シーン2:本が光を呼んだ夜
毎日投稿チャレンジ挑戦中です。予約投稿も使えばいける、、、はず。
20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
天井の照明魔石は、ほぼ死んでいる。
三つ並んでいるうちの一つはすでに完全に砕け、残り二つも表面が黒ずんで薄暗い橙色の光しか出していない。日没まであと一時間ほどだろう——外からの光が角度を落とし始めて、館内はじわじわと夕暮れの色に染まっていた。
「読めないね」
私は壁際の読書台に一冊の本を広げながら、ぽつりとこぼす。
「ろうそくを持ってきます。一応、備蓄が——」
「待って」
エルドが立ち上がりかけたのを、私は手のひらで制する。
農業改良論を拾った棚の隣。そこに、薄い水色の表紙の本が埃を被って差さっていた。さっき本棚を直したついでに目に入っていたのだ。表題は『燃素理論と光熱変換の原理』。
前世の知識と照合する。
燃素理論——フロギストン説。十八世紀ヨーロッパで信じられた、燃焼の誤った解釈。でもそれ以前に、この本が「光熱変換の原理」を扱っているということは——
「照明魔石の仕組みが書いてある本、だよね、これ」
エルドが首をかしげる。「そうです。魔石の構造に関する古い学術書かと。でも専門的すぎて、ここ三十年、読んだ人間は——」
「私が読む」
取り上げて、開く。
紙は変色していたけれど、文字は丁寧に残っていた。丁寧な細字で、理論式らしきものと図解が並んでいる。この世界の学術文体特有の回りくどい言い回しはあるけれど、内容の核は単純だ。魔石は内部に魔力をため込み、それを光エネルギーへ変換する。変換効率は魔石の純度と、魔力の「波長」に依存する。
読む。一行ずつ、確実に。
ただ文字を追うのではなく、理解する。前世の物理知識と結びつける。光のエネルギーは振動数に比例する——プランクの式。魔力を「エネルギー媒体」として置き換えると、この世界の照明魔石は実質的に発光ダイオードに近い仕組みで動いている。入力する波長の精度が低いから、変換効率が落ちる。だとすれば——
ぱっ、と。
光った。
「——え」
エルドの声が、裏返った。
天井の照明魔石、残り二つ。そのうちの一つが、突然、白に近い輝きを取り戻した。橙色の薄明かりだったものが、一瞬で図書館の奥まで届く清澄な光になる。棚の間に伸びていた影が消え、床の石畳の目地まで鮮明に浮かび上がる。
私は本から目を上げて、天井を見る。
「……光量、三倍以上は出てる」
「なんで、どうして——」
「本を理解したから」
エルドが石のように固まっている。口が半開きになって、天井と私の手元を交互に見ている。
「……理解した、だけで?」
「魔石の仕組みが書いてある本を、理解した。そしたら実際の魔石の出力が上がった。——これがこの図書館の法則だよ、エルド」
「そんな、馬鹿な」
「馬鹿じゃない。再現性がある。さっき農業改良論を読んだ時も、壁の核が光った。偶然が二回続く確率より、因果関係を仮定する方が合理的でしょ」
エルドが、ゆっくりと椅子に座り直す。
頭を抱えるような仕草をして、でも視線は天井に釘付けのまま。その白い光の中に、彼の真っ直ぐな目が照らされている。
「……信じられない」
「信じなくていい。まず検証しよう」
私は本を持ったまま、館内を歩き出す。読書台から窓際へ。窓際から奥の書架へ。天井の魔石は、私が動いても光り続けている。本を持ったまま歩くだけで光が変わるわけではない——「理解」が発動条件だ。つまり、理解は継続的な効果をもたらしている。
「ねえ、エルド。この図書館に来た人間の記録、ある?」
「……三十年前まではあります。閲覧台帳が、裏の収納室に」
「そこに、最後に誰かが読んだ記録が入ってる本は分かる?」
エルドがようやく立ち上がる。ぎこちなく、でも確実な足取りで。
「三十年前の最終来館者は……農業関連の本を一冊借りていったという記録が」
「今、その本は館内にある?」
「……戻されていません」
「だよね」
そう呟いて、私は手の中の本を見る。
光熱変換の原理。ここに書かれた理解が、魔石を動かした。ならば——この図書館に蔵書が戻り、それを理解する人間が増えれば増えるほど、出力は上がり続ける。農業の本を理解すれば作物の収穫量が増える。建築の本を理解すれば建物の強度が上がる。衛生の本を理解すれば病が減る。
理解した人数分だけ、この世界の技術が動く。
「……すごい」
思わず声に出ていた。前世の私が、どれほど一人でデータを積み上げ、論文を書き、それでも世界の何も変えられなかったか。この世界では——本を読んで、理解して、それだけで現実が変わる。
でも今、この図書館の本を読める人間は、私とエルドだけだ。
「エルド」
「……はい」
「一人で理解するのと、百人で理解するのと、どっちが効果が大きいと思う?」
沈黙。
でも答えは出ている。エルドの顔が、ゆっくりと変わっていく。困惑から、理解へ。理解から、何か大きいものへの——畏怖のような表情へ。
「……人数が多いほど」
「そう」
「だとしたら、この廃図書館が——」
「人が集まれば、国を動かす」
言い切る。
天井の白い光が、静かに、でも確かに、図書館全体を照らし続けている。
三十年間、誰にも読まれなかった本たちの間に、今夜、光が戻ってきた。
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