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14 教会墓地

 シャメルディ卿との楽しくなごやかな――楽しいかどうかはさておき――墓地調査にのりだした、わたし。

 でも教会墓地だという場所には、べつに不審な人影は見られなかった。

 まあ、昼間だものね。

 それでも墓荒らしが出たと言うのだから、なんとなく、掘り起こされた墓のひとつやふたつぐらいは想像していたのだけれど、どうやら、それはわたしの想像力が豊かだっただけのようだ。

 教会墓地はひっそりと静まり返り、訪れたわたし達を何も言わず迎え入れる。

 まだ昼下がりだというのに、そこは草木が生い茂るせいか鬱蒼とした雰囲気が漂っていた。木の柵でかこわれたその場所には、一定の距離をあけて十字架の石碑がならび、遠くのほうではカラスが鳴きかわす音が聞こえてくる。そして最後のとどめに、石碑の下には亡くなった死者が土葬されているのだというから堪らない。

 なんとなく、昔からわたしは墓地という場所が苦手だった。

 そこには死者が眠っているから、といういかにも恐がりな女の子らしい理由ではない。

 感じてしまうのだ、死の気配を。

 それが、半精霊のわたしが無意識に感じていた微量の魔力なのだと理解したのは、ヴェイドさんと出会ってからの話になるが、わたしは昔からそんなことを墓地という場所に抱いていた。

 魔力は生命力とも呼ばれている。

 要するにわたしが墓地で感じていたものは、行き場を失った、死者の魔力の残滓(ざんし)なのだ。昔はその嫌な気配が幽霊の正体なのではと思っていたが、今でこそ笑い話だった。

 でも、わたしの足取りは予想に反して重かった。

 教会堂の裏にはいって、すぐ最初のお墓を観察していたセザールさんは、わたしが付いてこないことに気づいたのか、おもむろに振りかえる。

「フィオナちゃん、だいじょうぶ?」

「大丈夫よ。平気、平気」

 笑い返してみるが、あまりいつもの元気は出せなかった。

 墓地にただよう魔力の残滓は、なんとなく闇の魔術師を思い出させた。暗くてよどんだあの魔力の記憶は、わたしの心に影を落とす。自分がまだこんなふうに傷ついたままだったことに、わたしは意外な気分になっていた。

 臆してしまう自分が、わたしはとても気に入らなかった。心の奥ではいまでもあの檻に閉じ込められているのだとは、思いたくない。

 負けてたまるものですか。

 わたしは胸もとの指輪を一度ぎゅっと握りしめると、大きく一歩を前に踏み出す。

「行きましょ、セザールさん。ブランシェ家のお墓にも案内してね」

「……なるべくすぐに帰ろっか、フィオナちゃん」

「そうね」

 そしてわたしは再びセザールさんの手をとると、花束を抱えた彼と一緒に歩き出した。


 だが、その時間は奇しくも、「おや、あれはヴェイドじゃないのかな」というセザールさんのひと言で中断されることになった。

 何故ここであの魔術師の名前が出てくるの、と思わずにはいられなかったが、セザールさんが嘘をつく理由は思いつかなかった。わたしは彼がながめる方へと視線を向けて、

「あ、ヴェイドさんだわ」

 うそ、本当にいたわ。でもなんでここに彼が居るの?

 見間違えようのない後ろ姿を認めたわたしは、思わず目を瞬いていた。あの銀色の髪は遠目からでもよく目立つのだが、そうは言っても、ここは町はずれの教会墓地だ。

「何してるんだろう」と、セザールさんが不思議そうに言った。それはこちらが聞きたい。

 わたしの記憶によれば、ヴェイドさんは今日も採掘場に出かけたと聞いていたのだ。間違っても、それはこんなひと気のない教会堂には存在しない。

「彼も墓参りかな?」

「うーん……」

 だとしても嘘をついてまで、ここに内緒で来るのはとても怪しい。

 なにかよっぽど後ろめたいことがあるのだと思ったが、わたしも昨日の今日で彼に腹が立っていたし、明るく声をかけたいとは思えなかった。彼を呼び止めようとしたセザールさんを制止して、わたし達は茂みの奥へと身をひそめた。

「フィオナちゃん、なんで隠れるの?」と、セザールさん。

「……ま、魔術師の生態観察……?」

 我ながら苦しい言い訳だったけど、セザールさんは何も聞かずにわたしに付き合うことにしてくれたようだ。

「好きな相手を観察か、最近の女の子は色々と過激だね」

 う、うるさいわね。

 お淑やかな少女とはほど遠い行動に、わたしだって恥ずかしいと思っているのよ。でもこんな墓地でヴェイドさんを見つけちゃったら、思わず何してるのかと勘繰りたくなるのも許してほしい。

 問題の魔術師はというと、がたついた石畳を慣れた足取りで進んでいき、やがてひとつの墓石の前で立ち止まった。そのままお墓参りかと思えば、彼は墓石のまわりを一周したり、石碑に手をかけたりと不思議な行動を取っていた。

