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リメイク中作品 ver5  作者: 沿海
4章 疑いを知ることなかれ
80/99

80 疑念6442

 暗闇で覆われていた視界に明るさを感じ、俺は目を醒ました。意識は瞬時に鮮明さを取り戻して、俺は次々と現状を思い出していく。

 長距離を移動する何らかの魔法、を探して俺はエリアとファイドルと白狐族の村まで訪れ、一泊をしたのだ。俺が覚醒したのは、紙製の仕切りを透過して差し込んだ朝日によるものらしい。こう考えると、かなり遠くまで来たものだなと思う。何もそれは距離的なことだけでなく、見慣れぬ土地で見慣れぬ文化に触れて見慣れぬ民と対面する、そんな精神的な遠さだった。

 ゆっくりと身体を起こして見渡すと、上掛け布に包まったエリアの姿が視界に入った。彼女はんーんーと可愛らしい唸り声を上げながら、眩しいのか差し込む朝日から逃げるように逆方向へ身体を倒した。それでもまだ赤い光が目に痛いのか、無意識といった様子でもそもそと上掛け布に潜り込んでいく。

 エリアのまるで朝に馴染めぬ子供のように、普段の凛とした振る舞いからは想像もつかないほどに無防備だった。もちろん彼女の護衛をしていたことで、エリアのこのような子供っぽい面は既に知っている。寝相が悪いというのとはまた別で、どうやら半覚醒時は外からの刺激に弱いらしい。

 とはいっても、朝に弱いわけではなく七刻になればむにゃむにゃ言いながら自然に起き出してくるので、放っておいても構わない。

 エリアの反対側にある寝具にファイドルの姿はなかった。結局、昨夜に彼が返ってきたのかどうか俺は気付かなかった。しかし、整えられている布の塊に皴が残っているので、ここで彼も寝たのは確実であり、既に起き出してどこかに行っているのだろう。そう考えて意識を澄ませると、仕切りの向こうに彼の存在が確認できた。

 俺はエリアを起こさないように、静かに立ち上がって紙戸を僅かに開くと、身体を滑り込ませてからゆっくりと閉め直す。もちろん途中で枕元に置いていた宵闇の剣を回収して、収納魔法へ落とすのも忘れずに。

 妙なことに気を遣ったな、と嘆息しながら振り向くと、思った通りファイドルがそこに立ち尽くしていた。

 赤褐色の肌に、茶色の短髪。身に纏っているのは、貸し出された紺色の伝統衣装か。以前からずっと着ていたのではと錯覚するほど、彼の剛毅な風貌に不思議なほど似合っている。雪で覆われた庭先にも映えていた。

「――」

 ファイドルに声を掛けようかと考えたが、彼が両手に携えていたものを見て止めた。

 彼が握っていたのは無骨な大剣。収納魔法を扱えない彼が肌身離さず持ち歩いている愛用の剣だ。もちろん浴槽などには持ち込んでいないようだが。コズネス攻防戦で俺と戦った時にも使用されたその剣は、何の材質なのか宵闇の剣と斬り結んでも刃こぼれひとつなく、太さの違いはあるにしても、俺の剣よりもずいぶんと重い。色味がそこまで黒くはないから、不壊黒鉄アダマントではなさそうだ。親友の鍛冶師イザラならどのような見解を述べるだろうか。

 そこまで考えて、ぴりりとした痛みを胸に感じた。

 結局、俺はイザラに何も説明をしないまま、彼の工房から逃げ出してしまった。そのことを精一杯謝りたいのが俺の本心だが、転移魔法もない現状でその距離を考えると、彼と次に会えるのはいつになるのだろうか。

 きっと彼のことだから、笑って許してくれるはずだ。しかし、俺はそう断言できるからこそ、彼への申し訳なさで一杯だった。

 脳裏に親友の顔を思い描いていると、強い光が視覚を焼いた。

 天を示すように構えられたファイドルの剣が赤い光に覆われたのだ。地鳴りのような重低音が響き、びりびりと空気が震える。古代流派剣術オルドモデルの光であるのは明白だった。

