モブ転生~私の婚約者はヒロインに恋するサブヒーローでした~
需要はほぼ無い。
だけど私はヒロインが勝手に自滅する話が好きだ!
んでも勧善懲悪のストーリーって長ったらしいからパッ!とストレスが発散できなくて、怠い。
ってことで書きました。自己満足です。
とりあえず主人公に意地悪な気持ちは多くなく、正しく自分の人生を生きることをメインにしています。
そうじゃないと読後が悪くて気が晴れない。
もち、絶対正義みたいな独善も嫌だ。
すこし考える余白があって、でもまぁしょうがないよな?って半端なのが好き。
読了目安一時間。どぞ!
私マリアンナ・グランシエテは伯爵家の兄と弟に挟まれた長女だ。つまり一人娘でもある。
そんな私は貴族の娘らしく11歳で婚約した。お相手は兄の同級生でもあり幼馴染のユーイン・パネタリカ侯爵令息。お相手は格上の侯爵家であり嫡男で、しかも剣の才能もあることから次期聖剣と呼び声も高く将来は安泰なはずだった。
……そう、『はずだった。』のだ。
事の発端はユーイン様が高等学院に入学され恋をしてしまったことに由来する。
彼の恋のお相手はマリ―ア・ゼッペ男爵令嬢。とはいえゼッペ男爵の庶子で高等学院に入学する半年前までは平民として生きてきた。
そういう人だからなのだろうか、マリ―ア嬢は貴族社会というものに不慣れで見かねた第二王子殿下がよく目をかけていると中等学園にも時々そのお名前が噂されていた。
それに容姿についてもまるで名画から抜け出たような美少女だとか、性格も聖女のような清廉さだとか。…王子もその側近候補たちも彼女に夢中、だとか。
人は面白おかしくそんなことを簡単に口にする。
だけど婚約者を持とうとしない第二王子殿下はさて置き渦中の令息たちと婚約していた令嬢は気が気ではない。
同じ高等学院に通っていらっしゃった侯爵令息の婚約者と騎士団長の次男の婚約者がマリ―ア様を虐めたことなども聞こえ始めると、周りはより一層その噂に夢中になった。
そして遂には卒業パーティーの場で断罪が行われ――――件の令嬢たちはどこぞの老貴族の後妻にさせられただの修道院送りになったのだのということも噂された。
しかしまぁ、社会秩序というのは当たり前にあったようで、結局一方的な断罪は守るべき婚約者の令嬢の尊厳を傷つける私刑であったことから宰相令息と騎士団令息は処分を受けた。
ユーインも罰を受けたが廃嫡にはならなかったことからマリアンナとの婚約は継続。
だがしかし、マリアンナが高等学院を卒業しても忙しさを理由に結婚しないことから伯爵家から抗議したところ、本人は騎士として生きたいと宣った。
当然だが無駄になった数年間の賠償を請求。侯爵も謝罪し正式に彼を廃嫡にした。次期侯爵は弟のエイリップ9歳になった。
ただ凄いのはユーインは罰を受け聖剣候補から平騎士に降格になっても努力し第二王子妃殿下の直属護衛という立場に上りつめたのだった。
そして剣聖にもなった。それくらい彼の実力は本物だった。
(……やっぱりね。)
一方の私はと言えば、結婚適齢期で放り出されろくでもない男と結婚するか後妻に収まるかの二択に断固としてNOを叩きつけ王宮の文官として自力で身を立てることを決めた。
そもそも、ユーインが婚約者の義務を蔑ろにしたあたりからジワジワと私は前世の記憶を断片的に取り戻しており「どうせこの婚約は上手くいかない」と悟っていた。
なので高等学院には早々に花嫁修業でもある淑女科ではなく最初から文官科を受験していたし、前世が会社員として庶務課勤務だったこともあり独身人生を爆走するつもりで人生設計を立ていた。
前世の私は結婚もしていなければ恋人もいない人生だったけれど人と関わるのは好きだったから習い事やサークルに入ることで人と繋がり自宅では自由に本を読むことを楽しむ独身貴族だったのだ。
(まさか独身貴族がロマンスファンタジーのモブとはいえ本当に貴族に生まれ変わるなんて…可っ笑しい!笑っちゃうわね。)
周囲の心配や両親の気を揉む姿をよそにノーダメージで王宮勤めをエンジョイしていた。
なかには口さがなく「未練たらしくユーイン様にまとわりつく害虫」との呼び声もあるらしいが、そんなもの耳を塞げば聞こえないも~ん♪
(それよりも恐ろしいのはユーインの執着心よ。)
前世の私が読んだロマンスファンタジー小説ではヒロインであるマリ―ア嬢と第二王子が結婚することでハッピーエンドを迎えておしまい。
だけども当然ながら転生した以上はその先も時間はつづいていくわけで………サブヒーローだったユーイン様が学院卒業から十年近く経ってなお一途にヒロインだった第二王子妃を想い傍に侍るために努力を重ねそこに上りつめたのは天晴れだと純粋におもう。
作中ではユーインの扱いは当て馬ポジションでしかなかったのに、だ。
…まぁ、他の側近候補もそうではあったのだけど。
それでも決して諦めることなくマリ―ア妃を愛して想いを貫く姿は感動すら覚えてもいい。
きっと彼と彼女の秘めた愛について口を開く人たちはそういう気持ちなんでしょう。
もしかしたら私も、当事者の婚約者でなかったなら素直にその噂を口にしては楽しんでいた事だろう。
(まぁ、今の私としてはエンドを迎えた物語の外伝を見ている気分だけどね。)
□□
「………ん?なんか、おかしくないですか?」
「どれ?」
現在私は、王宮の会計課にてお手伝い出張中である。前世今世共に総務に就職した私は当たり前のように人員不足の各部署に駆り出されては働いている。
で、いまお話している相手は会計課の副長だ。
「この茶葉の購入量と金額があってるけどあってないようなんです。」
「……どういうこと?」
「私、文書課のお手伝いの際に王宮で催されるお茶会の文書整理をしたことがあるのですが最高級の紅燻茶葉を使用しているのは王妃様や王女様が主なのです。発注購入者に第二王子妃様の名もありますが、妃殿下のお茶会の内容は殆ど「紅燻茶のブレンドティー」で使っていないわけではないのでしょうが…全体総量を考えると実際に消費されているよりも多く購入しているような気がしています。」
「なるほど、ブレンドティーね。嵩増しして誤魔化していたとしてもお茶会で使用した後は証拠が残らないし、なにしろ紅燻茶が少しでも入っていれば嘘にはならない。となると安い茶葉を混ぜた分の浮いた金があってもおかしく無いと?」
「もう終わったお茶会ですし茶葉だけではなく菓子類についてもその疑いがあります。…ですが、終わっていることなので確かめようもないのも事実です。」
お茶を飲み菓子を食べる茶会なのだから終わった時点で確認のしようがない。所謂‘“消え物”とはそういうものだ。だからこそ気づかれにくいものでもあったとおもう。
会計課は計算が合っているかを確認することが主な業務で、文書課は発行されたあらゆる文書の複製を保管管理するのが仕事。
他課との連携が無いではないのが一個体の組織というものではあるが、だからといって突き詰めて調べるのは其々の業務ではない。
その仕事は…
「なるほど。ではこの件に関しては宮廷公安課に一方を入れておきましょう。こういったことに一々私たち意のような文官が首を突っ込むものではありませんから。」
