第3話 軍靴の足音
「……貴様、クビよ」
私はドリル(安眠号)の操縦席で、冷たく言い放った。
目の前で、巨体を震わせていた『人事部長』が、ガクンと膝をつく。
『ふ、不当解雇……です……。労働組合に……提訴……し……』
ブツン。
赤い瞳の光が消え、巨大な骨の塊は沈黙した。
私が管理権限をハッキングし、彼のステータスを「懲戒免職」に書き換えた結果だ。
物理で殴るより、社会的に抹殺するほうが早い。
「ふぅ……。とりあえず、これで静かになったわね」
私は額の汗を拭った。
時刻はもう夜明け近いだろう。
徹夜だ。最悪だ。
肌荒れの原因になる前に、地上に戻って泥パックをして寝なければ。
「リリアナ、見事だ。だが、急ごう」
隣のクラウスが、険しい顔で天井(地上の方向)を見上げている。
「地上の監視タレットからアラートが来ている。……どうやら、客人は地下の亡霊だけではないらしい」
◇
ドリルで垂直トンネルを上昇し、私たちは地上へと帰還した。
庭の芝生に降り立った瞬間、私は思わず目を細めた。
眩しい。
朝日が昇っている──いや、違う。
「……何よ、あれ」
空が暗い。
太陽を遮るように、無数の巨大な影が浮かんでいるのだ。
鉄の装甲に覆われた、無骨な飛行船の群れ。
その数、十隻以上。
船腹には、赤と黒の剣を模した紋章が描かれている。
「ドラクマ公国軍……!」
クラウスが忌々しげに呟いた。
隣国の軍事国家。
国民皆兵を掲げ、周辺国との紛争が絶えない戦闘狂の国だ。
ブォォォォン……。
旗艦と思われる一番大きな船から、不快なほど大きな音が響いた。拡声魔法だ。
『告げる! 我はドラクマ公国軍総司令官、ザガンである!』
低い、腹の底に響くような声。
傲慢さと暴力性を煮詰めたような声色が、空気を震わせる。
『その地下に眠る古代遺跡は、我が国の正当なる遺産である! 帝国の小娘よ、直ちに退去し、管理権を譲渡せよ!』
開口一番、これだ。
挨拶もなしに「家をよこせ」とは、強盗のほうがまだ愛想がいい。
「……はぁ。また面倒なのが来た」
私はパジャマのまま、腕を組んだ。
聖女の次は将軍か。
私の安眠ライフは、なぜこうも全世界から狙われるのか。
「リリアナ、下がっていろ。ここは私が対応する」
クラウスが一歩前へ出た。
彼は懐から通信機を取り出し、外部スピーカーに接続した。
その背中から放たれるのは、帝国宰相としての威厳ある覇気だ。
「こちらはガレリア帝国宰相、クラウス・フォン・ガレリアだ! 貴軍の行為は明白な領空侵犯である! 直ちに撤収せよ! さもなくば、帝国への宣戦布告とみなす!」
正論だ。
国際法に照らせば、彼らの行動はアウトだ。
だが。
『ふん、帝国宰相か。口だけの文官風情が』
ザガン将軍は鼻で笑った。
『宣戦布告? 構わんよ。我々は力が全てだ。弱者が持つ宝は、強者が有効活用してやるのが慈悲というもの』
話が通じない。
論理や法ではなく、暴力という言語しか持たない相手だ。
『交渉決裂だ。……総員、降下用意!』
「なっ……!?」
クラウスが目を見開く。
飛行船の底部ハッチが開き、無数の黒い点がバラバラと投下された。
パラシュートはない。
人間サイズの物体が、自由落下で降ってくる。
ヒュルルルル……ドサッ! グシャッ!
鈍い音が庭中に響いた。
普通なら即死だ。
だが。
ギギ……ガガ……。
地面に叩きつけられた「それら」は、あり得ない角度に曲がった手足を強引に戻し、ゆらりと立ち上がった。
「……え?」
私は息を呑んだ。
人だ。
全身を黒い拘束具のようなスーツで覆い、顔にはガスマスク。
手には銃剣が縫い付けられている。
彼らは足が折れて骨が飛び出していても、悲鳴一つ上げない。
ただ機械のように、私とクラウスに向かって銃口を向けてきた。
「生体ゴーレム……!」
クラウスが呻くように言った。
「捕虜や重罪人の脳をいじり、痛覚と恐怖心を切除した兵士だ。……ドラクマめ、ここまで堕ちたか」
痛みを感じない兵士。
死ぬまで止まらない、肉の傀儡。
ゾッとした。
地下の遺跡で見た、死ぬまで働かされたミイラたち。
あれと同じだ。
人間を「部品」として扱い、使い潰す思想。
「攻撃開始!」
ザガンの命令と共に、生体ゴーレムたちが一斉に駆け出した。
速い。
肉体の限界リミッターを外した動きだ。
「迎撃システム、起動!」
私は指を鳴らした。
庭に設置された自動タレットが火を吹く。
ダダダダダッ!
魔力弾がゴーレムたちを撃ち抜く。
腕が飛び、胴体に穴が開く。
普通の兵士なら、一発で戦意喪失するダメージだ。
だが、彼らは止まらない。
腕がなくなれば体当たりし、足がなくなれば這ってくる。
痛みによるブレーキがないのだ。
「……気味が悪い」
私は本能的な嫌悪感を覚えた。
聖女セラフィナの時は、まだ「人間」相手だった。
彼女には感情があり、痛みがあり、対話の余地があった。
でも、こいつらは違う。
ただの「動く肉塊」だ。
私の大嫌いな、命を冒涜するシステムの具現化だ。
「リリアナ、屋敷へ入れ! 結界を張れ!」
クラウスが氷の壁を作り出し、敵の進撃を阻む。
だが、ゴーレムたちは氷壁に爪を立て、己の指が折れるのも構わずに登ってくる。
「……いいえ、クラウス」
私は逃げなかった。
パジャマのポケットに手を突っ込み、上空の旗艦を睨みつけた。
「私の庭を汚し、私の睡眠を妨害し、あまつさえこんな悪趣味な人形を撒き散らすなんて」
私の周りに、青白い魔力が渦巻く。
地下で「ブラック企業」を見た時と同じ、いやそれ以上の怒り。
「許さない。……絶対に、定時で帰してやるもんか」
私は覚悟を決めた。
このふざけた軍隊を、一兵残らず「更生」してやる。
私の快適なスローライフを守るために、徹底的にやってやるわ。
「クラウス、私の背中を守って。……少し、本気で掃除するわよ」




