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03 : 知らない世界。1





 口を開かず黙ってついて来い、と言われて、いきなり変なところに連れて行かれた。そこでは、死神は海衣にはわからない言葉を操っていた。脳に響かせていたあの声はない。心配するな、という声を聞いたきり、あとの声は音の羅列でしかないものだった。


 けれども。


「ちょ、死神さんっ?」


 海衣を安心させるかのようにずっと手を繋いでくれていた死神が、手を離したと思ったらぱったりと倒れた。

 おかげで、黙っていろと言われたのに口を開いてしまった。


 そこからは大変だ。


 言葉がまったくわからないから、なんだか身なりもよければ偉そうで綺麗な人がなにを言っているのかわからず、頼りの死神は意識もなく、ただでさえ世界から放り投げられたショックというのもあるのに、混乱が海衣を襲ってくる。

 泣き叫んでしまいたい衝動をどうすればいいのかさえ、わからない。


「死神さん、死神さん!」


 起きて、と揺さぶっているのに、死神は起きてくれない。その手を綺麗なお兄さんに止められて、その隙に死神が連れて行かれそうになって、海衣は必死になった。


「や、いやだ、ひとりにしないで、死神さん!」


 役立たずな身体のせいで世界から放り出されて悲しくて、それでも死神がついて来いと言ってくれたから泣かずにいられた。

 僅かでも、冷静にいられたのだ。


 それなのに。

 海衣を少しでも安心させてくれていた死神が、どこかに連れて行かれようとしている。


「い…っ…いやだ!」


 ひとりは寂しい。そう思っていたところに来てくれた死神だ。

 連れて行かないで、連れて行くならあたしも一緒に。

 海衣は綺麗なお兄さんに押さえられながら、死神に腕を伸ばした。


 すると。


「カイ!」


 と、綺麗なお兄さんが、言った。それはまるで海衣を呼んでいるようであった。


「……あんた」

「カイ?」

「……あたしのこと?」

「カイ……カイェ?」


 発音できないのか、綺麗なお兄さんは苦笑しながら首を傾げた。


「カイでいい」

「カイ?」


 そうだ、と頷くと、お兄さんは素敵な笑みをくれた。


「ジョエル」

「え? じょ、える?」

「ジョエル」

「じょえる?」


 そういう名前なのか、お兄さんが己れを指差して笑顔で頷く。ジョエル、という名前のようだ。

 お兄さんは死神が連れて行かれたほうを指差した。


「ナツ」

「なつ?」

「ナツメ」

「なつ、め?」

「ナツ、ナツメ」


 夏か、と思ったが、死神の名前のことらしい。ナツ、或いはナツメという名前のようだ。

 ジョエルは海衣が静かになった、落ち着いたと思ったのか、死神を追おうとしていた海衣の拘束を解くと、すっとその手を差し述べてくる。まるで、だいじょうぶだよ、と言っているような、優しい笑顔を浮かべていた。

 だから、海衣はおずおずと、ジョエルの手を取る。緩く引っ張られたので、ついておいでと促しているのかもしれない。


「どこに行くんだよ……死神さん、ナツメは……」


 ジョエルの笑みは崩れない。むしろ深めてきた。

 だいじょうぶだろうか。

 そう思ったが、死神、ナツメという名のあの彼は今、そばにいない。連れて行かれてしまった。海衣にはどうすることもできない。

 仕方なく、ジョエルに促されるまま歩いた。


「ここ、どこ……?」


 歩きながら、海衣は周りを見渡した。ナツメに連れて来られたときも見回したが、邸とか館とか、そういう言葉がぴったりと当てはまりそうな豪華なところだ。

 裸足の足が、少し冷たくて、寒い。


 ジョエルはいくらも歩かないで、ある部屋の前で立ち止まると海衣の手を離し、扉を開けた。入るよう仕草で促されたので、恐る恐る中に入る。


「! ナツメ!」


 そこは寝室だったようで、ナツメがベッドに寝かされていた。ただ、周りにたくさんの人がいて、海衣は近づけない。

 どうしよう、と迷っていたら、背中を押された。ジョエルだ。ぐいぐいと押されて、ベッドに近づいていく。周りを取り囲んだ人の邪魔にならない程度にまでそばに行くと、ジョエルは海衣から離れ、ナツメを覗き込むように見ていた人に近づいて行った。なに会話していたが、ただの音の羅列にしか聞こえない海衣には、理解できない。

 少しして、ジョエルが海衣を見て外国式の「おいで」という仕草をした。あっちにいけ、ではないだろう。そうだったらここに連れて来ないはずであるし、ジョエルは笑顔だ。

 海衣はそろそろと、ナツメのそばに寄った。ベッドのそばまで来ると、ジョエルが両肩に手を置いて来て、グッと下に押される。座れということらしい。素直に従って腰かけると、よくできましたとばかりに頭をぐりぐりと撫でられた。

 海衣と言葉が通じないことを、ジョエルはわかっているようだった。

 ジョエルは音の羅列を口にしたあと、最後に「ナツ」とベッドのナツメを指差し、額を小突いた。その仕草から、どうやらなんともないらしいということが窺える。


「ナツメ、どうしたっていうんだよ……」


 いきなり倒れるなんてひどい。そう文句を言いながら、海衣はナツメを見やる。眠っているというより気絶しているように見えた。


 しばらくそうしてナツメを見ていたら、いつのまにか人気がなくなっていて、気づけば女中のような服装の女の人が、近くに立っていた。

 ジョエルの姿は消えている。


「ジョエル?」


 なぜ、またこうなるのか。

 女の人に吃驚してナツメにしがみつくように逃げたら、女の人も吃驚した顔をして、次にはにこりと微笑んだ。誰かを呼ぶ仕草をして、また新しく女の人が入ってくる。その手には水瓶のようなものを持っていて、次に入ってきた人は桶とタオルのようなものを持って部屋に入ってきた。


「な、なに……?」


 最初に見た女の人が、足を指差した。その仕草で、海衣は己れの足を見る。土や草に汚れていた。

 女の人がなにか言って、桶がベッドの前の床に置かれる。そこに水瓶の中身、どうやらお湯であるらしいものが注がれた。洗おう、ということのようだ。


「あ、洗っていいの?」


 言葉は通じていないのだろうが、女の人は頷いた。海衣はおずおずと、寝間着にしていたジャージのズボンの裾を引っ張りながら、足を桶のお湯に浸す。

 寒かった足が、ほんわかと、温かくなる。

 ほっと息をついたら女の人が前に屈んで、足を洗ってくれた。マッサージするように揉みながら洗われたので、ますます警戒心が緩む。使われた石鹸もいい香りがして、緊張感も少し解れた。

 そうなると人間、なぜか眠くなるもので。

 むしろすべてを放棄したくなる、自棄のような衝動を喚起されて。

 洗った足の水滴をタオルで拭われている間に、海衣はぱたりと、ベッドに転がった。

 女の人が笑う声が、した。







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