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竜人の血  作者: バショウ
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第一章・歯車

後書きに人物紹介を記載します。誰が誰だかよくわかんねー、という場合ご覧下さい。

1.開始


 またロクヒトの病気が始まった。

 これから何が起こるかを予測したアキは、大きくため息をついた。

「今度は何する気だよ?」

「ん、んー。そーだな。……何する? アキ」

 少し考えた振りをして、短く刈りこんだ髪をいじりながら、こちらに水を向けてくるロクヒト。

 ロクヒトの知能は今ここに居る四人の中、否、村で一番だ。今はその上等な脳を使う気もないらしく、ぼうっとした目を投げかけてくる。

(おいおい、『暇だ何かすっぞ』って言い出したのはお前だろう?)

 何度となく繰り返してきた掛け合いに飽き飽きしながらも、アキは律儀に暇つぶしを考える。

「うん? 例えば……野球とか」

「たった四人で?」

「四人でもできるよ?」 

 小さな声で野球に同意するサリを、「はっ、もう飽きたよ」一言で切り捨てるロクヒト。

 今日のサリは、髪を後ろに縛って動きやすくしている。土色の学校指定の運動着はアキやロクヒトと同じものだ。

「おい……。ジュンはなんかねーのかよ」

 急かすようなロクヒトの台詞に、土をいじくって遊んでいたジュンが慌てて向き直る。ジュンはいつどんな時でも私服だ。毎日のように着ている服を変えてくる。同じ服を着たジュンを、アキは見たことがない。

