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リメイク中作品 ver5  作者: 沿海
4章 疑いを知ることなかれ
93/99

93 想定内の想定外8535

 霹靂の魔王エリアは古風な口調に対して実年齢は十五とかなり若い。そもそも即位した時はまだ八歳の子供であったし、今ですらこれまでの魔王と比べてると最年少のままである。しかし、元老院から各種族の族長まで、誰も小さな魔王を侮ることはない。ただ彼女が民に慕われていた先代魔王の娘、というわけではなく、彼女が今まで実直に築き上げてきた実績のおかげである。もちろん即位したばかりは反対意見も多かったが、優れた政治の手腕が次第に認められていったのである。内乱で荒れていた魔界を再び纏め上げ、新たな物流システムを構築し、厚く民に寄り添った。そうして、彼女に加護を与えていたのが二代目聡明の魔王だったこともあり、小さな聡明の魔王と評価されてもいる。

 魔王エリアが魔王として才覚を発揮できたのは、やはり父親の影響が大きかった。幼き頃、深い森で家族と過ごしていた頃、暇があれば父親クラディオが政治についてあれやこれやと教えてくれたのだ。それは娘が魔王の座を継ぐことになるからだけではなく、早いうちに残せるものは全て伝えておきたいという意思だったのかもしれない。どちらにせよ、むしろ自発的に質問して熟考するエリアの性格もあり、彼女は僅か七歳の時点で政治を理解していたのである。そして父親に連れられて深い森から離れ、魔王城に向かうことになる。

 だからこそ、魔王エリアは最初から人の上に立つ運命だったのだ。

 それと比較すればどうだ。エリアの眼前に座るひとりの女性は、本来の運命から逸れてここにいる。

「――このようなものですね。決まりました詳細な内容は後ほど正式な書面として起こし、互いの署名を持って締結とします。それでよいでしょうか、魔王エリアさま」

「うぬ」

 厳かな顔でエリアは頷いた。

 紺色の着物に身を包み、結い上げられた白銀の髪には豪奢な簪が差され、唇には細く紅が塗られている。冷たい印象を与える細い目とは対照的に、背中側から広がる尻尾はゆらるゆらりと揺れていて妖艶な気配であった。

 彼女こそ白狐族を纏めている族長、カザヌキだ。

 エリアは会議がいまこの瞬間に終わったこともあり、ふっと小さく笑って、硬く重苦しい空気を霧散させた。

「そなたも難儀であるな、カザヌキ殿。兄上が亡くなって、その役目を継ぐことになり。大変じゃったであろう」

 そう、カザヌキは族長になるはずではなかった。内戦で先代族長だった兄ソラユキを失い、そして族長を継ぐべきであった彼の息子ソラカゼも仇探しに出奔してしまった。もともと彼女がどのような夢を持ち、どのような仕事をしていたのかわからない。が、降って湧いた責任に縛られ他の道を閉ざされてしまった。しかも、カザヌキも八年前はうら若い村娘であったわけで、政治や統治そして交渉といった族長に必要な知識と能力を持ち合わせているはずがない。こうして毅然とした態度で魔王エリアと二者会談に臨められるようになるまでの苦難を、エリアに推し量る術はなかった。

 茨の道を突き進んできたカザヌキは、過去を思い出すように遠い目で微笑んだ。

「そうですね。ここまで来るのにどれほど……しかし、私の代で終わらすべき大仕事はこれで終わりました」

 言葉の余韻が、冬の冷たさに吸い込まれて消える。同盟は結ばれた。ここから白狐族は段階的だが少しずつ他種族との交流を取り戻していくことだろう。それは八年前の内戦で失われた未来を再び歩み始めることに他ならない。加えて、人族との戦争への不干渉を確約できたのは、最も簡単な要請でありながら欠かせないものだった。これから世界平和を推し進めるにあたって、地霊族や白狐族といった不可侵の前例というものは重要になってくる。

 カザヌキもそれを理解しているのだろう。だからこそ、その問いが置かれるのは当然だった。

「……ひとつだけ、伺ってもよろしいでしょうか、魔王エリアさま」

「申してみよ」

「三つ目の要請、非常時に手を貸すというのは、具体的にどのような状況の時でしょう」

「先にも述べたが、非常時とは妾でも想定できない事態が起こった時。ゆえに、具体的に表すことはできぬ」

「それは存じています。ですが、不可解なのです。不測を名目に優先の助力を求めなくとも、私たちは恩義に報いるため手を貸しましょう。しかし、いつ訪れるかわからないそれをいま決めるのは、まるで念押しのようにも感じます。我らは内戦や近頃ではカゲクイといった脅威があったため、人手も備蓄も薄い。そんな我らにあえて念押ししてまで頼む理由がわかりません」

