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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第2章

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第1話 皇帝からの招待状 ~「帝都に来ないと宰相をクビにする」と脅されたので、仕方なく出張します~


 秋の陽気が、窓辺のサンルームに満ちている。

 私はロッキングチェアに揺られながら、膝上の猫型クッション(保温機能付き)を撫でていた。


 平和だ。

 本当に、平和だ。


 かつて「魔の森」と呼ばれたこのヴォルグ荒野は、今や大陸有数のリゾート地へと変貌を遂げている。

 私が作った自動化システムを基盤に、難民たちが宿を営み、美味しい料理を提供し、温泉を沸かす。

 世界中から疲れ切った人々がやってきては、泥のように眠り、笑顔で帰っていく。


 私はその様子を、丘の上の自宅から眺めるだけでいい。

 実務は全て、優秀な「管理人」がやってくれるからだ。


「……はぁ」


 その管理人が、リビングで重たい溜息をついた。


 私は視線を巡らせる。

 帝国の宰相であり、私の夫(仮)であるクラウス・フォン・ガレリア。

 彼は休日の特等席であるリクライニングチェアに座りながら、手元の封筒を睨みつけていた。


 珍しい。

 この家での彼は、スイッチが切れたように脱力しているのが常だ。

 眉間にこれほど深い皺を刻んでいるのは、数ヶ月前の「過労死寸前時代」以来かもしれない。


「どうしたの、クラウス。コーヒーが苦すぎた?」


 私が声をかけると、彼はハッとして顔を上げた。

 すぐに笑顔を作ろうとするが、引きつっている。


「いや……なんでもない。リリアナ、君は気にせず寝ていてくれ」


「気になるわよ。貴方の溜息一つで、室内の快適指数が下がるもの」


 私はチェアから降り、パタパタと彼の元へ歩み寄った。

 彼の手から、分厚い羊皮紙の封筒をひったくる。

 封蝋には、ガレリア帝国の紋章である「双頭の鷲」が押されていた。


「これ、皇帝陛下から?」


「……ああ」


 クラウスが観念したように天井を仰いだ。


「来月開催される『建国記念式典』への招待状だ。……宛先は、リリアナ・ヴェルディ。君だよ」


 私は封筒を、即座にゴミ箱へ放り投げようとした。


「却下です。行きません」


「待て待て待て!」


 クラウスが慌てて私の手首を掴む。


「中身くらい読んでくれ! これは勅命ちょくめいに近い親書なんだ!」


「だって、帝都でしょう? 遠いし、馬車は揺れるし、空気は煤煙ばいえん臭いし。何より、式典なんて立ちっぱなしじゃないですか」


 想像しただけで疲労感が襲ってくる。

 コルセットで腹を締め上げ、愛想笑いを貼り付け、興味のない貴族と挨拶を交わす。

 そんな労働くぎょうをするくらいなら、この部屋で一生カビが生えるまで寝ていたい。


「私はここで留守番をしています。クラウスだけ行ってきてください」


 私は封筒をテーブルに戻し、再び自分の寝床へ戻ろうとした。

 しかし、クラウスの言葉が私の足を止める。


「君が来ないと、私が更迭こうてつされる可能性がある」


 ピタリ。

 私は振り返った。


「……はい?」


 クラウスは真剣な眼差しで、私を見つめていた。

 嘘をついている目ではない。


「どういうこと?」


「帝都では今、聖アルス教団の発言力が強まっている。彼らは『労働こそ美徳』を掲げ、君のこの街を『人々を堕落させる悪魔の巣窟』だと批判していてね」


 ああ、あの宗教団体か。

 何度かここへ抗議の使者が来たけれど、入り口の警備ゴーレムに追い返されていたはずだ。


「私は議会で君を擁護し続けてきた。『これは新しいライフスタイルであり、国益になる』とね。だが、教団の聖女セラフィナ殿が、こう言い出したんだ。『その魔女を御前に引きずり出しなさい。正体を暴いてみせる』と」


 クラウスは苦々しげに言葉を継ぐ。


「陛下も、教団の突き上げを無視できなくなった。そこでこの招待状だ。『顔を見せろ、さもなくばリリアナを庇護する宰相の立場も見直す』……という政治的圧力だよ」


 私は腕を組み、脳内で高速計算を開始した。


 私が帝都へ行かない場合。

 メリット:今の安眠が守られる。

 デメリット:クラウスが宰相をクビになるかもしれない。


 もしクラウスが失脚したら?