「え? えっと、なんだっけ……」「いや、いいって」

 ボケた表情で首を傾げるジュンを、片手を上げてアキは制した。

「なんだよ、結局お前らなんにも意見ねーんじゃねーか」

 居丈高に言うロクヒトが気に障ったアキは、「じゃあロクヒトには何かしたいことがあるのか?」

「ふ、あるよ」

 ねーよ、と逆切れするかと思っていた矢先の台詞に、アキは驚く。

「え? 何かあるか?」

 思い思いに時間を潰していたサリとジュンも、興味深げにロクヒトを見つめている。

「探検、だ」

 その一言に興味を失ったアキは、再び空を仰いだ。あー、良い天気だ。

 残る二人も似たようなもので、つまらなそうな表情を浮かべ、「うーん、どうしようか」などと話し合っている。

「おい、なんだよそれ」

「おいおい、探検? なーんで高等部にもなってそんなもんに精を出さなきゃいけないんだよ」

 うんうん、と頷く他二人。

 順番に一人づつ眺め、ロクヒトは勿体をつけるように言った。

「……いいか、今回の探検はちーっと違うぞ。目的は『竜人墳』だ」

「う、……お、い。本気か?」

「うむ。真剣でござる」

 竜人墳。文字通り代々の竜人達の墓だ。アキ達の住む村からはさほど離れてはいないが、言うまでもなく警備隊が常駐する、一級危険地帯だ。

 立ち入りが許されているのは、王である竜人と、竜人になる権利を持った人間だけだ。

「それは、やめたほうが……いいと」

 あまり意見を出さないジュンも、このときばかりは反対する。

「じゃあお前は家に帰って畑、耕すか?」

「え、い、いや。でも……」

 口篭もったジュンを遮り、ロクヒトは続ける。

「サリは?」

「皆が行くなら良いけど、ね」

 あっさりと流されるサリ。少しは反対しろ、とアキは叫びたくなった。ここは俺しかいない。気合を入れてアキは言う。

「……俺は反対だ。あんなところに行って何がある? 無意味どころか犯罪だぞ」

「何があるかって? 何かあるかもしれないじゃん? 竜人の使った王冠とかさ」

 いつも通り、あまりに平和な考えのロクヒトに怒りさえ覚えるアキ。

「死にたいのか? 不法で侵入したなんてことがばれたら、俺ら罪人だぞ?」

「ばれなきゃいい。……この前から警備員の動き、観察してたんだがさ、ニの時に穴ができるんだよ。竜人墳の図面も、ほら」

 不遜、とまで言える態度で、地面に置いた鞄から一枚の紙面を取り出す。

「うわ、さすがロクヒトくんだねぇ。計画は万全ですか」

 感心したように図面を眺めるサリ。

「おい、おいおい貸せ」「わっとと、アキくん?」

 取り上げて仔細に眺めるアキ。全て手書きのその図面は、侵入経路から脱出計画まできちんと書きこまれており、ロクヒトの執念を感じさせた。

「お前、こんなもん、どっから……」

「ふふふ。素晴らしき情報化社会……なんてね。王立図書館に忍び込みまして、ちょろっと記憶してきました」

「くっ、お前、研修旅行の時か!? 何考えてやがる、学校自体が潰れるぞ!」

「大丈夫、証拠は残さず綺麗なお仕事、っすから」

 ぐっ、と親指を立てるが、威張ることではない。

「……まあ、いい。これは俺が預かる。責任を持って焼却しよう」

「え、ええっ?! おいおいカンベンしてよアキさーん。俺がどれだけの苦労をしてそれ書いたか分かるだろ?」

「うーん、そうだよ、ちょっと可哀想だよアキくん」

 何を勘違いしたか、サリまで同意してくる。

「……サリ、よく聞け。お前はロクヒトを犯罪者にしたいのか?」

 正確にはもう既に犯罪者だが、今ならまだ間に合う。アキが図面を消しさえすれば。

「う、うん? 皆で渡れば怖くないっ、て言うし」

「ちがう! それは馬車の前だ!」

 サリを相手にしていても埒があかないと見て取ったアキは、再びロクヒトを睨みつける。

「……ともかく、こんな危険な物は手早く消すに限る。竜人墳の中身を知れただけで満足しておけ」

「それは…………無理だ」

 ぽつり、と俯いて呟くロクヒト。

 基本的に騒がしいロクヒトには珍しく、暗い顔を見せる。

「何でだよ?! 竜人だぞ? 尊き者なんだぞ? 俺ら人間が関われることじゃないんだよ。お前にならわかるだろう!」

「……知らねーよ。俺の家、もう駄目なんだよ。頑張ったけど、税が、払えねーんだ!」

 血を吐くようなロクヒトの台詞に気圧され、アキはわずかにひるんだ。

「ジュン、お前は良いよ! 金持ちだからな。サリもアキも何とかやっていけるだろ。でも俺はもう駄目なんだ! このままじゃ秀学院に行けねえどころか、生きてさえいけねえんだ」

 突然名前を呼ばれたジュンは、びくりと震え、おどおどとロクヒトを見上げる。

 アキもサリも、何も言えなかった。

 今期から、税の大幅引き上げが始まり、食っていけない家が続出していることはアキも知っていた。その一つがロクヒトの家だったことに驚く。

 税を払えない人間は、王都での強制労働と、古くからの慣習で決まっている。

「だから、竜人墳から……」

「……盗掘するの?」

 歯を食いしばり、背を向けたロクヒトにつなげる形で、ジュンが口を開いた。

「あのさ、そんなことよりさ。えっと、父さんに頼めば、融資してくれると思う、けど」

 つまりながらもロクヒトに向けて語り掛けるジュン。彼にしては珍しいことだ。

「……友達に借りは作れない。そんなの、最低だよ」

 ロクヒトの矜持は高い。初等部時代から神童として名を馳せていたロクヒトにとって、他人からの憐れみや救いは、かえって邪魔にしかならないのだろう。

 今回の件も、助けてくれ、と言えずに、探検、という形で言い出したのが何よりの証拠だ。追い詰められた状況の所為か、結局は弱みを見せてしまったが。

「……うん。うん、良し、私は付き合おう! 一人じゃ心細いもんね?」

 わずかに続いた沈黙を破り、サリが手を上げた。

「お、おいおいサリ!?」

「……じゃあ、アキくんはロクヒトくんを見捨てるの?」

 見捨てる、という言葉が、アキの心を責めた。

(そうか、俺がここで引いたら、こいつはもう頼るやつが……)

 小さく心の奥で葛藤し、

「う、ううう。……くそっ。良いよ、やってやるよ」

「い、良いのか二人とも?」

 顔を喜色に染め、抱き着いてこようとするロクヒト。ぐい、と押しとどめ、アキは最後の一人、ジュンに問い掛ける。

「お前は、気にするな。なんとか俺がこいつを助けるから。もしお前が捕まったりしたら……家にも迷惑がかかるだろ?」

「う、ううん、僕も行く」

 ぎゅっ、と拳を握りながら返事をするジュン。

(置いていかれる、と思ってるのかな)

