シーン4:加速する歯車と、影の足音
毎日投稿チャレンジ挑戦中です。予約投稿も使えばいける、、、はず。
20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
それから数日のうちに、アーベルシュタット辺境村の風景は劇的に変わった。
「すげえ……本当に一晩で育っちまった!」
「おい、こっちの畑もだ! 俺が昨日、図書館で教わった通りにしたら……!」
村のあちこちで、歓喜の声が上がる。
マリナの畑で起きた『奇跡』の噂は、あっという間に村中を駆け巡った。最初は半信半疑だった大人たちも、目の前で黄金色に揺れる麦の穂を見せつけられれば、信じないわけにはいかない。
結果として、廃図書館には連日、人が押し寄せるようになった。
「はい、そこ! 順番に並んで! 無理に本を開かなくていいから、まずは私の話を聞くこと!」
私はカウンターの上に立ち、集まった数十人の大人たちを見下ろしながら声を張り上げる。
彼らの目は血走っていた。誰もが自分の畑を豊かにしようと、魔法の呪文を求めるような顔で私を見ている。
「いい? これは魔法じゃない。だから『呪文を暗記する』みたいな態度は捨てること。大事なのは理屈を理解することだよ。土には胃袋がある。これを納得できない奴には、この図書館のシステムは絶対に反応しないからね!」
私は手元の黒板(エルドが村の廃材で作ってくれた)を、木の枝の指示棒でビシッと叩く。
農民たちは、五歳の幼女に怒鳴りつけられているというのに、誰一人として文句を言わない。彼らにとって私は今や、豊穣をもたらす神の使いか何かのように見えているのだろう。
「リリア館長、次の組が外で待機しています」
エルドが私の横に歩み寄り、小声で報告する。
彼の顔は疲労でやつれていたが、その瞳には充実感が満ちていた。三十年間、誰にも必要とされなかった図書館の管理人が、今や村の命運を握る重要人物になっているのだ。
「分かった。ペースを上げるよ」
私は指示棒を置き、ふう、と息を吐く。
(……これで、農業組の『理解者』は五十人を超えた)
私は壁の奥を感じ取る。
魔導知識核は、今や昼間であってもはっきりと分かるほど、強い青白い光を明滅させている。理解者の数が増えるごとに、その出力は二次曲線的に跳ね上がっていた。
畑の作物が育つだけではない。村の井戸水が澄み、家畜の病気が減り、崩れかけていた土壁が何故か崩れにくくなっている。
知識の共有が、村全体の物理法則を底上げしているのだ。
「次は、水車組だね」
私はカウンターに積まれた別の本——『流体力学と機構の基礎』を引っ張り出す。
「エルド。村の製粉所の水車、今はどうなってる?」
「川の流量が減っていて、ほとんど回っていません。手作業で臼を挽いている状態です」
「よし。じゃあ、水車の羽の角度を変えるよ。流体に対してどう羽を当てれば最も効率よく回転エネルギーを取り出せるか。その理屈を、製粉所の親方たちに叩き込む」
私はニヤリと笑う。
水車が効率よく回れば、粉を挽く時間も労力も減る。浮いた時間を別の作業に回せる。技術の連鎖が始まる。
「……リリア様。本当に、これでいいのでしょうか」
エルドが、ふと不安そうな声を漏らす。
「どういうこと?」
「進みが、早すぎる気がするんです。村の人々は喜んでいますが……この数日の変化は、あまりにも異常です。もし、この噂が王都にまで届いたら」
「届くよ」
私は即答する。
ルビが私の足元にすり寄り、短く鳴いた。私はその小さな背中を足の甲で撫でながら、窓の外へ視線を向ける。
「というか、もう届いてるんじゃないかな」
「え?」
「情報の伝達速度を見くびっちゃダメだよ。こういう『異常事態』は、人間の口を伝って一番早く広がる。特に、監視を仕事にしている人間にとってはね」
私は窓の外、広場に集まる村人たちの群れを見つめる。
その群衆の最後尾。歓喜に沸く農民たちの中に混じって、一人だけ、明らかに異質な雰囲気を纏う男が立っていた。
灰色のマントに身を包み、深くフードを被っている。
彼は歓声を上げることもなく、ただ静かに、冷たい目つきで図書館の建物を——いや、壁の奥で光る魔導知識核を観察しているようだった。
「……あれは」
エルドも気づいたらしい。彼の顔から、すっと血の気が引く。
「王都の……監視者」
「ビンゴ」
私は小さく指を鳴らす。
「三十年前にこの図書館から本を奪っていった連中。彼らが、ただ本を放置して見張りを付けていなかったわけがない。定期的に様子を見に来ていたか、あるいは村の中に間者がいたか」
「どうしますか、リリア様。捕まえますか?」
エルドが腰の短剣(いつの間に用意したのだろう)に手を掛ける。
私はそれを手で制した。
「馬鹿言わないで。ここで事を荒立てたら、向こうに『反逆の意思あり』って口実を与えるだけだよ。泳がせておく」
「しかし、報告されれば、王都から本隊が来ます!」
「来させるんだよ」
私は窓の外の灰色の男から視線を外し、エルドを真っ直ぐに見据える。
「私たちの目的は、この村を豊かにして終わることじゃない。この廃図書館を『国家級』にするって言ったでしょ? 王都が動いてくれなきゃ、話が前に進まない」
私はカウンターの上の『流体力学』の本を開く。
「報告書を書かせてあげな。『辺境の廃図書館で、未知の技術革新が進行中。首謀者は五歳の幼女』ってね」
王都の中枢で、知識を独占し、社会の進歩を止めている連中。
彼らがその報告書を読んだ時、どんな顔をするだろうか。
「さあ、授業の続きだ! 製粉所の親方、前へ!」
私は再び声を張り上げる。
加速する歯車は、もう誰にも止められない。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
リリアの物語を「応援したい」と感じていただけたなら、
評価や感想を入れていただけると、とても励みになります。
あなたの応援が、この世界をもっと広げてくれます。
次回もぜひ、お会いしましょう。




