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馬耳総論  作者: 馬耳東風
3/22

リング再考

 貞子3Dなる映画が公開されるらしい。原作が発売されて10年は軽く越えてしまっているのに未だにネタになる「リング」。もっとも、今では化け物ホラーと化し、原作からかけ離れた貞子と言うのが1ジャンルになっている。全国の貞子さんにとってはいい迷惑だ。因みに、今のイメージの貞子の原型は、どこぞの二次元の生物ではないかと勝手に思っている。どちらも二次元からギョロ目をして現われる……。


 馬鹿な話は置いておいて、最恐のリングは何か?劇場版ではない。二時間ドラマ版のリングである。96年にフジテレビで放送された物なのだが、これが実に怖い。派手な音響もおどろおどろしい描写がないのに怖いのである。VHSしかないのが不思議で仕方ない。VHSしかないのもリングらしいので、狙っているのかもしれないが、韓流関係のものを流すよりこのドラマをDVD化した方が、充分金になるし、質の高いドラマを発信することに夏のだが。猫の足跡は動きも頭の回転も鈍そうだ。

 何がいいか?まず、原作に非常に忠実だ。ほぼ、原作の要素を描かれているのに、綺麗に枠に収まっている脚本のため、これを見れば原作を八割は理解できると言っていい。浅川はある意味平凡すぎる家庭人の男だし、高山はオカルトを学問にしているが豪胆でものすごく論理的、貞子は妖艶さと薄幸と復讐鬼の要素を併せ持つ両性具有の不条理な美女、そして何と言っても呪いのビデオの描写が素晴らしい。

 映画では抽象的な絵ばかりで、どうやって呪いを解けばいいのか、貞子の願望を理解すればいいのか、特別な知識と機材や発想があったとしても理解不能な映像だった。だが、二時間ドラマ版は、小説で文字だけで表現された要素がすべて描かれ、その映像の謎と呪いを解くスリルとミステリーが両立させる面白さがそこなわれていない。見ていない人が気の毒なほどよくできた映像なのだ。リングはホラーの要素だけでは成り立たないミステリー作品であるので、それを実現したドラマ版の秀逸さを物語るのは容易である。


 次にいい点を上げると、山村貞子と言う存在をどう料理しているかと言う点である。映画では、人間ではない化け物として捉えられ、理解を受けつけようとしない異常性そのものである。だが、原作の貞子は少しと言うかだいぶ違う。

 望んだわけではない力を生まれながらに持ち、それを隠しながら必死に生きようとするものの、世間の迫害にあう事で人間の残酷さを知ってしまう事になる。だが、それで世の中を見限り断絶するわけではない。女優を目指して本気で努力する面もあった。だが、次第に世の中で忍耐する内に憎しみや絶望が能力を覚醒させ、人を呪殺する事もわけなくなっていく。二面性に何処か苦しみながら夢破れて父の隠遁生活に付き添い(ドラマでは近親相姦にまで触れることで、極限まで世の中から疎んじられた末路が描かれる)、最悪の形で彼女が最も忌み嫌い隠し通そうとした両性具有の秘密が知られ、井戸に投げ捨てられて殺される。そこには、あらゆる矛盾を抱えて誕生し、それを見つめることを拒む事も出来ず、果ては神からも生きる事も存在することも認められずに死んでいく、直視するのもつらいほどの境遇の中で生きる一人の女の姿である。

 そして、呪いのビデオと言う形で復活した彼女は、世の中に対して静かで皮肉な復讐を始める。ダビングをして人に見せない限り、死の運命から逃れられない呪いのシステム。ビデオを見た人間は生き残るために、愛する者を救うためにビデオのダビングと言う呪いの拡散を続けていく事になる。その循環を切った所で呪殺の運命が待っており、貞子の復讐が途切れる事はない。生き残るためにエゴをむき出しにさせ、道徳と正義を持った行動には死が待つ。恐怖の連鎖、『リング』が切れた時、本当の復讐が始まる……。ドラマは、浅川の絶望に満ちた独白で終わる。

 「らせん」で明らかになるウイルスによる増殖も、原作第一作で提示されるし、二時間ドラマでも増殖と言う言葉がセリフの中に出てくる。すでに、キーワードは出来上がっていた。そして、増殖を目的にした呪いを作った貞子の理由もきちんと描かれている。それは、映画では削除された両性具有の設定である。

