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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第3章

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第1話 安眠妨害の震源地


 世界には、侵してはならない聖域がある。

 それは、私のベッドの上だ。


 帝都での騒動から数週間。

 私はようやく取り戻した平穏な日常──最高級スライムマットレスと、オーダーメイドの抱き枕に包まれた、至福の睡眠時間を享受していた。


 夢も見ないほどの熟睡。

 意識は泥のように沈み、重力から解放された浮遊感だけが漂う。


 はずだった。


 ズズズズズ……。


 不快な振動が、背中を伝わってきた。

 最初は微かな揺れだった。

 風が強いのかな、程度にスルーして、私は寝返りを打った。


 ガタガタガタガタ!


 揺れが強くなる。

 枕元の時計がカタカタと音を立てる。

 うるさい。


「……んぅ」


 私は眉をひそめ、布団を頭まで被った。

 防音結界、出力上昇。

 振動吸収魔法、展開。

 これで何も聞こえない。おやすみなさい。


 ドォォォォォン!!


 突き上げるような衝撃。

 次の瞬間、私の体はふわりと宙に浮き──


 ドサッ!


「いったぁ……!」


 床に叩きつけられた。

 額を強打する鋭い痛み。

 そして何より、強制的に覚醒させられた不快感。


 私は冷たいフローリングの上で、ゆらりと立ち上がった。

 髪はボサボサ。

 パジャマは着崩れ。

 目は据わっている自覚がある。


「……いい度胸ね」


 私は低く呟いた。

 誰だ。

 私の安眠を妨害したのは。

 帝国の皇帝か? 教団の残党か? それとも、死に急ぎたい魔物か?


 バンッ!


 寝室のドアが勢いよく開かれた。

 飛び込んできたのは、ナイトウェア姿のクラウスだ。

 手には剣代わりの魔導杖を握りしめている。


「リリアナ! 無事か!?」


「……クラウス」


「すごい揺れだった。敵襲か? それとも地殻変動か? ……おい、顔色が悪いぞ。怪我をしたのか?」


 彼は私の額の赤みを見て、血相を変えて駆け寄ってきた。

 私の肩を抱き、心配そうに覗き込む。


「痛むのか? すぐに治癒魔法を……」


「いいえ。痛みはどうでもいいんです」


 私は彼の手を優しく押しのけ、床に這いつくばった。

 そして、耳を床板に押し当てる。


 ズウン、ズウン、ズウン……。


 聞こえる。

 地底の奥深くから響く、規則的なリズム。

 これは自然の地震じゃない。

 何かが、動いている音だ。

 それも、私の家の直下で。


「……見つけた」


 私の体から、青白い魔力がゆらりと立ち昇った。

 怒りのオーラだ。


「リリアナ……?」


「地下です。地下深くに、何か非常に『うるさいもの』がいます」


 私は立ち上がり、窓を開けた。

 外は真夜中。月明かりだけが荒野を照らしている。

 庭の自動タレットたちは敵影を感知できず、困惑したように首を振っていた。


「地下? モグラの魔物か?」


「わかりません。でも、私の睡眠を物理的に妨害した罪は重い。……万死に値します」


 私は庭へと飛び出した。

 クラウスが慌てて追いかけてくる。


「おい、待て! 何をする気だ!」


「決まっているでしょう。苦情を言いに行くんです。物理ドリルで」


 私は庭の中央、震源の真上に立った。

 パジャマ姿のまま、両手を天に掲げる。


(構築開始:対地底用・掘削プログラム)

(参照:前世の記憶『トンネル掘削機』)

(魔力充填:最大出力)


