第八章・復讐
1.牢
「十四回目、っと」
断続的に聞こえてくる爆音を数えていたジュンは、孤独にため息をついた。
他の牢に入れられた罪人達も悲鳴を上げ、必死に暴れている。
見捨てられることを恐れているのだろうか。
「違う、かな」
見捨てられたことに気付きたくないのだ。
(多分、初代が目覚めたんだ……)
四代目竜人が抱いていた恐怖を思いだし、ジュンはぶるりと震えた。竜人となってからの数日で、竜人の記憶もほとんどが回復している。
言うなれば、二日で数千年を生きた実感が湧いてくる。
決して樹を枯らすな、と初代と同じ事を言って毒を呷った四代目。まだ初代竜人の恐怖は生々しく語られていた時代だった。
「それが、燃えるなんてなぁ……」
しっかりと説明できなかったジュンの過失なのだろうか。
いや、歴代の竜人にも想像できなかった。誰が竜人になる林檎を分けて食うなどと考える。誰が竜人自ら樹を燃やすなどと考えるか。
「やれやれ、だな」
腕にまとわりつく鎖を厭わしそうに眺め、ジュンは立ち上がった。
牢に来る何人かの気配を感じたからだ。
(……断罪人とかいう落ちはやめて欲しいなぁ)
階段を降りる三人の足音を聞き、他の罪人の叫びも増す。
だが、アキならきっと彼らを見捨てるだろう。
ここにいる君達自身の運が悪い、と言って。
合理主義にして運を信じるアキ。
運良くアキの友達であるジュンは、自らの開放を予期して小さく笑った。
2.再会
ジュンを解放するアキを尻目に、マコトは辺りの罪人たちの牢を開けていった。
アキは軽く反対したが、マコトにはここにいる人々が哀れに思えたのだった。
全ての人に忘れ去られ、崩れゆく王宮の地下で叫ぶ彼らが。
しきりに感謝をする女性や、一目散に逃げていく少年。
「気にしないことです……死ぬほどの罪を犯したわけではないのでしょう?」
そう言って、しつこいほどに礼を言う女性を階段に押し出す。
アキたちに視線を移し、
「歩けますか?」
「ええ……大丈夫です、マコト。心配をかけたね」
一言も説明する前に、親しげにマコトを見つめてくるジュンに奇妙なものを感じたが、すぐに納得する。ジュンに宿った力は為政者として最も重要な、記憶と経験。
当然、カゼサキの記憶も受け継いでいるのだろう。
「……説明は不要ですか?」
「大方予測済み、だよ。初代が怒っているんでしょう?」
あっさりと言うジュンに、その場の三人は凍りついた。
「初代、ですって?」
「ああ。そうか、マコトも知らなかったのか。樹を、燃やしたでしょう? それで初代が目覚めたんだ」
「……樹を、燃やしたせいで?」
自らの過ちを指摘され、その場に腰が抜けたように座りこむサリ。慌ててアキが手を引いて立ち上がらせる。
「気にするな……いつかくる日が今来ただけのことだからな」
「うっ、ん。……でも、私が、勝手に炎を吐いたせいでこんなに、っく。王宮も……」
犯した行為に泣きだし、しゃくりあげたまま動こうとしないサリ。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「……サリだけのせいじゃないよ。しっかり説明できなかった僕も悪いんだから」
「お前、なんか、変わったな」
マコトも少し驚いていた。気弱な少年と聞いていただけに、胸を張ってサリを慰めるジュンは、意外に思えた。確固とした意思と、身に纏う余裕。
既に王としての風格を備えている。
ああ、と事も無さげに答えるジュン。
「竜人の記憶、さ。……サリ、今僕達に出来ることは、初代をもう一度眠りにつかせることだ」
「私、たちで?」
「そう。僕達にしかできない。それが、樹を燃やしてしまったことの償いになるんじゃないかな?」
「……できる、かな」
「できる。僕が保証するよ。ね、アキ」
突っ立ったまま呆然と二人を眺めていたアキに話を振るジュン。
ジュンの変わりように驚いていたのだろう。目を瞬せながらも応じる。
「……ああ。俺達の手で、初代を殺せば、全て終わるんだな?」
「うん。終わらせる」
静かな決意をその目に満たしたジュンは、マコトの目から見ても素晴らしく頼りがいがあるように感じた。
「ん、……静かに」
何者かが階段を降りる音にマコトは警戒し、腰から剣を抜いた。
今この状況で牢に向かう人間が味方のはずは無い。
顔を見合わせ動こうとする三人を片手を上げて制し、階段の脇にある牢に身を隠す。
(誰だ?)
息を潜めて訪問者を待つマコト。程なくしてその男は現れた。
(……シカイ?)
