霜月の空をゆく
口裂け女さんから、ワークフロー申請が回って来た。
『ヒールのかかとが側溝にはまって折れた。業務中の出来事のため、別途労災も申請中』
少し前にそんな話を耳にした気がする。労災とはいえDiorのヒールに経費を下ろすのはどうなんだと部内がもめて面倒です、とてけてけさんが嘆いていた。
申請金額十五万。口裂け女さんは勝ったらしい。
経理として承認するか迷っていたが、
『都市伝説口裂け女にとってヒールは必需品であるため、承認とする。 都市伝説部 部長 ツチノコ』
という追記で渋々承認することにした。来週には総務が発注した新しいヒールが届いてしまうだろう。
気分転換のため喫煙所へ入ると、澤北さんが居た。
「あぁ、忙しくなってきたぞ~」
澤北さんは情けない声をあげながら、メビウスに火をつける。狭い会社だ。他部署でも面識くらいはある。
「今年は何件くらい抱えてるんですか?」
「覚えてないよぉ。千葉もあるし。遠いんだよなあ」
聞けば、足立区、北区、荒川区に加えて、今年は千葉県の市川市と船橋市も任されたらしい。少子化と言われる現代でもこれなんだから、人手不足は深刻だ。
喫煙所を出ようとしたところで、澤北さんから、
「そういや横岩さあ、Switch2って知ってる?」
「詳しくはないですけど。この前発売されましたよね」
「あぁ、いろいろ調べないと……胃が痛いよぉ」
「まあまあ」
笑って流すが、澤北さんの手は震えている。
もう十年以上前のことだ。発売直後のWiiが一斉を風靡していた。「クリスマスにはWiiが欲しい」という手紙が多く届き、やって来た十二月二十五日の朝。ほとんどの子供たちが笑顔で迎えるなか、北関東の一部の子供たちは、泣きじゃくり、絶望に沈んだ。
当時の茨城担当サンタが、「Wii本体」ではなく、「Wiiリモコン」のみを配ったのだ。
サンタってのは親なんだろ? と誤解している子供たちは当然、両親に不平不満をぶつけた。信頼を失った親たちからの苦情が殺到し、
「なんのためにサンタにお願いしたの?」
「サンタだから頼んだんだ」
電話番だった僕は、幾度もこの言葉を浴びせられた。サンタというワードが持つ信頼性はブランドなのだ。
しかし、所詮は他人事。エレベーターに乗り込むと、僕はすっかり別のことを考えていた。木下さんのことだ。元は予言部で、よく当たる占い師だとSNSを中心に評判になっていた。が、度重なる炎上でアカウントが凍結。今年から経理にやって来た。社内オペレーションが壊滅的で、ずっと頭を悩まされている。
フロアに戻ると一帯が騒然としていた。
どうしたんですか、と総務の吉川さんに訊ねると、隣で木下さんが目を潤ませていた。嫌な気配だ。
実は、と吉川さんが窓際を指した。
「サンタ部が三輪車を発注したんですけど……多分、本当は20台のところを誤発注で」
「何台届いたんですか?」
「200台です。下に2トン車が二台止まってます」
僕は木下さんの方を見た。彼女は涙声で、
「だって、200台って書いてあったから……」
「それ、承認する前に一言相談してよ。まだ十一月なのに、三輪車200台も頼むわけないでしょ」
まあまあ、と吉川さんが間に入る。発注をかけたのは総務だ。心なしか吉川さんも、青い顔をしている。
そこへ澤北さんがきょろきょろしながら帰って来た。
「どうしたの?」
吉川さんが説明を繰り返す。自分以上の戦犯の登場で心が落ち着いたのか、木下さんは冷静に頷いている。
澤北さんは返事もせずに窓際に駆けた。目を泳がせ、
「じゃあさ、俺の実家まで運んでもらおう。川越」
伝えてきます、と駆けだす木下さんを引き留め、
「200台は無理ですよ。西早稲田の倉庫は?」
「倉庫かぁ。倉庫だとバレるんだよなあ」
情けない声で体を震わせる。バレるも何も手遅れだ。
扉が開く音がした。騒ぎを聞きつけたのだろう。専務が不思議そうに、部屋から頭をのぞかせた。
「……配っちゃいます?」
吉川さんが驚愕の提案をしたのは、その直後だった。
その晩。
西早稲田から都内各地へ、一斉にそりが散った。急遽駆り出されたサンタ部の職員たちと、調整前に無理やりそりを引かされ不機嫌なトナカイたちから白い眼を向けられながら澤北さんは、ありがとうねえ~、と弱々しく礼を述べ足立区へ飛び立ったのだという。




