第四章・戦い
1.足止め
(間に合った……)
門から少し離れた暗がりで、マコトはゆっくりとため息をついた。
竜人墳を守る警備隊の動きに、緊張した気配は無い。まだ反乱の報は伝わっていないのだろう。
(伝令用の馬を盗んで正解だったな)
王都から三十分。早駆けの訓練を積んだマコトにも、この距離は初めてだったが。その甲斐はあった。
「何者か」
闇に響く門番の声。相手からこちらは見えない。
さて、どうするか。
忍び込むにしても、見つかってしまった以上手遅れだ。決心を決めたマコトは、正攻法で行くことにした。
「私は近衛分隊室長、マコトです。危急の件により、竜人墳に立ち入りに来ました。通してくれますね?」
「は、はっ?」
理解できない者を目にしたかのように、辺りを見渡す門番。
「通してくれますね?」
威圧的に言い、一歩近づき、「お、お待ち下さい」門番に止められる。
舌打ちを隠し、「何か?」
「い、今隊長をお呼びしますので、ここでお待ち下さい」
「それは、駄目です。危急の件と言ったはずです。事は一刻を争うのですが」
「し、しかし……。ん、近衛隊の、マコトさま、ですか?」
「ああ」
門番の目が鋭くなっていく。注視しているのは、襟元だ。
「階級章は、どうなされました?」
しまった、暴徒を警戒して外したのがあだになったか。
(こうなったら……)
開き直り、隊長に面通しさせてもらうことにする。
「……途中で木にでも引っ掛けてしまったかもしれません。……それより、隊長を呼ぶのなら早くしてください」
「失礼ですが、本当にマコトさまで? こんな夜更けにいかなる用があってここに? 服も……随分と汚れていますな」
「……極秘です。ここの……」
まずい。完全に疑われている。こうなっては身の証明にすら時間がかかる。
「ここの隊長は、確かアラシですね? いつ来るのです?」
マコトの顔を知るアラシならば意を察して通してくれるだろう。だが門番は、
「隊長は現在、周囲の見まわりの任に就いております。もう二十分ほどで到着する筈ですので……こちらでお待ち下さい」
丁寧な口調は変わらないが、いつでも抜刀できるよう肩に力が入っている。
駄目だ。
押し問答してるこの瞬間すら惜しい。今、反乱軍が来てもおかしくは無いのだ。
「時間が、無いんですよ!」
「私の権限では不可能です。どうしても入りたいならば隊長と直接お話ください」
「く、くそっ!」
埒があかない、と見て取り、マコトは強引に門番の脇を駆けぬけようとした。
「やはりか……」
背後から投げられた、重りのついた縄が足首に絡みつき、マコトは無様に転んだ。
「正体を表したか……竜人墳に、金目のものはないぞ!」
「ち、違いま……」
「黙れ。お前の良く場所は竜人墳ではなく、裁断所だ。……初犯ならば見逃してもらえるだろう。大人しくしておけ」
聞く耳を持たない門番に歯噛みしながらも、どうしようも出来ないと悟ったマコトは縛られるがままになっていた。
(二十分、か。間に合えばいいのだが……)
一刻も早い隊長の帰還を望みに。
2.困惑
「俺達四人で、この国を? はっ」
悪い冗談だ。笑い飛ばそうとしたアキだったが、意外にも反応は薄い。
「……それも、ありかもしれんな」
ゆっくりと話すロクヒト。あまりの台詞に、アキは自分の耳を疑った。
「お、おい。本気なのか、ロクヒト?」
「本気? ああ。これ以上無いほど本気だ。今の王国を見ろよ。重税に民は疲弊しきっている。全ては形骸化した竜人の怠慢だ。俺たちが、新しく竜人の支配を復活させるんだ……!」
「お、俺たちは農民だぞ……それにまだ子供だ」
「前竜人も子供だ。十二歳だったか? それに俺とアキ、お前は秀学院に行くことが内定していた。勤勉に過ごせば、行く末は竜人候補にもなれただろう。なんにせよ、大きな問題は無い」
どこからそんな自信がでてくるんだ。
「だ、駄目だ。俺達は不完全な竜人だ。議会が俺達を承認すると思うか?」
そもそも竜人になる為の儀式や儀礼を全く受けていないアキ達を見逃すとも思えない。運が悪ければ処刑すらあり得る。
「……アキ。お前はどうしても反対する、と?」
立ちあがり、確認するようにアキを睨むロクヒト。
「……ああ。俺は、王には向かない……。降りるよ」
「ジュンはどうだ?」
「ぼ、僕も、気は進まない。代々の竜人は、決して幸福だったわけじゃないよ。僕は、……これを機に、竜人の居ない国を楽しみに見守りたい、けど」
