第六章・計画
1.思惑
「実に、困った」
王城を乗っ取った王国警護番役は、そのまま名を変え、新王国警備兵となった。
隊長、分隊長クラスの人間はそのまま新王国の重鎮となり、シカイは現在の実質的な支配者である、宰相の肩書きを得た。
全ては前竜人に押させたあの書類のお陰だった。
予算案などどうでも良い。四枚目に書かれた一文、『シカイを次の宰相とする』を紛れこませる為のものだ。
(あのマコトとかいう奴も間抜けだ……まあ仕方ないか)
全ては慣習に基づいての判断だ。マコトの立場では仔細に渡って検閲する権利は無いのだ。
問題は、竜人となったあの子供達だった。
幸運にもその内の一人、ジュンという少年を連れ出せたのは良い。
良いのだが。
(後三人……どうやって捕まえるか)
シカイが竜人になれなかった以上、これからの統治に、竜人の存在など無用だ。
むしろ邪魔にしかならない。一人残らず殺すしかないのだ。
思案を進めながら、シカイは拘置所に向かった。
「具合は、どうだね?」
「い、いわけが……ない」
両の手を鎖に繋がれたジュンは、ぐったりと憔悴しきった顔をシカイに向け、弱々しく唾を吐いた。
人間ならば発狂するほどの自白剤を打ったというのに、未だ自我を残している。あらためて竜人の強さというものを思い知らされる。
肉体的な強さ以外に、生き残る為の強さを残している。
しかし、所詮は動物のしぶとさに過ぎない。
「君は二日後の朝、処刑される。……思い残すことは、無いか?」
「ある」
「ふん?」
「お前を、ころせなかったこと」
目にはまだ光がある。
(まだ希望はある、というのか?)
「ふふ、しかし、君の村に行ったがお仲間はまだ捕まらなかったよ……逃げ出したんじゃないか?」
「そ、んなわけな、い」
「本当に? 危険を犯して君を助けにくる、と?」
「そう……だよ」
「まあ、どちらでも構わないがね。来たらその場で抹殺する。来なければ国内を歩けぬよう領主に伝える。どの道竜人の歴史は、君達で絶えるのだ」
「……黙れ。殺人者」
「……ああ、記憶があるんだったか。初めてだろうな。竜人を殺した人間は……すぐに断罪人という名の二人目が続くけどね」
「必ず、誰かがお前を、殺すよ」
不快だ。
「もういい、黙れ」
少年の喉めがけ足を振り下ろす。
「ぐ、うぅ」
それでも憎々しげにシカイを見つめる。
「……そうだな、一人くらいは残して、実験に使うとするか。……サリと言ったか、あの女ならば最適だろう。学者、も喜ぶ……」
殺気、を感じた。
足が震える。背には冷汗が涌き出てくる。
今までどうして平気で話していたのだろう。
少年とはいえ、竜人なのだ。
「そんなことをしてみろ……。三十二代目が考案した最も残虐な方法でお前を殺す」
数千人の奴隷を実験台に使ったという、『虐殺王』の名を口に出すジュンの目には、確かな殺意が浮かんでいた。
「……黙れと言った! じゃあな、竜人様。この国は俺が動かす……安心して、死ね」
鎖に縛られた少年に恐怖を感じた自分を恥じ、顎を蹴りつける。
恐怖を押し殺し、勝ち誇った顔を見せるが、少年は涙を流しながらもシカイを睨みつけている。
(くそっ、何で絶望しない? 竜人の誇りか? たかが農民のガキの癖にっ)
怒りに任せ、力一杯扉を閉める。
これからもまた会議だ。
既に捕らえた竜人一人にかまけている暇は、無い。
力強く床を踏みしめ、シカイは会議室への扉を開けた。
2.邂逅
マコトは、地下室を覗き込んだまま思考が停止するのを感じた。
(何だ、あの翼は? 何だ、あの爪は? ここは、薬品の保管場所ではなかったのか?)
「あ、あの」
固まったままのマコトに、強固な爪を生やした少年が語り掛ける。
マコトが何度も目にしてきた、竜人の証となる爪。そして翼。見間違える訳も無い。それはカゼサキと全く同じ形状のもの。
(何故だ。林檎は一つのはず……?)