「……ですよね。」
警備警護を主な業務とする騎士団とはまた別に公安部隊もこの国には存在しており、彼らは公平中立を基本理念としており部隊所属本人の判断でその場で簡易裁判を行う権利を有している。
副長と連名で提出した文書の回答が来たのはその数日後だった。おもっていたよりも早すぎておどろいたが、返ってきた内容にも驚いて副長とふたり顔を見合わせてしまった。
一枚の紙に短く『不問』とだけ書かれて、あとはひたすらに余白だったもんで。
おもわず私たちはその文書を渡してきた会計課長に噛みついた。
「なんですか、これ。」
「なにって、見たままだ。公安の判断はそうなんだから覆しようがない。」
「でも、でも!調べた結果余剰金で妃殿下は宝飾品の購入をなさっておりますっ」
「それを含めた妃殿下の品格維持費の総額の計算は合ってるのだろう?」
「……それは、そうです…けれど、私的流用ではありませんか?」
「品格維持費の内であれば問題ない。品格維持費とはその通り妃殿下が品格を維持するための必要経費だ。会計に関しては会計課が、注文票や購入履歴なども文書課がキチンと保管している。その上で公安が問題が無いと下したのだ。何が不満かね?」
はぁ…っとため息を吐いたのは、会計課長だ。
「君たち二人は似たモノ同士だね。ふたりとも自分の境遇を自分で憐み自己憐憫を原動力に努力をしている。努力とはいつでも自分のためにするものだ。だが努力なんてものは人間が生きて成長するにあたって当然にする試行錯誤のことなのに君らはそれが特別なこととでも思っているようだね。…もっと周りの人を見なさい。今のままの君たちは努力の結果でその地位に居るのは間違いない。能力の高さは認める。けれど、他者に目を向けられなければたかだか財務課の下請けである会計課副長の座と庶務課の使いっパシリから先には進めないよ?能力を認めてくれない周りが悪いのではなく、君たち自身について、似た者同士議論を重ねてみてはどうかね?」
そんな言葉を言われっぱなしでムッとする自分がいる。でも能力が高いと褒められて若干軟化もする。
しかもおもい当たる節がないでもないから黙ってもしまう。
『自己憐憫からの努力』はキラーワードだった。
きっとそれは副長のオーウェン・デリスト様も同じだったのだろう。まぁ違う部分で引っかかったのかもしれないが、とにかく課長の言葉で私たちは打ちのめされすごすごと退散した。
□□□
業務終りの退勤時間になって私たちはどちらかともなく一言も言葉を交わすことなく歩調を合わせ疾風迅雷に城外の町中にある賑わう町酒場のテーブルに揃って着席した。
なんでそうしたのかは、わからない。能動的だった。
でも、今日この日、この相手でなければ自分の中の悶々とする感情をどうにもできないとおもったから…だとおもう。お互いにね。
一も二もなく火酒ショットをふたつ頼み貴族の育ちなど忘れて野蛮にグラスを掴んで一気に酒を煽る。そんなことをしたい気分だった。
「ッげほ、げほっ!」
「っッカァ~~~~!!!」
正反対で真逆な飲み口の二人にとって酒は必要な呼び水でもあった。
当たり前だが似た者同士、真っ先に出たのは不満だ。素直に反省するような人間性であればあんな告発まがいなことに何日も徹夜などしないし、資料を各課をまわってあつめて提出したのが『不問』だったことにまずキレ散らかした。
愚痴愚痴愚痴愚痴…強い酒は理性を吹っ飛ばしてくれるのでとめどなくいくらでも不平不満を呪っては正気に戻りそうになる度に酒を煽るのの繰り返し。
記憶がなくなるほど呑んで目覚めると、硬い床の上だった。
「……………んあ?」
色気のないシチュエーションだ。ロマンス皆無な目覚めを生真面目が取柄な二人はむかえていたりする。
「首…痛ったァ…背中もバキバキ…」
ムクリと起き上がって凝り固まった背中をのばし肩をコキコキまわす。
「ァ、そういえばデリスト様はあのあと大丈夫だったかしら?」
一応周りを見渡してみれば離れた床にその人も転がされていた。
きっと酔いつぶれた私たちに呆れて店主の判断でこんなことになっているんだろう。ありがとう。道に放り出されてもおかしくないのに床にころがしてもらえるだけありがたいことだ。
夜も安全に雨風凌げる場所に置いて貰えただけでなく話して寝させてくれたんだから、自分はともかくオーウェン・デリスト様の醜聞(つまり女性と一夜を明かした不名誉、同衾とは言えない状況と酔いつぶれたという事実)は、ほぼなかったことになる。
「オーウェン・デリスト様、おはようございます。今日は私は用も無いんですけれどデリスト様はお時間大丈夫ですか?」
遠い距離ながら一応は声を掛けてみたがどうも様子がオカシイ。
室内には猫が毛玉を吐く直前のような「…ゥコッ、ゥコッ、ゥコココ…ッ」不規則な音とともにオーウェン・デリスト様が身体を痙攣させている状態だった。
(……あ~、これは…だよねぇ。)
きっと彼は体質的にお酒がダメなんだろう。前世の自分がまさにそうだったからこの状態の苦しさがよくわかる。
きっと昨夜はむしゃくしゃした気分だったから勢いに任せて火酒を煽り怒りのままに言いたいことを愚痴るために倒れなかったし、しかし不満をぶちまけ切ってしまえば原動力を失って気力が続かず酩酊し、こうなったと推察する。
前世の私もそういうタイプで、最初の一杯だけを勢い酒に飲んであとは喋ることは出来ても水も食べ物も口に入れたら吐いてしまうから飲まず食わずでいるせいで翌日が地獄なの。
吐きたいのに胃腸がカラッポだから吐けない。げっぷとしゃっくりの合わせ技みたいな嘔吐感が延々続いてしまうから、水を飲みながら吐くトイレの友達になる。
ちなみに転生したマリアンナはすぐ酔って赤くなるが潰れず記憶も無くさないタイプの酒豪だ。どれだけ飲んでも二日酔いもしたことが無い。
「あー…デリスト様、苦しいですよね。今から私は隣に行ってお水を貰ってきますので少しだけ待っていてくださいね。」
この声掛けは私の、…看護師だった前世の友人の受け売りだ。
患者に対しての常の声掛けと、一旦そばを離れる時には理由も声に出してから離れる。そうすれば患者が不安にならないんだそうだ。
素人からすれば意識のない相手にそんなことを声かけて何の意味があるのかと思ってしまうが、人間というのは意識は無くても耳だけは聞こえているものらしい。
それを知っていたマリアンナはひどく苦しそうなデリスト様の背中を摩りながら声掛けをしその場を離れた。
酒場の入り口の扉を出て急いで向かったのは同じ建物の横の扉。
大型の宿屋は一階の一部だけを受け付けにし、残りのスペースで食事処兼酒場を経営するのはよくあることだ。
前世でのビジネスホテルの形態をとっている宿屋ということ。
こういう宿屋は女性の連れ込みを禁止していることが基本だからオーウェン・デリスト様はここを選んだろうと誠実さを垣間見る。
受付嬢に頼んで用意してもらった空のバケツの底に布巾を入れて水の入ったバケツを重ねて片手で抱える。
もう片方の手には水の入った大きなボトルを持って。
「デリスト様、ちょっと失礼します。」
