今更、遅いですわ。わたくしは無能ではありません。浮気者の婚約者を婚約破棄しました。
ディレリア・ハーゼン公爵令嬢は悩んでいた。
リセル公爵家の次男マークと3年前、15歳の時に婚約した。
初めて会った時に庭のテラスでマークは優しく微笑んで、
「マーク・リセルです。ディレリア嬢。君と婚約出来てとても嬉しいよ」
金の髪に青い瞳のマークはそれはもう美しくて、ディレリアは胸がドキドキしてしまった。
しかし、貴族の結婚は感情優先ではない。リセル公爵家は同じ派閥の公爵家で、反対派閥と対抗するためにも結びつきを深めたかった。だから、マークを婿にと、派閥内の貴族達で話し合って、決定したのだ。
このブルト王国は女性では爵位を継げない。
筆頭公爵であった父ハーゼン公爵は、マークが15歳ですでに学園で優秀で、見目も良い将来期待できる男と調べた末、解ったから快諾した。
婚約を結んだ最初は良かった。
マークはディレリアとの交流を大切にしてくれて、週に一回はハーゼン公爵家にマークは訪ねていて、両親にも気に入られていたのだ。
だが、彼は色々な令嬢と浮気をしだした。
マークの言い訳は、
「美しい花が色々あるのだから、独身のうちは味わってもいいだろう?」
ディレリアは怒り狂った。
婚約解消も頭にいれた。
明らかに不貞である。
彼は中庭で、男爵家の令嬢と口づけを交わしたりしていた。
その場をディレリアに見られても、
「ああ、ディレリア。焼きもちなんて可愛いね。ヒルデス男爵令嬢が悩みがあるからって相談に乗っていたら、あまりにもその唇が可愛くて口を吸いたくなったんだ」
ヒルデス男爵令嬢は頬を赤らめて、
「わ、私、いきなりキスをされたものですから、逃げられなかったのです」
ヒルデス男爵家は対抗派閥に入っている。
そこの令嬢と浮気?
わたくしという婚約者がいるのに?
マークはヒルデス男爵令嬢の肩を抱いて、
「続きを別の場所でやろう。あまりにも君の唇は魅惑的だ」
「まぁ、恥ずかしいですっ」
真っ赤になりながら、ヒルデス男爵令嬢はマークと共に行ってしまった。
貴方はわたくしの家の婿に来るのよ。わたくしが婚約者なのに、なんで浮気をしているの?
婚約解消したい。
いえ、婚約破棄だわ。
最近、マークの態度は酷くて、ヒルデス男爵令嬢だけでなくて、色々な令嬢とキスをしたり、イチャイチャしたり。
それも対抗派閥の令嬢ばかり。
我がハーゼン公爵家の系統の貴族は、我が家を怒らせたくないのだろう。
令嬢達はマークを避けている。
マークもそれを解っているから対抗派閥の令嬢を???
対抗派閥の筆頭のアルディシア・ブルディ公爵令嬢は、この王国の王太子の婚約者である。
ハーゼン公爵家には子が自分しかいない。だから婿を取って家を継ぐしかないのだ。
しかし、アルディシアには兄ファルトがいる。
ブルディ公爵家はその兄が継げばいい。兄に何かあっても弟にユリアスがいるのだ。
男の兄弟が二人もいるのだ。
もし、わたくしに男の兄弟がいたら?
