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リメイク中作品 ver5  作者: 沿海
3章 憎しみは真理にあらず
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75 次の旅へ5902

「――くぅ、終わったのじゃ……」

 カリカリとペンが紙の上を滑る音だけだった執務室に、腑抜けた声が響いた。

 十二代目霹靂の魔王エリアは疲れた様子でペンを手放し、椅子に座りながら大きく伸びをした。

 その言葉に俺は読んでいた手記を閉じて問い返す。

「終わったのか?」

「うぬ。今回ばかりはほんっとに疲れた……。暫くは文字を見るだけでも嫌気が差すのじゃ」

「ま、まあ、頑張ったんじゃないのか?」

 本当はもっと労いたいところだが、俺の口から出たのはパッとしない言葉だった。それもそのはず、エリアの悩みは流石の俺でも自己責任としか言いようのないものであった。

 二週間前の中庭での戦闘によって俺たちが打倒すべき明確な敵が定まったのだが、すぐにその男の捜索ができるほど余裕があるわけではない。今となっては随分前のことになるが、あの教会で俺たちが初めての邂逅を交わしたあの日、エリアは神出鬼没の俺と接触するために、抱えていた職務を全て放り出して駆けつけたらしい。傍からすれば置手紙も何も残さず魔王本人が失踪したわけで、当時の元老院の慌てようは想像できるもので、しかも魔王を追いかけて出発した騎士クルーガからの連絡も途絶えてしまう。そう考えると元老院はよくやったものだ。

 聞いたところによると、先代暗殺事件と同様の混乱を起こさないため、魔王が失踪したという情報は民衆に伝わらぬよう情報統制をして、知らぬところでその業務を肩代わりしていたという。

 しかし、魔王本人の確認が必要になる業務はその限りではなかった。各族長から届く当年度予算の承認や数多ある民間ギルドとの交渉会議など、流石に元老院の独断では進められなかったらしい。エリアが魔王城から飛び出してほぼ二カ月、多くの業務が溜まっていた手前、今度こそ彼女はしなければいけない責務から逃れることができなくなってしまったのだ。

 結果として自分の首を絞めてしまったエリアは、覇気がない様子で俺に自身の成果を報告する。

「積りに積もっていた仕事を綺麗さっぱり終わらせた。無論、妾がいない間に元老院へ指示する内容も一通り纏めておる。これで次こそ妾が職務から離れても半年ほどは問題なかろう」

 聞き捨てならない言葉が混じり、俺は思わずその名前を呼んでいた。

「……エリア。俺が口を出すのは厚かましいかもしれないが、いいのか? 元老院を信用して。あいつらはエリアを裏切ったようなものなんだぞ?」

 簡単な業務を肩代わりしてくれていたらしい元老院にはエリアもかなり感謝しているようなのだが、彼らが行ったことを忘れてはいけない。元老院は元勇者である俺を魔王城に招き入れたのは事実で仕方ないことだとしても、かつて俺よりも数多くの魔族を殺し投獄されていた先代勇者を檻から脱獄させたという濡れ衣まで着せて、あろうことか無抵抗のエリアを私刑に掛けようとしたのだ。以前からの彼らとエリアの関係は知らないが、一介の当事者である俺は元老院の面々を許すことができない。

 しかし、エリアは俺の心配を否定する。

「構わぬ。脅されていた上に、抵抗できないよう呪いまで掛けられていた。嫌々ながらとんだ茶番に付き合わされたのもやむを得ないというもの。それに、現状その解呪方法は全く見付かっておらぬが、あの男が何かコトを起こすのはまだであろうからな」

「なぜそう言い切れるんだ?」

「ただの勘じゃ。――であるが、実際にこの二週間もの間、奴は何も仕掛けてこなかったであろう?」

 確かにその通りであるから反論できない。

 俺はこの二週間、片時たりとも警戒を解かずに過ごしていたのだが、あの男は本当に何もしてこなかった。エリアはどうしてか男の強襲が来ないと確信しているようで普通の生活を送っていたが、奴の狙いが彼女だと知っている俺はそうもいかない。必要ないと何度も説得されたのだが、俺は断固としてエリアの護衛をし続けた。彼女が仕事をしている時も、食事をしている時も、寝ている時も。もちろん入浴中は扉一枚を隔てて護衛していた。

 俺としては、その入浴中はエリアが最も無防備かつ無警戒になる瞬間なため、あの男が奇襲してくるだろうと予想していたのだが、的外れもいいとこだった。本当に奴は仕掛けるつもりがないのか……?