首裏に腕を差し込み少しだけ頭を浮かせてボトルの水を飲むように促す。
ゴクゴク水を飲んだら…次に襲ってくるのは吐き気だ。それも堪えられない激しいやつ。
すぐさま空のバケツを引き寄せてゲーゲー吐くデリスト様の背中を摩りタイミングを見て水を飲ませまた吐く手伝いをした。
「すこしはスッキリしましたか?」
「……あぁ、すまない…」
水を飲んでも吐かなくなったところで一段落。
最悪床に吐いてもいい様に用意していた掃除用のバケツの水で布巾を濡らし絞り顔を拭くよう手渡したところだ。
「それじゃ、受け付けはもう済ませていますので部屋に行きましょうか。」
「へ?」
さっき従業員用の内扉を教えてもらっていたのでそこから隣の宿屋へと通っていき借りた部屋へとデリスト様を半ば担ぐように肩を貸して連れて行った。
「ここは…?」
「ゆっくり休めるように借りました。あ、私は後始末が終わったらそのまま帰りますのでご心配なく。」
なんて付け足してはみたが、どう考えたってこの部屋は一人用のものだ。ただ襲う気は無いと安心させるために言っただけ。
(デリスト様はやや人見知りの気があるし女性不信なところもある方だしね…)
まぁ、見目麗しいとはいわんけど不細工でもないし、よく見たら顔立ちは整ってらっしゃる。眼鏡で隠れてるけども。
しかも貴族であるのに未婚で会計課副長なのだから女性に言い寄られる要素があるから過去に何ぞ苦労したんでしょう。知らんけど。
結婚に夢も希望もない私でなかったらワンチャン狙いたい状況であることも承知している。
(ま、そんなことしないけどね。独身の自由の謳歌の仕方は前世から心得ておりますよ。…正直、結婚して親を安心させたり貴族の義務だとかよりお金を稼いで自由に生きたいっておもうし。)
いまは王宮の官舎にお世話になってはいるけど、いつか…退職金を貰える頃には田舎に小さな家でも買って猫か犬かでも飼って悠々自適な老後を過ごすのが目標だ。小さな庭にはお花をたくさん植えて、裏の畑で自分が食べる分だけの野菜を育てて…なんて、夢がある。うふふ。
「なにからなにまで…すまない。」
「へ?なにがですか?」
「女性に介抱してもらうなど…男として恥だ。申し訳ない…。このお詫びは「そんなの、別にいいでしょ。」
ふわっと癖で妄想に浸っていたけれどデリスト様の恥じ入る声に現実に戻る。
「男だから酒に弱いのはみっともないとか、そんなの体質なだけですよ。女で酒に強いのは駄目ですか?」
「……いや、そんなことは…女性だからといって酒に強いことは駄目じゃない。むしろいいことで…」
「なら、いいではないですか。それとも何ですか、負傷した兵士が手当てを受けることをみっともないとおもうんですか?デリスト様と同じように仕事が出来ない新人を出来損ないと叱責したことがあるんですか?」
「は?いや、そんなことは思ったこともないし、したこともない、が…」
「なら、それと同じことですよ。」
っていうか、本当にそんなもん気にするなよ!ってことだって。
ニッコリ笑ってこの話を封じる。
だって本当に大したことではないし。
「あ、でも諸々の支払いはデリスト様にお願いしますよ。その…正直いいまして、私の手持ちでは足りなかったですし…」
「最後の最後まで私の矜持を保たせてもらうばかりで…すまない。」
「いや、そこは矜持とかそういうのじゃなくて本当にお金が……いや!お給料が少ないってんじゃないですよ!?ちゃんとキッチリ貰ってます!ただ本当に手元にお金がなくてですね、そりゃわたしだって格好良く「支払いは済ませといたぜアデュー☆」とか、やれるもんならやってみたいですよ!まぁ…後から請求はしますけど……お金大事なんで。」
「あはははっ、そうなるとずいぶんと恰好が悪いなぁ。案外君は俗物的だね。」
「そりゃ、しょうがないですよ。だって建設的な「独身貴族」を全うするならお金は大事ですから。」
「マリアンナ・グランシエテ伯爵令嬢は、生涯独身を貫くつもりなのか?」
「え?えぇ、まぁそうですね。世間では元婚約者に執着してるだとか根も葉もない噂話もありますが、あんなのいい迷惑ですよ。年齢差もあって良いお兄ちゃんだったことはありますが、婚約していたといっても恋だ愛だになる前に心移りされてはね。単純に私の中ではあの人は「私に不誠実な人」のレッテルを貼る人です。あとは中等部にまで轟いた噂のせいで恥ずかしいおもいをさせてくれやがったひと、かな?何にしても人生の汚点ですね。」
「お、…ぉお、そこまでか。」
「噂が出始めの頃から我が家からは婚約解消を申し入れていましたからね。それでも延々と婚約解消にならなかった期間分の賠償は頂きましたので納得はしていますよ。」
(そしてその慰謝料はそっくりそのまま私の懐です!だから恨みなんてありませ~ん♪)
まーね、令嬢のうら若き期間を縛ったんだからそりゃそうよ。
実家のグランシエテ伯爵家も一人娘の僅かな花咲く期間を無駄にさせたことキレれてたし。
あと普通に慰謝料を取り上げるような家営状況でもなかったしね。
真っ当な貴族はそもそも娘の慰謝料や賠償金に手を出すわけないし。前世で読んだような物語の非道な家族は没落寸前の貴族だろう。そんな家に生まれなかったことも私はラッキーだ。モブだけど。
□□□□
とまぁそんなことから暫くして、私は会計課長の嫌味が忠告だったのだと遅ればせながらに実感した。
そしてソレは時間差でとんでもないかたちで私の前に現れた。
「きゃあぁァっ!!」
絹を裂くような声がしたかとおもうと、視界の端に第二王子妃殿下の姿があった。
(え…どうしてこのような場所に第二王子妃殿下が?)と一瞬思ったもののすぐさま壁際に寄り頭を下げて礼をする。
というのも、ここは王宮の中でも政務を執り行う各部署が集まる獅子の宮だ。王族であらせられるにしたって妃殿下が来るような場所ではない。だって妃殿下は政に関わることをこれまで一切やってこられなかったお人だし。とりあえず王宮内で高貴なお方に遭遇した際の礼節をもって壁際に寄り頭を下げたのだが、長い叫び声はいつまでも耳をつんざいた。
当たり前だけど、なんだなんだと人が集まってくる。
そして満を持したように妃殿下は私を指さし「ひどいっ、酷いわ…っ!」と震えながらその場にへたり込んだ。
目に入っていなかったが横には護衛騎士として居たらしい(元婚約者の)ユーイン様が間を遮るように出てきて「妃殿下に対して無礼だぞ!」とか言い出した。
…………いや、意味がわからんのですが。というか、この2mは離れてる距離で私に何が出来るというのか。
チンプンカンプンに押し黙っている間にも彼らは珍妙な寸劇を繰り広げた。
「見損なったぞマリアンナ!妃殿下と俺の仲を邪推して卑劣な手段に出たそうじゃないか!」
「私たちはそんな中では無いのに…婚約が解消になったことを根に持つなんて…誤解よ!」
「そうだ!それなのに君ときたら…妃殿下にありもしない不正の罪を着せようと画策したらしいじゃないか。大方見当はついている。君は自分では一生をかけても手に入れられないような宝飾品を身に纏う妃殿下に嫉妬したんだろう?だからこそ茶会費用を流用して着服しているなどというでっち上げをしたんだ。誠実に令嬢たちをもてなした妃殿下の真心をなかったことにしてな!」
