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リメイク中作品 ver5  作者: 沿海
4章 疑いを知ることなかれ
84/99

84 VS, カゲクイ6418

 剣を正中線に合わせるようにして構えた俺が見たのは、魔物と呼ぶべきものではないと断言できる黒い怪物だった。四肢が長い四足歩行の獣だが、両腕はカタナのように細く湾曲していて、全身に霧を被っているように輪郭は朧げ。風が吹けば霧散してしまいそうな儚さは、逆説的に圧倒的な存在感を主張していた。顔はない、というより、顔があるかどうかもわからない。わかるのは明らかに自然の魔物ではなく、何か別種の存在であるということだ。まるで影という概念を具現化したような外見で、カゲクイは言い得て妙だった。

 俺の後方には、最初の襲撃で奴に吹き飛ばされた隊員がいる。彼は腹を掬い上げるように斬られたらしく、一刀両断された防具の奥から血が流れ出ていた。駆け寄った他の隊員たちが何か詠唱をしているので命に問題はないだろうが、彼のおかげでわかったのは、カタナのように見えるカゲクイの両腕は実際に刃物と同等の鋭さがあるということだ。しかも、防具を斬り裂くぐらいの。普通の魔物と違って、全ての一撃が致命傷となりえる。

 カゲクイがぬるりと動く。音が全くなく、確実に生物ではない違和感のある加速。滑るようにして接近された巨体から、霞む刃が振り上げられる。咄嗟に剣で動線を阻むのがやっとだった。

「――ッ!?」

 重すぎる。先ほどとは比べ物にならない。剣技を発動していなかった俺の防御は軽々しく突破され、俺の身体はそのまま弾き飛ばされた。五メル後方にいた別の隊員と接触し絡まり、地面に転がる。回転する視界の隅で、落ちてくる黒い巨躯が見えた。逸らした顔の鼻先に鋭い刃が突き立てられ、ばさっと粉雪が舞い上がる。

 左手で地面を押した反動で立ち上がりながら、ようやく剣技を発動した。現代流派剣術モダンモデルアッガス流、サイクロンエッジ。疾風が吹き荒れて、宵闇の剣に沿って収束する。使い勝手がいい高速四連撃技だ。

 翠緑の燐光を纏った剣が引っ張られるように加速して、肉迫していた奇形の黒い腕と衝突する。一撃目。雷鳴じみた轟きと、白い世界を彩る火花。世界の理を味方にしている剣技は、先ほどとは違って黒い前腕を一度だけ押し留めたが、やはり退け返された。軽く弾かれた俺は、その慣性に抗わず一歩だけ後退しながら、手首を逆方向に反す。流れ続ける烈風のように衰えず二連撃目に繋がる。またもや世界を揺るがす空間の悲鳴。今回は多少の時間を競り合うことができたが、それでもぎりぎりで力量が不足した。更に後退しながら放つのは三連撃目。左側から水平に弧を描くような一撃。

 ばしんっ、と鈍い衝撃音を最後に、やっとカゲクイの右前腕は停止した。が、奴は身体そのものが武器であるのだ。右腕が止められても、左手がある。苦労のすえ喰い止めに成功した俺を嘲笑うように、拮抗した状態でカゲクイは左腕を俺に伸ばす。

「――はっ!」

 俺たちのように武器を持つ必要がないというアドバンテージは、対峙した瞬間からわかっていたこと。だから、俺は同じ流派のストームエッジではなく、こちらの連撃数が多いサイクロンエッジを選んだ。翠緑の光はまだ途切れていない。

 踏み込んだ右足を軸にしながら、一回転。剣尖に集まる遠心力に、そして身体の捻りまで加えた左腰から最後の薙ぎ払い。耳を劈くような金属音が発生し、こちらはたった一撃で接近していた黒腕を抑えた。

 もちろん、四連撃のサイクロンエッジを最後まで終えたため、宵闇の剣は元の深淵色へ戻り、俺は硬直を強いられる。しかし、剣技に頼らず自力だけで戦っていたカゲクイは、動きが中断されてもそれは一瞬で、俺よりも先に次の攻撃を――

