第6話 御前試合・開幕 ~聖女の「手当て」vs リリアナの「自動医療ポッド」~
翌日。
皇城の裏手にある第一練兵場は、異様な熱気に包まれていた。
砂埃が舞う広場に整列しているのは、帝国の精鋭騎士団。
その数、およそ二百名。
さらに観覧席には、皇帝陛下を筆頭に、教団関係者や貴族たちがずらりと並んでいる。
「……暑い」
私は日傘の下でぼやいた。
直射日光が肌に悪い。早く帰りたい。
隣に控えるクラウスが、ハンカチで私の額の汗を拭うふりをして囁く。
「辛抱してくれ。これが終われば、教団もしばらく大人しくなるはずだ」
「信じますよ。……で、あれが患者?」
私が指差したのは、広場の中央に座り込んでいる集団だ。
包帯を巻いた者、腕を吊っている者、足を引きずっている者。
昨日の模擬戦で負傷した兵士たち、百名だそうだ。
「ルールを説明する!」
審判役の騎士が大声を張り上げた。
「聖女セラフィナ殿、およびリリアナ嬢。両名には、ここにいる負傷兵の治療を行ってもらう! 制限時間は二時間! より多くの兵を、より万全な状態へ回復させた者を勝者とする!」
シンプルだ。
質と量。その両方が問われる。
広場の左側には、白装束の聖女セラフィナ。
彼女は今日もボロボロの僧衣を纏い、悲壮な決意を瞳に宿していた。
広場の右側には、私。
今日の服装は、昨日好評だった「パジャマ・ドレス」の活動タイプ(丈が少し短い)だ。
「始め!」
銅鑼の音が鳴り響いた。
◇
「おお、神よ……! 迷える子羊に慈悲を!」
先手を取ったのはセラフィナだった。
彼女は一番重傷の兵士──腕を骨折している大男の前に跪き、その患部に手をかざした。
カッ!
眩い黄金の光が溢れ出す。
教団が誇る「聖女の奇跡」だ。
「う、おお……! 痛みが引いていく!」
兵士が驚きの声を上げる。
光が収まると、折れていたはずの腕は元通りに繋がっていた。
観客席から「おおっ!」と感嘆の声が上がる。
しかし。
「はぁ、はぁ……っ」
セラフィナがよろめいた。
額には玉のような汗が浮かび、顔色が紙のように白い。
一人治しただけで、これだ。
彼女の治癒魔法は、自身の生命力を魔力に変換して分け与えるタイプなのだろう。
美しい自己犠牲だが、効率が悪すぎる。
「あ、ありがとうございます聖女様! ですが、無理をなさらないで……」
治された兵士が、恐縮して身を縮こまらせている。
自分が治る代わりに、聖女が苦しむ。
そんなの、まともな神経をしていれば罪悪感で胃が痛くなるだろう。
心のケアができていない。減点だ。
「……次は、私の番ね」
私は日傘を畳み、指先を指揮棒のように振った。
(亜空間収納、展開)
(オブジェクト呼び出し:『全自動医療ポッド・量産型』×10)
(設置)
ズズズズンッ!