「ゥ、ぅう…酷い、ひどいわ…しくしく…」
「妃殿下、お立ち下さい。」
肩に手を回し抱き上げるように妃殿下を立ち上がらせたユーイン様は、虫けらを見るような目で「見損なったよマリアンナ。君なんかと婚約していたことが恥ずかしいくらいだ。」と吐き捨てて身を寄せ合いながら去っていった。
「???????????」
頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。
だが、それ以上に意味の解らないこの状況の果てがよくわからない侮蔑に終わったことが意味不明で、首を傾げた。
「ぇ、何だったの…アレ。」
陳腐な三文芝居でももっと上手に演じるだろうに、彼らは三文の得にもならないレベルの意味不明さだった。
とはいえ集まったギャラリーの反応はどうだか。
でも気にしてもしょうがないのでポカン顔のまま首を捻りながら群衆の隙間を歩いて通り過ぎていった。
(こういう場合は下手に「お騒がせしてすみません。」なんて言っちゃったら罪があったことを認めることにもなるしね。)
それにしても。…ユーイン様(パネタリカ家から脱籍しているのでそう呼ぶしかない。)は、いったい誰が有責で婚約解消になったのかを忘れているのだろうか?
□□□□
「っていう事があったんですよ。」
「なるほど…不問とされた内容を妃殿下が把握していたということですね。」
「はい。そして…その、言いづらいんですけれど、連名で告発まがいなことをしたデリスト様にも累が及ぶかもとおもいまして…」
私たちはいまあの宿屋の食事処に居る。もちろんデリスト様はノンアルコールだが私は酒を飲んで話をしている。
というのも、あれからなんとなくの親交は続いていてこういう仲になったのだ。
まさか十歳も年の離れた友人が出来るとは夢にもおもっていなかったが、案外に私たちは気質が似ているのか歳の差を感じない気安い仲になっていた。
「私にも累が及ぶ、とはどういうことだろうか?」
「はははは……実はですね、あの告発が、私がいまだにユーイン様を慕っているが故に妃殿下を陥れるためのでっち上げ…ってことになってまして…。会計課長にも嫌味を言われたじゃないですか。でもそれって今になってみれば「そういう風に見られるぞ」って忠告でもあったんでしょうねぇ…。誓って妃殿下を陥れる腹積りがあって告発したのではないですが!…でも他人から見たらそうとしか映らないんだなぁって。」
「あぁ、そういう事ですか。なら、私も同じです。私の場合は第二王子妃殿下と似た境遇であるのに方や王族となったのに私は子爵の三男坊という身分差に憤ってのことだろうと、笑い話の種にされましたね。」
「え?」
「もちろん私も誓って妃殿下を陥れるような心づもりがあった訳ではありません。が、結果としてそう誹られてはいます。」
「えっと…?」
「あまり大ぴらに言って回ることでもないですが隠していた訳でもありません。が…実は私も出自不明の養子なのですよ。それでも建国以来の忠臣であり歴史あるデリスト子爵家の子として向え入れられました。父が国王陛下の乳兄弟であったこともあって、王家との交流も深かったのです。だからそのことを当て擦ったのでしょう。」
デリスト様と私は十歳の歳の差がある。それはつまり年齢的にいえば彼が王太子の側近候補だった過去があったということだろう。
第二王子はユーインと同じ年で王太子は三歳上だから両家の親交があったというのなら、そうなる可能性もあった訳で。
―――でも、現在の彼は会計課副長だ。
(そういえば…前に会計課長の言っていた台詞も…そういう意味だったとしたら?)
急にギュッと胸が詰まるような感覚がした。
自分の婚約解消もそうだけど、王太子の側近候補から外されたという世間の目はきっととても冷たくて厳しかっただろうとおもうから。
「そ、それにしても何だったんですかね?時期遅れで情報が漏れたのってヘンですよね。」
「人の口に上る噂が本人の耳に入るのはそれくらいに時差があるものです。あれから三か月が経っているので、丁度その頃合いかもしれないね。」
「あ~人の噂も七十五日っていいますもんねぇ…意味は違った気がしますけど。」
「そんな言葉は初めて聞きましたが、まぁそうだね。けど、旬を過ぎた話を蒸し返すあたり、逆に妃殿下は情報収集が下手なんだってことが如実に露わになったな。憶測だけど、妃殿下の周辺には何でも話せるような親しい間柄のひとは居ないのかもしれないね。」
「はぁ~?なんででしょうね。王族なら貴族よりも耳敏くなければいけないのに…ヘンなの。よっぽど冷遇されてるんですかね、妃殿下って。」
「冷遇されているというよりは、…そういうことなんだろう。。どのみち、不問となった事柄だ。こちらも知らぬ存ぜぬの態度でいていい。ただ…もしかしたら君はこれから頻繁に妃殿下から今日のような嫌がらせをうけるかもしれない。」
「……えっ、なんでですか!?」
「妃殿下はいつだって『同情されて守られるか弱いひと』であろうとしていましたからね。まるで物語の悲劇のヒロインみたいに。」
あながち間違っていないのでドキリとするが、それと私と何の関係があるというのだろう??
「だけど下位貴族出身であることから社交界ではどんなに華やかに着飾ったところで令嬢たちからは憧れられても、貴族夫人からは表面上敬われるだけで空気のような扱いだ。そもそも第二王子が男爵令嬢と結婚したのも王位継承権を返上する行為だったしね。」
「あぁ、まぁ、それはそうです。王位継承の条件に妻となるお相手の身分は高位貴族もしくは他国の王族であることとなっていますし。もしそれ以下の爵位であれば後ろ盾としていずれかの家柄の養子になるか寄り親になっていただくかをしなければいけません。妃殿下は男爵令嬢のままお輿入れしたので…第二王子殿下は王位を辞退したというのが公然の認識です。」
巷では妃殿下と護衛騎士の秘めた恋物語も人気だが、一方で王位すら捨てて愛を貫いた第二王子との恋物語もまた王道の人気ぶりだ。
そんなふうに沢山の男性からおもいを寄せられ王子妃にまでなったというのに、いったい彼女は何が不満で私なんかに突っかかってくるというんだろう。
「もしかして社交界で注目を浴びたいから、私に意地悪されてるってシチュエーションを作りたいってことですか?????」
「そうかとおもう。今のところ第二王子妃を腐す名分が立つのはマリアンナ嬢以外に適任が居ないし。それに、第一王子妃殿下が成人したというのも理由かな。王太子殿下とは十歳以上の歳の差があったから延期されていた新枕の儀(つまり初夜)を行い本物の夫婦になったらマリ―ア妃に勝ち目はない。だから焦っているのかも…」
「いやいや…えぇー…?つまりですよ、第二王子妃殿下は最終的に王妃になりたい、…と?」
「男爵令嬢から王族という地位に上りつめるくらい権力欲が強いなら、その可能性もあるだろう。」
(えぇぇ~…ロマンスファンタジーのその後って……こんなにドロドロしてるもんなの?ハッピーエンドでめでたしめでたし。で、終わらなかったら…こうなっちゃうってことなの?
