追放された男
このショートショートは、Nolaで執筆した作品を転載したものです
5分で読める1話完結のショートショート、是非お楽しみください。
「ねぇアイザック、どうするの? 私達これからどうすればいい?」
「待て、今考えてるだろうが」
「ホントあんた何考えてんの!? 全部あんたのせいよ!」
「だから今考えてるって言ってるだろ!」
森の中に、若い男女の声が響く。
本来ならば、野営中に騒ぐなどということは褒められた行為ではない。が、そこまで気が回らないほど、彼らは追い詰められていた。
勇者アイザック、聖女アンナ、大魔道士のエレノアに、無言の誓いを立てている聖騎士アルバートの4人は途方に暮れていた。
彼らはつい2日前に、ひとりのパーティーメンバーを追放していた。
追放されたのは、国王から『押し付けられた』荷物持ちであり、補助魔法使いの男、中年のツェゴという冴えない男だった。
「お前らだって止めなかっただろうが! あのオッサンを追放するのだって、エレノアだってアンナだってノリノリだったじゃねぇかよ!」
「だって知らなかったのよ! あのオッサンが補助魔法を使ってたなんて!」
「はぁ!? お前それでも大魔道士かよ!?」
激昂するアイザックは、エレノアのローブの襟首を掴み捻りあげた。
「その大魔道士が気づかないくらい、精密な補助魔法だったっていうことでしょ……私だって気づかなかった……あのツェゴさんが私達のステータスを3倍にする補助魔法を使ってたなんて」
聖女アンナは呆然と焚き火の炎を見つめていた。
先ほどから無言の聖騎士アルバートは力なく横たわり、弱々しい呼吸を続けている。
彼らはつい先程、強力な結界を展開する有翼の魔獣、スフィンクスに遭遇していた。
本来ならば、いつもの勇者パーティならほんの数分でスフィンクスは討伐され、哀れな死骸を晒しているはずだった。
空中から襲いかかるスフィンクスの巨大な爪の一撃をまともに受け止めた聖騎士アルバートの甲冑は、無惨に内臓ごと切り裂かれていた。
四肢を失っても復元させられていた聖女の治癒術は、聖騎士の傷の止血をするだけで手一杯。
山をも消し飛ぶほどの強大な魔法であったはずの大魔道士エレノアの魔法は、スフィンクスの結界にやすやすと弾き返され、獅子のような魔獣の尻尾の一撃で、勇者の剣はへし折られてしまった。
「撤退しましょう。今の私達じゃ、ここから無事に街まで帰れるかどうかも怪しいけれど……」
「アタシも撤退に賛成だよ。今ならギリギリ、まだ間に合う」
「お、おい待てよ……なぁ、街まで帰って、それからどうするんだ? まさかあのオッサンに頭下げて、またパーティに戻ってくれって頼むのか!?」
「それ以外に何か出来ることあるの? 私達は、パーティの要となる人を自ら追放してしまった。このままじゃ前に進むことはおろか、退くことだって難しいのよ」
「俺も……アンナに賛成だ……」
低い、苦しげな声に、3人は一斉に振り返った。
聖騎士アルバートが沈黙の誓いを破ったのは、初めてのことである。
「アルバート! お前、喋れたのか?」
「ちょっとアイザック! 触らないで! 傷が開くでしょ!?」
聖女アンナが勇者を押しのけると、アルバートは苦しげに顔を歪めた。
「俺はもう……ダメだ……俺を置いて、お前たちだけでも街へ退却しろ」
「ダメよ! あなたを置いてなんて行けない! あなたが残るなら、私もここに残るわ!」
「アンナ、ダメだ……お前たちは生きて、魔王を――」
ごぼ、と嫌な音と同時に、アルバートの口から鮮血が溢れ出る。
スフィンクスの爪に含まれる毒は、聖騎士の腹の中を急激に腐らせていた。