 この「お昼寝特区」を守る政治的後ろ盾が消滅する。

 教団の狂信者や、利権を狙う貴族たちが、直接この地へ雪崩れ込んでくるだろう。

 その対応を、誰がやるのか?

 私だ。

 私がタレットを整備し、結界を張り直し、毎日のようにやってくる苦情の手紙を処理しなければならない。


(……面倒くさい!)


 それは地獄だ。

 私の怠惰な生活は、クラウスという最強の防波堤があってこそ成立している。

 彼を守ることは、私の睡眠時間を守ることと同義だ。


「……はぁ」


 私は今日一番の深い溜息をついた。

 ゴミ箱行きを免れた封筒を、指先で弾く。


「わかりました。行きます」


「本当か!? 無理をしなくていいんだぞ。私がなんとか……」


「なんともならないから、そんな顔をしているんでしょう?」


 私は彼の眉間の皺を、指でぐりぐりと伸ばしてやった。


「貴方がクビになったら、私が困るんです。私の平穏な生活のために、貴方の地位を守りに行きます」


 クラウスの表情が、ぱぁっと明るくなった。

 現金な男だ。

 でも、その安心した顔を見ると、少しだけ「行ってあげてもいいかな」という気分になるから不思議だ。


「ありがとう、リリアナ。……では、最高級の馬車を手配しよう。クッションを三層に重ねた特別製だ」


「いいえ、結構です」


 私は即答で断った。


「どんなに高級でも、馬車は馬車です。ガタガタ揺れる箱に一週間も閉じ込められるなんて、耐えられません」


「し、しかし、他に移動手段は……」


「ないなら、作ればいいんです」


 私は窓の外を見た。

 ヴォルグから帝都までは、長い道のりだ。

 だが、幸いなことに帝国は現在、新しい交通網の整備を進めていると聞く。


「ねえ、クラウス。帝都への『線路』は、どこまで繋がっていますか?」


「線路? ああ、蒸気機関車の……。ここから馬車で半日の地点までは敷設が終わっているが、まだ試験運用中だぞ」


「十分です」


 私はニヤリと笑った。


「その線路、お借りします。私の『寝室』を運ぶために」


「……はい?」


 クラウスがポカンとしている。


「言ったでしょう。私は快適に眠りたいんです。移動中も、一秒たりとも不快な思いはしたくありません」


 私は指先を動かし、空中に設計図のイメージを展開した。

 既存の狭苦しい客車ではない。

 ベッド、ソファ、キッチン、そしてお風呂。

 揺れない、うるさくない、完全なる移動要塞。


「私の家ごともっていきます──とまでは言いませんが、私の部屋の環境を完全再現した『特別車両』を作ります。それなら、帝都まで行ってあげてもいいですよ」


 クラウスは数秒間硬直し、それから吹き出した。


「ははっ、そうこなくては! 帝国の技術者たちが腰を抜かす顔が目に浮かぶようだ」


 彼は楽しそうに笑い、私の手を取った。


「交渉成立だ。君の旅路を、世界一快適なものにすると約束しよう」


 こうして、私の重い腰がついに上がった。

 目指すは灰色の帝都。

 待ち受けるのは、勤勉を美徳とする聖女様。


 まあ、どんな相手だろうと関係ない。

 私の安眠を妨げる敵は、すべて自動迎撃システムで排除するだけだ。

 たとえそれが、神の愛し子であろうとも。


 私はサンルームの窓を開け、北の空を見上げた。

 遠い空の向こうで、何やら面倒な気配が渦巻いている気がした。


 ……あーあ。

 やっぱり行きたくないなぁ。

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― 新着の感想 ―
呼び出しに応じて転移ゲート使って秒で帝国入りすると「なるほどエニタイム呼び出せるじゃん」て思われるからかと
 前話で、「クラウスのために、帝国と自宅を繋ぐ転移ゲートを設置した」と言っていたのに、なぜ使わない?  一瞬で帰って来れるのに。
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