そんな会話があったあとから妙に妃殿下や元婚約者に不意打ちで突っかかられることが多くなった。オーウェンさまの予言が的中したような心境だ。お陰であの厄介な二人から逃げる日々のせいであっという間に月日は過ぎていった。
いや、大変だったし面倒だったけど。
でも、人生とは「禍福は糾える縄の如し」って前世の諺があるように、悪いことばかりではないもので。
だからつまり、まぁ…なんというか、そういう事が無ければ平穏な日々でもあって。…何が言いたいかというと、デリスト様と私の仲は牛歩の歩みであったけれど進んでいっていたわけで……アラサーに足を突っ込む25歳の誕生日にプロポーズを受け婚約するに至ったのだった。
□□□
この国の成人は16歳だが学園を卒業するのは18歳。5歳違いだったユーイン様が心変わりしてから12年の月日が流れ私と婚約解消をしてから6年が経っていた。
花も恥じらう時期はとっくに過ぎ、自分の意志で選び選ばれた婚約というものは…感無量の極みだった。
お互いに継げる爵位は無くとも宮廷官吏の職はあるので生活には困らないし両家の庇護下の婚約ではあったが、貴族の子息令嬢の婚姻ではまぁ上等なものだろう。そもそも貴族の子だからといって全員が全員爵位を賜れるものでもないし。
寧ろオーウェン様が爵位を継ぐ必要が無いからこそ恋愛結婚が叶ったともいえる。貴族の嫡男は政略婚が基本だ。かつての私もそうだったけど、そういう相手と婚約を結ばされた令嬢は相手を理解し愛する努力をするが好きになれなかった、なんてこともザラにあるので自分の心のままに愛する人と生涯を共にすることはとても特別なことだ。
あとは王国婚姻法に則って最低半年の婚約期間を待って結婚するだけ。
ただし既婚者は官舎に住まうことは出来ないので二人で王都に小さな家を買うことになり、物件探しや使用人の選別、其の他諸々に忙しくしているうちにきっと半年という時間は短いね、なんて話したりしていたのに。
…厄介なことはそういう浮かれた頃にやって来るらしい。
王太子妃殿下主催のお茶会で事件が起きる未来なんて誰が予想できるだろう。
□
王妃もしくは王太子妃のみが開催することが出来るこの【甘いひととき】と冠された茶会は少々特殊な参加条件がある。
「年内に結婚することが決まっている令嬢のみ」が参加することが出来、この茶会に参加した場合絶対に婚約者解消も破棄もできない、というジンクスがある。
そういうわけでマリアンナも参加条件を満たしていたため招待されたのだが、先に結婚している貴族夫人でこの会のホスト役の数人の夫人の中に第二王子妃殿下が居たことがなんとなく嫌だなとおもった。…事前に知っていれば参加したくなかったくらいには。
そしてつい、女性だけの茶会に居るはずもないだろうにとある男性の影も探したり。
(マリ―ア妃殿下とあの男のセットは不吉なのよね…)嫌な思いしかしたことが無いから。
で。案の定。
これから夫人となる令嬢たちの緊張をほぐしつつ退屈しないようまた各自で親交を深められるようにとテーブル数よりも少ない夫人たちがサポートのために会場を歩き回る中、私の座るテーブルへと第二王子妃殿下が近づいてきた。
偶然なのかワザとなのか…運悪く、マリアンナの座る椅子の横に妃殿下の髪飾りが落ちる。
(あぁー…このまま…無視したいな。見なかったフリ、とか。)
でもそんなことをしたらその後にもっと面倒臭い(この手の騒ぎは何度も起こされていて辟易している)ことになる気がするので仕方なく妃殿下にお声掛けをした。
「第二王子妃殿下、髪飾りを落とされております。」
「あら?ほんとうだわ。ありがとうグランシエテ伯爵令嬢。」
私の左手に乗せて差し出した髪飾りを受け取ろうと妃殿下が触れた瞬間、 ーパンッ と爆ぜる乾いた音とともに私の指先が撥ね飛んだ。
痛さよりも衝撃が強く、それよりも私は目の前のことが非現実でフリーズしたのに対し妃殿下は仰け反って叫び倒れた。次の瞬間には血を浴びた隣の席の令嬢が目を見開き、同じテーブルの方々も悲鳴をあげる阿鼻叫喚がまるでスローモーションのようだった。
「キャア嗚呼あああああっ!!!!!」
女性の叫び声が聞こえるけれど、それが自分のなのか妃殿下のものなのか他の誰かのなのかもわからないうちに視界は暗転し意識が途絶えたのだった。
□□
「―――――――――ハッ!」
息を吹き返すように目覚めると、なんでだか私は婚約したオーウェン・デリスト様の腕の中に抱かれていて、見下ろされるように元婚約者のユーインに喚き散らされている最中だった。
(ぇ、は?――――なに?…なんで???)
