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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第1章

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第4話 帝国の視線 ~物流革命が起きて、隣国の宰相が釣れました~


 静寂と安眠の楽園生活が始まって、二週間が経過した。

 結論から言おう。

 予定と違う。


「……また増えてる」


 私はリビングのモニターを睨みつけた。

 画面に映っているのは、一キロ先に作った難民たちの居住区──いや、今はもう『村』と呼ぶべき場所だ。


 活気が溢れすぎている。

 私のコピペ魔法で作った家々は綺麗に手入れされ、畑には魔法肥料の効果で巨大化した野菜が実っている。

 それだけならいい。

 問題は、村の入り口に停まっている数台の馬車だ。


「なんで商人がいるのよ……」


 どうやら、難民の中に元商人がいたらしい。

 彼らは、私がタレットで狩りまくった魔物の素材(お裾分けとして村の近くに投棄していたもの)や、畑の作物を加工し、外部へ売りに出したのだ。


 結果、この「魔の森」の特産品は、隣国ガレリア帝国の市場で爆発的な人気を博してしまったらしい。

 高品質な魔石。

 傷ひとつない毛皮。

 そして、食べると元気が湧いてくる謎の野菜。


 噂を聞きつけた行商人たちが、危険を冒してまで買い付けに来るようになってしまった。


『女神様、本日の献上でございます!』


 モニターの端で、村長たちが私の家の結界ラインギリギリに籠を置いているのが見えた。

 籠の中身は、厳選されたトマトと焼きたてのパン。そして「女神様ファンクラブ会報」と書かれた羊皮紙の束。


 いらない。

 トマトはまだしも、ファンクラブって何だ。

 私はただ、静かに寝ていたいだけなのに。


「……はぁ。まあ、こちらに害がないならいいわ」


 彼らは「女神の聖域(私の家)には絶対に立ち入らない」という掟を、狂信的なまでに守っている。

 商人も村には入るが、ここまでは来ない。

 共存関係としてはギリギリ許容範囲だ。


 私は思考を切り替え、ソファに沈み込んだ。

 今日は天気がいい。

 家の中も快適だが、庭のハンモックで風に揺られながら昼寝をするのも悪くない。


 そう決めて立ち上がろうとした、その時だ。


 ウーッ! ウーッ!


 脳内でけたたましいアラート音が鳴り響いた。

 この音は、野生動物や一般人レベルではない。


(警告。高魔力反応接近。推定ランクS)

(種別:人間。一名)


「……人間?」


 私は眉をひそめ、防犯カメラの映像を切り替えた。

 映し出されたのは、森の小道を一人で歩いてくる男の姿だ。


 黒髪のオールバック。

 仕立ての良い、軍服のようなカッチリとした服装。

 遠目にもわかる長身と、整った顔立ち。

 ただ、その顔色は死人のように青白く、目の下には濃いクマが刻まれている。


「……ゾンビ?」


 いや、生体反応はある。

 ただの激務で死にかけている人間のようだ。


 男は、私が設置した第一防衛ラインの前に立ち止まった。

 そこには、侵入者を自動排除する『風圧砲タレット』が隠されている。

 普通の冒険者なら、警告射撃に驚いて逃げ帰る場所だ。


 だが、男は逃げなかった。

 あろうことか、懐から片眼鏡モノクルを取り出し、タレットの隠蔽魔法をじっと観察し始めたのだ。


『ほう……。魔力回路の無駄が一切ない。美しい』


 集音マイクが、男の低い呟きを拾った。

 彼はうっとりとした表情で、タレットの砲身を撫でようと手を伸ばす。

 タレットが威嚇射撃を行う。

 パンッ!

 足元の地面が弾ける。


 しかし男は動じない。

 むしろ、目を輝かせた。


『反応速度0.2秒。自動追尾機能付きか。しかも、この術式構成……既存の魔法言語ではないな? 独自言語か? 素晴らしい……!』


 変態だ。

 魔導具オタクの変態が来てしまった。


 男はその後も、私の仕掛けた罠を次々と「解析」しては突破していった。

 力ずくで壊すのではない。

 魔力の流れを読み、一時的に機能を停止させたり、認証をすり抜けたりしている。

 極めて理知的で、かつ効率的な侵入だ。


「……迎撃、めんどくさいな」


 私は判断した。

 このレベルの相手を撃退するには、本気モードの攻撃魔法(戦略級)を使う必要がある。

 そうすれば地形が変わるし、騒音で昼寝どころではなくなる。


 相手に殺気はない。

 あるのは、未知の技術に対する異常な執着と、純粋な好奇心だけだ。

 なら、いっそ入れてしまおう。

 どうせ中には何もない。

 満足したら帰るだろう。


(全セキュリティ、解除。ゲストモードへ移行)


