神様になりたかった、おじいさんの、はなし
神様になりたかったおじいさんの話
長く長く生きて何でも知っているおじいさんがいました。あまりに長く生きたので、妻も子も孫も、孫の孫も、遠い昔に死んでしまいました。
おじいさんは、ある日、神様になりたくなって出かけていきました。何でも知っているおじいさんは、もちろん神様がお住まいの場所も知っていました。
遠く遠く旅をして、神様の前にたどりついたおじいさんは
「わしを神様にしてください」
と頼みました。神様は
「なぜ神になりたいのか?」
とお尋ねになりました。おじいさんは
「すべての人を幸せにしたいのです」
と答えました。
「今日から、おまえが神だ。私はもう神でいることに倦んだのだ」
神様はそういうと、どこへとも知らず去っていきました。
新しい神様になったおじいさんは、さっそく人々を幸せにするため、人々の願いをききました。
「お日さまがいつもあたたかく照らしますように」
「草木を育てる水が豊かでありますように」
「私の歌をあの人のもとへ風がはこびますように」
願いがかなうと、人々はみな
「神様、お恵みをいつもありがとうございます」
と言って感謝しました。
願いがみんなかなうと、人はどんどん増えていきました。村ができ、町ができ、国ができました。
たくさん人が増えると、願いもどんどん増えていきました。
「となりのあいつより、もうかりますように」
「わが子が誰よりも美しくなりますように」
おじいさんは、一生懸命、願いをかなえようとしましたが、人々は次第に神様に祈ることも感謝することも忘れていきました。
それでも願いは増え続けます。おじいさんは、どんどん願いをかなえつづけました。
「わが村がどこよりも豊かになればいい」
「わが家がどこよりも豊かになればいい」
「私だけがだれよりも幸せであればいい」
とうとう、たくさんの国が互いに殺し合いをはじめました。
「隣の国の人間を皆殺しにするぞ」
「私の家族だけは生き残るのだ」
「俺はたくさん人を殺して出世する」
おじいさんは、人々の幸せだけが見たかったのに、毎日、毎日、人々は死んでいきした。
「いやだ、いやだ、死にたくない」
と、願いながら。しかし、その願いだけは、おじいさんが神様になっても、かなえてあげられませんでした。
おじいさんは、もうこれ以上、死んでいく人の願いを聞くのはいやでした。おじいさんは神様をやめてしまいました。
どんな願いも届かない高い高い山のいただきに登って、岩穴にとじこもりました。
人を見なくなって、願いが聞こえなくなっても、おじいさんは長く長く生きつづけました。たくさんの嵐が通り過ぎましたが、岩穴の奥でただじっとしていました。
ある日、おじいさんは、高い高い山の、いただきにまでとどく、強い願いを聞きました。長い間、人の言葉を聞かなかったので、なんと言っているのかよくわかりません。しかし、なんとも強い強い、おじいさんが今まで聞いたこともないような強い願いです。
おじいさんは山を降りることにしました。
世界は、まったく変わっていました。
生きた人の姿はどこにもなく、いたるところに干からびた死体が転がっていました。緑深かった森は砂漠に、海は干上がった荒地になっていました。
強い強い願いは、風も吹かない荒地の向こうから聞こえてきます。おじいさんはどんどん歩き、その願いをとなえ続けている女のそばにたどりつきました。女はすでに死にかけていました。
女はただ一つの願いだけをもっていました。
「どうか、私のぼうやが一日でも長く生きられますように。どうか!」
おじいさんは女が抱きしめている赤ん坊を抱き上げると、女のほほを、そっとなでました。女は安心してほほえむと、静かに目を閉じました。
おじいさんは、世界で最後の願いをかなえることにしました。
赤ん坊のために、暖かなお日様と草木をうるおす水と肌をなでる風を与えました。
赤ん坊に乳を出してくれる動物も、寝床になってくれる木の枝も、耳を楽しませてくれる鳥のさえずりも与えました。
赤ん坊はすくすくと育ち、立派な大人の男になりました。おじいさんは男にたずねました。
「おまえは母の願いどおり長く生きる。これから生きていくのに、なにか願いがあるならどんなことでもかなえよう」
男はにっこり笑うと言いました。
「今まで私を育ててくれたおじいさんを、幸せにしてあげたい」
その願いを聞くと、おじいさんの胸の中にほわりと暖かい気持ちが生まれました。
そして、とても眠くなりました。
おじいさんは、男に神様の役目をゆずり、眠ることにしました。
あたたかくしあわせな夢につつまれて、おじいさんが目覚めることは二度とありませんでした。