「おい!聞こえていないのかオーウェン・デリスト!さっさとマリアンナをこちらに寄越せっ!そいつは畏れ多くも王太子妃殿下主催の【甘いひととき】の茶会で第二王子妃のマリ―ア妃殿下を害した罪人であるぞ!」
しかし、オーウェンはそんなことはお構いなしに無視していた。というか、私しか目に入っていないようでくしゃくしゃの初めて見る顔で泣きそうだった。
「あぁ、よかった…マリアンナ。気がついたんだね?」
「ぁ、はい…」
「手が痛いだろうに…でも大丈夫だ、落ちてしまった破片は全部集めた。医術師と治癒師に繋げてもらえるから元通りになるよ。」
「わ、たしの…手、元通りになるんですか…?」
「なるよ。必ず元通りになる。だから心配しないでね。」
「よかった…」
ホッと息を吐き緊張が弛んだもの束の間――――
「おいっオーウェン・デリストにマリアンナ!本当に耳が聞こえないようだな!?」
しびれを切らしたユーインはとうとう剣に手をかけて私たちを威嚇した。
「邪魔です。そこをどきなさい。」
「…ぁあ?」
剣聖のはずなのにまるでチンピラのようなドス声だ。
「あなたこそ聞こえませんでしたか?どきなさい。怪我人の搬送に邪魔です。それから、マリアンナは私の婚約者であってもう貴方の婚約者ではない。名前で呼ぶのを止めろと何度も言っているのに聞こえていないのは貴方のほうでしょう。」
言いながらも私を力強く抱き上げた。
「待てっ!」
「あら、あなたにその権限はありませんわ。」
間近で黄金の鈴を転がしたような声がして、王太子妃殿下がいつの間にか近くに居た。
顔立ちこそまだあどけなさの残る少女だが、血を見ても動揺しない凛としたそのお姿は王太子妃の威厳を纏っている。
「オーウェン・デリスト令息も、この場に留まりなさい。治療はこの場で行います。」
「王太子殿下っ!そちらよりも先に第二王子妃殿下の治療をお願いいたします。そもそもこの騒ぎの原因は――――「あら、この国に第二王子妃はもういませんわ。」―――は?」
「つい先日、正式に第二王子の婚姻無効の申し立てが通りましたの。それに、マリ―ア・ゼッペ元男爵令嬢をこの茶会にエスコートなさったのも今この場に彼女といらっしゃるのも剣聖ユーイン卿ではありませんか。貴方が彼女のパートナーなのでしょう?」
「ユーインはただの護衛騎士ですわ。それに婚姻無効など、わたしは聞いておりません!」
あんなに派手に仰け反っていたのにマリ―ア妃…いやいまはもうマリ―ア・ゼッペ男爵令嬢?はユーイン様に守られるように肩を抱かれた状態で二人の会話に割って入った。
会場中がごくりと息を飲んでこの場を見ている。私も、治療されながら事の成り行きを見上げていた。
「まぁ可笑しな方ね。婚姻してから十年以上も恋人を傍に置いておいて。貴女方の噂は国中の人が知っているのよ?」
「噂は不貞の証拠にはなりませんわ!」
「その噂を消す努力をしなかったことも事実ですよね。もしも私があなたの立場なら、彼を護衛騎士にはしません。王族ですもの、人々の模範となるべき立場で不貞を疑われるような行動をするわけがないでしょう。あまつさえ、そのように夫以外の男性と身を寄せ合っておいて誤解するなという方が無理なのでは?」
嫋やかな笑みで、柔らかな声で、淡々と事実を述べる王太子妃殿下。
そこに敵意などはないし、糾弾するような意思もないと感じ取れる。ただ本当にありのままを言葉にし話しているだけ。
断罪だとか物騒な雰囲気ではないからこそ、説得力がある。
「ところで気になったのだけれど、ユーイン卿はまるでこうなることが解っていたようにあの生垣から飛び出していらしたわね。マリ―アゼッペ元男爵令嬢の髪飾りが落ちたのも…」
「王太子妃殿下っ!!…ぅぅうっ…酷いです…あんまりだわ…っ」
「あら、どうして泣いているの?計略がバレたからって恥ずかしくて泣くのはみっともないわよ?」
「王太子妃殿下っ!」
カッとユーインが声を荒げると即座にその首には二本の剣が首の皮に添った。
気配を消していたのか剣聖の中でも家名を賜った実力者が茶会の会場に立入っていて、剣を抜いている。
「…ひっ、ぁ、…コルボトス卿…?」
「王太子妃殿下に謝罪しろ。さすれば首は落とさない。」
「う、ぐ…も、もうしわけ…「こんな身分を嵩に来た横暴が許されるなんて!!!」……マリ―ア様!?」
ユーインの腕を飛び出したマリ―ア・ゼッペ元男爵令嬢はヒロインらしく身分差を理由に声を上げた。
…だが、そんなことをしてなんのつもりだろう?ともおもう。
ここは身分の平等を謳う学園ではない。純然たる貴族の集まる茶会で、しかも主催は王太子妃殿下なのだ。十年以上も王宮で暮らしておきながら身分差を嘆くほうが阿呆らしい。
(もしも彼女が身分差を本気で嘆くのなら、王宮での暮らしは辞退することは難しくとも品格維持費に一切手をつけず豪華な装飾もドレスも着飾らず質素に清貧に務めていれば…もしかしたら説得力があったかもしれない。)
そしてこのような茶会に着飾って参加するなんて以ての外だ。ヒロインの主張と行動は矛盾している。
□□
茶会は中止になり、招待された令嬢たちは待機していた婚約者にエスコートされながら帰っていった。
だが、私たちは王宮の一室に通された。ユーイン様やマリ―ア嬢は拘束されたままに。
幅が3mはありそうな重厚な扉の向こうは謁見室では無く会議室…みたいな大きな円卓が中央にある部屋だった。
正面上座に三席、左右の席にはこの国の重鎮の面々が座しており、卓の近くにソファ椅子を用意されたところに怪我人の私は座らされ隣にオーウェン様が立つ。どうやら証人として召集されたらしいということは理解した。
「さて全員が揃ったことでもあるし、始めようか。」
厳かな国王陛下のお声で会は始まった。
まずは本日茶会の流れと事件が生きた当時の様子などが報告される。
「なるほどな。…して、グランシエテ伯爵令嬢。今聞いた経緯に相違は無いか?」
「はい。概ね間違いないとおもわれます。ですがえぇっと…私は一時気を失っておりましたので…その間のことは分かりかねます。」
「そうだな。怪我の具合はどうだ?」
「迅速な治療により指は元通り繋げていただけました。半月ほどは動かさずに安静にしていれば問題ないと医師や治癒師にも言っていただいております。」
「オーウェン・デリスト卿もご苦労であった。そして良き判断であった。グランシエテ嬢が文官という職である前に女性にとって指とは失ってはならない大切なものだ。もちろん指だけではなく全身が傷ひとつつけてはならないものではあるが、剣を抜かんとする者と対峙して毅然と守り抜いた姿勢は素晴らしい。…ところで、貴殿の目からもこの報告に上がった経緯に相違は無いか?」
「はい、ございません。一言一句たがわずそこのお二方の発言と行動でした。」
そんな感じでなんやかんやと話は進み罪状などが決まっていく。そして最後にこれまで黙っていた第二王子も陛下に促されて口を開いた。
「そこの婚姻確認書にサインすればお前たち二人を第二王子の名の元に放免しよう。ただし、此度の騒ぎについてそれなりの処分は下す。ユーイン卿は本日をもって近衛騎士団から懲戒解雇。しかし剣聖たる資質を活かすため平民騎士の剣術指南を命ずる。」
「そんな…それでいいのですか?」
「かまわない。幼馴染として臣下の長きにわたる献身に報いたい。」
「あ、…ありがたき幸せに存じます…っ!」
思いがけない幸運に喜んでいるのはユーイン様だけだ。
ヒロインだったマリ―アはサインすることを躊躇っている。
「…どうしたんだ、ゼッペ元男爵令嬢。十年以上も支えてくれた恋人と結婚するのだからもっと喜んだらいいのに。」
「こ、恋人なんて、…そんな、」
「ゼッペ嬢の気持ちがどうでも、この認識はもう変えられないよ。というかこれまで散々ユーインを利用してきたのは君だろう?「そんなつもりじゃなかった」と言うには遅すぎる。」
呆れた様な声で第二王子殿下が話す。
「それとも、この場で私と君の契約婚した件の魔法契約書も出そうか?」
「そ、そんなことをしたら、カインベルっあなただって!」
「私に疚しいことはないよ?ゼッペ嬢と違ってね。というかもう契約婚の内容なんて隠す意味もない。この場に集まった卓の面々は既に内容を知っている。もともと私たちが交わした契約内容は主に「兄殿下の婚約者が成人するまで」と「第二王子妃としての生活を保障する」のふたつだった。契約内容が遂行されたのだから解消するのは妥当だろう。結局私たちは愛し合ったことは一瞬たりとも無いのだから。」
「でも王太子殿下より先に結婚することを急いでいたわ!それってつまり王位継承を有利にしたかったからでしょう!?ゲームでもそうだったもん間違ってないはずよ!それなのになんでそんなことばっかり言うの?婚姻無効を取り消して本当の夫婦になりましょ?ねぇ?」
「…契約をするときにあんなに説明したのに、結局何もわかってなかったんだな…それで王妃になろうだなんて烏滸がまし過ぎる。」
「煩い煩い煩いッ!!!どーでもいいんだよお前なんか!どうせ逆ハーコンプの土台のくせして偉そうにすんなっての!ねぇ?知ってた?結局あんたなんか第二王子だからって誰からも愛されないキャラなの。ボーナスステージでヒロインが王宮で虐められてるのを助ける王太子との禁断の愛!ってラブストーリーがはじまるただの土台!王太子を牽制してヒロインを奪い合うシチュエーションのスパイスなんだから!」
噛みつくようなキンキン声で喚き散らすマリ―ア嬢には王子妃だった頃のようなか弱い面影は無い。状況が状況なだけに追い詰められたネズミみたいだ。窮鼠猫を噛むってこういうカンジなのかも。
(ちっともユーイン様を愛している素振りを見せないのね。……可哀想ね。)
っていうかそんな昼ドラみたいな物語だったんだっけ…?