 先の二つは必要な要請だと理解しているからこそ、三つ目の質問が理屈に合わなくなる。

 いや、理は通る。だが、腑に落ちない。カザヌキは内心でそう評価した。元老院への手土産として「白狐は魔王の救援要請に応ずる」という文言を確かに示したいのか。あるいは、白狐を魔王の庇護圏として明確にし、外勢への抑止としたいのか。あるいは、我らの自尊を傷つけぬ形で「頼る」通路を先に作り、孤立の習いを少しずつ解かせたいのか。どれも頷けはする。だが、それならば今日この刻である必然は薄い。段階的な交流と併走させれば足りる話だ。

 にも関わらず、あえて今、優先の助力を言質として結ぶ――この急こそが理屈に合わない。まるでその非常時がすぐにでも起こるかもしれない、前触れを知る者の振舞いのようで。

「それに今更ですが、不可解なことといえば他にもあります。どうして先ほど彼――エイジ殿を確認に向かわせたのですか。導き手を探すのなら、雪牙の衛兵へ頼めばよかった。彼にとってもこの会議の行く末は関係のあることです。あの場は場を進めるために同調しましたが、やはりわざわざ彼を向かわせる必要はあったのでしょうか」

「面白い視点じゃの。気紛れ……と言えばそれまでじゃが、そなたはどう予想しておる?」「そうですね。貴女さまが意味もない行動をするはずがありませんから。――エイジ殿が導き手を探しに向かうことそのものに意味があった? それとも……いえ、そう考えれば、エイジ殿という戦力が必要だった……?」

 そこまで考えた瞬間、ひゅっ、とカザヌキは息を飲んだ。突飛な仮説だった。

「まさか――」

 その言葉は最後まで続けなくてもよかった。エリアが目を細めてにやりと笑う。それだけでカザヌキは裏に隠されている真意を直感し、同時に自身と向かい合っている小さな少女が恐ろしく感じた。

「――貴女は、どこまで読んでいるのですか」

「なんのことやら」

 悪戯気にエリアは片目を閉じた。彼女にとってカザヌキがここまで言及し真実に近付くのは予想外のことだった。誰よりも関連した情報を所持しているはずのエイジは、同じ会議の場にいただろうが、たぶん何も気付いていないだろう。彼が悪いのではない。エリアが意図的に詳しい説明を省いているので、そこまで考えが及ぶはずないである。事実、エリアの左隣で長らく沈黙を保っていた地霊族族長ファイドルは、カザヌキの鋭い指摘を聞いて、なるほどと何度も頷きながら納得していた。

 説明するつもりはエリアになかった。そもそも全てを話したとしても信じられないだろうし、まだ起こってもいないことなのだ。エリアの懸念が杞憂だとすれば意味もない説明になる。とはいえ、ある一定上の確信はあった。だからこそ協力の要請を言葉にしてまで念押ししたのだ。

 その確信はやがて証明されることになる。

「……ッ」

 カザヌキとファイドルが腰を僅かに浮かした。

 突如、濃密な魔力の流れを感じたのだ。ここではないが、村の中心方向から大規模な魔法の予兆を感じれば、警戒に値する。それなのに微動だにせず当然といった顔のエリアを見て、カザヌキは座り直して扇をぱたぱたと振った。

「魔王エリアさま、説明してもらっても?」

「うぬ。話の発端は妾の父クラディオが暗殺されたことから始まる。その嫌疑は地霊族から白狐族へ果てには蜥霊族へと移り変わった。魔界を揺るがしかねない内戦が起こり、多くの者が斃れ血を流した。じゃが、それは全て誰かの思惑だとすればどうじゃ」

「それはいったい……?」

「黒ローブの男、名前は知らぬ。奴は呪いという魔法的束縛で各地の手駒を操り、内戦さえも全て盤上の石のように転がして見せた。呪いとは心を束縛し、本意でなくとも命令を聞かせる手段。例え全ての戦士に呪いを掛けずとも、指揮者さえ動かせば兵は動く。つまり、そなたらの村が襲われたのは正体不明の男に仕向けられたものじゃ」

