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11 : それは勘違いから始まっていた。2





「ナツ、おいで」


 唐突にやって来た皇帝陛下ギルヴィレスが、食後のゆったりした時間を無視して兵士とやって来ると、優しい顔を険しく歪ませてナツメに命令した。


「……だ」

「誰だ、なんて言葉は聞かないよ。いいから、おいで」

「……なんの用だ」

「おいで、ナツ」


 陛下は一方的にナツメを呼んだ。

 その違和感に、海衣は首を傾げる。

 陛下はのんびりとしたお兄さんだ。それでも皇帝陛下だ。とても偉い人だというのはわかる。ナツメは陛下に仕える魔法遣いだから、陛下がナツメに命令するのは当然だ。

 この違和感は、なんだろう。

 ほどなくして、その謎は解けた。


「……ギヴ、ジョエルはどこにいる」

「おいで」

「ジョエルはどうした」


 そうだ、ジョエルがいない。ジョエルは、海衣が料理を始めた頃から、姿を見せなくなっていた。それとなくナツメにジョエルの所在を訊ねたらとぼけられたが、しつこく訊いたら仕事に忙しいらしいと聞くことができた。皇佐、という陛下の補佐役であるそうなので、ジョエルが忙しいのはすぐに納得できた。

 だから、ジョエルは陛下のそばにいるものだと、海衣は勝手に思い込んでいた。

 それなのに、ジョエルがいない。

 陛下のそばに、ジョエルがいない。

 なぜだろう。


「僕の失態だとでも言うつもり? きみの責任でもあるだろう、ナツ。僕にばかり責任を押しつけないでくれるかな」

「……おれの知らないところで、なにをしていた」


 陛下の言葉に、ナツメがこれまでにない冷たい声で言う。それはゾッと背筋に悪寒が走るほど、冷やかな声音だ。


「ジョエルのことは、あんたが言っていたことだろう。任せろと。寄越せと。そのくせ、こういうときばかりおれに責任を問うのか」

「ジョエルを感情的にするのは、いつもナツ、きみだからね」


 ナツメと陛下の口論は、まるで冷戦だ。ナツメには笑みがないし、陛下には穏やかさがない。

 異常事態だ、というのはすぐに呑み込めた。

 ジョエルになにかあったのだ。

 ナツメを弟と呼び、海衣を素直でいい子だと言って微笑むジョエルに、なにかあったのだ。


「ジョエル、どうしたの……?」


 陛下に、思わず問うていた。ちらりと視線が向けられる。びくりと、肩を震わせてしまった。穏やかな陛下らしくない、無表情だったからだ。


「きみは護られていなさい、カイ」

「え……?」

「ロア、カイを頼んだよ」


 陛下が、後ろに声をかける。そっと現われたのは、いつぞやの優しそうな目をしたお嬢さま、ロアだ。


「承知しました、陛下」


 ロアは陛下に一礼すると、すっと海衣に近づいてくる。ロアは背が高くて、海衣の目線はロアのちょうど胸元になる。豊満で柔らかそうな胸に飛び込んでみたいものだと、初めの頃は思ったが、今はそんな気分にもならない。見上げたロアは微笑んだ。


「カイさま、少しの間、このロアと一緒にいましょう」


 外見に沿った綺麗な声でそう言って、ロアに手を取られた。この事態をどう受け止めたらいいものかとナツメを見たら、ナツメは陛下を見据えたまま、海衣を見ようともしない。


「なつめ……」


 ひとりにされそうな気がして、気づいたら手を伸ばしていた。腕を掴んだら、そこで漸くナツメが振り向いてくれる。


「だいじょうぶだ、カイエ」


 ぎこちない笑みが、いつもの言葉を述べる。

 だいじょうぶだ。

 海衣が不安になると、すぐに察してくれるナツメは、いつもそればかり言う。


 ナツメの視線が陛下に戻った。


「おれの責任だとしても、あんたにも責任はある」

「ああ、そうだね。油断した僕も悪いよ。けれどね……僕は怒っているんだよ」


 ぞくりとする、陛下の冷やかな微笑。海衣は見ていられなくて、視線を外した。


「盟約を反故にさせようとする奴らには、もう厭き厭きだ。だから行くよ、ナツ」

「潰せと? はん……それもいい。腐れた頭の連中のすることは最悪だからな。そんな連中に……義姉さんを好きにさせるか」


 義姉さん、という単語に、海衣は瞠目する。義理の姉に対しての呼称だ。

 ナツメと陛下の会話はよくないことだとはわかるが、ジョエルに関係している。そのジョエルのことを話していながら、「義姉さん」という単語はおかしい。


「義姉さん……だれのこと?」


 思わず呟いたら、ロアが教えてくれた。


「ジョエルさまのことです」

「ジョエル?」


 なぜジョエルが姉なのだ、と首を傾げたら、ロアは微苦笑した。


「ジョエルさまはナツメさまの義姉上さまでおられますから」


 血縁にある、というのは聞いている。だが、姉とは、どういうことか。


「え……え? ジョエル、女の人?」

「? はい、そうですが」


 絶句した。

 ジョエルが、綺麗なお兄さんではなく、綺麗なお姉さんだったなんて。

 知らなかった。

 いや、気づかなかった。

 お兄さんだとばかり、思っていた。

 なんと女性であったとは、あの顔と姿と口調から勘違いしてしまっていたようだ。


 しかしながら。


「胸、なかった……」


 失礼だが、まな板だったように思う。

 いや、身体にぴったりする服ではなく、ゆったりとした服がこちらでは主流のようなので、わりと体格に見合った服を着ていたジョエルの胸は強調されることがなかった。だからきちんと見たわけではない。


「その……お小さくて、いらっしゃるので」


 言いづらそうにしながらも、ロアはその事実を教えてくれる。

 昔から中性的なジョエルは、その性格もあって、女性であると忘れられがちになるのだそうだ。ジョエルが女性であると、そう思い出させてくれるのは、なんと陛下が関係していた。


「陛下は幼き頃より、ジョエルさまだけを愛しておられますから」


 おお、と思う。

 ジョエルは陛下の想い人であるらしい。

 陛下が「焦っている」というのは、こういう恋慕のことであったのだろうかと、海衣は驚いた。


「僕の魔法遣い(ジョット)だ。この僕を怒らせたこと、後悔させてやる」


 僕のジョット。

 そう言った陛下の言葉に、背けていた視線を戻した。静かに怒っている陛下は、ジョエルになにかあったことで、穏やかではいられなくなったらしい。


「カイエ」


 ふと、ナツメに呼ばれる。


「義姉さんを取り戻してくる。少しそばを離れるが、だいじょうぶだ。すぐに帰る」

「とり、もどす……?」

「ああ。行ってくる」


 ジョエルは攫われたのだろうか。

 それはわからないが、だいじょうぶだと言ったナツメは、ゆったりとした足取りで怒気に包まれた陛下のもとへと足を進め、その命令に従った。







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