 とはいえ、稀にどこからか怪しげな視線を感じることがあったのも事実だ。遠巻きに観察しているような視線、しかし、仕掛ける気配も敵意も含まれておらず、ただ様子見をしているらしい。

 もちろん、彼女が仕事をしている時に警戒し続けていても流石に俺も暇なので、エリアの父クラディオが残した手記を頼りに、俺も氷結魔法の習得をしようと精進していた。とはいえ、やはり俺にはエリアやアガサのような魔法の才能はないようで、周囲の温度を下げる程度にしか再現できなかった。そうやって俺は俺のやっておきたいことを消化しながらエリアの隣で常に護衛しているため、奴は手出ししようにもできないわけである。

 どちらにせよ、奴が何かコトを起こすのはまだというエリアの確信は、今のところ的中しているわけだ。まさか、男はエリアを恐れているのだろうか。彼女はあの中庭での戦闘中に、二度も男への攻撃に成功していた。適切な判断ができるのならば、脅威として警戒するに相応しい。

 加えて、俺が地下世界で過ごしている間にエリアはファイドルから古代流派剣術オルドモデルを教わっていたそうで、さらにこの二週間は彼女が息抜きするタイミングで、俺もエリアに現代流派剣術モダンモデルや戦術の組み立て方を教えていた。元から彼女の才能はわかっていた。みるみると教えた技術を吸収し、気配察知や咄嗟の対応など経験が必要なことはまだまだでも、既に剣だけで上級冒険者なみの実力に達していた。睡眠時や入浴時でなければ、俺の護衛はあまりいらないのかもしれない。

 だが、俺に決して護衛を止めるつもりはなかった。あの男は摩訶不思議な魔法を使用していた。種も仕組みもわかっていないのだ。もし俺が目を離した隙に有事があれば、一生悔やみ続けることになる。それだけは避けたかった。

「今まで何もなかったからといって、これからもないとは限らないだろ。だが、まあ……俺を邪魔に思っているならすまん。だけど、何度エリアが説得してくれても、俺は決してこの考えを変えるつもりはない」

 俺が真剣に言うと、エリアはころころと笑った。

「わかっておる。そもそもエイジのことを邪魔に思ったりはせぬ。妾のことを一番に考えておるのがしかと伝わるからの」

 こうやって面と向かって言われると、気恥ずかしいものだ。俺は誤魔化すように話題を変えた。

「で、これからどうするんだ」

「これからとは?」

「これからの予定だ。俺たちは魔界の奥地までとんぼ返りしたようなものだろ? アルベルト騎士団の総長に指定されたルベルク共和国首都ヴァルナは二万キロル以上離れている。いつかのように転移魔法でも使わなければ移動だけでも数年は掛かるぞ」

 人界には大小さまざまな国々が群雄割拠しているが、四大国と呼ばれるのはギアーデ帝国、フォスレン王国、ルベルク共和国、マルセル公国だ。その中の一つであるルベルク共和国の首都ヴァルナはアルベルト騎士団が創立された地であり、その本部も位置している。

 アルベルト騎士団は整世教会に並ぶ人界の互助組織である。『戦火から民を守る』という彼らが掲げる方針は俺たちが目指す世界平和の考えと根本で似通っている。排他的な政策を取る整世教会よりはよっぽど話が通じ合うのは自明だ。しかもそのトップである総長オリバーは俺たちを快く歓迎してくれた。

 騎士団総長オリバーが俺とエリアに協力する条件として提示したのが、エリアが魔王という肩書きを持ってルベルク共和国首都ヴァルナへ訪問するというものだ。目的としては教会主義的な民衆の潜在意識を書き換えるためとかどうとか説明されたが、あの計算高いオリバーのことである。たぶんそれだけではなく、何か裏に別の真意が隠れていそうだとは思うが。

 どちらにせよ、俺とエリアが世界平和を目指して行動するなら、いずれどこかで整世教会と争うことは明白だ。彼らは世界各地に熱心な教徒を抱えているから厄介である。事を構えるよりも早く、騎士団と同盟を結びたかった。騎士団としても、この前の地霊族コズネス襲撃事件の際に魔王と手を組んだのが教会に知られるのは時間の問題で、遅かれ早かれ教会から敵対される運命から逃れられない。総長オリバーも俺たちと一刻も早く同盟を結びたいはずだ。

 しかし、そこで距離的な問題が発生する。魔王城からルベルク共和国首都ヴァルナまでの距離は二万キロル以上。紆余曲折していたとしても俺が四年間の旅でコズネスから魔王城にすら辿り着かなかったことを鑑みると、ここから休むことなく移動しても一年はゆうに超えてしまう。

 エリアが二度だけ見せてくれた転移魔法でもあればいいのだが、残念ながら頼ることはできなかった。転移魔法は古の大戦で失われた魔法の一つで、二度に渡りエリアが再現に成功していたのは、その転移魔法自体が記録された古代の遺物を使用したからである。生憎とその遺物は地霊族の村から魔王城まで転移した際に上限回数へ達し、粉々に砕けてしまった。替えはないため諦めるしかない。

