ネーミング
小説を書いている際に悩むのが、「世界観」、「プロット」、「名前」である。自分の場合は人とは恐らく逆で、名前で非常に悩む。大抵の小説の登場人物はあまり身の回りにいない様な氏名を持っている。それでいて、浮く事はなく馴染んでいるのが通常の小説のパターンである。マンガやラノベでは違うだろうが……。
凡庸な名前では、その他大勢に埋没しがちになり、虚構の世界に引きずり込むのが難しい。かと言って、飛躍しすぎると説得力も生まれない。そう考えてしまうので、キャラクターの性格や履歴書はすぐに考えられるのに名前だけが思い浮かばず、最悪はネットの姓名判断にすべてを委ねる行為までしてしまう。
このように「名は体を表す」と言う大事な要素であるキャラクターの名前を色々な例を上げながら分析してみようと思う。
・アルセーヌ・ルパン
世に名高きこの怪盗の名前。しかし、この名前は現代なら訴訟になってもおかしくないものだった。何と、パリの市会議員にアルセーヌ・ロパン氏なる人物がおり、何と原作者であるモーリス・ルブランは、その名前をそのまま使ってしまったのだ。当然ロパン氏は、自分の名前が盗人のキャラクターに使われたことに不快感を示し(当時、ルパンが長いシリーズになるとは原作者すら思っていない)、ルブランはルパン(発音上はリュパン)に変更した。変更がなかった場合、ロパン三世ではカッコよくも何ともなかっただろう。
ちなみに、初期のルパンを追いまわす刑事にガニマール警部がいるが、これも劇場の支配人と同じ名で、戯曲の公演でいざこざを持ち込むのを避けるため、ゲルシャール警視と言うキャラクターに置きかえられているが、この戯曲の後日譚では同一人物だったことをほのめかしている。
・エルロック・ショルメス
「誰だ、こいつ」と思う人もいるだろう。この人は世界的な名探偵である。そう、シャーロック・ホームズの変名である。
この時代の著作権やプライバシーの緩さ故か、ルブランはルパンデビュー作と同じ事をしでかしている。
イギリスのヒーローであるシャーロック・ホームズと、フランスのニューヒーローのアルセーヌ・ルパンが対決する作品がある。この前日譚に、「遅かりしシャーロック・ホームズ」と言う作品があり、ホームズはルパンも出し抜かれてしまう。とは言っても、ルパンの正体、つまり本当の顔を見抜いて、ルパンの変装を無効化すると言う見せ場もある(ルパンは『ネガを撮られた』と感じている)。しかし、ホームズの原作者であるコナン・ドイルはこれが気に入らない。小説家として売り出したばかりのルブランと、既にホームズで一時代を築いたドイルでは親子ほどの差がある。大先輩のドイルがへそを曲げている以上、ホームズを簡単には使えないとルブランは判断するが、企画は進む上に大衆の期待も大きい。そこで彼がとった方法がアナグラムである。
SHARLOCK HORMES
EARLOCK SHORMES
簡単なアナグラムであるが、フランス語と英語と言う言語の違いもあるため、全く違う雰囲気になる。もちろん、フランス人はこれを理解しているため、ルパンとホームズの対決であることがすぐに分かった。結果は、主人公&ホームグラウンド補正で、ルパンにやや有利な引き分け。だが、この探偵は非常に噛ませ犬的な扱いになり、『奇岩城』ではルパンのカミさんを誤って射殺してしまい、『813』では調査に失敗してイギリスに退散してしまう。これでは、最近流行りのアンチやヘイトではないか……。皆さん、こういう事はやめましょう。
ちなみに、ルパン本人もこのアナグラムが便利なのか、ポール・セルニーヌやポール・シナーなどの偽名にこの方法を用いている。もっとも、これは敵にあっさり見破られてしまうのだが。
・金田一耕助
これは有名だろう。何しろ、金田一京助と言う言語学者の弟の表札を見て決めている。つまり、有名人の名前をアレンジしたわけだ。ただ、ここまでストレートだと現在ではためらいがちになる。五感が似ている程度に抑えた方がいいかもしれない。
・江戸川乱歩
これは、探偵小説の先駆者であるエドガー・アラン・ポーからつけられたもの。外国人の名前を日本語に変換というか、当て字に用いているパターン。これは面白いし、ハマるとセンスが光りそうだが、根気が要りそう。
・ゴジラ
ゴリラとクジラの合成である事は知られている。グジラと言う案もあったらしいが、ゴジラの方が五感がよくこっちが採用。
だが、もっと秀逸なのが英語表記での「godzilla」という表記。なぜgodという文字を冠にしたのか、実に不思議なのだが、これがゴジラをただの巨大生物ではない神性をもたらしていることも確かだろう。後付けの設定がさらに深みを与えているケースだ。
・ジェームズ・ボンド
007(ダブルオーセブンだよ)のコードネームで知られる、世界でもっとも有名なスパイ。この名前は、鳥類学者のジェームズ・ボンド氏そのものから来ている。さらに、原作者のイアン・フレミングはこの名前をコードネームにしたらしい。何しろ、作戦であてがわれたコードネームがプーでは、いかに上官の命令とは言え、精神的にきついだろう(命令書が残っている)。それで、自分で考えたコードネームがジェームズ・ボンドである。ちなみに、小説の方も制覇している筋金入りのファンだと、ジェイムズ・ボンド表記じゃないと嫌だと言う人もいる。気持ちは僅かにわかる。
・キン肉マン
元々は某宇宙人ものの空想特撮シリーズが元ネタのギャグ漫画だったのが、超人格闘技と暑苦しいまでの友情と言うジャンプ臭満々のマンガに変貌したこの作品。
