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プロローグ

 三年前のあの日、都内を包み込んだ朝霧は、吸い込んだ肺が凍りつくほどに白く、そして鉄の匂いが混じっていた。

 路地裏に転がる数多の「カバネ」。それらを芸術作品でも眺めるかのように見つめていた少年は、不意に背後に現れた「誰か」の気配に、生まれて初めて心臓の鼓動を跳ねさせた。

 逃げようとは思わなかった。ただ、その者の瞳に宿る、氷のように鋭い「好奇心」に射抜かれた瞬間、少年の世界は完成してしまったのだ。

「――終わりだ」

 その低い、けれど瑞々しい少年の声が響くと同時に、霧の向こうから無数の赤い光が押し寄せた。

 少年の顔は、深く被ったフードと幾重にも重なるフラッシュの光によって、最後まで世間に晒されることはなかった。報道は彼を「史上最年少の大量殺人鬼」と呼び、実名も素顔も伏せられたまま、少年法という名の分厚い壁の向こう側へと葬り去った。

 それから、千日を超える空白。

 高い塀に囲まれた灰色の檻の中で、彼はただ、あの日自分を奈落へ突き落とした「名探偵」のことだけを反芻はんすうしていた。自分の喉元を、言葉という刃で切り裂いたあの感触。あの冷徹な瞳。

 彼が再び自由の身となり、重い鉄格子が開かれたのは、季節が三度巡った春のことだった。

 少年院の門を出た彼を待っていたのは、迎えの家族ではなく、数人の屈強な男たち――黒いスーツに身を包んだ刑事たちだった。

 一人の刑事が、事務的に一枚の書類を突きつける。

「……お前の更生プログラムは、本日より特殊なフェーズに移行する。住居、及び通うべき高校、そしてお前の『監視者』は既に決定済みだ」

 刑事の言葉によれば、彼はある人物の厳重な管理下に置かれることを条件に、社会復帰を許されたのだという。差し出された極秘資料に記された、監視を担う「協力者」の名前。

 少年は、その資料を食い入るように見つめた。

 そこには、三年間、片時も忘れたことのないあの懐かしい名前が、冷たい活字となって躍っていた。

 周囲の刑事たちが、思わず一歩後ずさるほどの禍々しい沈黙。

 だが、少年の頬は、恋する乙女のような熱を帯びて赤く染まっていく。

「……ああ……っ」

 彼は資料を胸に抱きしめ、喘ぐような吐息とともに、震える唇でその文字列を愛おしそうになぞった。

「……あは……っ、やっと……ようやく逢えるんだ。僕だけの、名探偵に……」

 狂おしいほどの歓喜に濡れたその瞳は、もはや目の前の刑事たちなど見ていない。

 霧の向こうで自分を待っているはずの、冷酷で美しい「僕の半身」を。

あるいは、自分という怪物を唯一飼い慣らせる「飼い主」の姿だけを、追い求めていた。

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