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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第2章

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第5話 夜会のドレスコード ~「パジャマで参加してはダメですか?」→最先端ファッションとして流行る~


 夜の帳が下りる頃。

 帝都の中央に位置する皇城「鉄鷲城アイゼン・アドラー」は、不釣り合いなほどの明かりに包まれていた。


 歓迎夜会。

 名目は私の歓迎だが、実際は「リリアナ・ヴェルディという素材の品定め」だ。


「……行きたくない」


 控室で、私は鏡の中の自分に向かって呟いた。

 しかし、今日の私は一味違う。

 いつものように憂鬱ではない。なぜなら──。


「準備はいいか、リリアナ」


 ドアが開き、正装したクラウスが入ってきた。

 黒の燕尾服。胸元には勲章。

 相変わらず無駄に顔が良い。

 彼は私を見ると、満足げに目を細めた。


「ああ……素晴らしい。その姿なら、このままベッドへ直行しても違和感がない」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 私は裾をふわりと翻した。


 今、私が着ているもの。

 それは従来のドレスではない。

 素材は、ヴォルグ産の「幻獣蚕ファントム・シルク」の布地。

 空気のように軽く、肌触りは滑らか。

 そして最大の特徴は──『ノー・コルセット』であることだ。


 ウエストを締め上げる拷問器具は排除した。

 代わりに、布地のカッティングと光の屈折魔法だけで、美しいシルエットを作り出している。

 締め付けゼロ。

 重さほぼゼロ。

 名付けて『パジャマ・ドレス』。


「行きましょう、クラウス。早く終わらせて、本物のベッドへ帰るために」


 私は彼のエスコートを受け、戦場ホールへと足を踏み出した。


 ◇


 大広間に入った瞬間、数百の視線が突き刺さった。


 ざわ……ざわ……。


 音楽が微かに霞むほどの、さざめき。

 貴族たちの目は、驚きと困惑で見開かれている。


 無理もない。

 周りの貴婦人たちは、戦艦のようなクリノリン(骨組み)でスカートを膨らませ、呼吸も困難なほどウエストを締め上げているのだから。

 その中で、一人だけ重力から解き放たれたような私が歩いているのだ。


『あれは……ネグリジェか?』

『いや、光沢が違う。見たことのない布だわ』

『体のラインが出すぎでは……なんと破廉恥な』


 ひそひそ話が聞こえてくる。

 批判的な声も多い。

 だが、私は胸を張って歩いた。

 恥じることはない。誰よりも快適なのは私なのだから。


 クラウスが周囲を威圧するように、私の腰に手を回す。


「堂々としていればいい。君こそが、この会場で最も合理的で美しい」


 彼の囁きに勇気づけられ、私は皇帝の玉座へ向かおうとした。


 その時だ。


 バーンッ!