 ファイドルが深く息を吐いて、踏み出した右足と共に大剣が振り下ろされた。

 大剣は空気を切り裂くように真っ直ぐに振り下ろされ、辺りの空間を赤く焼き焦がす光の帯が形成された。その振動は地面にまで伝わり、庭全土に積もっていた雪が舞い上がった。衝撃が周囲の空気を押しのけ、周囲の木々が身震いして纏っていた雪もばさりと舞い上がり、その下から葉ひとつない枝木があらわになる。

 俺の全身にも振動が伝わり、思わず息を呑んだ。技の威力はもちろんのこと、他の剣技と比べて圧倒的な光の奔流。全てを飲み込むような勢いで炎が荒れ狂い、やがて収束していき、僅かに赤い燐光が残留する。

 片手剣が得意分野であり、あまりこの剣技を好まない俺だとこうはいかない。まるでそれは苦悶や抑えきれぬ未練を感じさせる、彼の波瀾万丈な人生を表したかのような一閃だった。

 ――断炎。数多く存在する古代流派剣術オルドモデルの中で最強の名を欲しいままにする剣技である。頂点まで振り上げられた剣を一息に振り下ろすのだから、その剣の自重まで利用できるのが一点。そしてもうひとつの要素が、両手で利用できる剣技だという点だ。

 本来、例外を除いて剣技とは片手でのみしか発動できない。それは単に二刀流ができないということではなく、剣を両手で持った状態でも剣技が発動できなくなるのだ。そのため、いつだったか呪いで狂わされたクルーガと対峙した時に、俺が両手で剣技の同時発動に成功したのは、本来ありえないことなのだ。ちなみにその後は徹底的に研究したのだが、繰り返しても一度として成功した試しはなく、未だに成功した理屈は謎のままだ。

 そして、その唯一の例外は古代流派剣術オルドモデル、断炎である。どうしてかこの剣技だけ両手で握った状態でも剣技を発動することができる、というより、両手で握った状態でなければ発動できない。

 つまるところ、片手ではなく両手で発動できるこの剣技は、その分だけ威力を乗せることができるというわけで、一般的に最強威力の剣技として名高い。言うまでもなく予備動作で晒す隙は看過できない長さで、俺はあまりこの剣技を好まないが、今回ばかりは圧巻の一言しか出てこなかった。

 しばらくして。舞い上がっていた雪がはらりはらりと再び積もり始める。ファイドルはただ大剣を正中線に構えて残心していた。

 彼は驚くほど集中しているのか、俺にはまだ気付いていないようだ。話し掛けるのに適切なタイミングはここしかなかった。

「朝、早いな」

 もっとマシな声の掛け方はなかっただろうか。しかし、それでもその声はファイドルに俺の存在を知らせることになった。

 彼はぴくりと肩を震わせると、大剣を無造作に腰へ吊り下げてから、振り向いた。

「おう、小僧か。ちゃんと眠れたか」

「そりゃもうぐっすりと」

 俺はそう返してから、続けて疑問をぶつける。

「そういや、ファイドル。昨夜は遅かったじゃないか、どこに行っていたんだ?」

 世間話をするような軽い質問だったが、予想外なことにファイドルは目を伏せた。

「墓に参ってた。……親友のな」

「それは――」

「ああ、白狐族の前族長ソラユキだ」

 存在自体は何度も聞いた話だが、初めてその名前が俎上に載る。

 八年前の冤罪から始まった内戦で、濡れ衣と批判の眼差しで気に病み亡くなったという。

 理屈から考えると、八年ぶりの墓参りになるわけだ。例え届かなかったとしても伝えたいことは多いだろうし、戻ってくるのが遅くなるのは納得できる。

「なあ、もし問題がなければ、そのソラユキ……について教えてくれないか」

「仕方ない、エリア嬢ちゃんが起きてくるまでは話してやる」

 ファイドルは大股で雪の積もった庭を横断すると、外向きに突き出た木の板へどすんと腰を下ろした。俺もその隣へ座ると、彼は遠い目をして語る。

「俺とソラユキ、そしてエリア嬢ちゃんの父親クラディオは幼馴染だった。それぞれの土地はだいぶ離れていて交流の頻度はどうしても少なかったが、俺とソラユキは次期族長、クラディオは次期魔王という立場もあって、定期的に大人たちが行っていた種族間会議で顔を合わしていたんだ。実際には短い時間だったが、再開の度に互いの近況を話し合い、ちょっとした悪巧みをしては大人たちに怒られたりしてたな。まあ、主に俺が率先して企んで、真面目なクラディオが引き留めようとして、気の弱いソラユキが狼狽える……そんな日常だった」

