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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第2章

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第7話 聖女の倒れる日 ~彼女を支えているのは信仰心ではなく、カフェインとポーションでした~


 帝都の下町、通称「すす払い地区」。

 工場の排煙が最も濃く降り注ぐこの場所は、昼間でも薄暗い。

 貧困と病が蔓延する、帝国の暗部だ。


「……臭いわね」


 私はハンカチで鼻を覆い、顔をしかめた。

 もちろん、物理的には防臭結界を張っているので匂いはしないはずだが、気分の問題だ。


 私は今、スラムの広場を見下ろす建物の屋根に立っている。

 透明化魔法を使っているので、下からは見えない。


「リリアナ。わざわざ来なくてもよかったのに」


 隣に立つクラウスが、心配そうに私を見る。


「そういうわけにいきません。私のせいで『聖女が狂った』なんて噂が立ったら、寝覚めが悪いですから」


 そう。

 二日前の御前試合。

 私の医療ポッドで完敗したセラフィナは、目覚めた直後、顔を真っ赤にして逃亡した。

 そしてその足で、このスラム街に転がり込み、不眠不休の治療活動を始めたのだ。


 まるで、自分の価値を証明しようと焦るように。


 広場には、長い行列ができていた。

 咳き込む老人、怪我をした子供、過労で倒れた労働者。

 その最前列に、彼女はいた。


「神よ……癒やしを……」


 セラフィナの声は、擦り切れた糸のようだった。

 僧衣は泥まみれ。

 金髪は煤で汚れ、かつての輝きはない。

 彼女はふらつく足で患者の前に立ち、震える手をかざしていた。


 カッ……。


 放たれる光が弱い。

 電球が切れる寸前の明滅だ。


「あり、がとう……聖女様……」

「いいえ、感謝など……これは私の、贖罪しょくざいなのです……」


 彼女はうわごとのように呟き、次の患者へ向かう。

 その手には、空になったポーションの瓶と、眠気覚ましのカフェイン錠剤の包み紙が握りしめられていた。


 見ていられない。

 あれは治療ではない。寿命の前借りだ。


「……教団の連中は、何をやってるの?」


 私は広場の隅を指差した。

 そこには、立派な法衣を着た司祭たちが数名、腕を組んで立っていた。

 彼らはセラフィナを手伝うことも、止めることもしない。

 ただ、じっと観察している。


「監視だ」


 クラウスが吐き捨てるように言った。


「彼らはセラフィナを見限ったらしい。敗北した聖女など、広告塔にならないとな」


「なら、なぜ止めないの?」


「死ぬのを待っているんだよ」


 クラウスの声が、氷点下まで冷え込んだ。


「『異教の魔女リリアナ』に敗れた聖女が、スラムの民を救うために命を燃やし尽くして死ぬ。……そうなれば、彼女は『悲劇の殉教者』になる。教団は彼女の死を利用して、再び民衆の支持を集め、君と私を攻撃する材料にするつもりだ」


 ……は?

 私は耳を疑った。


「何それ。あの子は、使い捨てカイロか何か?」


 温かいうちは使い倒して、冷たくなったらゴミ箱へ?

 ふざけている。

 効率主義の私でも、そんな非合理な廃棄処分はしない。

 道具なら、壊れる前にメンテナンスをして、長く使うのが鉄則だ。


 その時。

 広場で悲鳴が上がった。


「せ、聖女様!?」


 セラフィナが、膝から崩れ落ちたのだ。

 泥水の中に、バシャリと倒れ込む。

 彼女は起き上がろうともがくが、手足が痙攣して動かない。


「ああ……まだ、まだです……。私は、働かなければ……」


 彼女は泥に顔を汚しながら、這って患者へ向かおうとする。

 爪が剥がれ、指先から血が滲んでいる。


「神よ……私に、苦しみを……。もっと苦しまなければ、許されない……」


 狂気だ。

 「楽をすること=罪」という洗脳が、彼女をここまで追い詰めている。


 司祭の一人が、ゆっくりと歩み寄った。

 助け起こすためではない。

 最期の言葉を聞き届けるためだ。


「おお、なんという自己犠牲……。セラフィナよ、安心召されよ。そなたの尊い死は、教団のいしずえとなるであろう」


 司祭は恍惚とした表情で、瀕死の少女を見下ろしている。

 周りの民衆も、涙を流して拝み始めた。

 誰も助けない。

 「聖なる死」という演出に、全員が酔っている。


 ──プチン。


 私の中で、何かが切れる音がした。


「……あー、もう!」


 私は屋根を蹴った。

 隠密など知ったことか。

 こんな胸糞の悪い茶番、私の安眠の敵だ。


 ◇


 ドォォォン!!