わたくしが王太子殿下の婚約者になっていたかもしれないのに。
アルディシア・ブルディ公爵令嬢は厭味ったらしく、
「貴方の婚約者のリセル公爵令息。なんとかしてくれないかしら?ハーゼン公爵派閥は筆頭なのだから、貴方に責任があるわ」
「わたくしにもどうすることも出来ないのです」
「無能ね。婿に来る令息に強く出られないだなんて。貴方をライバル視していたけれども、拍子抜けだわ」
「無能だなんて。わたくしは勉学において、アルディシア様に負けた事はないわ」
「そうね。貴方とわたくしは一位と二位を争う仲ですもの。でもね。このままじゃ貴方、一生、あの男の浮気に悩まされるわよ。そのうち、浮気女との間に子が出来たからハーゼン公爵家を継がせろって、馬鹿な事を言い出すかもしれないわ」
「わたくしが産んだ子がハーゼン公爵家の跡取りになるわ。あの男は単なる婿。ああ、この王国で女性が爵位を継げるようになれれば、わたくしはあんな男、好き勝手にしておかないのに」
「あの男のリセル公爵家に弱みでも握られているのかしら?」
「違うわ。ただ、あのリセル公爵家、我が派閥では二番目に力がある公爵家なのよ。だから、結束を高める為にもわたくしとマークとの結婚は必要だから」
「やはり、貴方は無能だわ。馬鹿な婿を迎え入れて、何が結束を高めるよ。わたくしなら、そんな馬鹿な選択はしないわ」
「貴方はいいわね。イルグ王太子殿下と結婚するのですもの。わたくしだって、結婚したかったわ。わたくしが一人娘で無ければ」
黒髪碧眼の美男で有名なイルグ王太子。
幼い頃からの憧れだった。
いつも彼の事を見ていた。
王立学園で、アルディシアと共にいるイルグ王太子殿下。
お似合いの二人。
羨ましかった。
わたくしもイルグ王太子殿下の隣に並び、いずれは王妃になりたかった。
「何を話しているんだね?」
憧れのイルグ王太子殿下が話しかけてきた。
アルディシアはイルグ王太子殿下に、
「無能に無能と言ってあげていたまでです」
「無能?ハーゼン公爵令嬢がか?勉学だって、私はこの令嬢に勝ったことがないぞ」
「だって、自分の馬鹿な婚約者の事を放っておいているのですから」
イルグ王太子殿下に言われた。
「私はハーゼン公爵家に期待している。私の世になったら、力になってくれるのだろう?」
ふわっと香るいい匂い。
ああ、わたくしはイルグ王太子殿下の事が好きなんだわ。
「はい。必ず力になります。王太子殿下」
「期待しているよ」
イルグ様と呼びたい。彼の唇に唇を重ねたい。
イルグ様が好き。たまらなく好き。
ああ、わたくしが一人娘でなければ。わたくしが婚約者に選ばれたかもしれないのに。
運命をディレリアは呪った。
そして、筆頭公爵家の令嬢としてもっとしっかりとしなければと決意した。
メイドのアンが、
「変…辺境騎士団にさらって貰えばよろしいのでは?」
「ああ、あの?屑の美男をさらって教育するという?」
「そうです。伝説ではなくて、実在するそうですよ。ギルドに行けば、彼らと連絡が取れるとか」
でも、ディレリアは思った。
変…辺境騎士団は高位貴族の美男が好みだ。特に金髪美男には目がないという。
彼を変…辺境騎士団に引き渡していいの?
あんなひどい浮気者の婿なんていらない。
でも、わたくしは筆頭公爵家のハーゼン公爵令嬢。
アルディシアに無能と言われた。
無能で終わりたくない。
わたくしはわたくしの手で、無能を排除するわ。
まず自分の両親にマークの浮気の数々を訴えた。
「今回の婚約は政略だと心得ております。でも、マークは浮気を繰り返しておりますわ。これが目撃証言。学園の皆に聞いて集めて参りました。対抗派閥の令嬢ばかり。キスをしたり、淫らにいちゃついたり。わたくしが注意しても、綺麗な花は楽しみたいという事を聞いてくれないわ。最近、彼は公爵家に来なくなったわ。我がハーゼン公爵家を馬鹿にしている証拠です。ですから父上、母上、婚約破棄を」
父であるハーゼン公爵は、
「多少の浮気は目を瞑れ。リセル公爵家の次男を婿に迎えるという事が大事なのだ。男の浮気は元気な証拠だ」
母も頷いて、
「そうよ。ただ、他の女の子にハーゼン公爵家の爵位をと馬鹿な事を言い出したら、それは認めないわ。でも、多少の浮気は許さないと。それに今更、婚約破棄をしても、新しい婚約者はどうするの?いい所の令息は皆、婚約しているわ」
あああ、わたくしはマークが嫌。浮気をした手で触れられるのは嫌。
でも、公爵家の為に婚約破棄が出来ないなんて。
でもわたくしは無能ではない。無能ではないわ。