私の背後の空間が歪み、巨大な金属の箱が十個、一列に並んで出現した。
見た目は、カプセル型の棺桶……あるいは、蓋付きのバスタブといったところか。
表面は清潔な白で塗装され、側面にはパイプや魔導計器が張り巡らされている。
「な、なんだあれは!?」
「棺桶か!?」
ざわつく会場。
私はマイク(拡声魔法)を使って、兵士たちに呼びかけた。
「さあ、まずは十名様、どうぞ。服を着たまま入れますよ」
兵士たちが顔を見合わせ、怯えている。
無理もない。怪しすぎる。
「……俺が行く」
一人の古傷だらけの軍曹が進み出た。
彼は決死の覚悟で、一番端のポッドに足を踏み入れた。
プシューッ。
ガラスの蓋が閉まる。
中は見えなくなる。
ゴウン、ゴウン、ゴウン……。
機械が低い唸りを上げ、内部で何かが蠢く音がする。
外から見れば、人をミキサーにかけているように見えるかもしれない。
「ひぃっ! 軍曹が食われてる!」
「悪魔の機械だ!」
教団の司祭たちが叫ぶ。
セラフィナも治療の手を止めて睨んでくる。
三分後。
ピンポーン♪
軽快な電子音が鳴り、ポッドの蓋が開いた。
中から溢れ出したのは、真っ白な蒸気。
「ぐ、軍曹……?」
部下たちが固唾を呑んで見守る中、中から出てきたのは──。
「……ふあぁ~……極楽……」
ツヤッツヤになった軍曹だった。
肌はピンク色に上気し、目尻は下がり、体からは甘いハーブの香りが漂っている。
切り傷も打撲痕も、綺麗さっぱり消えていた。
「おい、どうしたんだ軍曹!?」
「あ、ああ……。なんか、温かいスライムに包まれて……揉まれて……傷口がピリピリして……気づいたら終わってた……」
軍曹は夢見心地で語った。
「腰痛も消えた。肩こりもない。……俺、今なら空も飛べる気がする」
その言葉が、全ての合図だった。
「お、俺もやる!」
「俺もだ! 並べ!」
「おい押すな! 順序良く入れ!」
兵士たちが我先にとポッドへ殺到した。
もはや治療待ちの列ではない。
人気アトラクションの待機列だ。
私のポッドの仕組みはこうだ。
1.『医療用スライム(無菌)』で全身を包み込み、患部を特定。
2.『高濃度ポーション』をミスト状にして浸透圧で強制注入。
3.同時に『微弱電流』と『振動』で筋肉をほぐし、リラックス効果を与える。
4.仕上げに『洗浄魔法』で汚れを落とし、乾燥。
所要時間は三分。
十台稼働しているので、三分で十人が完治する計算だ。
「はい、次の方ー。中で暴れないでくださいねー」
私は椅子に座り、お茶を飲みながらオペレーション(指一本)を続けるだけ。
まさに自動化工場。
一方、セラフィナ側は悲惨だった。
「ま、待ってください! 私の祈りを……!」
彼女が呼びかけるが、兵士たちは目を逸らす。
彼女の治療は「痛い(精神的に)」のだ。
対して、私の治療は「気持ちいい(物理的に)」。
怪我が治るだけでなく、日頃の訓練の疲れまで取れるとなれば、どちらを選ぶかは明白だ。
「そんな……私の、祈りが……」
セラフィナが呆然と立ち尽くす。
彼女の足元には、まだ十人ほどしか治療を受けていない痕跡があった。
対して、私のほうは既に五十人を突破している。
「勝負あったな」
貴賓席で、皇帝が満足げに頷くのが見えた。
隣にいる教団の大司教は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「……あーあ」
私はカップを置いた。
勝つのはわかっていたけれど、少しやりすぎたかもしれない。
セラフィナの様子がおかしい。
彼女はふらふらと、残った重傷者に歩み寄ろうとしていた。
足が震えている。
魔力切れだ。これ以上使えば、命に関わる。
「やめなさい」
私は声をかけたが、彼女は聞こえていないようだった。
「まだです……まだ、私は役に立ちます……。神よ、我が身を糧に……」
カッ!
彼女が無理やり魔法を発動させた瞬間。
糸が切れた操り人形のように、彼女の体が崩れ落ちた。
「聖女様!」
周囲が騒然となる。
私は舌打ちをした。
(……面倒くさい!)
敵に塩を送る趣味はない。
でも、私の目の前で過労死されるのは、極めて寝覚めが悪い。
「回収!」
私は指を振った。
待機していたポッドの一台が、アームを伸ばしてセラフィナを捕獲した。
「なっ、何をする!」
「聖女様を機械に入れる気か!」
司祭たちが喚くが、無視だ。
ポッドの中にセラフィナを放り込み、『緊急蘇生モード』を起動する。
プシューッ。
数分後。
蓋が開くと、そこには安らかな寝息を立てる聖女の姿があった。
顔色には赤みが戻っている。
ただの栄養補給と、強制睡眠だ。
「……よし、生きてる」
私はホッとして、大きく息を吐いた。
「勝者、リリアナ・ヴェルディ!」
審判の声が響き渡る。
兵士たちからの割れんばかりの拍手と、教団からの憎悪に満ちた視線。
その両方を浴びながら、私は「早く帰って寝たい」とだけ思っていた。
だが、これで終わりではなかった。
倒れた聖女が目を覚ました時、彼女の中で何かが──信仰か、あるいは価値観そのものが、音を立てて崩れようとしていた。
そしてそれは、帝都を揺るがす新たな騒動の幕開けでもあった。