もはや聖女の必死の治癒術も、『なかなか死ねない致命傷』となった傷の苦痛を和らげることしか出来ないでいた。
「クソ……クソがあああ! アイツが! ツェゴが全部悪いんじゃねぇか! アイツがちゃんと、何をやってたか話していれば!」
「話してくれたわよ! それを私達が信じようとしなかった! アイザック、あなたも、エレノアも、そして私も! 誰一人ツェゴさんの話をまともに聞こうとしなかった……その結果が、今よ……」
ばき、と木の枝が折れる音に、勇者パーティの全員が一斉に森へと視線を向ける。
勇者アイザックは腰を抜かし、大魔道士エレノアは座ったまま失禁した。聖女アンナは聖騎士アルバートをしっかりと抱き、アルバートはかろうじて感覚が残る左手で、アンナの髪を撫でる。
「ごめんなさいアルバート……私、もうダメ……」
「俺こそすまない……もう、お前を護ってやれそうにない」
全員の視線の先には、巨大な雄のスフィンクスが牙をむき出しにして、明らかな敵意を4人に向けていた。
勇者パーティがスフィンクス相手に全滅した頃、4人から追放された中年の男ツェゴはひとり転移魔法を使い王宮の謁見の間へと戻っていた。
「おぉツェゴよ、よくぞ戻った。して、アイザック達一行はどうであった」
「ダメでしたねぇ。ありゃあアレだ、分不相応な力を与えられてはしゃいでる、ただのガキだ。唯一聖騎士アルバートだけはまともでしたがね。まぁ未熟そのものだ」
ツェゴは慣れた様子で王の問いに答える。
実際、彼は慣れていた。
時折現れる、使命感『だけ』は一人前な、未熟な若者の集団、勇者パーティを名乗る者たちの実力を測るため、またごく稀に現れるという『真の勇者』を見定めるため、王の命を受けて彼は何度も若者たちに同行している。
あるときは荷物持ちとして、またあるときは癒しを司る聖者として、あるときは守りのスペシャリストの騎士として。
「やはりダメであったか……」
「そもそも、魔王だってこっちからちょっかいかけなきゃ何もして来ないですからね。せっかく不可侵協定を結んでるってのに、何が悲しくてあんな正義感だけいっちょ前なガキドモの相手をしなきゃいけないんだか」
「お主には苦労をかけるな。だが、下手に勇者を名乗るものが現れて、魔王側に何らかの損害でも与えたら……」
「また魔王との戦争が始まりますねぇ。だからこそ、『緩衝地帯』の最奥で彼らを置き去りにしたんですがね」
「うむ、ご苦労であった」
今上の魔王との交渉をまとめた張本人は、ツェゴである。
緩衝地帯における衝突を除き、互いの領地に於いて領民、国民同士の衝突や流血沙汰は避ける。
緩衝地帯には魔王の軍勢の中でも制御が難しい、凶暴なものを封じること。
緩衝地帯に脚を踏み入れた時点で、互いに『死んでも文句は言わない』ということに同意したとみなす。
このルールの元、ツェゴはこれまで何組もの自称勇者パーティを緩衝地帯へと送り込んでいる。
魔王軍でも凶暴なスフィンクス部隊が展開する緩衝地帯最奥までたどり着いたのは、アイザック達が3組目であった。
「まぁ、戦争を回避するためだ。戦争になりゃ何万人も死にますからねぇ」
「うむ……全ては余の責任だ。すまぬな、先代勇者ツェゴよ」
「やれやれ、勇者サマってのも面倒くさい役回りですねぇ」
「まったくだ。とりあえず、当座の現金を用意した」
「まいど。じゃあまたガキどもが悪さするようなら、いつでもどうぞ」
ツェゴは金貨をポケットに入れると、ゆっくりと立ち上がる。
「それじゃ」
短い言葉を残し、ツェゴは転移魔法で王宮を去っていった。
今回のストーリーは、王道の「勇者パーティ追放もの」のテンプレ的な展開のお話です。
「こういうのもあるんじゃないか」と思いついたものを書いてみました。