 広場の中央に、爆音と共に着地した。

 砂煙が舞う。


「な、なんだ!?」

「天使か!?」


 民衆がざわめく中、私は砂煙を払って立ち上がった。

 目の前には、泥まみれのセラフィナと、驚愕に目を見開く司祭。


「だ、誰だ貴様は……リリアナ・ヴェルディ!?」


 司祭が叫ぶ。

 私は彼を無視して、倒れているセラフィナの襟首を掴み、強引に引き起こした。


「……っ、あ……」


 彼女の瞳は焦点が合っていない。

 体は高熱で燃えるように熱い。


「貴様、何をする! 神聖なる儀式の最中だぞ!」


 司祭が杖を振り上げて怒鳴った。

 私は彼を睨みつけた。


「儀式? これが?」


 私は冷たく言い放つ。


「ただの整備不良メンテナンスぶそくでしょう」


「な……何を……」


「使い潰して、壊れたらポイ? 三流の管理者のやることね。道具一つ大事にできない組織が、人の魂を救えるわけがない」


 私は指を鳴らした。

 上空で待機させていた輸送用ドローン(かご付き)が降下してくる。


「回収します。このままここで死なれたら、ここが心霊スポットになって地価が下がるので」


「ふ、ふざけるな! その娘は教団の所有物だ! 殉教こそが彼女の望み……」


 司祭が私の肩を掴もうとした瞬間。


 ヒュンッ!


 どこからともなく飛来した小さな石が、司祭の手の甲を正確に弾いた。

 屋根の上にいるクラウスだ。

 私の彼(番犬)は優秀なのだ。


 司祭が怯んだ隙に、私はセラフィナをドローンのバスケットに放り込んだ。

 扱いが雑?

 緊急搬送だから仕方ない。


「ま、待っ……て……」


 セラフィナが私の袖を掴んだ。

 消え入りそうな声で、彼女は懇願する。


「私を……連れて行かないで……。私は、ここで死ななきゃ……役に立たないままじゃ、神様に……」


 彼女の目から、涙が溢れ出し、泥で汚れた頬を伝う。


「休むのが、怖いんです……。自分がいらない子になるのが、怖い……」


 ああ。

 やっぱり、似ている。

 前世の私と。

 ブラック企業のデスクで、「私が休んだら会社が回らない」と思い込んで、ボロボロになるまで働いていたあの頃と。


 私はため息をつき、彼女の泥だらけの額を指で弾いた。

 パチン。


「バカね。休んだくらいで回らなくなる世界なら、滅びてしまえばいいのよ」


「……え?」


「貴女が死んで喜ぶ神様なんて、ろくなもんじゃないわ。そんなブラックな職場、私が労働基準法違反で訴えてあげる」


 意味がわからないという顔をする彼女に、私はニヤリと笑った。


「安心しなさい。私の『お昼寝特区』では、強制労働は禁止だけど、強制休息は義務だから」


 私はドローンに上昇指示を出した。


「さあ、行きましょう。泥パックは美容にいいけど、本物の泥じゃ肌が荒れるわよ」


 セラフィナを乗せたドローンが空へ舞い上がる。

 呆然とする司祭と民衆を残し、私はクラウスと合流するために跳躍した。


 宣戦布告だ。

 教団という巨大組織に対し、私は「休日」という武器で喧嘩を売ったのだ。


 これから始まるのは、聖女の奪還戦ではない。

 彼女に「二度寝の味」を教え込む、壮大なリハビリ計画である。

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