主人公はキン肉スグル。つまり、江川卓である。空白の三日事件によるダーティーなイメージのつきまとっていた時代によくこの名前をつけたものである。元ネタの使用が露骨だっただけに、時代の緩さを感じる。
父親は、キン肉真弓。阪神タイガースの前監督である。この頃、田淵幸一とのトレードで阪神に入団している。まあ、安直なネタとしか言いようがなく、この手の手法が一番楽と言えば楽である。自分も、登場人物にジャイアンツの選手の名前をモチーフにしているので、ゆでたまご氏をとやかく言う資格はない。
・古畑任三郎
三谷幸喜が生み出した90年代の名探偵である。
彼曰く、名探偵の名前は、苗字が特徴的なのに名前は地味というのが特徴らしい。確かに、明智小五郎や金田一耕助、十津川省三、柊茂(赤かぶ検事シリーズ)、江戸川コ……。と、確かに、苗字はクラスでもいなかった様なものが並ぶが、名前に関してはこれと言って目新しさはなく、むしろ風体が上がらない方だ。
そう言う三谷理論によって生み出された古畑任三郎の名前だが、その経緯が何とも言えない。名前の任三郎は、テレビ番組でタレントが時任三郎を「ときにんざぶろう」と呼んでしまった事が妙に記憶に残っていたので、それをあてがったと言うのだ。一体どういう引き出しを頭の中に持っているのだろう?そして、苗字に関してはもっと身も蓋もない。タクシーで移動中に窓から見えた病院の名前である。
ネーミングなんて、気楽に考えた方がいいのかもしれない。
・碇シンジ
エヴァの主人公であるのは言うまでもない。この名前は、庵野監督の盟友である、平成ガメラシリーズの特技監督で有名な樋口真嗣監督から来ている。知り合いの名前をつけると言うのも、感じを変えるぐらいの配慮をすればありだろう。
・モスラ
蛾の怪獣であるため、「MOTH」が最初にイメージとしてある。さらに、「MOTHER」と言う文字を当てることで、モスラには母性と言うそれまでの怪獣にはない性格を与えることにも繋がっている。だが、第一作に母性を感じる描写はない。むしろ、母性は「発光妖精とモスラ」と言う原作小説からインスパイアされていると思われる。
原作のモスラは、日本神話のイザナミイザナギ神話の様な世界観から生まれた女神の分身である妖精アイレナと共に生まれている。そして、生命を生み出すものを守り、自身もまた永遠の生命のサイクルの象徴として、明らかに女神と母性のイメージを与えられている。「モスラ対ゴジラ」では、救いがたいほど愚かな人間を決して見捨てない、無償の優しさを見せる。「地球最大の決戦」では、手のつけられないほど乱暴なゴジラとラドンを必死に説得し、絶対に敵うはずのないキングギドラとのタイマン勝負に挑み、馬鹿コンビを「このまま黙っていたんじゃ、男が廃るぜ」と、男気を爆発させる活躍を見せる。平成モスラシリーズでは、「誕生と死」、「永遠ではないが、限りある星を生きる命を生み、守る者」と言う性格が強まり、一層母性の怪獣の側面が強まる。名前に恥じない活躍を見せることで、名前負けしなかったのだ。
逆に、大事なものを守るためならば、破壊や暴力に訴えることも辞さないバトラは男神である。草食系男子よ、バトラの爪の垢を煎じて飲ませてもらえ。
・水曜どうでしょう
北海道のローカル深夜バラエティ番組である。ローカルな上に深夜番組。救いようのない地味なコンセプトにも関わらず、今や大泉洋と共に全国の知名度を誇っている。
名前の由来は、映画番組「水曜ロードショー」から来ている。一昔前は、民放に必ず映画番組があったものだが……。下手なバラエティやドラマを流すより、よっぽど数字を取れるはずだ。とりあえず、ターミネーター、トータルリコール、ジブリ、プレデター、トレマーズ、釣りバカ日誌、平成ゴジラシリーズ。これだけやっておけば、20%越えも夢ではないのに。
話は戻して、「低予算、低姿勢、低体力」をコンセプトに、色々とやってみようと言う番組だった。何しろ、最初の頃にはアーティストへのインタビューやコントなどもやっていたくらいだ。ノリが軽いと、案外勢いをつけやすいのかもしれない。
・雅楽戦隊ホワイトストーンズ
ふざけ過ぎである。馬鹿馬鹿しい事を本気でやらないと、こんなタイトルは思い付かない。
これも、北海道のローカル深夜番組「ドラバラ鈴井の巣」で放送されたドラマである。そのコンセプトがすごく、札幌市白石区だけを守ると言う設定だけで笑わせてくれる。ちなみに、戦闘服はもっとすごい。
白石区だけを守るわけだからホワイトストーンズである。なので、登場人物も白石区の地名があてがわれる。本郷、南郷、北郷、大門、もみじ、大谷地などと、白石区(分区前も含む)の地名がネタになっている。さすがに致命をネタにするという手法入れずらいが、藤枝梅安と言う偉大なキャラもいるので、邪道とはいえない。
ちなみに、ホワイトストーンズは初代と二代目が降り、初代は『モザイクな夜』と言う深夜バラエティーで始まり、水曜どうでしょうまで続いている(無印、帰って来た、ゼータ、Rなど、聞いたことのある言葉がつく)。また、競走馬にホワイトストーンと言う馬がいたが、それは一切関係ない。
作者はキャラクターの名付け親である。厨二病臭いのはまだいいが、間違ってもキラキラ(DQN)ネームの様な読めない名前はつけたくはないものだ。本当に、あなたがそのキャラクターを愛しているのなら、もう少しだけ時間をかけて名前を考えてみよう。