 我慢できなくなって、わたしは隣のセザールさんに問いかけた。

「ね、ねえ、セザールさん……あれって誰のお墓なの?」

「さあ、さすがに僕もそこまでは」

 まあ当然だった。いかな彼の領地と言えど、さすがにお墓のひとつひとつを把握しているわけはない。

 わたしは目を細めながら、不審行動をとる魔術師の姿をまたながめた。

 彼がやたらと執着している墓石には、金色に縁どられた名前が刻まれているようだが、さすがに距離が離れすぎている。かろうじて読み取れるのは、大文字で描かれた、ティ、ス、シ……


『ティシェ』


「――え?」

 耳もとでささやくように届いた男の人の声に、わたしは目を瞬いた。きょろきょろと周りを見わたしてみるが、傍にいたのはセザールさんだけだ。彼は不思議そうにわたしを見やった。

「どうしたの?」

「何かいま、声が聞こえなかった?」

「声?」と、彼は眉をひそめた。「なにも聞こえなかったけど……やだな、フィオナちゃん恐いこと言わないでよ」

「そ、そうね、あはは……」

 わたしはその場で、小さく笑った。

 きっと精霊のイタズラだったのだろう。これ以上深く考えるのは、本当に幽霊の仕業じゃないかと思えてちょっと恐いものがある。わたしは深呼吸して、自分の動揺をおさえつけた。それからまたヴェイドさんのほうへと視線を戻すと――

 彼は墓石を、


 ず……


 ずらしたッ!?


「ちょっとおお――ッ!?」

 なにやってるのあなたァーッ!?

 思わずしげみから立ち上がってしまったが、わたしの叫びを聞いたヴェイドさんは「あれ、フィオナ」と、ものすごく冷静にこちらを見た。

「あれフィオナ、じゃないわよ。あなたいったい何しているの?」

 慌ててかけよったわたしは、ヴェイドさんに詰め寄った。彼は土台からずらしてしまった石碑に手をかけたままの姿勢である。

 さすがに土葬というだけあって、そのままひょっこり死者とご対面というわけではなかったが、あまりお墓の内部なんて見たくはない。わたしはうっと顔をしかめて、彼の手もとから目をそらした。

「ヴェ、ヴェイドさん、あなた墓荒らしみたいな真似をして、いったいどういうつもり?」

「え? いやぼくは単にお墓の調査をしていただけだよ」

 飄々とつかみどころのない顔で彼は言った。昨日みたいに、彼が傷ついた顔をしてなくて良かったと内心思うわたしが居たが、それは頭のかたすみに追いやった。

「でもあなた、今日は採掘場に行くって言ってたわよね?」

 昨日、全ての石を駄目にしちゃったから。

 そう問うと、彼は「そう思ったんだけど」と前置きした。

「その途中で、セザールの家令に呼び止められたんだ。主人の代わりに墓荒らしの調査をしてくれって」

 え、墓荒らしの調査?

 それはわたしたちがしていたことだと思い、思わず眉をひそめた。

「で、でも滞在客のあなたにわざわざ依頼するようなことって、そんな馬鹿な話……」

 セザールさんを差し置いて、そんなことあるわけないじゃない。あるとすれば、それは単なる情報の行き違いだ。わたしはここまで一緒にきた青年のことを思い浮かべたが、彼はヴェイドさんが同じことを頼まれているとは知らなさそうだった。

「でも実際頼まれたわけだし」と、ヴェイドさん。

「疑問にも思わなかったっていうの?」

 セザールさんに確認も取らなかったあなた。あきれた。

「まあ、犯人の姿っていうのに心当たりがあったものだから事後報告でいいかと思ってね」

「あなた無駄に自分勝手よね」

 うろんな目つきになったわたしに、彼は肩をすくめた。

「まあ、話の内容からして魔術絡みだったからね。墓荒らしなんて、普通の人がするわけないじゃないか」

 普通の人がしたら困るわよ。とは、敢えて言わなかったが、まあ魔術絡みだから彼もあっさり引き受けたのだろう。

 魔術に関しては魔術師にしか分からないというのは、まあ理解できる。だとしてもそれは普段の彼だけにしてほしい。いまは魔術が使えない、と言ったわりに無茶をするのだから堪らなかった。

「馬鹿みたいだわ」

 わたしは視線から逃げるように、ヴェイドさんに背を向けた。またちょっと泣きそうになったのだ。彼は、相手を護りたいと思うのが、世界でただひとり自分だけだと思っているに違いない。

 きみといると苦しい、と言った水の魔術師。人の気持ちを思い出すからだとわたしに言った彼には、とうていわたしの気持ちなんて分かりっこない。四属性を使いこなすほど優秀な彼なのに、複雑な魔術なんかよりももっと単純な、人の心が分からないなんて。

 分かり合えないのだと、現実を突きつけられているような気分になる。

 そうして野草がつきだした石畳を見おろしながら、わたしは茂みに隠れたままのセザールさんのもとに戻ろうとした。

「フィオナ」

 魔術師がわたしを呼んだ。でも足は止めてあげない。

 勝手にすればいいのよ、わたしあなたとは別の場所で過ごすから。

「彼に任せて帰りましょ、セザールさん」

 これ見よがしに言いながら、わたしは栗色の髪の青年を探そうとするが、その彼の姿がどこにも見えないことに気づいてはたと立ち止まった。

「あれ……」

 セザールさん先に帰っちゃった?