「俺を忘れちゃ困るぜ。九之尾の壱――」

 鮮黄色が網膜を焼いた。地に伏せるかのような低い前傾姿勢から、リオウはカタナを抜いた。古代流派剣術オルドモデル最速の朱閃と互角かそれ以上の神速で、彼はカゲクイの懐まで躍り出て、がらあきの脇腹に一閃を与えた。訓練で使っていた木刀ではなく、本物のカタナでの発動であるため、より鋭さを増しているように感じる。

「五風十雨ッ!」

 言葉で意思疎通したわけではなかったが、完璧な連携だ。防御もできずに抜刀剣術を受けてしまったカゲクイは、威力を相殺しきれずに、よろけるように後退った。なるほど、俺ひとりで戦うと全く余裕はないが、リオウと二人で連携して戦えば普通に戦えそうだ。それに俺たちの周りでカタナを構えながら遠巻きに眺めている雪牙隊の隊員たちもいる。負けることは絶対にない。

 硬直から回復した俺は気を緩ませずに、リオウの隣へ移動する。

「助かった」

「ああ。遅くなって悪いな。スズナの護衛を指示していたから」

「問題ない。それで、手応えはどうなんだ?」

「全くない。初めて攻撃を与えることができたんだが、刃が通っていながら斬った感触はない。血も流れていないし、傷口も見えなくなっているし、不気味な野郎だな」

 ああ、と同意する。俺も絶賛する素晴らしい一撃だったのに、カゲクイは気にしていないといった様子で、身体をゆらりゆらりと揺らしている。血がでないということは、想像通りに生物ではないのだろうか。ならば、どうやって倒せば。そもそも倒すことができるのかも不明だ。とりあえず、何か考えが出てくるまで攻撃を与え続けてみよう。そう思った直後だった。

「――来るぞ!」

 影が脈動したように感じた。

 カゲクイの身体から太い帯のような、触手のような黒い紐が何本も現れて空中を泳いで迫る。魚のようにぐねぐねとしながら、しかし俺へと一直線に目指す。想定していなかった動きで虚を突かれてしまったが、俺とリオウはそれぞれの武器で斬る。感触は何もなく、簡単に黒い触手は切断されるが――

「ちっ、面倒な」

 断面が霧のように解けて交わり繋がり修復され、ぐねぐねとした奇妙な動きが再開される。俺とリオウは再びそれを切断した。実体がない霧みたいだからと油断できない、もし触れるとどんな影響があるのか少しも想像できないのだから。ただカゲクイはこの触手を攻撃代わりに造り出しているので、俺たちに利がないのは確実だ。斬っては再生し続けているその影を、俺たちが上回る速度で斬り裂いていた時だった。リオウが叫ぶ。

「狙いは俺たちだけじゃない!」

 迫りくる黒い荒波を捌きながら振り返ると、何人かの隊員たちがおかしな状況になっていた。あるものは彫刻のようにぴたりと静止して、あるものはカタナを片手にがくがくと痙攣している。目を凝らすと、彼らの周囲には多くの黒い触手が徘徊していて、動けないでいる隊員の影に黒い触手が伸びて潜っていた。他の精鋭たちは自身に被害が及ばぬよう、巻き付こうとしてくる影の手を一心不乱に斬り落としていた。

 あれが影を喰うということか、と妙なことで俺が感嘆していると、状況は更に悪化した。影を侵食されていた隊員が、突然、他の隊員たちを襲い始める。焦った顔でカタナを振り回す。影に触れられた隊員の肘が、糸を引かれるみたいに勝手に跳ねる。操られているのか。表情が慌てている様子から、身体の動きが自分で制御できなくなっているのだろう。

 その動きに精彩はなかったが、影の触手にも対応しなければいけない正気の彼らにとっては脅威だった。すぐにまた何名かの隊員が戦闘不能状態になり、まだ耐えているのはスズナを護衛している少数派だけになってしまった。

 すぐに助けなければならない。位置的にリオウよりも俺の方が近かった。

「リオウ! 少しだけ奴の相手を頼む!」

「おう! 早く戻ってこいよ」

 その言葉を聞く前に、俺は駆け出していた。カゲクイは影の触手を操るのに熱心なようで、本体の方は動く素振りがなかった。ここは俺と同じ実力を持つリオウに任せても問題ないという判断だ。

