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10 : それは勘違いから始まっていた。1

流血描写があります。

ご注意ください。





 食事は海衣が作る。料理がしたいと、海衣からナツメに言ったからだ。それまではどこから出てくるかわからなかった食事は、どうやらナツメが作っていたらしい。

 ナツメが料理できたことに驚いたら、魔法があるから、と言われた。

 卑怯だ、と言ってやった。

 ずるい、と言ってやった。

 ナツメは笑った。


「誰かのために料理したのは、初めてだった」


 それは、魔法を使わずに、魔法を使って料理をしたという、矛盾した答えを意味していた。


「そういうものがあるという知識はある。それを応用した」


 ぽん、とでき上がったものを魔法で出すのではなく、料理するものを魔法で捜し、そこからは魔法に頼らず食材の手配をし、台所に立ったらしい。

 海衣が案内された台所に入ったら、取り寄せたという食材の山に出迎えられた。


「買い過ぎと違う?」

「もらった」

「嘘つけ」

「給料の代わりに」

『なん日分の給料を食材費につぎ込んだんだ!』

「カイエ、言葉がわからない」


 ナツメの感覚はおかしい。

 こちらの世界の言葉を駆使して、やっとの思いで幾日分の給料で食材を買ったのか問うたら、一月くらいと答えられた。


「買い過ぎ!」

「……そうか?」


 特に問題もなさそうにする態度が、イラッとさせる。


「こんなに買って、どうするの!」

「……要らなかったか?」


 寂しそうに言われたらそれ以上もう文句も言えないから、イラッとする。


「たくさん食べる! いいっ?」

「……、ああ」


 ふわ、と微笑まれると、その苛立ちも吹き飛んでしまう。

 その日から、食事を作るために海衣は台所に立つようになった。たまにナツメもふらりとやってきて、手伝ってくれる。食べるときはふたりで一緒に食べた。


 そうやって数日が過ぎ、ジョエルが海衣を魔法遣いにすると言ったその突拍子もないことを忘れかけた日のことだった。


 アヴィシュ世界では珍しいという小型の通信機、魔法が使用されているので厳密には機械ではないが、ナツメの右耳にくっついているピアスはその通信機だそうで、連絡が入った。


「……いやだ」

「は?」


 いきなりナツメが拒絶の言葉を口にし、ピアスに触れたからそのことに気づいた。


「いやだと言っている。境界の番人はおれだ。貴様らには関係ない」


 拒絶しながら、ナツメは予想もしない行動に出た。

 ピアスを、その耳から引き千切ったのだ。


「! なつめ!」


 ぱきん、とピアスが壊れる音と、噴き出した赤い血の音が混じる。

 ナツメの耳朶からしたたり落ちる血が、あっというまにナツメの黒い衣装に浸み込んでいく。


「な、なつ、なにしてっ」

「? ああ……なんともない」

「なんともなくない!」


 海衣は慌ててナツメに駆け寄り、真っ赤に染まる耳朶の止血をしようと手を伸ばす。しかし、その手を阻まれた。


「汚れる」


 だいじょうぶだ、と言って、ナツメは微笑む。反対側の手で耳朶にふれると、その血は消えていた。

 治癒魔法を使ったらしい。


「驚かせたか……悪い」

「そ、そう思うなら、やるな!」


 正直、血には慣れていない。むしろ苦手で、月のものですら具合を悪くする海衣は蒼褪めていた。


「カイエ、カイエ、だいじょうぶだ」


 泣きそうになっている顔を、ナツメは両の手のひらで包んでくる。だいじょうぶだと微笑みながら、落ち着かせるように。


「そうか、血が怖いのか……悪かった、もう見せない」


 衣装をも染めた血を、ナツメは魔法で消す。耳朶を引き千切ったという痕跡はそれですべて消えたが、見たものを見なかったことにするなんてことは、海衣にはできない。

 今さら震えてきた身体を、ナツメは抱きしめてくれた。


「な、なつ……っ」

「ああ、だいじょうぶだ」


 背中をゆっくりと、優しく撫ぜられる。吃驚した衝動は、そのぬくもりを感じて徐々に解れていった。


「なに、言われた……?」

「ん?」

「耳の、通信」

「ああ……協会だ。カイエの言葉でいう、ピアス? 協会の連中に無理やりつけられたものだからな」

「え……?」

「邪魔だから壊した。それだけだ」


 なにを言われたのか、それをナツメは明かさなかった。ただ邪魔になったから壊したと、それだけを言った。今まで特になにか感じることもなかったから言われた通りにピアスを耳につけていたが、それだけだったのだという。


「いいのか……?」

「? なにが?」

「協会、所属して……」

「口喧しいだけの連中だ」


 関係ない、と言い切ったナツメは、さらに強くぎゅっと海衣を抱きしめると、続きをしようと言った。


「せっかくの料理が焦げる」

「あ! そうだった」


 料理の途中だったことを思い出して、海衣は慌ててナツメの抱擁から逃れ、コンロのような火器で煮込んでいる野菜の鍋に走った。幸いにもまだ味つけをする前、野菜を柔らかく煮込んでいる最中であったので、水分が多少減った程度だった。


「手伝って、ナツメ」

「ああ」


 微笑むナツメに、海衣も漸く笑みを浮かべ、料理の手を再開させる。

 ふと、なにか踏んだ感触がして、海衣は足許を見た。

 ナツメが壊したピアスの欠片だ。


「あ……」


 血が、付着している。


「カイエ?」

「……な、なんでもない」


 なんとなく、壊れたそれが気になって、海衣はさっとそれを拾って袂に入れた。


 それからは料理に専念する。それほど得意ではないが、不得意でもない。味はどうあれ、作ろうと思えば作れる。味に心配になったら、そこだけナツメの魔法に頼ればいい。


 そうやって好物のクラムチャウダーもどきを作り、ふたりして昼食にしたあとのことだった。







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