少なくともマリアンナが思い出せる前世の記憶にはそんな内容は無かった。
というかマリアンナとして生きる分には必要のない箇所だったから思い出す必要がないうちに忘れてしまったのかもしれない。
だってマリアンナにとって重要なのは浮気された挙句に汚名を着せられ婚約破棄される未来を、回避することだけだったのだから。その後のヒロインのロマンスなんて自分の人生にはなにひとつ関係が無いことだ。そもそもモブだし。
剣聖の称号を持つ近衛騎士に押さえつけられてなおマリ―アの咆哮は止まらない。
「結局のところ白い結婚だからとか契約だからとかなんとかゆっちゃってもアンタが不能男なだけじゃない!それを女の私のせいにしてプライド守りたいだけでしょう?ちっさい男ねっ!!」
「はぁ……下品だな。お前みたいな誰の子種なのか疑わしい女と子を成すわけが無いだろう。無駄に宮廷が荒れるようなことをする必要があるわけない。そんなことも分からないのか。その小さな頭に詰まってる悪知恵と醜悪な性根を十年以上もよくも隠し通せたものだ。いっそ女優にでもなれば成功したかもな。」
「ハッ女優ぅぅ??前世と違ってこの世界じゃ女優なんて平民の女がなるもんじゃない!そんな程度の女じゃないのよ!私は!ヒロインなのっ!」
「ヒロインなら主役じゃないか。女優の目指すべきところでは?」
「だーかーらーぁ、そういうんじゃないんだって!舞台のヒロインなんかじゃなくて私はこの世界のヒロインなのぉっ!!」
絶叫するような大声で、でも間延びしたような口調のアンバランスさで自分のことを主役と言い張るマリ―ア・ゼッペ男爵令嬢。
うん。確かに私の記憶の通りに彼女はヒロインだったはず、なんだけど……いま目の前の彼女はゲームのヒロインとは程遠い。
「そう、ヒロイン…ヒロインね。だけど君は結局誰のヒロインになりたかったの?」
「は?」
「個人の人生の主人公は自分自身だ。…けれど、君は誰かのヒロインになることではなくぼんやりした「この世界の」という抽象的なことしか言わないね。」
容姿はそのままなのに中身が違う。それだけで。そして現状が近衛に押さえつけられ拘束されてもいる。
第二王子のヒロインでも無ければ、王太子のヒロインでも無い。
(そりゃ、そうよ。…なんでわかんないかなぁ…?)
この世界はゲームを基盤にしているけれど現実で。だから王太子が第二王子の妻に恋心をもし抱いたとしても婚約者が居るのだから彼女を妻にすることなど不可能だとどうして理解できなかったのか。頭の中に春爛漫の花が詰まってる夢追い人みたいだ。まぁ実際に詰まってるのは前世のゲームの記憶だけみたいだけど。
―――でも、これでハッキリした。私はマリアンナだ。前世の記憶が僅かにあったとしても今を生きるマリアンナ。グランシエテ伯爵家の長女。沢山の理不尽はあったけれど自分のために思い出した記憶のおかげで最悪は回避して運よく最愛の相手とも手を取り合えることができたいまの私として誠実に堅実に生きていくことに自信を持とう。と、おもった。だからこそ手にした幸福を
大切にしたい。
前世の記憶があるからといって幸せになるかどうかは結局自分次第なんだわぁ…。
「ちがう!違う!違ああぁぁァうぅ!」
泣き叫び暴れながらも連行されていく彼女を横目にしか見ることは出来なかった。
「ユーイン、私はお前を大切な幼馴染として尊重している。それなのに、いいのか?」
「…はい。俺はマリ―ア・ゼッペ男爵令嬢を愛しています。ですからどのような処遇も甘んじて受け入れる所存であります。」
「そうか…。」
正気を失い錯乱しているとみなされた元王子妃は憲兵に布でグルグルに拘束されてどこかへと連れて行かれた。
既に王籍から外された元男爵令嬢が連れて行かれるのは王宮外の隔離施設だろう。
+++++++++++++++
―――――――――あれから。
世間はとても騒がしかった。第二王子の婚姻無効は離婚というセンセーショナルな流布のされ方をされて民衆からの不満が炎上しそうなところで王太子妃の懐妊の知らせが正式に発表され世論はあっという間に自国の慶事一色に染まった。
かとおもえば以前に流行したマリ―ア・ゼッペ男爵令嬢のロマンスに批判と同情が集まったりしている最中に第二王子の隣国の聖女様との婚姻報告が届いたりと貴族も民衆もゴシップを追うのに忙しい一年だった。
なにより、噂の真偽に誰も彼もが注目していた。
自国ではロマンスのヒロインだったマリ―ア・ゼッペ男爵令嬢が他国では王子妃になっておきながら近衛と浮気を繰り返し傷心した王子が隣国の聖女に苦しい胸の内を相談しているうちに互いに想い合い禁断の愛に至るというラブロマンスが流行したため、時期遅れでその演目が劇場でも大道芸の人形劇でも披露され人々の思考は流されてマリ―ア・ゼッペ男爵令嬢はいつの間にか「仔猫の皮を被った悪魔」だの「天使のような詐欺師」などと彼女の人生を揶揄するような内容の物語りが溢れかえった。
彼女は図らずも時代を超えて語り継がれるであろう物語のヒロインにもなったし、教訓物語においては最悪の悪女ともなった。おそらくは死してなおその名は語り継がれることになるだろう―――――。
□
ただし、秘された事実は誰も知らない。
いいえ、きっと誰もが知る必要が無いからこそ秘密のまま消えていくのだろう。
あのヒロイン断罪劇の日。
わたしは改めて元婚約者のユーイン卿から謝罪をされた。
そして償いにと今までの彼の剣以外の財産といえるものをすべて差し出された。
「悪いね。ユーインから剣を取り上げるとただの腑抜けた男にしかならないものだから、補填は私からしよう。なに、おもい上がった女のせせこましい浪費に比べれば安いものだから気にしないでくれ。」
第二王子にまでニッコリ言われたら、頷くしかない。
「そして、オーウェン・デリスト。貴族としてではなくただの男として私に聞きたいこともあるだろう。なんでも答えてあげるから問うといい。」