 白と黒が激しく攻防を繰り広げているその中へ飛び込み、勢いのまま一太刀で周囲の黒い触手を斬り飛ばす。影越しに繋がれて操られていた雪牙隊の隊員たちは、その瞬間だけぴたりと動きを止めたが、触手が再生すると同時に再びカタナを振り回し始めた。もう一度と試しても同じ結果が得られるだけで、彼らを救うのには根本的な問題を解決しなければいけないのかもしれない。

 とりあえず、俺はより混乱を極めている場所まで向かう。中央に微動だにせず立ち尽くすスズナ、彼女を囲むように三名の隊員が構えて護り、傀儡となった者たちと実体のない触手が彼らを狙って押し寄せている。触手をどうにかする算段はないが、操り人形たちは別である。俺は剣を鞘に収めると、無手で接近して掬い上げるように彼らを投げ飛ばしていく。ぐへっ、とくぐもった声が喉から漏れ出て苦しそうな表情だったが、誰かを傷付けないだけまだいい。床に伏した彼らは操られてふらつきながら立ち上がろうとするが、戦線に復帰するのはまだ先だろう。

 障害物が少なくなったので、俺は触手を片っ端から斬りつつ進み、やっとの思いでその中心に辿り着いた。俺の姿を見た若い隊員が、ほっとした顔で礼を述べる。

「ありがとうございます。助かりました」

「礼は不要だ。俺もお前らの隊長に助けられたからな。で、この状況を打開する方法は何か思いつくか?」

「いえ、何も……。すみません、攻撃を捌くのに必死で、そんなことまで考えが回らず……」

 彼は綺麗な型で触手に対処しながら、申し訳なさそうに言う。次に俺は彼らに護られているスズナへ話し掛けた。もっと別の形で言葉を交わしたかったのに、天の思惑はよくわからない。

「なあ、あんたの能力でこの場から撤退できないのか? かなり悪い状況だ、ここは離脱して作戦を練り直すべきだ。鈴を鳴らして、俺たちだけ村の中へ戻りたい」

 俺の問い掛けに初め彼女は何も答えなかった。微動だにしない彼女は、狐の仮面を通していったい何を見ているのか。混乱を極める戦場か、それとも――。

「……いえ、不可能です。わたしの術は対象を選べない。いま使ってしまうと、カゲクイを村の中に引き入れてしまうでしょう」

 そうか、と短く言葉を返す。ということは、やはりこの場で倒しきるしかなさそうだ。撤退が無理だという事実を受けたことで、俺は冷静に現実的な討伐の方法を模索し始める。大量の触手が俺へと殺到してくるが、こんなもの駆け引きのない単純な作業だ。直感だけで宵闇の剣を振りながら、意識は別のところで巡らしていた。

 ふと、浮かんできた作戦に従って、よろけながらも立ち上がったばかりである操られている隊員のひとりに近付くと、俺は彼が左手に握っていたものを搔っ攫う。くにゃりにゃりと捻じ曲がった大量の文字が書かれている薄い紙。光の護符とやらだ。

 詳しいことはわからないが、根底にある理屈は魔法陣と同じだろう。ならば、使い方もたいして変わらないはずだ。そう思って、俺は自分の魔力を紙に流す。ぼわっと眩しい光が溢れ出す。

 刹那、迫りくる大量の触手がその場で静止した。見込んだ通り、カゲクイの本質が影であるならば、対極の存在である光には弱いのだろう。

「――ッ!」

 と思ったのだが、考えが甘かった。静止したのは一瞬だけで、触手たちは先ほどの速度を上回る勢いで、俺へと殺到する。しかも、雪牙隊の隊員を狙っていたはずの触手まで、俺へと矛先を変えて迫ってくる。

 俺は考えるより先に剣を振った。どうせ奴らは勝手に再生するのだから、斬撃そのものに意味はない。それでも、ほんの一瞬でも動きを鈍らせられれば、その間に次の手を組み立てられる。時間を稼ぐための無意味な斬撃、のはずだった。ところが――