「それでも、浮気ばかり繰り返す彼の事をわたくしは好きではありません。政略だという事を解っております。新しい婚約者を探してくればよいのでしょう。探してきたら、不貞を理由に婚約破棄してもよろしいですわね?お父様。お母様」
父も母も、渋々、
「解った。しかし見つかるものか」
「そうよ。そんないい相手なんて」
「見つけてきます。わたくしは無能ではないわ」
アルディシア・ブルディ公爵令嬢に翌日、王立学園の教室で声をかけた。
「貴方の弟さん。何歳になったのかしら?婚約者はまだいなかったわよね」
「わたくしの弟は13歳よ。そろそろ婚約者を探そうと思っていた所だわ」
「でしたら、わたくしと婚約を如何かしら?わたくしは17歳。4歳年上になるけれども、貴族の結婚にそのくらいの歳の差なんてよくあることだわ」
「わたくしと貴方の家は対抗派閥よ」
「そうよ。対抗派閥よ。だから、結びつきたいの。いつまでも対抗してたって仕方ないじゃない。だったら結びついたら素晴らしいと思うのよ」
「貴方の家がわたくしの家と身内になったら、わたくしにとっても確かに素晴らしい事だわ」
マークが慌ててこちらに走って来た。
「君は私の婚約者だろう?それなのに、なんでブルディ公爵令嬢と新たな婚約の話を?」
はっきりとマークに言ってやった。
「わたくしは貴方を婚約破棄致します。婚約期間中の数々の不貞。慰謝料を請求するわ。だってそうでしょう?わたくしは浮気者の婚約者なんていりません。だから新たな婚約をブルディ公爵家に申し込んでいるの。正式にリセル公爵家に婚約破棄を近々申し入れに行くわ」
マークは真っ青な顔をして。
「学園の間だけの関係だよ。令嬢達とは。私はハーゼン公爵になるんだ。皆に、自慢してしまったよ。だから婚約破棄は勘弁してくれ。これからは君だけをっ」
「今更、遅いですわ。わたくしの心は傷ついておりますの。それに、わたくしは無能ではありません。貴方を切り捨てます。我がハーゼン公爵家の為にも。貴方は我がハーゼン公爵家に必要ないわ」
「許してくれっーーー。君に婚約破棄されたら私はっ」
「慰謝料も請求するわ。今までの不貞の慰謝料をね。相手の令嬢達にも請求したいところだけれども」
アルディシアが微笑んで、
「令嬢達は許してあげて頂戴。わたくしの顔を立てて。その代わり、弟のユリアスとの婚約。わたくしが責任を持って成立させてあげるわ」
「アルディシア様がそうおっしゃるのなら、顔を立てて差し上げますわ」
屑のマークを切り捨てることが出来た。
そして、新たな婚約者も見つけることが出来た。
わたくしは無能ではない。必ずこの王国でハーゼン公爵家を守って輝いて見せるわ。
後日、正式にマークとの婚約破棄が成立した。
マークは学園で付き纏って来たので、教師に訴えて接近禁止にしてもらった。
今までマークとイチャイチャしていた対抗派閥の令嬢達も、アルディシアから注意されたのか、マークに近づかなくなった。
ディレリアへの慰謝料の支払いはリセル公爵家が一括でしてくれたので、マークが学園でどう過ごそうと気にしないことにした。
それから、ブルディ公爵家に両親と共に行き、ユリアスと面会した。
アルディシアと、ブルディ公爵夫妻。アルディシアの兄であるファルトも立ち会った。
アルディシアはユリアスを紹介した。
「ユリアス・ブルディです。よろしくお願いします」
まだ、幼さが残る13歳のユリアス。柔らかな金の髪に青い瞳の‥‥‥
ディレリアはにこやかに微笑んで、
「ディレリア・ハーゼンですわ。可愛らしい方」
「わ、私は可愛らしくなんてありません。もっと背が伸びますし、これからハーゼン公爵になる為に励みたいと思います」
アルディシアがユリアスの肩に手を置いて、
「可愛いでしょう?まだまだ子供で」
「いえ。将来、楽しみですわ」
ユリアスを見つめれば、真赤になるユリアス。
何て可愛らしい。
「貴方との恋はこれからね」
「え?恋だなんて???私は政略で貴方の家と」
「わたくしは恋をしたいわ。せっかく夫婦になるのですもの。貴方と恋をして、幸せな関係を築きたいの」
「恋ですか‥‥‥」
ユリアスの手を取れば、ユリアスは真っ赤になって。
「私も、貴方と恋をしてみたいです」
春の風が優しく吹いて、
そう、新たな恋はこれから‥‥‥
ディレリアは幸せを感じるのであった。
とある変…辺境騎士団
「何故、屑の美男拉致を我らに依頼しない?」
「今からでも遅くはない。屑の美男を拉致しよう」
「そうだそうだ。屑の美男パラダイスだっ」
マーク・リセル公爵令息は行方不明になった。
噂では、王国伝説の変…辺境騎士団にさらわれたとか‥‥‥
真実は、定かでは‥‥‥
「屑の美男ゲットしたぞ♪」
「今夜は酒盛りだっ♪」