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竜人の血  作者: バショウ
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第七章・復活

1.シカイ


 一日の会議を終え自室へ向かうシカイは、不可思議な動きを目にしてその足を止めた。

 四階のテラスから見える城下町で、人々が集まって騒いでた。

(何だ? 今日は祭だったか?)

 しかし祭や大会といった明るい雰囲気ではなく、緊迫感をその身に帯びている。

 集団の数人は泣き崩れ、数人は当ても無く走りまわり、数人は夜逃げをするかの様に荷物を持って町を飛び出していく。

「な、ど、どうしたと……?」

 ここにいても何もわからない。急ぎ足で門へ向かい、王宮を護る警備に詰め寄る。

「何か知っているか?」

「いっいえ、私どもにもなにがなんだか……」

「いい、門を開けろっ」

 無能な兵を押しのけ、シカイ自ら町に出る。

 間近でみると、町の混乱は際立って見えた。

 ひっきりなしに子供の泣き声が広場を包み、様々な人々の怒声がシカイの聴覚を刺激する。

 先だっての戦で兵を減らした警備隊では、鎮圧は難しいのだろう。再編すらまともに終わっていないのだ。下手に刺激しては暴動すら起きてしまうほどに民衆は浮き足立っている。

「どうしたことか!!」

 手近な者を一人捕まえ、問い詰める。すっかり怯えきった風のその男は、辺りを気にしながらも切れ切れに話し始めた。

「りゅ、竜人様が怒っておるって……おばばがっ! 逃げないとっ死ぬって!」

「おばば、だと?」

「預言者だよ! 俺も、逃げる放せっ」

 シカイの掴む手を強引に振りほどき、男もどこかへと走り去っていった。

「ふざけるなよ」

 その預言者のつまらない戯言に、町人が混乱の渦に巻き込まれたということか。

(俺の町をっ)

 また一人、噴水脇に座っている女性を捕まえて問う。

「おばばとは、どこにいるんだ?」

「先読みのおばば、ですか? ああ、この路地の……二つ目の角を曲がったら突き当たりにいますが」

 シカイはやけに落ち着いた女が気になり、ついでに問いかけた。

「感謝する……お前は逃げないのか?」

「ふふ、逃げてどうするんです? 竜人様は王なんですよ。民は傷つけません」

 そこでシカイの格好を眺め、

「……あなたは、どうでしょうかね?」

「っく、黙れ!」

 空いている手で女を殴り飛ばし、シカイは路地をつき進んだ。

 突き当たりには、薄汚い布で覆われた小屋があり、『言葉屋』と書いた看板が吊り下がっていた。

「入るぞ……貴様がおばばとやらか?」

 小さなランプに照らされる小屋の中。シカイと相対するように置かれた机の前で、おばばは熱心に薄汚い石ころの集まりを眺めていた。

 なるほど、無知な町人ならば、神秘的とも言えるこの雰囲気に飲まれてしまうだろう。

「おい、何故竜人が来るなどという流言を飛ばした」

 初めて顔を上げたおばばは、薄い絹の向こうで、楽しそうに笑った。

「くふふ、脅えてなさるか? 大臣ドノ?」

「……俺は何故か、と聞いた! 貴様も星読師の端くれなら、それがどれだけの騒ぎを起こすかわかっているだろう!」

「ふふ。それが真実だからだ」

「確かにそうかもしれない! 二日後には三人の出来そこないどもが来るだろう、だがな、何故それを民に知らせた!? 見たか? 無用な混乱が起こっているだろうが」

 無用? 無用、ね。小さく口の中で呟くおばば。

「何が言いたい……」

「無用じゃ、ないよ。……そこの金属筒を見るが良い……細かく、小さく、振動しているだろう?」

「あ、ああ。それが、どうした」

「それが、どうした? いけないね、大臣ドノ。その台詞はいけないねぇ。王国にはあるでしょう、竜人が伝える神話が……? ああ、あなたは正統な宰相じゃあなかったんだっけねぇ。くふふふ」

 神経にさわる話しかたをする星読みに、シカイの我慢も限界を越えた。拳を机に叩きつけて怒鳴る。

「説明しろっ!!」

「……これでもアタシんとこは歴史が長い。そこの金属筒は、十何代前かのおばばが王室から賜ったものさ。伝え聞いた話だからよくは知らないけどね。『この筒の振動は、竜人の怒りの度合いでもある』って話さ」

 小刻みに揺れる金属筒を眺め、シカイは鼻で笑い飛ばした。

「この程度の振動、何を恐れる? この様に」

 ぐい、と振動を続ける筒を握り、「簡単に止まるではないか?」

「恐ろしいのはアナタ、大臣サマの無知だよ……それが始まったのは今日の昼からだ。最初はエライもんだった。その筒が壊れるほどの勢いで跳ね始めたのさ……この老いた心臓も止まるかと思ったよ」