「想像できるな。その三人だと、一番ファイドルがやんちゃそうだ」

 俺が軽口を挟むと、ファイドルが目端を上げた。

「言ったな? まあいい、それよりもソラユキの話だな。クラディオが初め魔王に向かなかったように、ソラユキもまた族長として相応しくなかった。明滅の魔王アラマサから加護を与えられていたことに加え、器用に抜刀剣術を扱っていたりと俺に並ぶほど強かったが、その全てを覆すほどあいつは致命的に気が弱かった。なにしろ夕餉の焼き魚を食べるときでさえ申し訳なさそうな顔になるぐらいだからな。とはいえ、心に弱さを持つ者ほど、弱い者に手を差し伸べることができる。あいつは村の民に慕われるいい族長だった」

「しかし、内戦が起きた」

「ああ。俺に向けられていたクラディオ暗殺の容疑が、ソラユキへと移り変わった。最初はあいつも否定し続けていたさ。だが、後ろ指を差される度にその声は次第と小さくなり、やがて彼は耐えられなくなり気を病んだ。俺は諦める奴が嫌いだ。しかし、あいつは生きることを未来を諦め、食事もまともにできなくなり、静かに力尽きて亡くなった」

「そうなんだな……」

 彼の苦しみと悔しさの、そして当時ソラユキが感じていただろう哀しみの一端を理解して、俺は黙り込んだ。何か彼のためになる言葉を届けたいが、いま俺が何か言っても慰めにもならない。八年前の傷は深く、塞がらない。彼が見せた古代流派剣術オルドモデル断炎の奥に感じた苦悶や抑えきれぬ未練はここに起因していたのだ。

 しかし、思ってもいなかったことに、彼は過去を振り払ったように薄く笑って、話題を変えた。

 それは過去にしがみついていたカザヌキとは対照的で、彼の未来を見据えた姿勢そのものだった。

「そんなわけで俺がこの村を訪れるのは八年ぶりってわけだ。最後に覚えている荒れ果てた様子から考えると、いやあ、八年でとんでもなく様変わりしたようだな。小僧が村の民から信用を得ようと苦心している間、俺は村を巡ってみようと考えている。ずるいとは言うなよ、俺は八年前この村を護るため苦心した実績があるからな。励め、若者よ」

 にやりとファイドルは笑った。腹の立つ顔だが、ほっと俺は息を吐いた。よかった、小難しいどんよりした雰囲気にならなくて。俺はあの居た堪れない場の空気が苦手なのだ。

 とはいえ、話を蒸し返すのはあまりしたくないが、妙に引っ掛かる点があったのは放置できない。

「なあ、気になったことがあるんだが……、ソラユキは四代目明滅の魔王アラマサの加護を持っていたんだな?」

「ああ、そうだ。それなりに神格化した魔王が増えたいま、魔王は往々にして自分と同じ種族の者へ加護を与えるようになった。ソラユキに加護を与えたのは明滅の魔王アラマサだな。――そういや、小僧は地下世界でアラマサと実際に会ったんだったな。羨ましい限りだ」

「まあな」

 ファイドルが言っているのは、俺が魔王の加護を得るために地下世界へ訪れた際、原初の魔王ヴェルゼに連れられて明滅の魔王アラマサだという男に会った件だろう。魔界だとその存在は近距離最強の魔王として人気が高いようだ。とはいえ、それは確かに素晴らしい体験だったが、ただ手足も出ず弄ばれた立ち合いの記憶は苦いものだった。反応できずに、俺は彼に首の皮一枚を斬られたのだ。

 その何とも表現できない感情に内心で悶えていると、ファイドルは怪訝そうに俺を見た。

「それで、それがどうかしたのか?」

「ああ……。明滅の魔王アラマサは白狐族の先代族長ソラユキに加護を与えていた。しかし、八年前の内戦でソラユキは亡くなってしまった。じゃあ、魔王は新しい白狐族の民に加護を与え直すのが理屈で、そいつは次の族長になるはずだ。だが、昨夜会った今の族長カザヌキは加護を持っている気配がなかった。いったい、これはどういうことなんだ?」

