第3話 予期せぬ来訪者 ~難民が勝手に住み着き、勝手に崇め始める~
小鳥のさえずりで目が覚めた。
なんて爽やかな朝だろう。
時計を見ると、時刻は十四時を回っていた。
……訂正。爽やかな昼下がりだ。
私はベッドの上でゴロゴロと転がり、二度寝の誘惑と戦った末、空腹に負けて起き上がった。
「あー……よく寝た」
十二時間以上の熟睡。
肌の調子もすこぶる良い。
前世も含めて、こんなに深く眠れたのは初めてかもしれない。
私はあくびをしながらリビングへ向かい、冷蔵庫(氷魔法維持式)から水を取り出した。
冷たい水が喉を潤す。生き返る心地だ。
さて、朝食……いや、ブランチにする前に、外の様子を確認しておこうか。
昨晩、寝ている間にタレットたちが騒がしかった気がする。
私は玄関のドアを開けた。
「……うわ」
思わず声が出た。
家の前の広場が、地獄絵図……ではない、宝の山になっていた。
レッドウルフの毛皮。
キラーベアの爪。
ポイズンスネークの皮。
魔石、魔石、魔石。
自動解体された素材が、種類ごとに分別され、うず高く積まれている。
コンテナ五つ分はあるだろうか。
「狩りすぎでしょう……」
タレットの感度設定を「敏感」にしすぎたかもしれない。
半径五十メートルに入った生物を片っ端から処理した結果がこれだ。
まあ、素材は売れば金になるし、魔石は燃料になる。無駄ではない。
私は思考だけで【自動搬送】プログラムを起動し、素材を地下倉庫へと流し込んだ。
視界がスッキリしたところで、コーヒーでも淹れようとした、その時だ。
ピピピッ、ピピピッ。
脳内のアラートが鳴った。
敵性存在感知ではない。「非敵性・知的生命体」の反応だ。
「……人間?」
私は眉をひそめた。
こんな魔境に、人間がいるはずがない。
追手だろうか?
いや、それにしては魔力反応が弱すぎる。今にも消えそうな灯火だ。
私は「遠見の魔法」をモニターに投影した。
映し出されたのは、私の敷地の境界線ギリギリ、結界の外側で倒れ伏す集団だった。
薄汚れた服。痩せこけた体。
老人や子供もいる。
武装はなく、背負った荷物は泥まみれだ。
三十人……いや、四十人くらいか。
「難民……?」
状況から推測するに、どこかの村を追われて、ここまで逃げ延びてきたのだろう。
そして、力尽きた。
私はコーヒーカップを持ったまま、沈思黙考した。
選択肢は二つ。
A:見捨てる。
B:助ける。
Aを選んだ場合。
彼らは数時間以内に魔物に食われるか、餓死する。
結果、私の家のすぐ近くに大量の死体が転がることになる。
夏場だ。腐敗臭が漂ってくるだろう。
疫病が発生するリスクもある。
なにより、死体の処理を私が(あるいはタレットが)しなければならない。
気分が悪いし、面倒くさい。
では、Bか。
看病して、食事を与えて、話を聞いて……?
冗談じゃない。
そんな面倒なコミュニケーションを取るために、ここへ来たわけじゃない。
私は引きこもりたいのだ。
「……はぁ」
ため息が出た。
どちらを選んでも面倒だ。
ならば、第三の選択肢「C:私の視界に入らないところで、勝手に生きていてもらう」を実行するしかない。
私は指先を動かした。
昨日組んだ「建築プログラム」のソースコードを呼び出す。
対象エリアは、ここから一キロほど離れた水源の近く。
風下だから、匂いも流れてこないだろう。
(建築プログラム:コピー&ペースト)
(対象:簡易住宅×10棟)
(追加オプション:農耕ゴーレム×2、種もみセット)
(実行)
昨日のログを使い回すだけなので、構築の手間はゼロだ。
MP消費も微々たるもの。
ズズズズ……。
遠くで地響きがした。
モニター越しに見る。
荒れ果てた荒野の地面が盛り上がり、石造りの長屋が次々と生えていく。
ついでに、周囲の土を耕作地に変え、農耕用ゴーレム(見た目は泥人形)を配置した。
彼らが自動で種を撒き、成長促進魔法をかけ続ける設定だ。
倒れていた難民たちが、地響きに気づいて顔を上げた。
目の前に突如出現した家と畑を見て、口をあんぐりと開けている。
腰を抜かす者、悲鳴を上げる者、拝み始める者。
反応は様々だ。
「よし、器は作った」
あとは、彼らをそこへ誘導し、ルールを叩き込むだけだ。
私は直接行きたくないので、伝言用ゴーレム(石ころに目と口をつけただけの雑な作り)を派遣した。
◇
難民たちの中心で、石ころゴーレムが口を開く。
私の声を、少し加工して響かせた。
『そこにある家と畑は自由に使っていい』
ビクゥッ!
難民たちが一斉に震え上がった。
リーダー格らしい初老の男性が、おそるおそる石ころに向かって平伏した。
「あ、ありがとうございます……! いったいどなた様でしょうか……!」
『私はこの森の管理者だ。名を名乗るほどの者ではない』
本当は元公爵令嬢だが、身バレは面倒の元だ。
『条件は一つだけだ。私の住処──この先にある屋敷には、絶対に近づくな。静寂を乱す者は、即座に追い出す』
脅しを込めて告げる。
これで「怖い魔女がいる」とでも思ってくれれば、近寄ってこないはずだ。
「は、はい! 決して、決して御恩は忘れません! この命に代えても、主様の安寧はお守りします!」
男性が地面に額を擦り付けて叫んだ。
周りの人々も涙を流しながら頷いている。
……なんか、重いな。
まあいい。契約成立だ。
『では、励め』
通信を切る。
ゴーレムはただの石に戻った。
モニターの中で、彼らが家に駆け込み、畑の作物(魔法で急成長した芋)に歓声を上げているのが見えた。
とりあえず、死滅エンドは回避できたようだ。
「これでまた、平和な日常が戻ってくるわね」
私は満足して、モニターを消した。
ようやくブランチの時間だ。
今日はレッドウルフの肉で、ローストビーフならぬローストウルフを作ろう。
調理はもちろん、自動調理器にお任せで。
私は鼻歌混じりでキッチンへ向かった。
この時の私は、楽観視していた。
「衣食住を与えたんだから、これで満足して大人しく暮らすだろう」と。
しかし、私は人間の習性を甘く見ていた。
人は、満たされると「感謝」を表したくなる生き物なのだ。
そして集団心理が働くと、それは「崇拝」へと暴走する。
翌日から、私の家の玄関前に、綺麗に磨かれた果物や、手作りの刺繍入りクロスが供えられるようになることを、今の私はまだ知らない。
……片付けるの、私なんだけどなぁ。




