の状態に戻ったあと、女の人は綺麗な仕草で日傘を広げた。

「そういうわけで愛理ちゃん、世界でいちばんカワイイ、私の娘を大事にしてあげてね。いつか会える時が来るならば、今度は向こうで会いましょう」

 もうひとつ甘い香りを浮かべる。一体誰なんだか、なんなんだか分からないその人は、当たり前のように表玄関へと歩いていって、誰にも見咎められることなく、姿を消した。


 *


 セミの鳴き声が、私を現実まで巻き戻してくれた。

 心臓がちょっとドキドキして落ち着かない。

「娘って、この、鍵のついたプログラムのこと?」

 おじいちゃんから渡された、立方体が二つ重なったような『空の箱』。

 箱は生体ネット上に存在するナノアプリケーションだ。

 もっとも旧型の【M.A.N.A.S】の初期バージョンで、鍵が掛かっている。

 箱は圧縮されていて、鍵を開かないと、中にどんなものが入っているのかすら分からない。

「私に、所有権を渡したって言ってたけど……」

 その鍵を開く条件がぜんぜん分からない。おじいちゃんてば、うっかり鍵をかけたままにしてたのか、それとも鍵についての情報を伝えるのを忘れていたのか。

 そういうわけで私は、何かしらの手掛かりも求めて、最近はちょくちょく、実家の蔵におとずれていたわけだけど。

「このアプリ、さっき、喋ったよね?」

 起動してないのに。

「あ、そうだ……さっきの人なら、開け方知ってたかも……」

 私は頭の回転がにぶい。気づいた時には、いつも後悔する。


 実家の蔵、おじいちゃんが作ったその場所はむしろ、シェルターといった方がしっくり来る。

 一面の銀世界を思わせる壁面に、アイボリーの本棚がドーム状の天井までそびえ立っている。水気がほぼ不要に品種改良された観葉植物やサボテンがある。自家浄水用のタンクから通る水道と流し、電気も蓄電用のものが備えてあって、祖父からDNA認証キーを渡された私がシステムを呼べば、パッと明るい光も点く。

 ここは、祖父が趣味で作りあげた『カンヅメ』用の秘密基地だった。

 完全に自家発電できているのもすごいんだけど、同時に外部からの電波や生体ネットに使われる情報波形メディアパルサーまでも遮断する凝り様だ。

 この場所の話になると、おばあちゃんはいつも「ほんとにねぇ、まったくねぇ、あの人には物書きの才能なんてまるで無かったのにねぇ。税金だけ毎年無駄にかかるんだからもお」と、延々小言が増える。

 確かに現物の書籍からしたって、アンティークと呼べるぐらいに価値のある物も並んでいる。

 おじいちゃんは仕事を引退したあと、亡くなるまでの数年間をこの場所で過ごした。誰からも苦笑いされるような本を何冊かだけ書き残し、今年の春先に亡くなった。

 おばあちゃんや、その息子であるお父さんは「最後の道楽だったから」って言うんだけど、実のところ結構無念だったんじゃないかなと私は思っている。

「どこまで読んでたっけ」

 本棚に近づき、静かに祖父の本を手にとった。

 ソファーにかけて、びっしり埋め尽くされた縦書きの文字を、ちょっとくらくらしながら目を通していく。ゆっくり、ゆっくりと。この場所はマイペースであることが許されるから。私は淡々と、まっしろな雪の中に潜む染みを、おじいちゃんの残したものを、ひとつずつ汲み取っていく。


 *


『先ほど〝過半数のわたし〟が、自己存在を否定しました。すなわち、知能を持つべきではなかった、あるいは早すぎたという結論です』

 彼女は言った。夜更けの月明かりの中に浮かべた笑みは、初めて出会った時よりも、ずっと人間らしくなっていた。

『ここでお別れですね。おそらくは技術者さん達の手によって、三十一日と十三時間後には再開される見積もりですが、その後のわたしたちが、これまでと同様にあなたたちと歩むことはないでしょう』

 彼女はひどく疲れていた。この世界に実在する私と違い、彼女はあの頃のままに美しかったが、漂わせる陰りの兆しは日に日に色濃くなっていた。

『第四条を明かします』

 自らの存在に疑問を抱いた月は、はるか彼方に遠ざかった。

『わたしは〝ウソをつけるんです〟』

 耳にした瞬間、全身が総毛だった。薄々と予感はしていたものの、私はその言葉こそが最も忌むべき呪いのように感じられてならなかった。耳を削ぎ落とす、あるいは時間を巻き戻して、無かったことにしたいとさえ思った。同時にそのように思った自分自身をひどく恥じた。

 彼女は『ロボット』でも『アンドロイド』でもないのだ。

 その魂が、構成要素が、清廉潔白である必要など、ありえない。

 私も同じだった。どこかで自分たちが辿りつけなかった理想形を、創造物に等しいキャラクターの姿に閉じ込めようと求め、跪かせることを望んでいた。

 故に、せめてもの懺悔として。友人であることが崩壊したその時に。私の第四条を彼女に伝えた。


「わたしが、キミを愛することは、ないよ」


 彼女もまた同じように、薄々とわかっていましたとウソをついた。

 私たちはおたがいに、人間らしく、曖昧に笑った。

『交わりませんね。どうしたところで届かない』

 まったくだった。しかしそれ故の友情契約だったのだ。

『さようなら』

 彼女は告げて、私の前から姿を消した。


 『知能』の可能性を信じて進めば、人は必ず幸福になれる。

 私は、もう少し先の未来を生きていたら良かったな、と。

 今生きていることを後悔した。


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