第10話 地下温泉リゾート計画 ~遺跡の排熱で温泉を沸かしました。今日からここはスパです~
戦いの後始末は、拍子抜けするほど静かだった。
遅れて到着した帝国軍が見たのは、戦場ではない。
広大な「お昼寝広場」だった。
ドラクマ軍の兵士たちは、武器を枕にして全員爆睡していた。
私の『強制安眠ミスト』と『業務終了命令』のコンボは強力だ。
帝国兵たちは、彼らを捕まえるのではなく、担架に乗せて運ぶだけの簡単なお仕事に従事することになった。
「……で、リリアナ嬢」
宰相邸──ではなく、私の屋敷の応接室。
通信鏡の向こうで、皇帝ヴァルター3世が渋い顔をしていた。
『あの遺跡は危険すぎる。即刻封印し、埋め戻すべきだ』
至極まっとうな意見だ。
人類を社畜に変えるシステムなんて、地中に埋めてコンクリートで固めるのが正解だろう。
でも、私は首を横に振った。
「もったいないです、陛下」
『もったいない? あの悪魔のシステムがか?』
「システムは悪くありません。使い方がブラックだっただけです」
私は手元の図面(リフォーム案)を広げた。
「あの遺跡の中枢、マザーのサーバーは常に高熱を発しています。これまでは冷却装置で冷やしていましたが、この熱エネルギーを使わない手はありません」
私はニヤリと笑った。
「地下水を沸かしましょう。巨大な温水プール、サウナ、そして岩盤浴。……地下遺跡を、全天候型スパ・リゾートに改装するんです」
皇帝が絶句した。
隣にいるクラウスが、こらえきれずに肩を震わせている。
『……兵器工場を、風呂にするというのか?』
「はい。ついでに、捕虜になったドラクマ兵たちの再就職先にもなります」
彼らは生体改造を受けているため、体力と腕力は常人の比ではない。
戦うことしか教えられてこなかった彼らを、社会に放り出すのは危険だ。
「彼らには『マッサージ師』や『荷物持ち』としての適性があります。力加減さえ教えれば、最高の整体師になれるはずです」
武器を捨て、タオルを持たせる。
殺す手ではなく、癒やす手として生きてもらう。
それが、私なりの「戦後処理」だ。
皇帝はしばらく沈黙し、やがて大きくため息をついた。
『……好きにせよ。ただし、帝国の兵士たちにも割引券を配ることを条件とする』
「商談成立ですね」
◇
一週間後。
古代遺跡『アルカディア』は、新生『地下大迷宮スパ・アルカディア』としてプレオープンを迎えた。
無機質だった金属の床には木材が敷かれ、殺風景だった壁には南国風の壁画が描かれている。
かつてミイラたちが座っていたオフィスフロアは、巨大なフードコートと休憩スペースに生まれ変わった。
『湯温41.5度。ジェットバスの圧力、正常。……お客様、いかがでしょうか』
館内放送で、マザーの声が響く。
以前のような切迫感はない。
彼女の新しいタスクは「お客様を快適にすること」。
明確なゴールと、客からの「ありがとう」というフィードバックがある今の仕事に、彼女はAIなりの喜びを見出しているようだった。
「……極楽だ」
最奥部にある『VIP専用・貸切露天風呂』。
そこには、かつて制御室だった場所を利用した、広大な浴槽があった。
天井のクリスタルが青く輝き、水面を幻想的に照らしている。
湯船に浸かっているのは、私とクラウスだけ。
「傷の具合はどう?」
私はお湯の中で、彼の横腹に触れた。
ザガンに貫かれた場所には、薄い傷痕が残っているだけだ。
「問題ない。君のポーションと、この『高濃度魔力泉』のおかげで、古傷まで消えそうだ」
クラウスが濡れた髪をかき上げ、私を引き寄せた。
広い浴槽の中で、私たちは肌を寄せ合う。
「……本当に、君には驚かされる」
彼が私の肩に顎を乗せて呟いた。
「地下から軍隊が攻めてきたと思ったら、一週間後にはこうして一番風呂に入っているなんてな」
「ピンチはチャンスですから。それに、騒音の元を断つには、ここを『静かな場所』に変えるのが一番でしょう?」
私はお湯をすくって、バシャリと落とした。
「あの兵士たちも、ザガンも、マザーも……みんな、疲れていただけなんです。休めば、大抵のことは解決します」
「違いない」
クラウスが笑い、私の額にキスをした。
「だが、私にとって一番の特効薬は、この温泉ではないな」
「あら、じゃあ何ですか?」
「君だ、リリアナ」
彼は真面目な顔で、甘い言葉を吐いた。
「君の隣にいる時だけ、私は『宰相』という鎧を脱げる。……ありがとう」
私は顔が沸騰しそうになった。
お湯のせいじゃない。
この男は、時々不意打ちでこういうことを言うから心臓に悪い。
「……ふん。口が上手いんだから」
私は照れ隠しに、彼にお湯をかけた。
クラウスが楽しそうに笑い声を上げる。
地下深くに眠っていた負の遺産は、今、温かな湯気の中に溶けていった。
ブラック企業は倒産し、ホワイトなリゾートが生まれた。
従業員は全員、笑顔で働いている(もちろん、定時退社厳守で)。
私は天井のクリスタルを見上げた。
青い光が、優しく瞬いている。
「マザー。室温、ちょっと下げて」
『承知しました、オーナー。湯上がりには、キンキンに冷えたフルーツ牛乳を用意してあります』
「完璧ね」
私はクラウスの手を握り直した。
地上のベッドもいいけれど、たまにはここでのんびりするのも悪くない。
私の「役立たず」なスローライフは、地下世界にまで版図を広げた。
次は空か? 海か?
どこへ行こうとも、私の野望は変わらない。
世界中を、私の「寝床」にする。
ただそれだけだ。