 ジュンが着いてくるのは、まずい。

 居ても居なくても、どころか。はっきり言って、足手まといだ。

 思いとどまらせようと、アキはゆっくりと諭す。

「ジュン、大丈夫だって。無理することはないん……」

「ぼ、僕が! 僕がいたら。父さんの名前を出せば、捕まっても殺されることはないよ! だから、だから僕も、行く!」

 初めてだった。

 十年間付き合ってきて、初めてジュンが大声を出した。

 アキも、サリも、ロクヒトも、唖然とした表情でジュンを眺める。

「僕は、いやだ。皆捕まって、次に見た時は絞首台の上なんてことになったら……そんなことは嫌だ!」

 ずっと考えていたんだろう。最初にロクヒトが竜人墳の話を出してきた時から。

 顔を紅く染め、ぶるぶると震えながら叫ぶジュン。

「ふ、あははは! いーじゃんか。こいよ、みんなで一緒に、やろうぜ」

 お前最高。そう言ってロクヒトはジュンに抱きつく。

「うんうん、やっぱ私らは四人いないとね? アキくん」

「ああ、まあな」

 アキは、足手まといだなんて考えた自分が恥ずかしくなった。

 ジュンだって自分のできることを必死で考えていたんだ。

「大丈夫だ。全員、俺が、無事に帰す」

 固く決意し、アキはそう小さくつぶやいた。


2.竜人


 この国は、もう駄目だ……。

 肩書きは宰相、とついているものの、マコトの実質の仕事は、竜人のお守りのようなものだ。

 一昨年即位した、八十一代竜人。御歳十二歳。

 小さいながらも、大空を駆ける為の翼や、炎を操る能力は、歴代の竜人にも劣らない。

 マコトの仕事は、幼い竜人の育成、そして警護。秀学院を主席で卒業したマコトにとって、この役目は拷問のようなものだった。

「竜人様、今日は数学のお勉強のご予定ですが……」

「……あんなもの、何の役に立とうか? 私はただ王座に座っていれば良いのであろう? ……それに、代々の竜人達の記憶も、おぼろげながらに備わっている。不用だとは思うが」

 最近は反抗期らしく、様々な理屈をもって勉学から逃れようとする。

 それを論破して机に座らせる。毎日のように続く、子供との口喧嘩。マコトは大きくため息をつく。

「思考する能力を身につけるためなのです。全てを記憶に頼っていてはいけません」

「しかしな、実質私には、政治に関わる機会は無いぞ。ただ承認するだけで」

「……いいですか、あなたは我らの王、竜人になられたのです。竜人が人間より無能でどうしますか?」

 そう言うが、マコトにもこれが詭弁だとは解っている。竜人は、最早ただの飾りとなっている。人間を越えし者を議会は畏れ、それ故遠ざけているのだ。

「ああ、その通りだ、私は竜人になったことで、人としての名を失った。父も母も、私にかしずく。マコトは私をうらやましいと思うか?」

 問題のすり替えだ。甘えるな、と小突きたい衝動を抑え、静かに語りかける。

「いいえ。しかし竜人様の御父上は、是非とも貴方様を次代の竜人に、と申されましたが……」

「それは私の意思ではない。……そもそも竜人とはなんなのだ?」

「竜人、ですか。……遥か昔から我ら人間を治める、人間以上の存在、とでも申しましょうか」

「……しかし、私は一昨年までただの人間であったぞ」

「いえ、正確には竜人候補、でした」

 ふむ、と腕を組み、竜人は首を傾げる。

「だから、問うのだ。……竜人とは、ナニモノなのだ、と」

「それを、学ぶのです。この国の真の歴史と共に」

「ふ、む。そうか……まあ、良いだろう。今日は何だったかな?」

「まずは席にお着きになって下さい。今教材を準備しますので……」

 数学、などと言ったらまた議論が振り出しに戻ってしまう。巧妙に話題をそらし、マコトは竜人を学問部屋に押しこむ。

(良し……後は数学の問題集を与えるだけだ)