 そんな理由で総長オリバーと会うだけでも難しいのに、エリアはあっけらかんと答える。

「もちろん同志オリバー殿の条件を飲んで、ヴァルナへ向かう予定じゃ」

「できるのか?」

「アテがある。……エイジは白狐族についてどこまで知っておる?」

「白狐族? 名前と姿の特徴ぐらいしか……。確か白い髪に加えて狐のような特徴ある獣耳と尻尾だったな。すまん、俺が知っているのはそれぐらいしかない」

 そう俺が答えたのには理由があった。俺は仲間と四年間掛けて魔界を旅したおかげで、魔界についてそれなりの知識があると自負している。地理や気候、各地の特産品から各種族に伝わる伝承まで。しかし、白狐族という種族だけは例外だった。

 普通に旅している間に彼らと会ったことは一度としてなく、噂話すら小耳に挟むことがなかった。

「構わぬ。それも当然じゃからな」

「ん?」

「先代魔王が暗殺されたことで魔界が混乱し、内戦が起きたのはエイジも知っておるじゃろ? その際に濡れ衣を白狐族は着せられてしまった。もともと彼らはあまり多種族との交流を好まず、その排他的な性格に悪意が集まった結果じゃった。蜥霊族を中心とした義賊たちが白狐族の村を攻めることになってしまった。魔王の座を引き継いだばかりだった当時の妾が仲介し、どうにか内戦を終結させたのじゃが、既に数え切れぬほどの同胞がその内戦で犠牲になった」

「…………」

「果たして白狐族は故郷を捨て、誰も知らぬ深い森に籠もるようになり、それからというもの一度として表舞台に現れることはなくなった。今ではその里がどこにあるか知っておるものはおらず、そもそも存在しているかもわからぬ」

「……それはご愁傷さまな話なんだが、彼らがエリアのアテなのか?」

「そうじゃ」

「行方を誰も知らないのに?」

「そうじゃ。実は例外として、彼らの濡れ衣を晴らした妾だけは、今も友好的な関係を続けておる。それでアテというのは、彼らは既存の魔法形態に当てはまらない特殊な魔法、奇術を扱うので有名じゃ。転移魔法に似た魔法が伝わっているかもしれぬからの」

 なるほど、と俺は納得した。

 白狐族は珍しい魔法を知っているとして有名だ。若返りだとか錬金だとか天気操作だとか。ただ、それらは彼らの実態が不明瞭だから流れる尾ひれの付いた根も葉もない噂なのだろう。しかし、俺はその噂の一部が事実だと知っている。

 エリアが人界で魔族だとバレないために実演してみせた変化魔法、あれも確か白狐族に教えてもらったと言っていたはずだ。紅玉の瞳が藍色に変わり、特徴的な尖った耳は人族らしい丸まった耳へと。あれのおかげで疑われずにコズネスの城壁検問を越えることに成功したし、買い物などの外出が普通にできたのだ。欠点としては、魔力効率が悪く短時間しか展開できないらしいが、ありあまる利点を考えると欠点にもならない。

 アガサほどとはいかなくても数多くの魔法を知る俺ですら、人族に化ける魔法なんて初耳だったのだ。

 そんなものがあるならば、長距離を一瞬で移動する魔法もありそうだと思うのは間違いではないだろう。

「じゃあ、次の目的地は白狐族の里か?」

「うぬ。そのつもりじゃ。とはいえ、今は最も寒く積もる雪も深い時期である。準備をしっかり整えて向かおうぞ」

「そうだな」

 言うまでもなくエリアを狙っている謎の男のことは忘れていないが、正体も不明な今はできる手がなかった。ちなみに男と遭遇してから二週間、地霊族族長ファイドルは俺とエリアが動けない代わりに、魔王直属騎士団を率いての捜査に乗り出しているらしい。未だに黒ローブ男のことは尻尾も何も掴めていないそうだが、呪いに掛けられている人物がかなり判明したという。元老院だけでなく、重要な役職やその関係者にまで魔の手が及んでいたとの報告があった。そこから男の正体を割り出せられればよかったのだが、しかし、彼らから聞き出すのは呪いの発動条件になるそうで、操作は難航しているらしい。確かなのは、裏切ると家族などが危ういそうで、逆らうに逆らえなかったようだ。いつクルーガのように彼らが暴走するかわからない現状、危険を遠ざける意味でも白狐族の里に向かうというのは最善のように感じる。しかも、エリアしか行き方を知らない場所なら、追手さえ警戒すればあの男に居場所が割れることはない。

「だが、二人だけでは危険だ。ファイドルも連れて行こう、それでどうだ?」

「異論あらぬ。彼はかつて白狐族の長と交友関係があったゆえ、敵対される心配もなかろう」

 本人の存ぜぬところで彼の処遇が勝手に決まり、俺とエリアは顔を見合わせて笑いあったのだった。


 こうして俺とエリアとファイドルによる三人旅が決まった。だが、当時の俺は楽観視しすぎていたことに後悔することとなる。あの男が残した数々の奇妙な発言の意味、俺が見付けた小さな魔石。全ては大きな陰謀の伏線だったのにも関わらず、俺は見落としてしまった。魔の手は本当にすぐそばまで迫っていたのだ。その代償を支払うことになるのは遠くない未来のことだった。


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