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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第2章

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第4話 灰色の帝都 ~人々が死んだ目で働いている。この街には「癒やし」が足りない~


 帝都の宰相邸は、巨大な棺桶のようだった。

 石造りの重厚な外観。

 窓は小さく、カーテンは閉ざされ、中からは陰気な空気が漂ってくる。


「……ここが、貴方の家?」


 馬車を降りた私は、思わずハンカチで口元を覆った。

 埃っぽい。

 玄関ホールのシャンデリアは曇り、絨毯には微かにすすが染み付いている。

 ヴォルグの屋敷の、あの清浄な空気とは雲泥の差だ。


「すまない。私がほとんど帰宅しないせいもあって、管理が行き届いていないんだ」


 クラウスがバツが悪そうに言った。

 そこへ、奥から一人の老婦人が現れた。

 きっちりと結い上げた白髪。糊の効いたメイド服。

 背筋を定規のように伸ばした、典型的な「お堅い」メイド長だ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 彼女は深くお辞儀をした後、私を冷ややかな目で見据えた。


「……そちらが、噂のリリアナ様でございますか」


「はじめまして。リリアナです」


「メイド長のマーサと申します。……急なご到着でしたので、客間の準備が整っておりません。これから掃除を始めますので、三時間ほどお待ちいただけますか?」


 三時間。

 移動で疲れた私に、埃っぽいロビーで三時間待てと言うのか。

 嫌がらせとしては上等だ。


「人手が足りないの?」


「いいえ。ですが、客間は最上級の敬意を込めて、手作業で磨き上げるのが当家の流儀。雑巾がけ一つにも、魂を込めねばなりませんので」


 マーサは胸を張った。

 ああ、ここにもいた。

 「苦労=美徳」教の信者だ。

 後ろに控えている若いメイドたちの顔色は悪い。

 目の下にクマを作り、指先は荒れている。

 「魂を込める」前に、彼女たちの体が壊れそうだ。


「……三時間も待てません」


 私は即答した。

 今すぐ、清潔でふかふかのベッドにダイブしたいのだ。


「でしたら、出直していただいて結構です。当家には当家のやり方が……」


「やり方が古いですね。アップデートしましょう」


 私は指先をパチンと鳴らした。


(環境スキャン完了:汚れレベルC)

(実行:全館自動清掃プログラム)


 ヒュオオッ!


 屋敷の中に、爽やかな風が吹き抜けた。

 ただの風ではない。

 埃を吸着し、微細な汚れを弾き飛ばす「浄化の風」だ。


「な、なんですの!?」


 マーサがスカートを押さえる。

 風は廊下を駆け抜け、天井の隅々まで舐めるように旋回した。

 同時に、亜空間から取り出した数百匹の「お掃除スライム(極小サイズ)」を一斉に放つ。


 彼らは床を高速で這い回り、こびりついた煤汚れを分解・吸収していく。

 シャンデリアが輝きを取り戻し、曇っていた窓ガラスが透明になっていく。


 所要時間、三分。

 薄暗かった玄関ホールは、新築のようにピカピカになっていた。


「……な、な、な……」


 マーサは口をパクパクさせて、綺麗になった床と私を交互に見ていた。


「バカな……魔法で、手抜きをするなんて……! 汗もかかずに綺麗にして、そこに真心はあるのですか!?」


「真心で埃は取れませんよ、マーサ」


 私は埃一つない手すりを指でなぞった。


「結果が全てです。……ほら、三時間浮きましたよ」


 私は硬直するメイドたちに向き直った。


「貴女たち、お茶の用意を。人数分、全員のね」


「は、はい! ……えっ、全員?」


 若いメイドが聞き返した。


「そう。マーサも、貴女たちも。仕事は終わったんだから、休憩しましょう」


 ◇


 十分後。

 サロンには、奇妙な光景が広がっていた。

 主人である私とクラウス、そして使用人全員が、同じテーブルで紅茶を飲んでいるのだ。


 最初は恐縮して立ち尽くしていたメイドたちも、私が持ち込んだ「ヴォルグ特産クッキー」と「疲労回復ハーブティー」の香りに負け、今は幸せそうに頬を緩めている。


「お、美味しい……」

「足が……むくみが取れていくみたい……」


 彼女たちは過労だったのだ。

 真心という名の強制労働から解放され、本来の笑顔が戻ってきている。


 その輪から少し離れた場所で、マーサだけが頑なにカップに口をつけずにいた。


「……認めません」


 彼女は震える声で言った。


「こんなの、間違っています。楽をして……サボって……。これでは、人間がダメになってしまう」


「ダメになって、何が悪いんです?」


 私は自分のカップを置き、彼女を見た。


「マーサ。貴女、腰が痛いでしょう?」


 彼女の肩が一瞬跳ねた。

 立っている姿勢が、僅かに右に傾いている。長年の雑巾がけの代償だ。


「それは……年のせいです」


「いいえ、働きすぎです。……この椅子に座ってみてください」


 私は、彼女のために用意した特製チェア(腰痛ケア機能付き)を指差した。


「命令ですか?」


「提案です。騙されたと思って」


 マーサは躊躇いながらも、恐る恐る椅子に腰を下ろした。

 その瞬間。


「あ……」


 彼女の口から、声が漏れた。

 椅子の背もたれが温かく発熱し、凝り固まった腰の筋肉を優しく支える。

 痛みが、溶けていく。


「どうですか?」


 彼女は目を見開いたまま、動かなくなった。

 目尻に、じわりと涙が浮かぶ。


「……痛くない。十年ぶりに……痛みが……」


 彼女は部下たちのほうを見た。

 若いメイドたちが、談笑しながらクッキーを食べている。

 その顔は、彼女が厳しく指導していた時よりも、ずっと生き生きとしていた。


「私は……間違っていたのでしょうか」


「間違いじゃありません。ただ、もう少し力を抜いてもいいだけです」


 私はティーポットを持ち、彼女の前のカップに紅茶を注いだ。


「冷めますよ。飲んでください」


 マーサは震える手でカップを持ち上げ、一口飲んだ。

 そして、深く、長く息を吐いた。


「……美味しい、でございます」


 彼女の纏っていた棘のような空気が、霧散した瞬間だった。


「さて」


 屋敷の制圧(懐柔)は完了だ。

 私はクラウスを見た。

 彼は満足そうに頷き、そして窓の外へ視線を向けた。


「中は片付いたが……外はこれからが本番だぞ」


 彼の言葉通り、窓の外からは微かに、しかし確実に不穏な音が響いてきていた。

 群衆の叫び声。

 教団の鐘の音。


 『魔女出ていけ』

 『聖女様に栄光あれ』


 帝都の灰色の空気が、私の聖域やしきを取り囲もうとしていた。


「うるさいわね……」


 私はクッキーを齧った。

 安眠妨害だ。

 こうなったら、徹底的にやってやろうじゃないの。

 この灰色の街を、私の色(パジャマ色)に染め上げてやるわ。


 私は決意を新たに、二枚目のクッキーに手を伸ばした。

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