「なるほど。小僧の推論は間違っていない、普通ならそうなんだが少し複雑でな。確かに加護はソラユキの息子に継承された。そのため、俺たちは彼が次の族長になるのが通例だが、当の本人は父親の仇を討つためか、真犯人を探しに村から飛び出していったみたいでな。ソラユキの嫁さんも内戦で命を落としているし、最終的に誰が族長になるんだと考えていたんだが、結局は妹さんが跡を継いだみたいだな」

「カザヌキはソラユキの妹だったのか」

「そういうことだ。しかしまあ、カザヌキの嬢ちゃんも気の毒な話だ。嬢ちゃんも自分の足で世界を旅するのが夢だったはずなのに、巡り巡って責任ある立場を任されてしまって。息子が帰ってきたら、俺からもガツンと言わないとな。お前のせいで多方に迷惑が掛かったんだぞ、ソラカゼの坊主ってな」

「――っ!?」

 その名前を聞いた瞬間、俺は身を震わせた。

 まさか、まさか、まさかまさかまさか――!

 あり得ない。そんなことはあるはずがない。ただの偶然に違いない。

 疑念の衝動を俺は何とか偶然という言葉で抑え込もうと、深く呼吸する。

 偶然なんだ。これは偶然。たまたま名前が一致しているだけで、何の因果関係もないのだ。

「急にどうしたんだ、小僧。腹でも痛くなったか?」

「い、いや、あり得ない想像をしていただけだ」

「そうかい。だが、エリア嬢ちゃんも起きてきたんだ、しっかりしろよ」

 ファイドルの言葉に俺は振り向くと、ちょうどエリアが紙戸を開いて出てきたところだった。寝癖もなく、服装も既に白狐族特有の伝統衣装から彼女本来のお洒落な普段着へと着替えられていた。しっかりと準備をしてきたらしいエリアに対して、俺は取り乱した様子を露呈したままだった。

「なんじゃ、エイジ。その呆けた面は」

 顔を合わして最初の一声となるその奇妙な問いに答えたのは、果たしてファイドルだった。

「俺にもわからん。先代族長ソラユキの息子の名前を口にしたら、こうなった」

「むう、そうか……」

「それよりも、エリア嬢ちゃんは約束となる明日の夜までどうする予定なんだ。まさか小僧に同行するつもりではないだろ?」

「そりゃの、これはエイジに課せられた使命ゆえ。……であるが、何もしなかったでは立つ瀬があらぬ。妾は妾で尽力しよう。子供相手に簡単な遊びでも教えての。エイジもそれでよいじゃろ?」

「……あ、ああ。助かる」

 まだ衝撃が抜け終えていない俺は、上の空でエリアに答えるばかりだった。そんな俺の状態にエリアはやれやれと首を振ると、座っていた俺の頭を小突いた。威力も控えめで痛くはなかったが、平静さを失っていた俺に覚醒させるには十分だった。

「気を抜いてはならぬぞ、エイジ。そなたは妾の騎士であることを忘れてはならぬ」

「そうか、……そうだな。すまん、少し取り乱していた。もう大丈夫だ」

「ならば、そろそろ自身の目的を達するため出発せよ。既に重々承知であるかと思うが、時間は有限であるぞ」

 俺は深く息を吐き、背筋を伸ばした。まだ胸の奥に重いものが残っているが、それを抱えたままでは先へ進めない。ファイドルも黙って頷き、俺の覚悟を確認するかのように視線を送っていた。

「よし、行ってくるよ」

 俺は小さく呟くと、立ち上がった。格好は寝ていた時と変わっていないが、普段着用に購入したものなので、このままでも問題ない。左越しに宵闇の剣も差していないが、戦いに行くわけではないため、これも収納魔法に落としたままだ。

「エイジ、いつ頃に戻るつもりじゃ?」

「夕方には必ず戻る」

 俺はそう答えると、床板を踏みしめつつ建物の入口へ向かう。


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