 基本的にこの竜人の知能は高い。質の良い教材を与えれば、どんどんと吸収していく。マコトが嫉妬するほどの速度で。

 それも竜人の力なのか、それとも元々備わっていたものなのかは分からないが。

 眉間に皺を寄せながらも、黙々と紙を埋めていく竜人に、ほう、と小さく息をつくマコト。

(これで今日の課題は終わりだ……早く部屋に帰りたい……)

「……帰っても良いぞ? 後しばらくかかるからな。お前も暇であろう」

 分厚い問題集を恐ろしい程の早さで解いていきながら、竜人が告げる。

「い、いえ。ここで竜人様を警護するのも私の役目ですゆえ……」

 マコトは背筋がぞっとするのを感じながらも、答える。

「そうか。気兼ねすることはないぞ……」

 時折こういう事がある。

 まるで、心を読んだかのような振る舞いをする。

 だからこそ、畏れ、そして恐れるのだ。

 人間離れした部分。小さく生える翼や、八重歯の様なキバといった、外見的なものだけではなく。周囲の人間を不安に陥れるかのような、言動。

 まだ幼いが、確かにこの少年は、竜人なのだ、と感じる瞬間だ。

 こん、こん、と控えめなノックが部屋の空気を変える。

「竜人様はそのままで……」

 すり足でドアの脇に立ち、「何用か?」

「危急の用件です」

「所属は?」

「はっ。王室警護番役隊長付き、シカイであります」

 隊長の秘書、のような立場だったか。腰に吊るした短剣に手をかけ、「入ってよい」

「失礼します……。竜人様に採決を頂きたく参りました」

 床に平伏し、緊張の為か声を震わせながら話すシカイ。

「話すがよい」

 問題に視線を落としたまま答える竜人。

「はっ。……来期の警護番にまわす予算の増額を願います」

「予算選考会の許可はあるのか?」

「はっ。ここに」

 懐から数枚の紙片を取り出す。

「……マコト」

 竜人の許可を得、確認の為に紙片を調べるマコト。

「問題は無いか、と思われます」

「寄越せ」

 マコトから奪い取った紙に、自らの手形を押していく竜人。右手と視線は完全に目の前の問題集に向かっている。信頼の証か、面倒なだけか。

 まず間違い無く後者だろうがな。

 暗い考えを頭の隅に追いやり、数秒待って墨を乾燥させる。

「これで良いな」

「はっ。ありがとうございます……。では、失礼いたします」

 マコトから紙片を渡されたシカイは、喜び勇んで詰め所に戻っていった。

 いつもこれだ。

 マコトは気分が沈んでいくのを感じた。

 既に竜人は傀儡となっている。竜人を王とする、と言っても所詮名前だけの存在だ。今のシカイも、敬礼、視線、意識の全てはマコトへと向かっていた。意識的に竜人を排除しようとしているのだ。

(ならば、竜人の存在とは、何なのだ?)

 先ほどの少年の問いが、重くのしかかってくる。

(いてもいなくても……)

「マコト……」

「はっ! はい」

(読まれたのか?!)

 マコトは、体中から血の気が引いていくのを感じた。

「……部屋に戻っても良いのだぞ?」

「い、いえ。また先ほどのような輩が来ないとも限りませぬゆえ……」

「そうか。……私は……いつか竜人による直接統治を復活させる。そのときまでお前は、傍にいてくれるか?」

 そんなことを考えていたのか。

 子供のような外見とはいえ、さすがは竜人といったところか。

 内心の驚きを顔には出さないよう努めながら、マコトは俯いた。

「御心の、ままに」

 それから二時間の間、部屋は。さらさら、と羽ペンの動く音が支配していた。



3.竜人墳


 脱出の為の仕掛けを木に施しながら、アキは傍らのサリを見やった。

 そらでロクヒトと将棋をしているサリには、緊張感は全くと言っていいほど見られない。

(これから何をするか理解してるのか?)