「じゃあ、サリは」
「私も……あんまり。アキくんが駄目だって言うなら、ね」
「そうか。……お前らを殺して、俺だけが完全な竜人になることもできるんだぞ?」
声に力を込めるロクヒト。アキも全身を緊張させる。
「やめろ。一人で何ができる……人間を捨てて、友達も捨てるつもりか?」
眼から力を抜き、はーっ、と大きくため息をつくロクヒト。
「ほんっとーに欲が無いなぁ。みんな」
素直に諦めるロクヒトに、アキも肩の力を抜く。
ほっとした空気が流れ、新たに相談を持ち掛ける。
「……じゃあ、これからのことを話し合うとするか」
「これから?」
「ああ。竜人になっちまった以上、俺達は自殺するか殺されるまで、このままだ。今まで通りの暮らしなんて難しいだろう」
「無理、かな」
下を向いて答えるジュン。
「無理だ。……俺はこの国を出ようと思う。知りたいことを知り尽くすには、この国では狭すぎるからな」
今まで口に出さなかった、朧な夢を語るアキ。
人間には不可能なことも、竜人となったこの身なら十分に叶えることができる。
「ジュンは?」「ぼ、僕は……できるなら、カゼサキの、仇を討ちたい」
どもりながらも、しっかりとした意思を込めて言い放つジュン。
「カゼサキ?」
「前の、子供の竜人」
(そうか、ジュンは記憶も受け継いでるんだ)
「仇、か」
そわそわと、ロクヒト。
「それも、良いな。俺達の力があれば、反乱軍なんて目じゃないぞ……!」
「戦うのか? 兵士と」
「せっかくだ。自分のこの力、試して見たくないか?」
とても、とても魅力的な話だ。
「……力、か」
傍らの石を手に持って、握り締める。それほど力を込めた気もないのに、ぱきん、と音を立てて割れ、崩れる。
(人間相手に、この力、を?)
「それでは……虐殺になる」
「いいじゃないか? 竜人とは言え、子供を殺して王になろうとした奴らだぞ。遠慮することはない」
「……う、む。サリはどう思う?」
「え? えっと……隊長、っていうかその反乱を指揮してた人だけを……なんとかして殺すってのは?」
迷いながら口にしたその案は、悪くないように思える。殺さないまでも、指導者を捕まえてしまえば乱が終わる可能性は高い。
「……そうだな。それで反乱は収まるはずだ。ジュン? 隊長の名は分かるか?」
手っ取り早く収めるためには、兵達に向かい、自分達が竜人だと告白することになるが……仕方ないだろう。翼の生えたロクヒトを見れば一目瞭然だ。
「う、うん……僕、じゃない。カゼサキを殺したのは、シカイっていう男。今の反乱軍をまとめてる、みたい……?」
言葉を途中で止め、辺りを見渡すジュン。
「ジュン?」
「た、大変だ、よ」
すぐに慌てて立ちあがる。
「ど、どうした?」
「逃げないと、早く……!」
あわあわと出口に目を向けるジュン。
「だから、何だよ?」
「あいつらが……ここに、入ってくる!」
尋常ではないジュンの雰囲気に押され、手早く仕度を整えるアキ。サリやロクヒトもそれに続いた。
「あいつらって……警備隊か?」
「違う……シカイ。……軍を連れて、ああ、あ、もう来る」
アキたちの見守る中、ゆっくりと、石の扉が開いていった。
3.対峙
兵と共に扉を開けたその部屋には何故か、四人の少年達がいた。
「ん……?」
後ろに控える兵に待機を告げ、シカイは少年達に向かって声をかけた。
「キミ達、そこで、何をしている!?」
「……探検、ですよ」
長髪を後ろに撫でつけた少年が答える。両手を懐に突っ込み、態度が悪い。目つきも腹立たしい。
(農民の子供風情が……)
シカイは怒鳴りたくなるのを抑え、一歩近づいた。
「目的はなにかね?」
「別に、知的好奇心の充足って奴ですよ」
彼は一人、後ろにいる少年をかばっている様に見えた。
「その、後ろにいる少年は?」
「い、イエ、何でもありませんよ……なあロクヒト?」
「あ、ああ。特に何も」
「まあ、いい。……おい、捕まえろ。殺しても構わん」
幾人かの兵に合図を出し、シカイは樹に向かって歩き出す。
う、うわああ、という叫びが聞こえる。
少年達には哀れだが、今ここにいた不運を嘆くしかない。
竜人墳に入りこむという事が、どういうことか。身をもって知ればよいのだ。
ゆっくりと樹を巡り、「林檎は、どこだ」異常に気付く。目に見えるどこにも林檎は生っていない。
竜人の死と共に一つだけ生る、というのは偽の情報だったのか?