 半陰陽者と言われるこの存在は、子供を作る事ができない。Y染色体を持つため見た目は美女でも生物学的には男だからだ。だから、貞子は子供が欲しくてもできなかった。だから、ビデオと言う自分の分身と視聴者と言う存在を使って次々に増殖していくと言う、疑似的な子作りを行う。後に行われる、女性の体を使った貞子の転生を思わせる描写もあり、どんだけ製作者がリングと言う作品を読みこみ、理解していたかを想わせる演出である。

 不条理な化け物。ホラーではこれでいいのだろう。何だかよくわからない化け物が、どうやったって意味を理解しようがないビデオを作って人を呪い殺す設定だけで、十分すぎるほどの恐さがある。だが、山村貞子と言う世界に誇るキャラクターの怖さは、それが主ではない。背負いきれない運命を背負わされて生きる不幸の塊は、誰もがなりたくない自分の姿。外見の美しさと歪んでいびつな特殊能力を背負い込むことで育ってく狂気。必死に生きようとするひたむきさと世の中に対してシニカルな視線を投げつける二面性。人間が持つ矛盾したものをとことんさらけ出して、読者を射抜くその佇まいが怖いのである。自分の中に眠る、決して見せたくはない部分を貞子は引きずり出し、提示するのだ。怖いのではない、忌み嫌う存在だから嫌悪感を抱く存在と言える。


 高山竜司の存在は、ある意味では一番原作から処理しづらいのだろうが、霊的な存在のアプローチと言う点ではTV版も映画版でも変わらないのだが微妙に違う。

 真田博之の高山は、数学者でありながら超能力を持っており、否応なく不条理なものを信じざるを得ない存在だ。それ故に、世間から遠ざかり夫婦生活すら築けなかった。そして、その超能力的な部分から貞子の呪いにアプローチを仕掛け、ごく自然に受け入れてしまう。特殊能力によって社会に馴染めないのは山村貞子と一緒である。

 原田芳雄の高山は、オカルトに興味はあるが、あくまで論理的に呪いを解明していく上、クソ度胸が据わっている点では原作に同じ。終始、状況に振り回されてあたふたする浅川(念のため言っておくと男)と対照的で実に落ち着いているため、主導権は高山にある。ちなみに、こちらの高山は妻が変死しており、殺人容疑がかかった過去があるため、真田版以上に社会不適合者である。人並み外れた頭脳と思考故に、人間より貞子を理解するのは、原作に近い。

 どちらが原作に近いかと言うと、やはり後者である。論理学者である原作の高山の経歴に近いのは前者なのだが、理路整然とした思考と度胸で呪いのビデオの謎を解明する姿により、『リング』はミステリーに変容する。浅川のビビり方で、『リング』はホラーたりえる。この両者のバランスが取れているから、TV版リングは多くの映像化されたリングシリーズの中で高い評価を勝ち得る事ができる。ホラー単体の作品なら、いくらでもあるからだ。


 後は、山村貞子のビジュアルイメージ。今でこそ、あのギョロ目バージョンと仲間由紀恵の薄幸なイメージが強いのだが、三浦綺音が一番自然に見える。もちろん、最初に見た貞子だからという事もあるのだが、可愛らしさ、不幸と宿命に必死に抗う姿、世の中に対して冷たい表情で復讐を始める表情、その後に続く女優の要素を程よく持っている。さすがにギョロ目のイメージはないけど、あれは男だから除外する。

 何より両性具有と言う、貞子のキャラの肝である設定をそのまま使っているため、何故、何のために呪いのビデオが生まれたのかの説得力がある。無差別テロの様な映画に対し、TV版は、肉体的ハンデにより人を愛する事も出来ず、子供を作る事が出来なかった貞子が、ビデオと言う媒体と結びつく事で自分の分身を次々と生み出していく。さらに、子供を望んでいた事を表現し、後の『らせん』に繋がる伏線の様なものもさらっと盛り込まれている。そして、貞子の本当の望みが子供を産む事である事に気がつくのが高山だった事も忠実に再現されているのがTV版の完成度を高めている。


 ほとんど信奉に近いため、見苦しい部分があるのは承知である。だが、DVD化されず、スカパーでも見る事がないこのTV版の事をもっと人々に知ってほしいのは事実だ。僅か二時間、しかもCMを入れた上での時間に原作の要素を惜しみなく、破綻することなく盛り込まれたこの作品が、『貞子3D』を機会にもう一度多くの人に視聴される機会があって欲しいと本気で考えている。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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