 最後に力を込め、固く結び目を作り、ロクヒトを叩く。

「ケイマ、か……いてっ」

「終わったよ……ジュン、そっちはどうだ?」

「うん、もう少し……で」

 音を立てないようにしているせいか、まだしばらくはかかりそうだった。アキはサリとロクヒトの間に座りこみ、順番に顔色を見る。

 ロクヒトに緊張は感じられない。むしろ楽しみでしょうがないようにも見える。

 サリは……いつも通りにこにこと笑っているだけで、逆に表情が読めない。

「お前ら、本当にわかってんのか?」

「なにが?」

 こくり、と首を傾げるサリ。

「これから俺たちが何をするのか、だ」

「えっと、竜人墳に忍びこんで、金目のものを奪い去る、だよね」

 不安そうに言うサリだが、それはこれで本当にあってるのかな、といった不安で、侵入自体に危機感を持っているようには見えない。

「まあ、正解だが……ロクヒトは?」

「俺とお前がいるんだ。そう滅多なことにはならんだろ」

 夏の水練場に忍び込むのとはわけが違うぞ、と突っ込みそうになったが、ロクヒトにとっては同じ事なのだ、と気付く。

 見つからなければ問題無いという考えなのだ。

(今まで少し、甘やかしすぎたか?)

 ロクヒトがやらかしてきた悪戯のほとんどは、アキの事後処理によって事無きをえてきたのだ。決してロクヒトの運や計画が優れていたわけではない。その事に気付いていれば、こんな計画は立てなかったのかもしれない。

(今となっては、手遅れか)

「うん、そうだよね。ロクヒトくんとアキくんが揃った悪戯で、捕まったことなんてないもんね」

 今更のように感心した声を上げるサリ。

 アキのしてきた苦労を分かってくれているのだろうか?

「アキくん、運が良いから。多分今日も上手くいくよー」

 わかってない。全くわかってない。今日の相手は警備隊、そして王国、竜人なのだ。

 竜人が崩御すると、新しい竜人が必ず訪れる竜人墳。高貴な者しか入ることはできない、と言われる場所なのだ。

 どれだけの警備なのか、そもそもアキ達が入っても問題は無いのか。

 そもそも宝は存在するのか。

 考えても仕方ない疑問だけが浮かび上がってくる。

「……ああ、そう、だねえ」

 虚しくなったアキは上の空で答える。

 ごそ、と立ちあがり、ロクヒトがジュンに近づいていく。

「ジュン、どこまで進んだ?」「え、えっと、もう少し……」「って馬鹿、そこそうじゃねーだろ」

 弱々しい声に、ロクヒトの叱咤の声が重なる。

「え? でも……」「んー、貸せ。……こうだ」

 アキの位置からは暗くて良く見えないが、ロクヒトがジュンの持っている縄を奪い取ったらしい。

「あ、ああそっか……ごめん」

「こ、れで……終わりっと」

 アキは空を見上げる。月は天頂から少し傾いた程度。

「後少しで、二の時だ」

「ああ。復習するぞ?」

 木に遮られ、僅かに覗く月明かりの中、図面を広げるロクヒト。

「ここだ」

 図面を指し、次に木の陰から見える柵を指差す。

「すぐに二人組があそこを通る。通りすぎて、ニ十秒したら行くぞ。……ほら来た」

 じっと、動かずに、二人の警備員の動きを目で追う。

 視界から消えた途端、ゆっくりとロクヒトが立ちあがる。

「……」

 くっ、と親指を柵に向け、音を漏らさないように静かに歩くロクヒト。後ろにアキも続く。

 森から出る時には緊張したが、辺りはしん、と静まりかえって、どこからか虫の音がよく響いていた。

 小走りに柵に近づき、中央の丸太を枠からはずす。

 以前に一人できたロクヒトが仕掛けておいたらしい。

 次々と開いた隙間に滑り込み、最後に入ったアキが、丸太を元の位置に戻す。

「ここからは走りだ」

 極力抑えた声でロクヒトが囁き、四人は小走りで竜人墳の入り口へ向かった。



アキ。十八歳。幼馴染四人組のリーダー格であるロクヒトを支える苦労人。二歳の時両親が病死し、孤児であったところをサリの家に引き取られた。

将来は、王都にある秀学院に進学が決まっている。

腕力、知能共に並以上のモノは持っているが、所詮天才には敵わない事を自覚している。

トラブル処理能力だけは一流。

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