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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第2章

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第3話 帝都への旅路 ~移動中も寝ていたいので、寝台列車を魔改造しました~


 ヴォルグ荒野の端に新設された駅には、黒鉄の怪物が鎮座していた。

 蒸気機関車。

 帝国の技術の結晶であり、文明の象徴。

 煙突から白煙を吹き上げ、シュッシュッと荒い呼吸を繰り返している。


「……うるさいわね」


 私は日傘を差し、その巨体を見上げた。

 威圧感はすごい。

 だが、私にとって重要なのは馬力でも速度でもない。

 「眠れるかどうか」だ。


「すまない、リリアナ。急な手配で、一般車両を一両貸し切ることしか……」


 隣に立つクラウスが、申し訳なさそうに眉を下げた。

 彼が指差した先には、機関車の後ろに連結された客車があった。

 木と鉄で作られた、武骨な箱。

 窓は小さく、車輪にはバネらしきものも見当たらない。

 あれに乗れば、一時間後にはお尻が四つに割れているだろう。


「いいえ、クラウス。あれには乗りません」


 私は指を振った。


「私の車両は、あっちです」


 私が指し示したのは、最後尾に連結された、異質な一両だった。

 外装は滑らかな白磁のような素材(強化セラミック魔法加工)。

 窓は大きく、中にはレースのカーテンが見える。

 車輪部分は怪しげな青い光を放つ魔法陣で覆われていた。


「な、なんだあれは……?」


 クラウスが目を丸くする。

 そこへ、油まみれの作業着を着た男たちが駆け寄ってきた。

 帝国の鉄道技師たちだ。


「おい! そこの令嬢! 勝手な改造はやめてくれ!」


 リーダー格の髭面が怒鳴り込んできた。


「連結器に『接着魔法』なんぞ使いおって! あんな重そうな車両、引っ張れるわけがないだろう! 振動で連結部が砕け散るぞ!」


「大丈夫ですよ。浮いてますから」


「は?」


「重量は『重力軽減』で十分の一に。振動は『空間固定サスペンション』で相殺。ついでに遮音結界も張ってあります」


 私は淡々と説明した。

 技師たちが顔を見合わせ、それから爆笑した。


「はっ! 空間固定だと? そんな高度な魔法を、こんな鉄の塊に維持し続けられるわけが……」


 ボーッ!


 出発の汽笛が鳴った。

 機関車が動き出す。

 ガタン! という大きな衝撃が前の車両たちを襲う。


 しかし。

 私の白い車両は、スゥー……と氷の上を滑るように動き出した。

 ガタつきゼロ。

 音もなし。

 まるで幽霊か雲のように、前の車両に追従していく。


「な……!?」


 技師たちの目が飛び出た。

 口から葉巻が落ちる。


「う、浮いてる!? 車輪がレールに接していないだと!?」

「まさか、リニア駆動の原理を魔法で再現したのか!?」


「さあ、行きますよクラウス。置いていかれます」


 私は呆然とする彼らを放置し、開いたタラップから車内へと乗り込んだ。

 クラウスも我に返り、苦笑しながら続く。


「……君には敵わないな」


 ◇


 車内に入った瞬間、そこは別世界だった。

 外の轟音は完全に遮断され、静かなクラシック音楽(魔石レコード)が流れている。

 床にはふかふかの絨毯。

 壁には落ち着いた色合いの壁紙。

 そして中央には、私の愛用するソファセットと、湯気を立てるティーポットが用意されていた。


「ここは……王宮のサロンか?」


 クラウスが帽子を脱ぎ、感嘆のため息をついた。


「いいえ、移動する寝室です」


 私は彼をソファに促した。

 彼が腰を下ろすと、ソファが優しくその体を受け止める。

 ガタガタという振動は微塵もない。

 テーブルの紅茶の水面すら、揺れていなかった。


「信じられん。時速六十キロで走っているとはとても思えない静けさだ」


「でしょう? これなら帝都までの三日間、ぐっすり眠れます」


 私は彼の向かいに座り、カップに紅茶を注いだ。

 香ばしいアールグレイの香りが漂う。


 クラウスはカップを手に取り、一口啜ると、深く背もたれに身を預けた。

 緊張の糸が切れたように、彼の表情が緩む。


「……生き返る」


「お疲れ様です、宰相閣下。教団の相手、大変だったんでしょう?」


「ああ。彼らは言葉が通じないからな。『神の意志』と言われれば、こちらは沈黙するしかない」


 彼は自嘲気味に笑った。


「だが、こうして君と二人きりで過ごせるなら、苦労した甲斐があったというものだ」


 彼は愛おしそうに私を見た。

 最近、彼の視線が甘い。

 以前のような「便利な同居人」を見る目ではなく、もっとこう、粘着質な熱を感じる。

 まあ、悪い気はしないけれど。


「帝都に着いたら、また忙しくなりますよ。今のうちに休んでおいてください」


「そうだな。……少し、眠らせてもらおうか」


 彼はアイマスクを取り出し、慣れた手つきで装着した。

 数分もしないうちに、安らかな寝息が聞こえ始める。


 私は窓の外を眺めた。

 景色が高速で流れていく。

 荒野から森へ、森から平原へ。

 緑が減り、次第に石造りの建物が増えていく。


 平和な旅路だ。

 この箱の中だけは、誰にも邪魔されない聖域。


 しかし、その平穏も長くは続かなかった。


 ◇


 三日後。

 列車は減速し、帝都中央駅のホームへと滑り込んだ。


「……着いたわね」


 私は窓のカーテンを少しだけ開けた。

 そこに見えた光景に、私は眉をひそめた。


 空が、灰色だった。

 雲ではない。

 無数の工場の煙突から吐き出される、黒い煤煙が空を覆っているのだ。

 空気全体が薄汚れていて、窓ガラス越しでも喉がイガイガしそうな気配がする。


 そして、ホームに溢れる人々。

 彼らは皆、同じような灰色の作業着を着て、死んだような目をしていた。

 活気がない。

 ただ機械の一部のように歩いている。


「これが、大陸一の工業都市……」


 ヴォルグの澄んだ青空とは対極の世界。

 ここでは「休息」は悪であり、「効率」すらも人間の犠牲の上に成り立っているように見えた。


 隣で目を覚ましたクラウスが、身支度を整えながら低く呟いた。


「ようこそ、灰色の帝都へ。……そして、伏魔殿へ」


 彼の視線の先、ホームの最前列には、白装束の一団が待ち構えていた。

 胸に十字の紋章。聖アルス教団だ。

 彼らが掲げるプラカードには、こう書かれていた。


『怠惰なる魔女に、神の鉄槌を』


 やれやれ。

 どうやら歓迎パーティーの準備は万端らしい。

 私はため息をつき、戦闘用──もとい、外出用の日傘を握りしめた。


「行きましょう、クラウス。早く終わらせて、家に帰るために」


 ドアが開く。

 むせ返るような熱気と敵意が、私を迎え入れた。

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