 ゴゴゴゴゴ……。


 私の魔力に呼応して、周囲の土砂と鉄分が集まってくる。

 凝縮され、回転し、巨大な円錐形を形成していく。

 直径五メートル。

 先端にはダイヤモンド硬度の魔力刃。

 全自動シールドマシン『安眠号(仮)』の完成だ。


「なっ……なんだその物騒なものは!?」


 クラウスが絶句している。


「ただの穴掘り機です。これに乗って、元凶を叩き潰してきます」


 私は生成された操縦席(ふかふかのシート付き)に乗り込んだ。

 クラウスは一瞬天を仰ぎ、諦めたようにため息をつくと、私の隣に飛び乗ってきた。


「はぁ……。君を一人で行かせるわけにはいかないな。私も行く」


「危ないですよ? パジャマが汚れます」


「妻(予定)が深夜にドリルで地底探検に行こうとしているんだ。夫(予定)が寝ていられるか」


 彼は苦笑して、私の腰に手を回し、シートベルト代わりに支えてくれた。

 本当に、世話焼きな管理人だ。


「では、行きます。……安眠妨害の代償、高くつくと思ってもらいましょう」


 私はレバー(魔力トリガー)を倒した。


 ギュイイイイイイン!!


 ドリルの回転音が夜気を切り裂く。

 次の瞬間、私たちの体は地面へと吸い込まれていった。


 ◇


 暗闇の中を、猛スピードで掘り進む。

 土魔法で壁面を固定しつつ、重力制御で落下速度を上げる。

 深度百メートル。

 二百メートル。

 まだ底が見えない。


「深いな……。ただの巣穴にしては深すぎる」


 クラウスが防護結界を張りながら呟いた。


「魔力反応もおかしい。生物というより、もっと無機質な……」


 ガキンッ!


 突然、甲高い音がしてドリルが止まった。

 硬い。

 岩盤ではない。金属の層にぶつかった感触だ。


「着いたみたいね」


 私はドリルの出力を上げた。

 キィィィィン!

 火花が散る。

 普通の金属ならバターのように切れるはずだが、これは……オリハルコン合金? いや、もっと未知の素材か。


「リリアナ、無理だ! 一度引こう!」


「引きません。意地でも開けます」


(追加プログラム:高周波振動ブレード)

(出力:限界突破)


 ドカンッ!


 装甲板が砕け散った。

 同時に、私たちは広い空間へと放り出された。


 浮遊魔法で着地する。

 そこは、信じられない光景だった。


「……なんだ、ここは」


 クラウスが息を呑む。


 広大な地下空洞。

 天井には、太陽の代わりとなる巨大な発光結晶が埋め込まれ、昼間のように明るい。

 そして眼下に広がるのは、整然と区画整理された「都市」だった。


 石造りではない。

 銀色の金属と、明滅する光のラインで構成された、未来的な摩天楼。

 私の前世の記憶にある「SF映画」に出てくるような光景だ。


「遺跡……? いや、古代文明の遺産か?」


 クラウスが周囲を警戒する。

 生き物の気配はない。

 ただ、機械的な稼働音──私を叩き起こした振動の正体──だけが、都市全体から響いている。


「……見て、クラウス」


 私は都市の入り口に立つ、巨大なゲートを指差した。

 そこには、朽ちかけた看板が掲げられていた。

 書かれているのは、今の帝国の言葉ではない。

 もっと古く、そして私には馴染み深い文字。


『株式会社アルカディア・ヴォルグ生産拠点』

『今月のスローガン:限界を超えてこそ、成長がある』


「……は?」


 私は目を疑った。

 日本語?

 いや、古代語だとしても、書いてある内容が……。


「株式会社……? スローガン……?」


 クラウスが首を傾げている。彼には読めないようだ。

 だが、私には読める。

 そして、その意味も痛いほどわかる。


 ここは、ただの古代遺跡じゃない。

 私の前世を死に追いやった元凶──「ブラック企業」の成れの果てだ。


「……最悪」


 私は頭を抱えた。

 安眠を妨害した犯人が、まさか「過去のトラウマ(概念)」だったなんて。


 ズズズ……。


 都市の奥から、無数の赤い光が灯った。

 警備ドローンか、あるいは自律稼働するゴーレムか。

 歓迎する気配はゼロだ。


「リリアナ、退くぞ。ここは危険だ」


「いいえ」


 私はパジャマの袖をまくり上げた。

 怒りの炎は、鎮火するどころか、業火となって燃え上がっていた。


「許せません。こんな地下深くにまで『社畜精神』を持ち込んで、あまつさえ私の眠りを妨げるなんて」


 私はゲートに向かって一歩踏み出した。


「更地にしてやります。働き方改革(物理)の執行よ!」

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