そして、竜人はシカイたちに囚われたのではなかったのか。
「とりあえず、降りてきて……話をしましょう?」
「あ、ああ」
まったく状況が理解できていないマコトは、ただ従うことしか出来ない。
梯子に足をかけ、確かめるように下っていく。床に足がついた、という瞬間。
「すみませんね」
やけに強力な少年に腕を極められマコトは叫んだ。
「やっやめろ……! 私は敵じゃありませっ」
「それは、どういう意味です?」
「そ、そこの翼の少年っ君も止めてくだ……いたっいたたた」
呆然と成り行きを見守っていた少年も、慌てて駆け寄ってきた。
「お、おいアキ、いきなり何してるんだ? そいつは誰だ? それにここはどこだよ」
「ここはサリの家の地下室だ……この人には悪いけどしばらくここで眠ってもらう」
落ち着いた物言いに、マコトはさらに焦る。
極められていた腕は開放されたが、今度は首に巻き付いてきたのだ。このままでは何もできないまま落とされてしまう。
アキやサリ、と言った名を、先ほど見た高札と重ね合わせる。
「だからやめてくれと言っているじゃないですか!? 君達はあれでしょう、ジュンとかいう少年の仲間なんでしょう? なら私は敵じゃありません、味方ですっ!」
マコトのその台詞に顔を見合わせた翼の少年とアキ。警戒しながらもマコトの手を離した。
「まず、座ってください……どこまで知っているんです?」
その場に腰を下ろし、マコトは極められていた手を振った。
「ああ、私は王国……いえ、旧王国近衛隊のマコトといいます。前竜人様を守れなかった腰抜けの一人ですよ……」
「な、そ、それは……どう、証明できます、か?」
さすがに驚いた様子の少年だが、冷静だ。
「君は竜人の林檎を食べたのでしょう? カゼサキの記憶はないのですか?」
「……不完全なもので。四分の一なんですよ」
困ったように白状する少年。四分の一とはどういう意味か、聞き返したいのを我慢し、
「では……この服でどうでしょう?」
かなり汚れてはいるが、近衛隊の制服だ。少年がそういった知識に疎ければ無意味だが、その心配は無かったようで、すぐに得心のいったような顔を頷かせる。
「なるほど、確か反乱を起こしたのは警護番役でした、ね」
「分かってくれましたか」
「ええ、もう一人呼びましょう……サリー! 薬は良いから地下室にきてくれ!!」
表情を和らげた少年は少女に向けて叫んだ。
3.目覚め
竜人墳。大樹の燃え滓の中、うごめく影があった。
陰は自らの体に日の光を感じ、大きく咆哮を上げる。
影にとってはおよそ三千年ぶりの外気だった。
まだ立つことは出来ないのか、弱々しい動きで炭の山から這い出す。
数分後、二つの足で立ちあがった影は、再び咆哮を上げる。
自らがいた燃え滓を振りかえり、不思議そうに首を傾げ、影はその場に座り込み、瞑想をはじめた。
三千年に及ぶ記憶の検索、つまり、『思いだして』いるのだ。
自らの分身達に何が起こったのか。最後の記憶。カゼサキの死に様を脳裏に浮かべ、やがて影は立ちあがり三度目の咆哮を上げた。
怒り、そして辱めを受けた者の復讐の響きをこめて。
最後の咆哮は、遠く王都までも届いた。
4.策謀
「では、君達は四人で一つの実を分け合った後、あの樹を燃やしてしまった、ということですか」
「ご、ごめんなさい……炎があんなに強いなんて」
心底申し訳なさそうに頭を下げるサリ。
横目に眺め、アキは助けを入れる。
「仕方がなかったんです……彼女には戦う力が備わらなかったから」
「いや、もうすんだ事ですよ……初めて聞いた時には絶望を感じましたが」
静かに語るマコト。アキたちの大先輩に当たる秀学院の主席卒業生だが、欠片も見下した様子を見せない。
アキたちが竜人となったこともあるだろうが、ある程度の能力を持つ相手とは対等に付き合うというのがマコトの性格なのだろう。
「それよりも、あの樹自体が謎に包まれているんです……こんな日がくるのも運命だった、ということでしょうね」
ふう、と達観したような目をどこかに向けるマコト。
「……貴方はさっき、自分を味方と言いましたね?」
「ええ」
「貴方に、何が出来ますか?」
直接的なその問いに、マコトは少し悩んでいるように見えた。しばらく口を固く結んでいたが、やがてゆっくりと話し始めた。
「……私は、前竜人、カゼサキの世話係をしていました。彼が死ぬ、数時間前にこう言っていましたよ。『私はいつか竜人の直接統治を復活させる』とね。しかしカゼサキは殺されてしいました。シカイという男に……ああ、君達を襲ったのと同じ男ですね。
さっきまでは、私に出来ることは皆無でした。だが今は、君達という新しい竜人がいます。囚われたジュンくんを助け出す為、そして国を奪い返す為の知恵を貸すことができますが……どうでしょうか」
一度は諦めた復讐の成就、か。
「知恵、ですか。しかし俺達に国を統治する気は無いんです……」
「で、でも」
まだ未練は残っているのだろう。ちらり、と後ろにいるロクヒトに視線を送り黙らせ、アキは続けた。
「ただ、ジュンを助け、シカイを殺す為の知恵は欲しい。俺達にはあの王宮の中が全くわからないので……」
「カゼサキの仇を討ってくれれば、十分です……。正直、シカイは憎い。カゼサキは、私の甥でもあったから」
