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1: 月のない日

イツク:女の子、禁忌と呼ばれる黒髪黒目、ストリートチルドレン

今宵野竜里こよいのろんり:男の子、薄紫の髪と濃紺の瞳、天姫

オヤは、早くに亡くなった。

ハハオヤしかいなかったけど、それでも彼女はアタシを大切にしてくれたし愛してくれたし?

彼女の前では迫害され続けるアタシも守られるべき子供でいられた。


まるでオモチャのように簡単に彼女が事切れたあの日、アタシは泣くことをやめた。

だって泣いたって誰も慰めてくれないし、頭をなでてくれる優しい手も存在しない。

そうでしょう?


カミサマだなんて信じてなかった。

救いだなんてどこにもなかった。

世界はひどく汚れていたし、誰も助けてくれなかった。


だからあなたに出逢ったとき、アタシ、すごく驚いたの。

だってあなたは、天使のように綺麗で、悪魔のように冷たかったから。

それはまるで、汚れたアタシすらも救ってくれる、綺麗な存在のようだったから。












彼女が死んで何年たったんだろう。

わからないけれど七歳の誕生日は彼女が祝ってくれた。

そしてアタシは十三歳の誕生日を迎えた。

だからたぶん、彼女が死んで六年くらい。

そのあいだにアタシはストリートチルドレンというものの仲間入りをして、ロクデモナイ、アタシの容姿をおそれない仲間たちと一緒に暮らしてる。


彼女の声も、彼女のぬくもりも忘れた。

それでも彼女がくれたモノだけはなくさずにアタシはまだ生きてる。

イツクっていう、名前も。

死を招く死神の色といわれるこの真っ黒な髪と瞳も。

そしてこの躰ですら彼女がくれたもの。

アタシは、彼女の子供だから。

彼女がくれたこの躰と、彼女がくれたアタシの名前。

それだけがアタシの宝物。














月のない夜だった。


しんしんと降り積もる雪が冷たくて、アタシのこと、カラスバって呼ぶ仲間たちと一緒に、仲間の誰かがどこからか盗んできた毛布を一緒にきて小さく丸まって眠らないと寝れないようなそんな夜。


今でも鮮明に覚えているわ。

アタシやアタシの仲間たちが立ち入ることも許されないその場所に、貴方は一人立ってたの。

きっと死ぬまで忘れやしない。

アタシは今でも、あの出逢いは運命だったと信じてる。


長い薄紫の髪が、雪の舞う風に踊っていて、端正な顔立ちはやや神経質そうな…不機嫌そうな表情を彩り、濃紺の瞳からはまるで作り物のような冷たそうな印象を受ける。


大きな十字架が掲げられた教会の前で、貴方はその建物を憎々しげに見上げる。


「じろじろ見るな。」


冷たいその物言いに、アタシはハッとする。

貴方は慌てるアタシに冷たい一瞥をくれ、長く綺麗なその髪を翻し歩き出す。


濃い夜の闇と長い薄紫の髪、そして白い教会のコントラストがひどく綺麗でどうしようもなくて。

アタシはとっさに貴方の黒いコートをつかんだの。


本当に、無意識だったのよ?


貴方はその濃紺の瞳を一瞬大きく見開き、すぐにまた不機嫌そうな表情に戻る。

すぐ元の表情に戻ってしまったことが残念で、それでいて違った顔が見れたことがうれしくて、マーブル模様のようなわけのわからない気持ちになった。


「ナニ。俺に何か用でもあるの?」


青年とも少年とも言えるくらいの容姿にしては不釣り合いな色香のある声が響く。

彼の視線がアタシから動かないことにアタシは思わず硬直する。


無機質なガラス玉のような濃紺の瞳が私を見据える。

アタシの手より大きな手がアタシの手を包みこむ。


「手、離して。動けないでしょう。」


コートを掴んでいたアタシの手をつかみ、そこから離す。

コートから離されたアタシの手は、依然、貴方の手の中で。


少年にも青年にも見える容姿からは想像できないほどにしっかりした、大きな手。

だけどその指先は、性別に反した長く綺麗に整えられた爪が彩る。

…さすがにマニキュアは塗ってなかったけれど。


「アタ…シのコト、怖く…ないの?」


アタシの問いかけに彼のもともと不機嫌そうだった端正な顔立ちがさらに不機嫌そうに歪む。


「何で俺が、子供に怯えなきゃいけないの。馬鹿にしないで。俺を誰だと思ってるんだ。」


怯える子供が泣き出してしまいそうな鋭い視線にアタシは思わず息をのむ。


「誰…って、そんなの知らないけど、でもっアタシは、死神の色を持つ子供で、死を招くって言われてる色で、それでっ。」


慌ててそんなことを口走るアタシの顔に、彼はその端正な顔を近づける。

ふわりと香る、薔薇の香り。


「だから、なんだっていうの?

死は人に対して、平等に訪れる。この天姫あまきが、そんなもの恐れるはずがないだろう?」


高慢で傲慢なその物言いが似合うほどに、彼は美しい人だった。

薄紫の髪は風にはためき、濃紺の瞳は遥か高みからアタシを見下ろす。


それはまるで、大輪の薔薇のように美しく。


「ア…マキって、なに…?」


彼は、アマキさんは大きなため息をつく。

やっぱりそのまま、“アマキ”というのは彼の名前だったのだろうか?


「まさか、わが天き姫殿あまきでんを知らない人間がこの地域にいるなんてね。」


アマキデン


アタシの知らない言葉。“アマキ”っていうのも、それに関係するものなのかな?



首を傾げるアタシを呆れた目で見降ろしていた彼は、ずっと掴まれたままだったアタシの手をつかんだまま歩きだす。

身長の差からか、歩幅が違い、半ば引きずられるようにアタシは歩くはめになる。


「ねっねぇ、どこに行くのっ?」


彼としては明確な目的地を持って移動しているのだろう。

だけどそれは彼の意志であるからに、言ってくれない限り、先ほどであったばかりのアタシが理解することはできない。

彼はアタシの方をちらと見て、また前を向いて歩きだす。


「だから、どこに…」


「天姫殿。」


先ほど出てきたその言葉に、アタシはぽかんとする。

アマキデン、それはどうやら場所の名前だったみたいだ。


「口で説明するより、見せた方が早いでしょう。」


そう言って彼は、アタシの手を掴んだまま、すたすたと歩いて行く。

だけどやっぱり小走りで引きずられるように歩くのって辛いもので…。


「ねぇっねぇ!アマキさんっ」


「……なに。」


アタシの声に、彼はわずかにスピードを落として、振り返る。

長い薄紫の髪が、その動作に合わせて揺れて、ひどく綺麗。


「もうちょっとゆっくり歩いてよ、アタシとあなたじゃ足の長さが違うんだから。」


アタシのその言葉の意味を確かめるかのように彼はゆっくり瞬きを繰り返したのち、

一言感想を零した。


「短足。」




とても綺麗で、とても失礼な人。

それが竜里ろんりの、第一印象。


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