「昼から、だと」

「ああそうさ。前の竜人サマがお隠れになった時でも、かたかたと音を鳴らすくらいだったのに、ねえ。くふ、ふ」

 今度こそシカイは肝を冷やした。

 前竜人、カゼサキを殺した時の咆哮はかなりの威力だった。一日たった今でも内臓がきしみ、日に何度かは吐き気を感じるというのに。

「あれ以上、だと……? きさま、おばばは何故逃げない!?」

「アタシは、ほれ、足が不自由でね。それに、アタシら民には手心を加えてくれるかもしれんじゃあないか?」

「くっ。貴様らの税を軽くしようと努力したのだぞ!?」

「ああ、そりゃあ感謝するさ……でもね、竜人様は、殺しちゃあいけなかったのさ。アンタらは間違った事をした。だからその報いを受ける。くふふ、単純だねぇ?」

「黙れ、黙れ黙れ!!」

 これ以上聞いていられない。机を蹴り飛ばし、シカイは王宮へ向けて走り出した。

 臨戦体勢に入った竜人は確かに油断ならない相手だが、決して不死ではない。千の剣、万の矢の前にはその命も耐えきれる訳がない。

 敵に対しては警備兵が確実に指揮を執ってくれるだろう。

(子供の、しかも四分割にされた竜人に、なんの恐れを抱くか!)

「負けない、負けない、負けない……」

 周囲の雑踏の中、シカイは。自らの内に芽生えた恐怖をかき消す為に呟きつづけた。



2.動乱


 大樹の燃え滓から甦った影……初代竜人は月の光の中、王都目指して風を切っていた。

 彼は知っていた。

 八十一人目の彼を殺した人間がそこにいることを。

 殺された彼は、分身の中でも若い方だった。

 風に涙を運ばせ、竜人は哄笑を上げた。

「舐められたものだっ」

 大量の食事を採った竜人は笑いながらも、大きく裂けた口から炎の欠片をばら撒く。

「このっ竜人を殺す人間が現れるとはな!!」

 目標が見え、竜人は翼を止め、その場にしばし佇んだ。

 数十人かの逃げる民をその目に写したからだった。

 殺さずにおくのは、彼に恐怖し逃げ出す民ならば、支配化においても従順でありつづけるからだ。

 慈悲の心ではない。

 最後の一団が城門から飛び出すのを見て数分の後、竜人の攻撃が始まった。



3.予想外


 王都が燃えている。

 アキは、空から周囲を警戒していたロクヒトの声で目を覚ました。

「な、火事か!?」

「違う……サリは、いるな」

 馬車の御者席に降り立ったロクヒトは、幌をめくってサリを確認し、顔をしかめた。

「俺達以外の、竜人に襲撃を受けてる……のかな? 空から炎を吐いてやがる」

「竜人がいるのか!?」

 驚いたアキは幌中のマコトを振りかえる。

「カゼサキ、は確かに殺されたはずです。そうでなければ林檎は生らないはずですから……。他国に竜人がいるという話も聞いたことはありませんし」

 マコトも、どういうことかわからないといった風に眉をひそめる。

「……まあ、急ぐか」

 アキは馬に鞭を入れ、馬車の速度を上げた。


 街はひどいものだったが、その破壊のほとんどは王宮に集中していたおかげで、大規模な火災には至っていなかった。

 家を失った人間より、国の象徴である王宮を燃やされて衝撃を受けている民の方が多いようだ。

 広場に集まった数人は、街の遥か上方から炎を吐く竜人に平伏し、大声で許しを請うている。

 ただ無意味に走りまわる少年、今更ながらに逃げ出す準備をしている食品屋。

「……暴動は、起きていませんね」

 早足で王宮に向かいながら、安心したようにマコトは呟いた。

 アキは後ろに続きながら街を観察する。

 確かに、店を襲う人間はいないが。それはそもそも人がいないせいでもある。

 王都にしてはありえないほどの寂しさだった。

「安心するには早いんじゃないか? 王宮の後は街を狙うかもしれないぞ」

「……ええ。ですから、ロクヒト。足止めをお願いできますか?」

 そう言って最後尾を駆けるロクヒトに顔を向ける。

「お、俺が?」

「よく考えると、王宮内では空を飛べませんからね……ある程度、彼の注意を引いてくれませんかね?」

「おっ……囮かよ?」

「そうです。死にそうになったら逃げてください。なに、ジュンくんを助け出すまでです。このまま続けばジュンくんまでも殺されてしまうかもしれないので」

 足を止め、翼を広げるロクヒト。

「……くそ、急げよっ!!」

 言い残し、竜人を睨みつけ、空へと飛び上がった。

「一人で平気、かな?」

 迷ったように呟くサリ。

「まあ、大丈夫でしょう。彼はもう、歴代の竜人の誰よりも翼を自在に操っていますから。勿論あなた達も。……受け継いだ能力が一つだけ、というのが良かったんでしょうね。無理なくそれの習熟に集中できる。……世界を滅ぼすことも、きっとできますよ」

