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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第2章

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第8話 パンデミック ~帝都の衛生崩壊。人力では防げない感染症を、自動化システムで封じ込めよ~


 帝都の朝は、不気味なほど静かだった。

 いつもの工場の稼働音も、馬車の音も聞こえない。

 代わりに聞こえてくるのは、遠くからのサイレンのような鐘の音だけ。


「……ロックダウンね」


 私は宰相邸の窓から、眼下の街を見下ろした。

 通りには誰もいない。

 衛兵たちが検問所を設け、厳重に封鎖している区画がある。

 あのスラム街だ。


「状況は最悪だ」


 執務室に入ってきたクラウスが、疲れた顔でソファに沈み込んだ。

 手には緊急報告書が握られている。


「『変異性魔獣病マジック・インフル』だそうだ。高熱、激しい咳、そして魔力回路の暴走を引き起こす。致死率は二割を超えている」


「二割……高いわね」


 私は紅茶を彼に差し出した。

 感染源はスラム街。

 衛生状態の悪さと、栄養失調。そこに何らかのトリガーが引かれて、爆発的な感染パンデミックが起きた。


「教団の対応は?」


「あいつらは……」


 クラウスが苦々しげに吐き捨てる。


「『これは神の試練だ』と言って、広場に信徒を集めて大規模な祈祷会を開いている。『祈れば治る』とな」


 最悪だ。

 密集、密接、密閉(結界内)。

 ウイルスの培養と配布を行っているようなものだ。


「バカなの? クラスターを自分たちで作ってどうするの」


「全くだ。だが、民衆は恐怖でパニックになっている。科学的な隔離よりも、縋れる神の言葉を選んでしまっているんだ」


 クラウスは頭を抱えた。


「皇帝陛下も頭を痛めておられる。軍を投入して解散させれば暴動になる。かといって放置すれば帝都は全滅だ。……リリアナ」


 彼が縋るような目で私を見た。


「君の技術で、なんとかならないか?」


 私は窓の外を見た。

 スラムの方角から、黒い澱みのような空気が漂ってきている。

 あれがここまで到達するのは時間の問題だ。


 私の安眠できる屋敷が、ウイルスに汚染される。

 クラウスが病に倒れるかもしれない。

 そして何より、客間で眠っているあの子──セラフィナが、目覚めた時に「私のせいで街が滅んだ」なんて知ったら、今度こそ壊れてしまうだろう。


(……あーあ。面倒くさい)


 私はため息をつき、カップを置いた。


「やりましょう。ただし、派手にやりますよ」


「構わん。責任は私が持つ」


「言いましたね? じゃあ、帝都の空を借ります」


 私は指を鳴らした。

 亜空間収納、フルオープン。

 在庫一掃セールだ。


 ◇


 スラム街の中央広場。

 そこは地獄の様相を呈していた。


 数千人の人々が肩を寄せ合い、咳き込みながら祈りを捧げている。

 高熱で倒れる者が続出しているが、司祭たちは「信仰が足りないからだ」と叫び、さらに祈りを強要していた。


『祈りなさい! 邪悪なる魔女の呪いを払うのです!』


 司祭が壇上で叫ぶ。

 彼らの口元には、ちゃっかりと自分たちだけ高級な防魔マスクが装着されていた。


 その時。


 ブゥゥゥゥン……!


 低い羽音が、空から響いてきた。

 一つではない。百、いや千の羽音だ。


「な、なんだ!?」

「空を見ろ!」

「虫か!?」


 人々が見上げた空を、無数の「黒い点」が覆い尽くしていた。

 ドローンだ。

 私が農薬散布用に開発した『自動散布ドローン・改』の大編隊である。


『帝都民に告ぐ。これより防疫作業を開始する』


 ドローンの一機が、私の声を(ボイスチェンジャーで低く加工して)響かせた。


『これは呪いではない。ただの病気だ。祈っても治らないが、薬で治る』


「薬だと……?」

「嘘だ! 魔女の毒だ!」


 司祭が叫ぶ。

 私は無視して、全機に命令を下した。


(ターゲットロック:スラム全域)

(散布開始:『特製抗体ミスト(ミントの香り)』)


 プシューーーッ!!


 一斉に、ドローンの腹部から白銀の霧が噴射された。

 霧は雨のように降り注ぎ、広場を包み込む。


「うわぁぁっ!」

「毒ガスだぁ!」


 パニックになる人々。

 しかし、その霧を吸い込んだ瞬間、彼らの反応が変わった。


「……あれ?」

「息が……苦しくない?」

「喉の痛みが消えたぞ……」


 私が散布したのは、ポーションを気化させ、さらに抗ウイルス魔法を付与した特殊ミストだ。

 肺に直接作用し、病原体を殺菌する。

 さらに、熱を下げる冷却効果と、気分をリフレッシュさせるアロマ効果付き。


 咳き込んでいた子供の呼吸が穏やかになる。

 高熱でうなされていた老人の顔色が戻る。

 劇的な効果だった。


「す、すごい……体が軽い……」

「奇跡だ……これこそ本物の奇跡だ!」


 人々は空を見上げた。

 そこには、整然と隊列を組み、銀の雨を降らせる無機質な機械の群れ。

 それを、彼らはこう呼んだ。


「鋼鉄の天使様だ……!」


 勝手に神格化しないでほしい。ただの機械だ。


 さらに、私は次の手を打った。

 地面に投下したのは、簡易設置型の『全自動隔離テント』だ。

 ボンッ、ボンッ! と音を立てて膨らみ、瞬時に無菌室を作り出す。


『重症者はテントへ入れ。中は快適温度に設定してある。水と食料も自動で出る』


 アナウンスに従い、人々は我先にとテントへ入っていく。

 そこにあるのは、清潔なベッドと、温かいスープ。

 教団が与えてくれなかった「物理的な救い」だ。


「ま、待て! 行くな! そのテントは悪魔の罠だ!」


 司祭が必死に呼び止めるが、誰も聞く耳を持たない。

 一人の青年が、司祭に向かって石を投げた。


「うるせえ! 祈ってて母ちゃんが死にかけたんだぞ!」

「そうだ! お前らだけマスクしやがって!」

「俺たちは天使様の薬を信じる!」


 形勢逆転。

 教団の権威が、ドローンの羽音にかき消されていく。


 ◇


 私は宰相邸のモニターで、その様子を眺めながらポテトチップスを齧った。


「……制圧完了」


 ウイルスの活動反応は激減。

 あと数日ミストを撒き続ければ、終息するだろう。


「恐ろしいな、君は」


 隣で見ていたクラウスが、呆れたように、しかし誇らしげに笑った。


「教団が数百年かけて築き上げた信仰を、たった十分で塗り替えてしまった」


「信仰なんて曖昧なものより、確実な効果エビデンスの方が強いってだけです」


 私は指についた塩を舐めた。


「それに、これで貸し一つですよ、宰相閣下。……帰りの列車は、もっと豪華にしてもらいますからね」


「ああ、約束しよう。君の望むままに」


 彼は私の頭を撫でた。

 帝都の空気が、少しだけ澄んで見えた。


 これで外の騒音は消えた。

 あとは、内側の問題だ。

 私は客間の方を見た。

 眠れる森の聖女様は、そろそろお目覚めだろうか。


 彼女が起きた時、自分の信じてきた世界がひっくり返っていることに、どう向き合うのか。

 まあ、その時はその時だ。

 「人をダメにするソファ」があれば、大抵の悩みはどうでもよくなるはずだから。

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― 新着の感想 ―
「君の技術で、なんとかならないか?」 この対価が夫に対して貸し一つ、帝国として支払ってほしかった。
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