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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第3章

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第2話 古代のブラック企業


 ゲートをくぐった先は、無機質な廊下が続いていた。

 天井の蛍光灯めいた光がチカチカと明滅し、床には埃ひとつ落ちていない。

 清潔だが、生気がない。


 ウィィィン……。


 前方から機械的な駆動音が響いた。

 現れたのは、三体の警備ゴーレムだ。

 人型だが、頭部にはカメラレンズが一つあるだけ。右腕にはスタンバトンのような武器が装着されている。


「侵入者確認。排除する」


 クラウスが即座に杖を構えた。

 彼の周りに氷の魔力が渦巻く。


「待って、クラウス」


 私は彼を手で制した。

 ゴーレムたちの胸元にあるプレートが見えたからだ。

 そこには『総務部・保安課』と刻まれている。

 ……やっぱり。ここはダンジョンじゃない。オフィスだ。


「警告。就業規則第4条違反。無断欠勤および遅刻者は、給与カットの刑に処す」


 ゴーレムが機械音声を発し、バトンに電撃を纏わせて突っ込んでくる。

 物理攻撃ではない。「減給」という名の精神攻撃(物理)だ。


「リリアナ、下がるんだ!」


「いいえ。……定時退社ログアウトします」


 私は指先で空中にコードを描いた。

 この遺跡の魔力パターンは、私の【自動化】スキルと驚くほど構造が似ている。

 というより、私のスキルはこの古代語プログラムをベースにしているのかもしれない。


(コマンド入力:強制退勤)

(理由:労働基準法違反によるボイコット)

(実行)


 ピロン♪


 軽快なチャイム音が鳴った。

 その瞬間、襲いかかろうとしていたゴーレムたちの目が青色に変わった。


「業務終了。お疲れ様でした」


 ガシャン。

 ゴーレムたちはその場で敬礼し、壁際の待機ポートへと戻っていった。

 スリープモードに入ったようだ。


「……な、何をしたんだ?」


 クラウスが呆気にとられている。


「『仕事は終わったから帰る』と伝えただけです。彼らは真面目な社畜ロボットですから、規則には従うんですよ」


 私はため息をつき、先へと進んだ。

 嫌な予感がする。

 入り口でこれだ。中にはもっと酷い光景が待っているに違いない。


 ◇


 廊下を抜けた先には、広大なホールがあった。

 体育館を十個繋げたほどの広さ。

 そこに、無数の机が整然と並べられている。


 数千、いや数万はあるだろうか。

 それぞれの机には、発光するモニターと、書類の山。

 そして──。


「……っ」


 クラウスが息を呑み、思わず口元を覆った。


 椅子に座っているのは、人間ではない。

 干からびたミイラ、あるいは白骨化した遺体だった。

 彼らは皆、ペンを握りしめたまま、あるいはキーボードのような盤面に指を置いたまま、前のめりに突っ伏していた。


 誰一人として、席を立っていない。

 逃げようとした形跡もない。

 ただ、働いて、働いて、そのまま電池が切れるように命を終えている。


「これは……墓場か? いや、虐殺の跡か?」


 クラウスの声が震えている。

 戦場を知る彼でさえ、この異様な死に様には寒気を覚えるらしい。


「いいえ、クラウス。これは『職場』です」


 私は乾いた声で答えた。

 近づいて、一番手前のミイラの机を見る。

 モニターには、まだ文字が表示されていた。古代の保存魔法のおかげだろう。


『進捗率98%……あと少し……納期間に合わせなきゃ……』

『眠い……帰りたい……でも部長がまだ帰らないから……』

『有給申請……却下……再申請……却下……』


 画面に残る文字が、私の胸を抉る。

 怨念ではない。

 ただの、悲しい義務感の残骸だ。


「この文明は、敵に滅ぼされたんじゃありません」


 私は確信した。


「自滅したんです。効率を突き詰め、システムに人間を合わせようとして……全員が『部品』になって、摩耗して、壊れた」


 アルカディア文明。

 一千年前、高度な魔法技術を誇りながら、突如として歴史から消えた謎の超大国。

 その滅亡の原因が、まさか「全人類過労死」だったなんて。


 私は自分の手を握りしめた。

 震えそうになるのを必死で抑える。

 怖い。

 ゾンビやドラゴンなんかより、よっぽど怖い。

 これは、前世の私が歩んでいたかもしれない未来の姿だ。


「リリアナ」


 温かい手が、私の肩に置かれた。

 クラウスだ。

 彼は私が何に怯えているのかを察したように、強く引き寄せてくれた。


「見るな。君が背負う必要はない」


「……大丈夫です」


 私は顔を上げた。

 恐怖はある。でも、それ以上に怒りが湧いてきた。


 こんな最期を、誰が望んだというのか。

 こんなシステムが、今も私の家の地下で動いているなんて。


「壊しましょう、クラウス。こんなふざけた場所、一秒だって存在しちゃいけない」


「ああ、同感だ。不愉快極まりない」


 クラウスもまた、冷たい怒りを瞳に宿して頷いた。


 その時。

 ホール全体を揺るがすようなアナウンスが響き渡った。


『ピーンポーンパーンポーン♪』


 場違いに明るいチャイム音。

 続いて、女性的だが抑揚のない合成音声が流れる。


『業務連絡。フロアAにて、新規リソースを確認しました。魔力適性ランクS。有望な新人ルーキーです』


 赤いスポットライトが、私とクラウスを照らし出した。


『ようこそ、株式会社アルカディアへ。我が社はアットホームな職場です。さあ、席についてください。貴方たちの席は、永遠に用意されています』


 ガチャリ。

 近くの空席から、手錠のような拘束具が飛び出した。

 「座れ」と手招きしているようだ。


「ふざけるな」


 私はドリル(安眠号)の操縦桿を握り直した。


「誰が座るもんですか。私は私の意思で、二度寝するためにここへ来たのよ!」


『拒否を確認。……残念です。労働意欲の低い社員には、再教育きょういくが必要です』


 ズズズズ……。

 ホールの奥、重厚な扉が開く。

 そこから漏れ出る魔力は、先ほどの警備ゴーレムとは比較にならないほど濃密で、禍々しいものだった。


人事部長ジェノサイド・ゴーレム、出勤してください。面接の時間です』


 巨大な影が現れる。

 それは、複数の骸骨を組み合わせて作られた、悪趣味な巨大兵器だった。


「……面接官が物理攻撃タイプなんて、聞いてないわよ」


 私は苦笑いし、クラウスを見た。


「夫(予定)さん。ブラック企業の圧迫面接、付き合ってくれますか?」


「喜んで。不採用通知を叩きつけてやろう」


 クラウスが不敵に笑い、氷の杖を構えた。

 安眠を取り戻すための戦いは、ここからが本番だ。

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― 新着の感想 ―
 悲しすぎる滅亡……(´;ω;`)
 全人類過労死……  夫婦共働きで残業で消耗し、夫婦の営みもなくなり、人口が減少し、ますます労働量が増え、そして行き着く先は……  悲しくも恐ろしいヴィジョンですね。
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