 重々しく話すマコトに、アキはサリと顔を見合わせた。

「ふふ、冗談ですよ。四人集まってからの話ですからね……おや、門番も逃げ出してしまったようですね」

 話しながら駆けている内に、王宮についた。

 門は砕け、何者かの血の痕が生々しく道に溢れている。

「竜人、ですか……これは衝撃波。ロクヒトの持つ力ですね」

 破壊された門をちらりと眺め、マコトは吐き捨てるように呟いた。

「行きましょう……こうなっては直接行った方が良い」

 竜人用の通路を使う予定を変え、堂々と中央を通っていく三人。

 見事なまでに人の姿が無い。

 がらんとした吹き抜けがずいぶんと惨めに見えた。

 断続的に襲ってくる振動や爆音を感じれば、逃げ出すのも無理もない事だろうが。

「……この国は、終わりか?」

 アキは呟き。足を止め、何かを考える。

「……たった一人の、竜人、に……?」

 神話。初等部でいつか読んだ童話に思いを馳せる。

「何をしてるんです、急がないとロクヒトくんも持ちませんよ」

「あ、ああ」

 サリに手を引かれながらも、アキはゆっくりと想像の中に沈んでいった。



4.文献


 シカイは王宮の地下に入り、禁書を片っ端から紐解いていった。

 兵のほとんどが逃げ出してしまい、今のシカイには知識で対抗することしかできなかったのだ。

 シカイにとって誤算だったのは、相手が完全な竜人だったことだ。

(何者だ、奴は!?)

 欲しいのは、竜人の情報だ。

 人の力で竜人を止めることが出来るのか。シカイは涙を流しながらまた一冊、流し読みした禁書を放り投げる。

 学者ならば怒りを覚えるような光景だが、構ってはいられない。

 新たに一冊の書を手に取り、ぱらぱらとめくる。

 『竜人とは』

「ん」

 気になった部分で手を止め、読み進める。四代目竜人の遺した記述だ。

 『竜人とは、神にも等しい存在であり、完全に滅ぼすことは誰にもできない。私はこれから死ぬが、新たに五代目の竜人が起つだろう。所詮私は偽者の竜人であるが、初代竜人は本物の神であると言ってもいいだろう。彼は死ぬ間際、こう遺したとある。「飽きた。私はしばらくの眠りに就く。木を枯らすことのないように」、と。彼の死んだ跡には一本の木が生え、その実を食べた学者がニ代目の竜人となった。何故初代は、しばらくの眠りと言ったのか。私はこう考察する。いつか、また目覚める気なのではないか、と。自らの体に生えた木が枯れる程の事件が起こった時、再び目覚める気なのではないか、と。私はここに遺す。決して木を枯らすな。暴君を目覚めさせたくはないだろう』

 発作的な怒りに体を支配させたシカイは、本を壁に叩きつけた。

「なんて事だ……! 全てはあの女の策略だったのか!!」

 シカイの脳裏には、炎を木に叩きつけたサリの姿が浮かんでいた。シカイの中でサリは、まがまがしい笑みを浮かべ、あざ笑うかのように樹を燃やして見せた。

 事実はただの偶然だったのだが、脳を沸騰させたシカイは気付かない。

「どうする……どうする、どうする」

 また爆発音が響き、何かか崩れるような音が頭上から聞こえてくる。

 今までより一段階大きなその振動に、シカイは唯一の対策を思いついた。

「……竜人と、あいつらガキを戦わせれば良いじゃないか!」

 サリの意思で樹を燃やしたのならば、そんなことを了解するわけがないという矛盾。

 自らの考えの不整合にも気付かぬままに、シカイは立ち上がり。

 ジュンを開放するために牢へと向かった。

 不眠不休で続いていた会議。誰にも相談できぬ現実。決して立ち向かえない敵。起こり続けた想定外の事態に。

 シカイは、静かに狂い始めていた。



カゼサキ。十二歳。親のエゴで竜人とされてしまった哀れな少年。その力はまだ使いこなせてはおらず、空を飛ぶこともほとんどなかった。

初等部での成績は優秀だったが、人付き合いを嫌い、一人で空を眺めていることが多かった。

人を疑うことを嫌い、その純真さが仇となってシカイに殺された。

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