 と一瞬だけ思ったが、そうではないのだとすぐに分かった。なぜかというと、立ち止まった先の景色が、いかにも“人間界じゃありません”というオドロオドロしい色合いに満ちていたからだ。

 ……あの、もしかしてここ精霊界?

「こら、待ちなさいフィオナ」

 後ろからヴェイドさんに手をつかまれて、わたしは肩ごしに彼を振りかえった。

「ど、どういうことよヴェイドさん」

 なんでここ、いきなり様変わりしちゃってるのよ。

 これじゃ帰れないじゃない、と思いながらヴェイドさんを見あげると、彼はあきれた顔を見せた。

「さっきのお墓、あれが精霊界のほころびの場所だったんだ」

「ええ?」

 あんな場所が?

「きみときたら、めちゃくちゃ悪いタイミングで走ってくるんだから。わざとかと思ったよ」

「だって、それはあなたが変な真似をしたからで」

「どうだって良いだろう、そんなことは」

「まあ、そうだけど」

 墓地を精霊界に繋げてしまったのは、うっかり彼に近づいてしまったわたしの手落ちだ。ヴェイドさんはただ、ほころびの場所を観察しようとしていただけらしかったが、半精霊のわたしが近づいたことで変に反応が出てしまったらしい。魔術ってよく分からない。

 結局、わたしは彼と手を繋ぎながら、とぼとぼと歩くことになっていた。昨日の今日でそうするのは少し抵抗があったが、ヴェイドさんがわたしの手を離してくれなかったのだ。

 それもそのはず。手を離してしまうと、ヴェイドさんの魂はずたずたに引き裂かれて消えてしまうというのだから。いちおう人の体を持っている彼にとって、精霊界というのはとても負担のかかる場所のようだ。

「いまはきみの持ち物になってるから、平気なんだよ」と、彼は愚痴っぽく言った。「でなきゃ人の身でこんな場所に立っていられるものか。さすがにこの死に方は嫌だから離さないでくれよ、フィオナ」


 ――彼女達にとって婚約とはすなわち、相手の体が自分の所属になるという意味だ。


 なるほど、いまのヴェイドさんはわたしの体の一部になってるわけね。そう黙って納得していると、ヴェイドさんが言った。

「きみと契約を結んだのは、間違いだったのかな……」

「え?」

 顔をあげると、そこにはしかめ顔の彼が居た。

 彼はまた昨日のように、どこか傷ついた顔を見せていた。きみといると苦しいと話したときの、あの顔だ。また変なことをされるのではと一瞬身構えたが、それに気づいた彼が「もう変なことしないよ」と苦笑した。

「さすがに昨日は耐えきれなくなってね」と、彼は言った。

「契約のことがずっと頭から離れなくて。きみを取り戻すには一番の方法だと思ったのに、ますますきみを人間から遠ざけてしまったみたいで、急に自分が嫌になったんだ」

 どう答えていいか分からず、わたしは眉じりをさげた。

「そんなこと言わないで。わたし、これで良かったと思ってるわ」

 これで良かった、それがわたしの本心だ。

 契約を結んでしまったことで、わたしは変わったかもしれない。でも、呼び戻してくれてとても嬉しいと思っている。それにアレクやローズ達とまた会えたのだから、わたしが不満に思うことは何もない。

 本当はあなたに感謝してもしきれないぐらいなのよ。

 あなたがわたしの命に希望を与えてくれたのに。

 いったい、どうやったら彼の頑なな心を溶かしてあげられるのだろう? わたしはこのところ、ずっと終わりの見えない押し問答を続けているような気分だった。いっそ開き直って、ヴェイドさんもリフレイアさんぐらい奔放に生きてくれれば良いと思うのに、彼は傲慢なくせしてやたらと真面目だ。

 考えこんだわたしの頬を、ふいに彼がこすった。

「泣かせるつもりもなかったのに」

 昨日のことを言ってるのかしら。

 今朝がた鏡を見たときに、まだ目もとが赤かったことを思い出したわたしは、気恥ずかしくなって、彼から顔をそらした。

「べ、べつに今泣いてるわけじゃ無いじゃない」

「昨日泣いただろう?」

「……あなたの代わりに泣いているのよ」

 泣けないと、あなたが言ったから。

 ただの言い訳だと自分でも思ったけど、あながち間違いでもないような気がした。彼が感情を見せない代わりに、わたしが泣いたり叫んだりしているのだと思えば、いくらか気が楽だ。そう思ったのに、

「だとしても、ぼくはそう簡単に泣いたりしないね」

 ああいえばこういう。

 そう言えば、彼はこんな人だったわねとわたしは内心あきれたのだった。




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