すぐ横の牢にいるマコトには気付かぬまま、シカイは驚いたような顔で三人を見つめた。
3.敵
竜人は、つまらなそうな顔で破壊を続けていた。
始めのころにあった散発的な抵抗も鳴りを潜め、ただ荒れ狂う炎になすがままの王宮を見つめる。
「この程度か」
竜人が眠りについた三千年前から、何も変わっていなかった。
解っていたことだったが、失望の念はぬぐえない。
「つまらんっ! おおっ!!」
再び咆哮を上げる。
耳を押さえて悶える民を見て竜人は咆哮を止め、ため息をつく。
「情けない」
手に炎を生み出し、王宮に投げつける。
高くそびえ立つ尖塔を破壊し、一瞬胸がすくような感触を覚えたが、欲求不満、そして怒りは収まらない。
「……ん」
街の中央から誰かが近づいてくるのを確認し、竜人は再び生み出した炎を消した。
新たな竜人だろうか、と期待を込めていたのだが、目の前に現れたのは中途半端な少年だった。
ただ人に翼が生えただけの存在。竜人にはありえない弱々しい肌、黒い瞳。
失望はしたが、竜人でもなく、そして人でもないその少年に興味を引かれた竜人は話しかけた。
「……何者だ貴様?」
「俺は、八十ニ代目竜人の、ロクヒトだ!」
「竜人、だと? 貴様が?」
鼻を鳴らす竜人。
「……今この国にいる竜人は、私以外にはいない! 貴様、私を竜人の祖と知っての大言かっ!!」
竜人を侮辱するような存在に大口を叩かれ、自分でも信じられないような怒りを覚えた彼は、大きく翼を引き絞った。
ロクヒトも同じように翼に緊張を込める。
「死ね」
真空を作り、目の前の少年に叩きつける。
少年もまた、生み出した衝撃波を竜人に向けて放った。
互角。……いや。
「何者だ、貴様は」
わずかに押し負けた竜人は、小さな鎌鼬によっていくつかの傷を負った。
信じがたい事態に、彼の体が震えた。
「何者だ!」
「……四分の一、さ」
自嘲するような笑みを浮かべ、再度翼に力を込めるロクヒト。
「……っくそ!!」
何が起こっているのか、目の前の少年は何者なのか。理解できないままに、ロクヒトとの距離を詰める竜人。
ロクヒトの放つ衝撃波。何度も繰り返されては細かな傷とはいえ、致命傷となりうる。真祖が逃げるわけにもいかず、やけになったとも言えるその判断は結果的に正解だった。
近づく竜人に、慌てて翼を広げ離れるロクヒト。
接近戦は苦手。
その行動は如実に現実を語っていた。
「ふ、ふふ……私に傷をつけた事、後悔するがいいっ!!」
一瞬でも怯んだ事実を掻き消すかのように、竜人は高らかに笑った。
4.復讐
「久しぶりだな、小さき竜人達」
アキは、目の前の青年の余裕に首を傾げた。
たった一人でこんな所に来て、何をするつもりなのか、と。シカイのすぐ横に隠れているマコトも、不審感からか動けないでいるようだ。
「何の用だ?」
瞳に危険な色を浮かべるジュンに落ち着くよう耳打ちし、アキはシカイを睨みつける。
「用? 勿論取引にきたんだ。……君達があの暴れている初代を殺してくれたら、王の名を献上しよう」
「は?」
理解できない物言いに呆れかえったアキは、まじまじとシカイを眺める。
「王の名だけでは不服かね? ……ああ、当然名前だけではなく、権力もつける」
「な、何を……」
「どうした」
「いまさら、何を、言っている?」
「だから……君達は王になりたくはないのか?」
無邪気に、不思議そうな表情で話すシカイに我慢が出来なくなったのか、とうとうジュンが飛び出した。
「ジュンっ! やめろ!」
「な、何をっ」
ジュンの手が彼の手にかかる寸前、隠れていたマコトがシカイを押し倒す。
「な、何故そいつをかばうんだ!?」
ジュンは焦り、マコトに非難の目を向ける。
(まさか、シカイを殺すな、と言いたいのか?)
アキも不安にかられる。カゼサキの記憶を持つジュンは納得しないだろう。自らの仇にも感じられるシカイを見逃すなど、とても考えられないだろう。
当然、アキ自身も見逃すなんて思ってはいない。
「ん? おや、マコトくんではないか? 君も彼らに頼んでくれないか?」
マコトに押し倒されながらも朗らかに笑うシカイの姿に、アキはようやく理解した。
(シカイは……恐怖を感じていないのか?)
現実から逃げ出してしまったのだろうか。正常なら気付かぬわけもない。
目の前のマコトから感じられる殺意を。
「……アキくん。……行ってください」
「は、い?」
「私はこいつを殺します。これ以上無いほどの残虐な方法で。……サリさんに見せたくは、ないでしょう。……そして、ジュン、すみません。私に殺させて、下さい」
態度を決めかね、硬直したように動かないジュン。
「私が、殺さなければいけないのです。……カゼサキを護ることができなかった、私が」
「ええ? 何を言っている? 今はそれどころじゃないよマコトくん」
唇を噛むマコトと、気が抜けるシカイの言葉にジュンは肩の力を抜いた。
「……お任せします」
「サリ、行くぞ。……ロクヒトだけでは初代の相手は荷が重いだろうから、な」
へたりこんだままのサリに声をかけ、ふらつきながらも立ちあがるその体を支える。
階段に足をかけたところで、ジュンはマコトを振りかえり、言った。
「……カゼサキは、あなたを恨んでなんか、いませんでした。いえ、それどころか。死ぬ間際まで、あなたに感謝していましたよ……!」
「…………ありがとう」
小さく響くその声が濡れていたのは、アキの気のせいではなかったと思う。
アラシ。マコトの同期であり、成績優秀ではあったが、アラシ自身が剣に重きを置いていたため、実線部隊に配属されることとなった。
人の役に立つことを生きがいとしている。