「たっ助けてっ……!」「う、わあ化け物!!」「よ、よるな」「ま、まさか、竜人さま!?」
樹の裏側から聞こえてくる兵の叫び。先ほどの声も少年の声ではなく、捕まえようとした兵のものだったらしい。
(竜人、と言ったか!?)
兵士の言葉に全身に鳥肌が立ち、シカイは樹を周り、少年たちを樹の陰から観察する。
一人は、その背に生えた翼で空を舞い。
一人は、その細身からは想像出来ぬほどの力を振るい。
残りの二人はぼうっと逃げ回っているが……間違い無い。
(ガキ共が……俺の林檎を食ったのか!!)
絶望と、それ以上の怒りに眼前が白く染まる。
(いや、まて、まだ終わってはいない……奴らを殺せば……また林檎は生る。そう、簡単なことだ、殺せば良い)
ゆっくりと、殺意を隠しながらシカイは、逃げ回っている二人に向かい歩き出した。
4.不覚
(こんなに気持ちの良いものだったのか!)
壁に囲まれた部屋の中。空から兵の一人を蹴り飛ばしながら、ロクヒトは笑みを浮かべつづけていた。
最高だ。
また、アキに背後から近づいていた兵に体当たりをする。ごつごつした床を滑っていく情けない様は、ロクヒトの自尊心を満足させた。
「まさか、竜人さまっ!?」
「そうさ、かかってこい! 俺達竜人に敵うものはいるのか!?」
叫び、新たに飛びかかってきた兵の腕を掴み、高く舞いあがる。
「う、うわああ」
うろたえて暴れる兵を、サリ達に向かおうとする兵の集団に投げ飛ばす。
一気に隊列を崩しうろたえる兵。
段々と敵意が消え、逆に敬意をあらわし始めてきた兵も増えてくる。既に兵達の半分は剣を捨て、ロクヒト達に向かって平伏している。
(それより、残りの半分を止めてくれよ……)
また一人、アキが相手をしていた兵が吹き飛んだ。
武術を習っていたアキにとって、あの力は最高の相棒となっているようだ。
相手を殺さず、戦意を奪う。
悠長な戦いかただが、確実に相手の数は減ってきている。
(やはり俺達は王になるべき存在じゃないか)
ロクヒトとアキが敵を倒し、サリとジュンが政治に立つ。
微かに頭をかすめる、未来予想。
もう一人、ジュンに向かっていた兵に蹴りを入れる。
「す、すまん」
鼻を強打したらしく、鼻血を流して転げまわる兵。さすがに悪かったと思い、謝罪し。
無邪気な表情でアキを観戦しているサリに向かっていた兵……指揮官を眼の端に止めた。樹の後ろから迫る指揮官に、サリは気付いていない。
「ゆ、サリっ!」
「え?」
こちらに顔を向けるサリ。指揮官もロクヒトに気付かれたことで、勢い良く懐から小刀を取り出す。
(間に合うか?)
一気に翼を縮め、込めた力を開放する。
指揮官が小刀を構えたところで体当たりをし、ロクヒトも一緒に地面を転がる。
「う、ううっ?」
太ももに熱を感じ、ロクヒトは指揮官を突き飛ばして体を離す。
じわり、と広がっていく赤い染みを見て、ロクヒトの怒りは沸点に達した。
「てめえ、竜人に向かっていい覚悟して、る……?」
ぶれる視界、力の入らない四肢。その場に膝をつくロクヒト。
「麻酔毒が塗ってある……動こうと思うな」
口の端から血を流し、ゆっくりと近づいてくる指揮官。
「く、っそ」
「さ、ロクヒトくんっ!!」
慌てたように体に力を込めたサリ。
「や、やめっ!」
青ざめ、必死で止めるジュン。
(まさか、ここで炎を、か?)
ゴウ、という音と共に。
ロクヒトの見る景色全てが、紅く塗りかえられた。
ジュン。十八歳。生来気が弱く、昔から家に篭もって絵を描いていた。偶然写生しているところをロクヒトに見られ、一方的に気に入られてしまう。
生家は31代、44代目の竜人を輩出したこともある名家。地方領主でありながら、中央に対してそれなりの発言権を持っている。