 入り口の扉が乱暴に開かれた。

 衛兵たちの制止を振り切り、一団が雪崩れ込んでくる。

 白装束の集団。聖アルス教団だ。


 その先頭に立つのは、見覚えのある金髪の少女。


「お待ちなさい!」


 聖女セラフィナだ。

 会場が凍りつく。

 彼女の姿は、この煌びやかな夜会において、あまりにも異質だった。


 ボロボロの僧衣。

 泥だらけのサンダル。

 髪は整えられておらず、頬はこけている。

 「清貧」を通り越して、ただの「浮浪者」に見えた。


「聖女様……? なぜここに?」


 近くの貴族が声をかけるが、彼女は無視して私を指差した。


「見つけましたよ、魔女! 神聖な皇城に、そのようなふしだらな格好で足を踏み入れるとは!」


 彼女はツカツカと歩み寄ってきた。

 体臭……ではないが、埃っぽい匂いが漂ってくる。

 私は思わず一歩下がった。


「こんばんは、聖女様。招待状はお持ちで?」


「必要ありません! 神の使者はどこへでも赴きます!」


 無茶苦茶だ。

 彼女は広間に響き渡る声で演説を始めた。


「皆様、目を覚ましなさい! ご覧なさい、この女の姿を! 体の線を晒し、宝石で飾り立てる……これぞ『傲慢ごうまん』と『色欲』の象徴です!」


 彼女は自分のボロボロの服を誇示するように両手を広げた。


「真の美とは、飾り気のない魂に宿るもの! 贅沢は罪です! 今すぐそのドレスを脱ぎ捨て、悔い改めなさい!」


 会場が静まり返る。

 貴族たちは顔を見合わせた。

 彼らの表情にあるのは、感銘ではない。

 「不快感」だ。


 煌びやかなパーティーに、薄汚れた格好で乱入し、客人を罵倒する。

 それはマナー違反以前の、生理的な拒絶反応を引き起こしていた。


 私は扇子を開き、口元を隠した。


「聖女様。一つ訂正を」


「言い訳など聞きません!」


「このドレス、贅沢に見えますか? ……実はこれ、締め付けが一切ないんです」


 私はくるりと回ってみせた。

 布地がふわりと舞い、すぐに元のシルエットに戻る。


「コルセットも、パニエも着けていません。ただの布です。とても軽くて、深呼吸もできますし、美味しい食事もお腹いっぱい食べられます」


 その言葉に、反応したのは貴婦人たちだった。


『……えっ? コルセットなし?』

『嘘でしょう、あのラインで?』

『いいなぁ……私なんて、さっきから肋骨が悲鳴を上げているのに』


 羨望の眼差し。

 そう、彼女たちは疲れているのだ。

 教団の「慎ましさ」の強要と、貴族社会の「見栄」の板挟みで。


「楽をすることは、罪ではありません」


 私は会場全体に聞こえるように言った。


「自分を痛めつけて、苦しい顔をしているのが『美徳』だなんて、私は思いません。心地よく、笑顔でいられる服こそが、その人を一番輝かせるはずです」


 セラフィナが唇を噛んだ。


詭弁きべんです! 苦しみこそが……!」


「──そこまでだ」


 重厚な声が、頭上から降ってきた。

 玉座の間への階段。

 そこに、一人の男が立っていた。


 白髪交じりの髭。鋭い眼光。

 ガレリア帝国皇帝、ヴァルター3世だ。


「へ、陛下……!」


 セラフィナが慌てて膝をつく。

 周囲の貴族たちも一斉に平伏した。

 私とクラウスだけが、立ったまま頭を下げる(クラウスの指示だ)。


 皇帝はゆっくりと階段を降りてきた。

 その視線は、セラフィナを一瞥し、すぐに私へと向けられた。


「リリアナ・ヴェルディと言ったか」


「はい、陛下」


「その衣装……『ナイトウェア・スタイル』とでも呼ぶべきか? 斬新だな」


 皇帝は私のドレスを興味深そうに観察した。


「機能性を極限まで追求し、装飾を削ぎ落としながらも、品位を保っている。……余の好む『合理主義』そのものだ」


 肯定された。

 空気が一変する。

 皇帝が認めたのなら、それは「奇抜」ではなく「最先端」になる。


「それに引き換え……」


 皇帝は、床に伏せるセラフィナを見下ろした。


「聖女よ。余の祝いの席に、その薄汚れた格好で来たのは、余への当てつけか?」


「い、いいえ! これは清貧の……」


「TPOをわきまえよ。場にそぐわぬ服装は、ただの自己満足だ。不愉快である」


 バッサリだ。

 セラフィナの顔から血の気が引いていく。


「下がれ。これ以上、余の客人を不快にさせるな」


「っ……!」


 セラフィナは涙目で私を睨みつけ、よろよろと立ち上がった。

 そして、逃げるように会場を飛び出していく。

 二度目の敗走だ。


 会場の空気が緩む。

 貴婦人たちが、ほっとしたように扇子を動かし始めた。

 そして、その視線は熱を帯びて私に向いている。

 『ねえ、あのドレス、どこの仕立て屋?』という無言の問いが聞こえてきそうだ。


「さて、リリアナ嬢」


 皇帝が、不敵な笑みを浮かべて私に近づいてきた。


「宰相から聞いているぞ。面白い技術を持っているそうだな。……明日の『御前試合』、楽しみにしている」


「……御前試合?」


 私は聞き返した。

 そんな予定、聞いていない。

 隣を見ると、クラウスが「しまった」という顔をして視線を逸らした。


「教団が納得せぬのでな。聖女の『奇跡』と、そなたの『技術』。どちらが帝国の兵を救えるか、競ってもらうことになった」


 皇帝は楽しそうに告げた。


「負ければ、そなたの領地は教団の管理下に置かれる。……精々、気張るがよい」


 私は天を仰ぎたくなった。

 やっぱり、タダで帰れるわけがなかった。

 ドレスコード対決の次は、医療対決か。


 まあいい。

 私の安眠を守るためなら、神の奇跡だろうが何だろうが、自動化システムで上回ってみせる。

 私は覚悟を決め、皇帝に不敵な笑みを返した。


「お任せください。私の技術は、誰よりも『楽』をするためにありますから」

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「負ければ、そなたの領地は教団の管理下に置かれる。……精々、気張るがよい」 勝った時のメリットも示して欲しいね。勝ったら、そのまま住んでよいは、メリットとは言えませんよね。まあ、帝国に住まず、別にど…
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