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00 : 沈黙の魔法遣い。

はじめまして、こんにちは。

ようこそおいでくださりました。

この物語はフィクションです。

造語がたまにありますのでご注意ください。





 ある人がよく言っていたものだ。


 人間を怖がるな、と。

 人間を嫌うな、と。

 人間を愛せ、と。


 言われていた当人は、どこ吹く風で、無視していたが。


「誰だ」

「忘れたのかい」

「…………」

「そこで黙すのはどうかと思うよ、ナツ」

「誰だ」

「そこまで確かめなくてもわたしは贋者ではないよ」

「…………」

「だから、どうして黙すのかね」


 なんでもかんでも忘れてしまうことを得意としている魔法遣いは、今日も今日とて本気で皇佐の名前を忘れる。最後に逢ったのはたったの三日前、そして皇佐にとある愛称をつけたのは誰であろうこの魔法遣いであるのに、である。おかげで皇佐は、誰からもその愛称で呼ばれるようになっていた。本名を憶えてくれている人のほうが今や少ないのではなかろうか。


「…………」

「……まだ思い出せないのかい」


 沈黙が大好きな魔法遣いは、皇佐をじっと見つめ続ける。穴が空きそうなほど見つめてくるくせに、それでもまだ思い出せないらしい。


 仕方ないので折れてやることにした。


「ジ」

「ジョエル」


 一音だけで思い出しやがった。

 しかもそっちは愛称のほうだ。


「ジョット・サエ・ジェイルだがね」

「…………」

「なんだい、その沈黙」


 この魔法遣いは本当に沈黙が好きだ。


「そんな名前だったか?」


 さすがにどこかの緒が切れそうになる。

 この魔法遣い、もしかしたら己れの名前すら、呼ばれることが少ないせいで忘れているかもしれない。


「殴るよ、ナツ」

「痛いからいやだ」

「ああいや、間違えたよ。殴る」


 宣言して拳を脳天に入れた。さすがに痛かったらしく、魔法遣いは頭を抱えて蹲った。こちらも拳が痛い。なんて石頭だ。


「おまえが呼び始めたんだろうが、ジョエルなんて」

「いたい」

「そりゃよかったよ」


 まったく、この魔法遣いは、記憶喪失と見紛うほど、もの忘れがひどい。まあ半分以上はわざとであろうが。


「なんの用だ、ジョエル」

「用もなにも、おまえも気づいたでしょう。なにかがぽろっと、わたしらの境界に転がり込んできたのを」


 あほな魔法遣いのせいで、本来の目的を言い忘れるところだった。


 気を取り直して、皇佐ジョエルは魔法遣いの部屋に入り、勝手に茶器を弄って自分用にお茶を淹れてしまう。魔法遣いはお茶に拘りがあるので、どの茶葉でもここに置いてある限り美味しいお茶だ。遠慮なくいただく。


「おまえ、なにかしたね」

「なんでおれなんだ」

「おまえしかいないでしょう。境界にぽろっと、なにかものを放り込むなんて。爆薬を放り込んでくれたのはいつの頃だったかな? ああ、劇薬を大量投下して焼け野原にしてみたり、変てこな魔法をぶちかまして空気汚染させてみたり、ひどく地形を変えてみたりしたこともあるね。こちらに影響がまったくないことをいいことに、境界を遊び場にしているのはどこの誰だ」

「…………」

「協会のお歴々は怒っているよ。おまえがなにかしたってね。そういうことだから、おまえが責任を持って回収してきなさい」

「おれはなにもしていない」

「していなくとも、どちらにせよ境界に落ちてきたそれを回収するのは、おまえの役目だ。これは皇帝の勅命だからね」


 魔法遣いはまた沈黙した。喋らないだけで、その脳裏ではものすごい速さの思考が働いているはずだ。


「……わかった」


 たっぷりと考えたわりには、あっさりとした答えがくる。まあ誰かの頼みを断るほど冷徹な奴ではないので、よっぽどのことがない限り皇帝の命令にも素直に従う魔法遣いだ。


「できれば今日中に回収してきて欲しいね。皇帝陛下がお暇なのは今日までだから」

「すぐに回収する」

「そうかい」


 魔法遣いはさっと動き出すと、隣の部屋から魔法遣いが着用する外套を持ってきて、羽織りながら方位計を捜し始める。机の抽斗からそれを見つけるとすぐ机に広げた地図の上に乗せ、場所を確認し始めたので、ジョエルもお茶を飲みきって椅子を離れると、地図で場所に見当をつける。


「いいかい、くれぐれも今日中に、だよ」

「ああ」

「まあ境界の中だし、心配するようなことはないでしょうが、なにかあったら救難信号はちゃんと出すように。わたしも気をつけるから」

「わかった」


 子どもが親の言うことを聞くかのごとく、魔法遣いはこくんと頷いて方位計を懐に入れる。そのまま部屋を出て行こうとしたところを、ジョエルは呼び止めた。


「ナツ」


 魔法遣いは立ち止まり、ジョエルに振り返る。


「気をつけて。それから、その頭は目立つよ。ちゃんと隠しなさいね」


 黒に近いが灰色であることがはっきりとした魔法遣いの髪は、この国では珍しい。それを指摘して隠すよう注意すると、魔法遣いは今気づいたとばかりに、背中に流したままだった外套の頭巾を目深に被った。


「行ってくる」


 外套の裾を捌き、魔法遣いは部屋を出て行った。

 ジョエルはふっと息をつくと苦笑し、さていつ頃帰ってくるかねぇと、のんびり窓から空を仰ぐ。


「早くて一週間、てところか。まあ遊んでおいで、弟弟子よ」


 今日中には帰って来ないのだろうなぁという、ジョエルの大雑把な予想は、しかし本当のことになる。

 ただし、ジョエルが見当をつけた一週間では、なかった。







異世界トリップものが描きたくなって、描いてしまいました。

次話からヒロインが出ます。


読んでくださりありがとうございます。

引き続きよろしくお願いいたします。


誤字脱字、そのほかなにかありましたらご連絡ください。



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