 私は指先一つで設定を変更した。

 そして、予定通り庭に出ることにした。

 客が来ようが関係ない。

 私は私の時間を過ごす。

 それが「流されない」ということだ。


 ◇


 庭の木陰に吊るしたハンモック。

 最高だ。

 木漏れ日が瞼を優しく撫で、風が草の匂いを運んでくる。


 私は愛用のアイマスク(蒸気が出るホットタイプ)を装着し、完全に世界をシャットアウトした。

 意識がまどろみの底へ落ちていく。


 カツ、カツ、カツ。


 規則正しい足音が近づいてくる。

 芝生の上なのに、しっかりとした音がするのは、靴底が良いからだろうか。


 足音は私のすぐそばで止まった。

 気配がする。

 見下ろされている。


 普通の令嬢なら「きゃあっ!」と悲鳴を上げて飛び起きる場面だ。

 だが、今の私は睡眠欲が勝っている。

 起きるのが億劫だ。

 このまま寝たふりをして、死体だと思われてスルーされないだろうか。


「……ここで寝るのか?」


 頭上から、呆れたような、しかし深く響く美声が降ってきた。

 無視する。

 寝息を装う。


「この屋敷の主とお見受けする。……おい、起きないか」


 無視。

 私は石だ。ただの美しい屍だ。


「……ふむ」


 衣擦れの音がした。

 何をする気だ。

 警戒レベルを少し引き上げる。


 すると、私の顔に影が落ちた。

 誰かの指が、私のアイマスクの端に触れる。


「こんな無防備な格好で……。襲われても文句は言えんぞ」


 その指先は、ひどく冷たかった。

 そして微かに震えている。

 殺気ではない。

 これは……極度の疲労による痙攣?


 私は仕方なく、アイマスクをずらして片目だけを開けた。


 目の前に、氷のようなアイスブルーの瞳があった。

 至近距離だ。

 モニターで見たよりも、ずっと整った顔立ち。

 そして、ずっと顔色が悪い。


 彼は私と目が合うと、ふっと口元を緩めた。

 笑ったのではない。

 興味深い実験動物を見つけたような顔だ。


「ようやく起きたか、眠り姫。……いや、魔女殿かな?」


 私は大きくため息をつき、ハンモックの上で身じろぎした。


「……どちらでもいいですけど。私、営業時間は終了してるんです。セールスなら他を当たってください」


「セールスではない。私はガレリア帝国の宰相、クラウス・フォン・ガレリアだ」


 宰相。

 帝国のナンバー2。

 ラスボス級の大物が、なぜこんな辺境の庭にいる。


 普通なら驚愕してひれ伏すところだろうが、私の感想は一つだけだった。

 

(やっぱり。だからそんなに目の下が黒いのね)


 同情。

 かつての私と同じ、死相が出ている。


「それで、宰相閣下が何の用ですか? 私の安眠を妨害する正当な理由があるんでしょうね?」


 私はハンモックから降りず、寝転がったまま不敬な問いを投げかけた。

 彼は一瞬きょとんとして、それから低く笑った。


「面白い。皇帝陛下以外で、私にそんな口を利く人間は初めてだ」


 彼は私の庭を見渡した。

 自動水やり機が作動している花壇。

 自動剪定バサミが整えている植木。

 そして、私が寝ているこの自律制御式ハンモック。


「単刀直入に言おう。この都市の技術……すべて、貴様が作ったのか?」


「都市じゃなくて家です。私が作りましたけど」


「……そうか」


 彼は熱っぽい瞳で私を射抜いた。

 まるで、恋焦がれた恋人を見るような、あるいは喉から手が出るほど欲しい財宝を見るような目。


「交渉しよう。この技術を帝国に提供しろ。金ならいくらでも出す。爵位も、領地も、望むままに用意しよう」


 出た。

 よくあるヘッドハンティングだ。

 条件は破格。

 名誉も富も約束されている。


 しかし、私の答えは決まっている。


「お断りします」


「……何?」


「働きません。絶対に。私はここで、一生ダラダラして暮らすんです。それが私の夢なので」


 きっぱりと断言して、私は再びアイマスクを装着した。


「お引き取りください。出口はあちらです」


 視界が暗くなる。

 これで会話は終了だ。


 しかし、足音は遠ざからなかった。

 むしろ、ドサッという重い音が聞こえた。


「……?」


 私が再びアイマスクを外すと、そこには信じられない光景があった。

 帝国宰相閣下が、芝生の上に大の字で倒れていたのだ。


「ちょっ、死んだ!?」


 私は慌ててハンモックから転がり落ち、彼の元へ駆け寄った。

 脈はある。呼吸もしている。

 ただ、気絶しているだけだ。


「限界だったんじゃない……」


 顔を覗き込む。

 長い睫毛が影を落としている。

 寝顔は子供のように無防備で、少し幼く見えた。


 こき使われた挙げ句、こんな場所まで視察に来て、私の拒絶で糸が切れたのか。

 元社畜として、放置するのは心が痛む。


「……はぁ。めんどくさいものを拾っちゃった」


 私は彼を担ぐ……のは重くて無理なので、近くにあった「運搬用台車ゴーレム」を呼び出した。

 宰相を荷物のように乗せ、家の中へと運ぶ。


 これが、私と彼の奇妙な同居生活の始まりだった。

 そして、私の安眠計画が、国家レベルのトラブルに発展していく合図でもあった。

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