 それは本当ですか、という言葉を飲み込んだ。小さな少女は真摯で裏表のない瞳をしていた。それが過去にあった真実だとすれば……前提がひっくり返る。八年前の苦しみと悲しみは誰かが望んだものだったのか。

「真の目的は知らぬ。魔界を混乱に陥れたいのか、はたまた世界に復讐をしたいのか。どちらにせよ、奴は見えぬところから多くの種族を惑わせ曇らせ戦争に導いた。それから奴に何があったのか、内戦からここ八年間、奴は水面下で手駒を増やすばかりで、表舞台から去っておった。しかし、最近は妾やエイジを直接狙ったりと、何か大きなことを起こそうと考えておろう」

 得られた知識が一本の線となり、吃、とカザヌキは唇を引き結んだ。そのための同盟で、そのために魔王の騎士エイジという戦力を向かわせたのか。近く表に出る黒幕への備えだったと。

「つまり、貴女はこの村を再び戦場にするつもりですか!」

 声を荒げたカザヌキとは対照的に、エリアは淡々と答える。

「いや、その逆じゃ。確かに妾たちがここを訪れれば、奴も姿を現そう。再びこの村に戦火を放つやもしれぬ。じゃが、この村は導き手の結界があり、仮に潜り込まれたとしても外へ放り出すことも可能じゃ。妾の騎士エイジならばそうするであろう。同時に破壊工作を行うつもりであった黒ローブ男の意表も突けるであろう。つまり、妾は奴との決戦の場を用意したまで――ちょうど来たようじゃな」

「何が――」

 胸の内で生まれかけた問いは、香の白を細く断ち切るように掻き消えた。遠い廊下の端から、雪をはらうようなどたどたとした足音が波紋みたいに寄せてくる。板目が微かにきしみ、障子紙が息を呑むみたいにふるりと震えた。気配は一直線に近づき、息の白さすら感じる間際でぴたり――襖の前で止まる。

「伝令させていただきます!」

 許可するよりも早く、紙戸がさっと開かれて青年が現れた。刀を腰に差し、動きやすい袴に頑丈な防具を合わせ、上から羽織る赤い斑点には狐面の紋様。雪牙の隊員である。

「伝令させていただきます! 先ほど黒装束を纏った男の侵入が発覚し、雪牙隊と交戦しました。謎の男は魔法で霧のようなものを出現させ、雪牙隊が苦戦を強いられていたところ、剣士エイジ殿が導き手の奇術を利用し、男を村の外へ連れ出しました。現状は外の世界で戦っていると思われます。しかし、男の脅威がなくなったのに対し、彼が生み出した濃霧がまだ村の中心部を覆い尽くしています」

「ええと……」

 カザヌキは言葉に詰まった。これが想定外の事態というものか。しかし、慌てている隊員の様子に対して、話から状況はもう解決されたようにも読み取れる。既に剣士エイジは導き手スズナの奇術を利用して、村の外へ戦場を移したようだ。もちろん導き手の奇術は必ず使用者本人が効果範囲に含まれてしまうので、スズナの安全が少し心配だった。が、カザヌキはスズナをしたたかな少女だと評価している。それに魔王の騎士だという青年エイジも、村の脅威だったカゲクイを討伐する実力があるのだ。心配はないだろう。このまま問題なく終わればいいが。

 なのに、残念にも魔王エリアと地霊族族長ファイドルという二人の強者は油断ない眼差しを保っていた。それはあたかも本当の想定外はこれから起こることを示唆しているようだった。

 沈黙したカザヌキに、伝令が狼狽える。誰も口を開かない。座は三つ、影は四つ。エリアの背は風の芯のように微動だにせず、ファイドルの大きな手は膝で静かに止まっている。カザヌキは扇を伏せ、親指で骨の端を撫でた。乾いた感触が爪の裏に残り、鼓動の拍に合わせて数を取る。ひとつ、ふたつ、みっつ。息を浅く整える。胸郭の中で空気が冷たく、刃物の背のように滑っていく。尾を一度だけ巻き、解く。着物の内側で筋肉が細く固まり、解け切らない緊張が根のように腰の奥へ降りていく。瞼の裏に、八年前の雪が薄く降る。カザヌキは彼らが懸念する想定外の大事を待ち続けた。