 剣尖に、確かな抵抗が返ってきた。

霧を裂くように素通りすると思っていた宵闇の剣が、今度は触手の芯をはっきり捉え、手応えだけ残して肉を噛むように食い込む。斬り飛ばした先端が雪上に転がり、そして――再生しない。何が起きた、と瞬時に周囲を見渡す俺の目に映ったのは、護符の光の中でさらに濃く沈む影の黒。しかもそれは霞ではなく、輪郭のある実体としてここに在る。

 仮説が跳ねた。光は影を消すものじゃないのだ。むしろ、光によって影は濃度を増し、本質を露わにする――だからこそ、光源がある場では影の触手は活性化して凶暴になるが、同時に斬れるものへと変わるということだろう。

 ただ、そんなことを悠長に考えることはできない。一挙に押し寄せる触手を次々と俺は斬り落としていくが、それを越える速度で影は俺へと集中する。流石に全方位からの攻撃によってだんだんと追い詰められ、俺は脱出を図ろうと、握っていた光の護符への魔力の供給を止めた。途端に触手たちの勢いは衰え、その隙に俺は道を斬り開いてその包囲から抜け出る。

 危なかった。と安心するが、光が消えたことで、切り落とした触手が再び霧のように継ぎ合わさり、再生を始める。くそ、と悪態が漏れた。光を出せば斬れる、だが同時に相手も凶暴化する。出さなければ大人しいが、斬れない。扱いを間違えればこちらが飲まれる。戦略を求められる特性だ。

 とはいえ、厄介だがこれで討伐の見込みは立った。俺は操られている隊員へ間を詰めると、互いの武器が届く距離で俺は光の護符へ魔力を通す。影の触手が実体を表したその瞬間に、繋がれていた影を宵闇の剣で斬り飛ばし、すぐさま魔力の流れを遮る。

「――はっ!」

 解放された隊員がたたらを踏んで、取り戻した身体の感覚を実感するように深く深呼吸した。彼は俺に向き直って、感謝を述べようとするが、それどころじゃない。またしても操ろうと彼に迫っていた触手を、俺は間髪入れずに攻撃する。

「気を抜くな、まだ終わってない! いま見せた方法で他の隊員を解放していくぞ!」

「はい! 了解です!」

 操られている間も思考まで制限されていなかったらしいのが幸いだった。彼はすぐに護符を取り出して、近くにいた別の仲間へと駆け出していく。俺ひとりで全員の解放は難しいため、彼の協力はかなり助かることだ。精鋭らしく俺が一度しか見せていない手順を彼は簡単に真似して、光の護符の明滅を使いこなして、最初のひとりを解放する。二人でとりあえず三人ほど解放すると、動ける人手が増えたことで、全員が束縛の魔の手から逃れるまでは僅かだった。ミスでまたしても囚われることはあっても、近くの仲間がフォローに入る。洗練された高度な連携が垣間見れた。

 やがて完全に形勢を立て直し、攻守は逆転する。余裕を持って、俺たちは次々と迫る触手を斬り落とし続けた。もちろん光の明滅を活用して、実体させることも忘れない。暫くすると、このまま攻撃していても効果を得られないと気付いたのだろう、触手が諦めたように本体のカゲクイへとするすると戻っていき、それまで休止していた奴が動き出す。遠くで同じように触手と攻防を繰り広げていたリオウは、活動再開したカゲクイとの剣戟に移ったようだ。

 彼のためにも、あまり時間は掛けてられない。俺は手短に周囲の隊員へ伝える。

「今から俺とリオウで時間を稼ぐ。だからその間に、お前たち雪牙隊のみんなには強い光を準備して欲しい。奴の影を全て覆い尽くすような強い光を。発動するタイミングは俺が指示するから、頼まれてくれるか?」

 はい、と力強く頷く精鋭たち。これなら大丈夫だろう。ただ闇雲に光を撒き散らすことだけは駄目だ、奴を凶暴化させることにも繋がるから。攻撃のチャンスに合わせて、初めてそれは真価を発揮するのだ。

 俺は簡潔に伝えるべきことだけを伝えきると、加勢するためリオウの元へと駆ける。触手との戦闘中に不本意だが少しずつ場所がずれていたのだろう、彼との間隔は少し離れていた。駆けながら遠目でリオウとカゲクイの戦闘を観察するが、その様子は少しだけ違和感があった。


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