悔しそうなマコトに、少しアキは同情する。
大切な人を、守りきれなかった後悔、か。
「……では、侵入経路からいきましょうか。サリ、書くものはあるかな?」
アキに合図されたサリが背後の棚から、紙を取り出した。
新たな四人の相談は、深夜まで及んだ。
5.訓練
新たに作り出した炎を、サリは必死で抑えつけていた。
「そう、そのまま……手を使っても良い、そのまま宙に浮かせるんですー!」
離れたところから響くマコトの指示に従い、ゆっくりと持ち上げていく。
顔と同じくらいの高さまで上げたところで新たに注文が届く。
「そこに固定し、もう一つ左手に炎を作れますかー?」
「は……い」
右手の上に炎を浮かせ、左手に意識を集中していく。
「ああっ……炎から意識を話すなぁ!」
マコトの焦ったような言葉にサリが気付いた時には、保持していた右手の炎は暴れ、その力を辺りに撒き散らし始めた。
何度目かの爆発。
爆心地のサリの周り、二十メートルほどの地面がえぐれ、大きな石くれが炎に侵されていた。
何度と無く高温に晒された木々は葉の色を変え、細い蔦や枯れ木はこげ跡を残すのみと生っている。
「ううっ……いき、が」
咳き込みながらも慣れたもので、地面に這いつくばって空気を探す。
(情けないよ……なんで使いこなせないんだろう)
やがて煙もはれ、力を失った炎は燃え尽きていった。
まだ周囲は高熱に包まれてはいたが、今のサリにとっては程よい暖かさとしか感じられない。
熱いとは何となくわかるのだが、竜人の力が全ての熱量を遮断し、感覚器まで伝えようとしないのだ。
「はぁ」
ため息をつき、半月状にえぐれた地面からよじ登り、マコトのもとへと走った。
「えっと、大丈夫ですか?」
耳を押さえてうずくまっていたマコトに手をかけ、声をかける。
「……あ、ああ」
「やっぱり、難しいです……上手くなってます?」
「私は、カゼサキの操る炎しか見たことがなかったのですが。上達は早い方です。むしろ早過ぎですね……一日二日で炎を手に生み出せた例を、私は知りません」
「じゃ、じゃあ良かったんですか?」
「……まあ、良いでしょう。しばらくは一人で十分ですね。さっき指示したことが出来たら、その二つを組み合わせてみてください」
では、ロクヒトの方に行くよ。
そう言い残し、マコトはよろよろと歩き去っていった。
「ふふ、なーんだ。安心安心」
一人笑みを浮かべ、サリは再び炎をその手に浮かべた。
「おっ?」
耳を押さえながらゆっくりとやってくるマコトを確認し、ロクヒトは居心地の良い空から地上へと降りた。
「ういっす」
「あ、ああ。順調ですか?」
「まあ何とか。師匠はつらそうですね? サリの爆発」
「気にせずに。……時間は無いので、成果を見せてください」
はいよ、森を睥睨できる程の高度まで舞いあがり、翼を限界まで引き絞る。
「ちょっ、と待て! 待ってください、……いいですよ」
慌てて近くの木にしがみつくマコトを視界の端に止め、ロクヒトは大きく翼を広げた。
辺りの空気が薄くなっていくのを感じる。息を吸い、目標とした林へと目を向ける。
嵐が来たかのように震える木々、積もった枯葉が吹き飛ばされていき……風は止まる。
「うーん? こんなもんです」
翼をゆっくりと広げ、マコトの脇に降り立つ。
「あっあれ? 大丈夫っすか?」
胸を押さえ、地面に倒れているマコトを揺り動かす。
マコトを抱え、影響が無くなるくらい離れたところまで飛び、再び肩を揺らす。
「あ、ああ……まあまあですね」
「で、でも随分苦しそうでしたけど」
「……伝承の通りならば、本来は完全な真空にできます」
「でもそしたら師匠、死んでましたよ」
「……これからは自己流で磨いてください。私には君に教えることは何も無い」
「はいよー」
ぐったりしたマコトをその場に横たわらせ、ロクヒトは再び空へと舞い戻った。
(っくー! 気持ち、いー!)
空を駆けるこの感覚、最高だ。
翼の無いサリやアキを、哀れに感じるくらいに。
「おおおおおおお!!」
アキは、ゆっくりと息を吸い、そして咆哮を上げた。
枯葉が舞いあがり、木も細かく振動しているが、まだ思うほどの効果はない。
「ふむ」
何が悪いのだろうか。
マコトは、声を出さずとも相手を失神させることができる、と言ったが、よく実感がわかない。
後で見まわりに行く、と言っていたマコトもくる気配がない。
(助言くらいしてくれても良いと思うが……)
喉を使わずに、意識的に腹で声を上げてみるか。
再び深呼吸。
「 っ!」
(ん?)
辺りの木々から大量の葉が舞い落ちる。横たわる枯れ木の一つが爆ぜ、欠片の一部がアキめがけ飛んでくる。
「今のは……かなりよかったな」
目の前で破片を叩き落とし、満足して呟く。
もう一度だ。
息を吸いかけたところで、背後から枯葉を割る音が聞こえた。
「ありゃ」
振り向いたアキが目にしたのは、咆哮をまともにくらい、失神したマコトだった。
シカイ。二十九歳。地方の高等部を卒業後、王室警護番役に志願する。勤勉な性格を表に出し、着実にその地位を上げていった。竜人暗殺は、税収の増加により郷里が廃村になったことが動機。
剣の腕、相手を煙に巻く話術、共に自信あり。