 そして――

 先ほど感じた魔力のうねりよりも不自然な感覚が身体を襲う。

「……なるほどの、そう来たか」

 エリアがぽつりと呟いた。その意味はわからない。だが、訪れた変化は顕著だ。ここから離れた村の中心で同時に人の気配が膨れ上がったのだ。座していた三人は同時に立ち上がった。エリアは収納魔法から取り出した星空の剣を腰に差し、ファイドルは大剣を背中に背負い直し、カザヌキは伝令に状況確認を命じる。三者三様で準備を整えると、揃って屋敷から出た。

 エリアは村の中心を見下ろした。カザヌキの邸宅は村の外れにある小高い丘に位置しているため、白狐族の村はちょうど眼下に広がっている。遠目からもわかるほどに濃い白霧が村全体を包んでいて、建物の輪郭は朧げに見えるだけ。ところどころにある橙の揺らぎは松明といった照明だろう。

 それよりも、問題なのはちかりちかりと瞬く閃光と、あちこちから響く衝撃音。剣技が使われている――それは村全体が戦場となっていることに他ならなかった。

「いったい、何が……」

 カザヌキは絶句した。耳を劈く声は悲鳴。頭で考えるよりも早く、カザヌキは霧の中へと駆け込んだ。姿はすぐ白い海に飲み込まれた。

「ファイドル。カザヌキ殿を護ってくれぬか?」

「承知した」

 彼は頷くと濃霧へと飛び込んだ。カザヌキの戦闘に関する実力を知る機会はなかったが、加護を持っていない上に、あの動きにくい恰好から戦い慣れていないことは鑑みれる。もしものことを防ぐためにも、護衛が必要だった。

 エリアも続いて霧へと歩みを進める。もちろん警戒は怠らず、星空の剣を引き出して右手へ握り込み、ついでに魔法をいつでも行使できるよう、左手に凍素を生み出す。

 凍素、残された手記による父親クラディオの教えで、使えるようになった魔法因子。元々は純粋な熱エネルギーである熱素だったものだが、魔力的な波長を逆向きにすることで、対称の温度を下げて最終的に凍らせることもできるものだ。今までの常識が覆される技術だったため、習得には予想以上の時間が掛かったが、すでに戦術へ組み込むことができるほどに使いこなしていた。

 最初に凍素を用意したのは、創造魔法オリジナルクラフトである鎖状の拘束魔法などに比べて、発動までの速度が卓越しているからだった。とはいえ、熱素と同じく生物への効果は限定的で、あくまでも保険だった。

 一歩、霧中へと踏み入れた。身体に生温い霧が纏わり付いて、僅かに身体が重くなったような不愉快感を与える。数歩先の障害物などは辛うじて識別できるが、それよりも遠くは見通すことができず、雪の色と同化しているので道に沿って直進するのも難しい。自分がいまどこにいるのか把握できなかった。

 周囲で剣戟の音が響いている。怒号も飛び交っている。その中心を歩み続けていると、前方に人影が現れた。白一色の視界に墨汁が染み出したように現れて広がる。いや、人影が接近しているのだ。声を掛けようとしたが、その前に鋭い殺気が向けられた。反射的にエリアは後方へ跳びながら、星空の剣を横薙ぎに繰り出す。

「――ぬっ」

 その一撃を受けた右腕が痺れる。エリアはまだ成長期の女子ではあるが、加護持ちであるのに加えて最大魔力量の大部分を身体能力へ変換していた。ゆえに、腕力自体はエイジには及ばないにしても、一般的な冒険者よりも高いレベルにある。にも関わらず、不意打ちで仕掛けられた攻撃はそれ以上の重さだった。左足を反転させて、衝撃を逃がす。そこから左手に握り締めた凍素を乱入者の足元へ落として、凍らせる。もともと極低温の雪だが、さらに冷却することで足首もろとも氷漬けにして動きを封じた。

 その隙に距離を取って、そこで初めて乱入者の全身像を見たのだが、想像していた通りの様子だった。

 歳はエイジと同じぐらいの青年。赤い瞳に尖った両耳という典型的な魔族の特徴に加えて、白磁よりも白い肌に鋭く尖った犬歯、そして絹よりも滑らかな黒曜石色の長髪という特徴は、かなり離れた位置に里を持つ夜影族のものだ。しかし、着眼するべき場所は別にある。まるで朧げな夜を纏うように、黒い靄が身体を支配している。その発生源は、左手の甲に刻まれた何かの紋章。気味悪く紫紺に発光していた。