「ありがとうございます。…では、私が愛するマリアンナが納得しうるお答えを頂戴いたしたく存じます。」
「ははは!なるほど、ずいぶんと頭が回る。貴殿は一介の文官にしておくには惜しいな。」
王族が歯を見せて笑うなんて驚いたけれど、次の瞬間には真剣な目でわたしなんかを見た柄ゾワッと背筋が伸びた。
「―――では、この長きにわたる茶番の種明かしをしようか。」
語られた言葉は、私の前世の記憶とも聞いてきた噂とも違うものだった。
先に漏れ聞いたヒロインの声と殿下の言葉通りで私たち貴族の認識としてあのヒロインとの婚姻は王位継承を返上するものであり、愛は無かった。
但しその状況を作るために男爵令嬢をそのまま娶るには多大な犠牲を払う必要があったこと。
その犠牲の最たる断罪されたはずの令嬢たちは誰も不幸になんてなっていなかった。
噂は噂でしかなかったというわけだ。
みんな愛され求められた相手と婚姻し幸せに暮らしているらしい。ただし国内での平穏な婚姻はケチが付いているので他国の、誠実な男という条件を課して求愛者の中から王家が厳選して納得づくで輿入れさせたと殿下は胸を張っている。
それを聞くと安心する。でも一方では人の口に上るの噂は怖いなとも思う。
本人たちは幸せになっているのに、噂の中では全員が不幸なままだ。むしろ話の中だけでも不幸にすることを願い楽しんでいるかのように。
特に顕著なのは元々の第二王子殿下の婚約者であったエリルリナ様だ。
実際の彼女は茶番で汚名を着せられたが三国挟んだロエエラセ国の王妃になっていると聞いて驚いた。
…でも、普通に考えたらそうよね。
それに王太子が婚約した相手はまだ年端もいかない隣国の王女。
一方の第二王子の婚約者だった彼女は隣国との盟約により王太子が妻を娶れなかった場合にスペアとして王妃教育を施された令嬢であり、第二王子の婚約者でありながらいずれは王妃か王妃を支える存在だった。
王太子妃殿下が成人するまで子を作りたくなかった第二王子殿下は婚約者の彼女のためにもこの盛大な茶番を計画したのだという。
「可憐な女性の花咲の結実の時は短い。だからこそ私は凛と咲誇る彼女を手放さねばいけない。そうであろう?」
まるで問うように自分に言い聞かせるような殿下の落ち着いた声が耳に残る。
(あ。だから王族か。そういうのが王族なんだ…)
国のためなら最愛も手放して愚者になる覚悟もある。時には道化になって非難も受け入れる器の大きさをも持っていなくてはいけないのか。
そしてその計略の条件に合致したのが元第二王子妃ということだ。
先ず王族との婚姻相手として譲れない第一条件は貴族であること。
しかし教養の浅い、ハッキリ言えば頭の悪く目先の欲に弱い令嬢を探すとなるとそうそう居るわけがないので苦労したらしい。
でも「ヒロイン」はいた。
男爵位を金で買った歴史も何もない家柄の愛人の子。しかも育ち切ってから養女として迎い入れられたことで有頂天になっているであろう危機感の薄い警戒心も何もない娘。
その条件で年頃の見合うなりたて令嬢は探せば何人かいたがゼッペ男爵の娘は飛びぬけて容姿が整っていたことから捨て駒に選ばれた。
ただそれだけだった、のだ。
十年以上の計略の八方丸く収まる犠牲がたった一人なのならば、それは完璧な結末だろう。
誤算はユーインが本気の恋をしたこと。その婚約者だった私は多大な迷惑を被ったが…。しかしながら追加で迷惑料を頂戴できるならまぁわるくもないなとおもう。どうせ私の心はあの男には無いのだから。
「あら…へぇ。」
後日に慰謝料的な財産譲渡の場で私は拍子抜けして声が漏れてしまった。
剣聖と名高く妃殿下の護衛として侍っていたユーイン卿の財産は僅かばかりだったのだ。
そのお立場だったなら給金も文官の私なんかよりも破格だったろうに残るものが無い程に愛する貴女に貢いでいたらしい。
むしろ清貧な生活ぶりは有名だったからこそ変に理由に思い当たって苦笑した。
「このお金の一割は受け入れますが、それ以上は過分です。そもそも私もオーウェン・デリスト様も彼とはかかわりのない他人。過分な慰謝料は不要でしょう。」
「へぇなるほど。本当にユーインへの執着がないんだね。」
「まぁ…はい。執着以前にそこまで気持ちが育っておりませんし。」
「婚約者だったのに?」
「えぇっと。私は貴族の娘でもありますので…そうなるしかありませんね。伴侶を愛し恋しいとおもうのは婚姻後のこと。婚約期間中は相手を理解することに努め心を整えるように…というのが恋愛指南で学ぶことですから。」
「そういえばそうだね。教科書通りは正しいよ。」
うんうん頷いた殿下からの補填は私たちの小さな屋敷の設備投資の請求を受け付けるというものだった。
お陰で家は真新しく生まれ変わり、余ったお金で新設した厩舎に馬も二頭買い入れられた。
これはだから何なのかといえば、「大したことじゃない。」という表明であり意趣返しでもある。
貴族という誇りと自尊心に基づいている、プライド。矜持の問題だ。
相手から過分なものを貰うということは翻って言えば過大評価しているという証になる。
オーウェンもわたしも、落ちぶれた彼をそんな風に取り立てる気は無い。
逆に憐れみを以って廃妃になった女に忠誠と愛を誓う男へ余暇分を残してやるのが貴人の振舞だと知っている。
世間では落ちぶれた剣聖のことは一時期の話題になるだろうがメインは悪女となってなおたった一人の男に愛しぬかれた女の悲恋愛物語が語り継がれるし、サブキャラの私たちは一文にも残らないだろう。
でもそれでいいんだわ。
語り継がれるような愛なんて面白可笑しいくらいに波乱万丈だし。
私たちは普通に、お互いに愛し合って穏やかに生きる、それだけだもの。
おわり。
オーウェン・デリスト様 会計課副長
マリアンナ・グランシエテ伯爵令嬢
ユーイン・パネタリカ侯爵令息の元婚約者。
マリ―ア・ゼッペ男爵令嬢(物語のヒロイン)




