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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第3章

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第9話 将軍の末路 ~痛覚遮断を解除され、蓄積された疲労が一気に押し寄せる~


「ぎゃああああああああああッ!!」


 地下空間に、喉が裂けんばかりの絶叫が響き渡った。

 人間が出せる音域を超えている。

 獣の咆哮ほうこうでもない。

 魂が砕け散る音だ。


 ザガン将軍が、床に倒れ込んでのたうち回っている。


「い、痛い! 熱い! ぐああああッ!」


 彼は自分の腕を掻きむしり、頭を床に打ち付けている。

 無理もない。

 私が解除したのは、彼が数十年間にわたって使い続けてきた『痛覚遮断コード』だ。


 戦場で受けた銃創。

 訓練で断裂した筋肉。

 改造手術で切り刻まれた神経。

 そして、今さっきクラウスに突かれた横腹の傷。


 それら全ての「痛み」の請求書が、利子をつけて一括請求されたのだ。


「ひぐっ、あ、足が……足がぁ……!」


 ザガンが自分の右足を見て悲鳴を上げる。

 そこは、不自然な方向に曲がっていた。

 さっき私のパジャマ結界に蹴りを入れた時、実は骨折していたのだろう。

 痛みを感じないから気づかずに動き続け、さらに悪化させていたのだ。


「これが現実よ、将軍」


 私は冷ややかに見下ろした。

 憐れみはある。

 けれど、同情はしない。

 彼はこの痛みを他人に強要し、部下を使い捨てにしてきたのだから。


「貴方は進化なんてしていなかった。ただ、壊れていることに気づかないフリをしていただけ」


「う、うぅ……嫌だ……認めん……!」


 ザガンは脂汗とよだれで顔をぐしゃぐしゃにしながら、私を睨み上げた。

 血走った目。

 そこにあるのは、まだ消えない狂信だ。


「苦痛こそ……生だ……! 私は……強者だ……! 止まる……ものか……!」


 彼は折れた足を引きずり、震える腕で這い寄ってきた。

 凄い精神力だ。

 普通ならショック死していてもおかしくない激痛の中で、まだ私を殺そうとしている。


 社畜のかがみね。

 死ぬまで働くという信念だけは本物だ。


「……鬱陶しいわね」


 私はため息をついた。

 ここまで来ると、もう言葉は通じない。

 彼は「止まり方」を知らない暴走機関車だ。

 なら、強制的にブレーキを掛けるしかない。


「いいわ。そんなに『生』を実感したいなら、とびきりの極楽を見せてあげる」


 私は亜空間収納を開いた。

 取り出すのは、私のコレクションの中でも封印指定されている、禁断の家具。


(オブジェクト召喚:『人をダメにするソファ・深淵アビスモデル』)


 ドスンッ。


 ザガンの目の前に、巨大な黒い物体が落下した。

 それはソファというより、黒いスライムの沼のようだった。

 表面が波打ち、手招きするように蠢いている。


「な、なんだ……これは……」


「入りなさい。そこなら、痛みは消えるわ」


 私は指を振った。

 ソファの一部が触手のように伸び、ザガンの体をしたたかに絡め取る。


「離せ! 貴様、私をどこへ……!」


「お布団の中よ」


 ズズズッ……。


 ザガンの巨体が、黒い沼へと引きずり込まれていく。

 彼が抵抗しようと力を込めるが、柔らかすぎるクッションが全ての衝撃を吸収してしまう。


「やめろ……! 休んだら……私が、私でなくなる……!」

「ええ、そうね。貴方はただの『疲れたおじさん』に戻るのよ」


 彼の体が半分まで沈んだ時。

 ソファの特殊効果が発動した。

 

 ──超強力・筋弛緩波動。

 ──強制・脳内麻薬エンドルフィン分泌促進。


「あ……」


 ザガンの動きが止まった。

 苦悶に歪んでいた表情が、ふっと緩む。


「……痛く、ない」


 彼が呆然と呟いた。

 ソファの圧倒的な包容力が、彼の体の痛みを優しく包み込み、遮断ではなく「緩和」させていく。


「温かい……。これは……」


 彼の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。

 それは悔し涙ではない。

 母親の胎内に還ったような、絶対的な安心感への降伏だ。


「……母、上……?」


 最後に漏れたのは、幼児のような言葉だった。

 最強の将軍の仮面が剥がれ落ちる。

 彼は抵抗をやめ、自らソファの奥底へと身を委ねた。


 ズブブブ……。


 彼の姿が完全に見えなくなる。

 黒いソファは一度だけ大きく波打ち、そして静止した。

 中から聞こえるのは、大きく、安らかな寝息だけ。


「……おやすみなさい」


 私はソファに向かって、短く告げた。

 これで終わりだ。

 彼は二度と、戦場には戻れないだろう。

 「休息」の味を知ってしまった社畜は、もう元の歯車には戻れないのだから。


 ◇


 静寂が戻った制御室。

 機械の稼働音も消え、今は淡いブルーの照明だけが静かに灯っている。


 私は急いで振り返った。

 壁際に、クラウスが倒れている。


「クラウス!」


 私は駆け寄り、彼の血まみれの体を抱き起こした。

 顔色が悪い。

 呼吸も浅い。


「……ん……リリアナ……?」


 彼が薄く目を開けた。

 焦点が合い、私を認めて、微かに口元を緩める。


「……無事か?」


「バカ! 自分の心配をしてください!」


 私は涙目で怒鳴った。

 ポーション(最高級エリクサー)を取り出し、震える手で彼の唇に押し当てる。


「飲んで。早く!」


 クラウスは素直にそれを飲み下した。

 魔法薬が光となり、彼の傷を修復していく。

 折れていた腕がボキリと音を立てて繋がり、顔色が少しずつ戻ってきた。


「……ふぅ。不味いな、相変わらず」


「文句を言えるなら大丈夫ね」


 私は安堵で力が抜け、その場にへたり込んだ。

 本当に、心臓が止まるかと思った。

 彼がいなくなったら、誰が私の安眠を守ってくれるというの。


「敵は?」


 クラウスが周囲を見渡す。

 生体ゴーレムたちは停止し、ザガンは黒いソファの中で寝ている。


「片付けました。全員、無期限の有給休暇中です」


「……そうか」


 クラウスは呆れたように、しかし愛おしげに笑った。


「君にかかれば、最強の軍隊も赤子同然だな」


「当然です。私の睡眠時間を削った罪は、高くつくんですよ」


 私は彼の胸に頭を預けた。

 鼓動が聞こえる。

 生きている。

 その温もりが、冷え切っていた私の心を溶かしていく。


「帰ろう、リリアナ。……家に」


「ええ。帰りましょう」


 私は立ち上がり、クラウスに肩を貸した。

 満身創痍だ。

 パジャマもボロボロ。

 でも、気分は悪くない。


 私たちは互いに支え合いながら、静まり返った古代遺跡を後にした。

 背後では、マザーのクリスタルが、祝福するように青く明滅していた。


 地上に戻ったら、まずはお風呂だ。

 それから、この遺跡の排熱を利用した「温泉計画」を練らなくては。

 タダでは転ばない。

 迷惑料として、ここを世界最高のスパ・リゾートに改造してやるのだ。


 私のスローライフ計画は、転んでもただでは起きない。

 二度寝するために起き上がるのだから。

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