「魔王エリアさま!」

 思考の狭間に切迫した声が割り込む。霧を割ってエリアの隣に立ったのは、武器なのだろうか、扇を両手に構えたカザヌキだった。

「彼らはどうなっているのですか!?」

「呪い、じゃ」

「これが呪い……!」

 呪い。エリアは説明するための言葉を知っていた。恩人だったクルーガを迷わせ、元老院ですら支配下に置いた忌々しき術式。人格を乗っ取り操るそれは、魔王城の中庭で戦った黒ローブの男によるものだ。つまり、夜影族の青年は村を襲いたくて襲っているわけではなく、命令されて従わざるを得ない状況であるはずだ。加えて、青年にはっきりとした自我があるのかは不明だ。

 どちらにせよ、これは想定内を越えた想定外の出来事だった。黒ローブの男が水面下で何かを進めているのは、ファイドルの調査でわかっていた。だから、男を釣り出すために、彼との決戦の場を整えるために、転移魔法うんぬんという本命はあるにしても、そんな理由でエリアは白狐族の村を目的地へ選んだ。何かを仕掛けてくるだろうと予測していた。だが、こんなにも想定を裏切ってくるとは。

 倒れた松明の灯、雪上の滑り跡、見えない相手に振るわれる刃の残光。黒ローブの男が行ったことは単純明快だった。呪いで操った他種族の戦士を村の中へ転移魔法で送り込んだ。気配の察知が難しくなるこの霧中でも、あちこちで増大している気配を考慮すると、その数は少なくとも百名は越えてくるだろう。

 どうやってそんな数を。転移魔法の利用は確実だが、この村は導き手の結界で護られている。導き手が出入りする時に紛れるでもしない限り、忍び込むことはできないはずだ。この二日間、エリアは暇があれば結界の解析をしてみたが、それはあらゆる魔法的干渉を跳ね除け、村の外と中を完全に隔てている。転移魔法だろうと外側から内側へ直接の移動はできないと思われた。それも当然か、その結界の奇術は導き手の創造魔法オリジナルクラフトではなく、もともとは神格化した魔王のものだったと聞く。他のあらゆる魔法より秀でていてもおかしくない。

 だとすると、更に疑念が深まる。どうやって村の中に操られた戦士を送り込んだというのか。考えられる線といえば、村全体を覆っている濃霧魔法だろうか。これは魔法のように見えて、どこか本質的に異なっている。視覚も聴覚も遮断し、気配の察知さえ阻害し、風で吹き飛ばそうとしても難しく、解析しての解除は不可能。そして黒ローブの男がこの場から離脱しても留まり続けている。これが何かしらの影響を与えている可能性は高かった。

 どちらにせよ、これは想定内を越えた想定外の出来事だったのだ。ゆえに、エリアは想定していなかった選択の決断を迫られることになる。

 目線は合わさずに投げ掛けられた、カザヌキの静かな問い。

「エリアさま。彼らを……敵として、斬ってもよろしいでしょうか」

「――っ」

 言葉に詰まる。カザヌキは両手に金属製の扇を携えて、襲い来る戦士に対処していた。エリアもまた星空の剣と様々な魔法を組み合わせて、迫る攻撃の嵐を迎撃していた。だが、呪いで操られた戦士たちの猛攻はそれ以上に激しかった。自我を奪われるというのは、単に弱くなるわけではないようだ。何も考えていないからこそ予想できない剣筋、がむしゃらな動きを可能にしている。不安定な崩れた姿勢から剣尖が飛んでくるのは当然で、腕力や膂力を強化しているらしい呪いが、攻撃の捌きにくさに拍車を掛けていた。少しでも手を抜けば、その刃はエリアの首に届くだろう。エリアも夜影族の青年を殺すつもりで戦わなければいけなかった。当然ながら、エリアは穏便な手段で争いを収めたい平和主義であるため、かつて誰かの灯を消したことはない。それでも今回ばかりは相手を殺すつもりでないと、余裕が少しもなかった。

 しかし、逡巡が刃を惑わせる。

 僅かに星空の剣が遅れて、逸らしきれなかった剣尖が肩を裂く。だというのに、エリアの覚悟は決まらない。必然の結果だった。

 ――彼らも魔界の民であるのだから。


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