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リメイク中作品 ver5  作者: 沿海
3章 憎しみは真理にあらず
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59 再会と誓い6229

「……泣き止んだか?」

 エリアの身体の震えが止まったのを見て、俺は聞いた。

 時間にすれば、本当に刹那のことだったのだろう。しかし、腕の中で他人が泣くなんて経験は今までなかったものだから、どうすればいいのかわからず、永遠とも感じる気まずい刹那を過ごさなければならなかった。どうしたものかと思いながら、俺はそっと腕を回し、彼女の背を軽く支えるように撫で続けた。不器用な慰め方だったかもしれないが、それだけでも安心したのか、エリアの震えはやがて静かに収まっていった。子供扱いするな、と不貞腐れたような顔を一瞬見せたが、どこか安堵したようにも見えた。

 エリアは小さく頷き、最後にごしごしと服の裾で涙を拭ってから、顔を上げた。

「はしたない姿を見せた。もう大丈夫じゃ。……というより、そもそも全てエイジが悪いからの。急に飛び出すし、行き先も残していないし。どれだけ妾が心配したと」

 精一杯、強がっているのがわかった。けれど、震えを収めた彼女の言葉の端々には、まだ微かに名残の不安が滲んでいる。

「……すまなかった」

 小さく口にした言葉の奥に、噛み殺した後悔が滲んでいた。けれど、それだけでは足りないと自分でも思った。

 だから、言葉を絞り出す。

「俺は……エリアの騎士だったはずなのに。責務を果たせず……何も言わずに逃げてしまった。本当にすまなかった」

 あの時――あの工房で、俺は何も言わずにエリアたちの前から姿を消した。追い詰められ、自分自身が何者なのかすらわからなくなって逃げてしまった。その後悔を言外に乗せて詫びた。

 俯いていた視線をそっと上げると、エリアはしばらく俺の顔を見詰めていた。咎めるでもなく、責めるでもなく――ただ、少しだけ目を細めて。

「……ばかもの」

 やがて、ぽつりと呟くように言ってから、そっと目を伏せる。

「妾の騎士が、そんなに弱くてどうする。一生を懸けて護るとの誓い、妾は忘れぬぞ」

 頬を膨らませながらも、彼女は俺の袖をそっと引いてくれた。俺は誓いを心に刻み込むように、改めて言葉を竦めた。

「すまなかった」

「にしても、無事でよかった。ファイドルからエイジの無事を伝える手紙が届いた時の安堵は、どんなに言葉を並べても表現できぬ」

 俺は隣の席にエリアを座らせながら、ちらりとファイドルの様子を一瞥する。

 両手に骨付き手羽先を持って、むしゃむしゃと食事を続けていた。まるでこちらの会話なんて眼中にもないといった顔だが、視線は僅かにこちらへ向いているし、聞き耳は明らかに立てている。特に、隠れた口元をにやにやさせているのが、見なくともわかってしまう。こいつ、絶対に楽しんでいるな。

 その野次馬根性に心から腹立つが、しかし、エリアに俺の無事を伝えてくれたのはファイドルだ。それに俺をホーンウルフから救ったのも彼だし、左手を治療してくれたのも彼だ。そこは感謝しなければならない。根回しだけは完璧なのだ。

 そんな俺の複雑な心境を読み取ったのか、次はにまにま顔を隠さず堂々と見せてきた。

「ほら、小僧。そんな怖い顔するなって。こんな可愛いうちの娘が隣にいるんだ。もっと幸せそうな顔しろって」

 憎たらしい顔でファイドルは笑う。なんだ、エリアのことになれば父親面するのやめてくれ。俺が何も言えないことをいいことに、絶妙に腹立つ言葉を選んできている。

 俺はとりあえず深呼吸で心を落ち着かせ、新たな話題を切り出す。

「ところでなんだが……」

「うぬ?」

 首を傾げるエリアに、いま俺が最も気になっていることを尋ねる。

 エリアがここに現れてから、ずっと知りたくて仕方なかったのだ。

「エリア……一人で来たのか?」

「うむ。……ああ、なるほどの。アガサのことが気になっておるのか。もちろんアガサもエイジのことを心配しておった。そこまで追い詰めるつもりはなかったようで、恐らく誰よりも焦ってエイジを探していたの。珍しいことであろう? そなたの無事を知った時は、いつも無表情だったその顔が崩れて、安堵の表情を見せたほどじゃ」

「それは、確かに珍しいな」

「であろう?」

 俺はエリアの感想に同意した。アガサは感情を見せることが乏しく、まるで精巧な人形のようにいつも無表情を顔に貼り付けているのだ。最近はなぜか雰囲気が柔らかくなった気もするが、その無表情を崩したところは一度も見たことがなかった。あいつの顔を見たら、文句の十や二十は言ってやろうかと思っていたのだが、右往左往しているアガサの姿を想像すると、そんな気も失せて当然だった。

「しかしの、アガサは整世教会に呼び出されたらしく、ここには来れないとのことじゃ。すまぬ、と伝えてくれと」

「……整世教会に?」

 整世教会に呼び出されるとは、いったい何事だろうか。何か呼び出されるようなことをしただろうか……いや、考えるまでも思い当たることがありすぎる。教会の命令を破って、人界に戻ってきたこと。裏切り者であるはずの俺に手を貸したこと。地霊族との抗争を鎮めるため協力したこと。俺が色々な要因で女神から加護を奪われたのだから、彼女も女神から何か罰を受けるに違いない。しかも、身体本体には傷を付けられない夢の中とは違って、たぶん整世教会の本部に向かうのだから、捕縛どころか斬首刑に処される可能性もある。

 と考えたが、はたしてどうだろうか。賢いアガサのことだ。罰を受けるために、のこのこと本部に帰るだろうか。何か思惑があってのはずだ。

「ということは、やっぱり一人でここまで来たのか? 危なくなかったか?」

 俺の問いかけに、エリアは少しだけ表情を和らげた。

「うむ。じゃが、それも最初だけじゃ。途中でファイドルが遣わしていたらしい迎えの者と合流したからの、何の問題もなくここまで来れた」

「それはよかった」

 彼女に危険がなかったことを知り、俺は静かに安心した。エリアが一人で行動している間に、謎の存在に攫われでもすれば目も当てられない。

 それにしても、やはりファイドルの根回しは完璧なようだ。村の長ともなるものは、ここまで先を見通すことができるのか。

 そんなことを考えていると、テーブル上にあった料理を全て食べ終わったらしいファイドルが、おほんと咳払いした。

「あー、終わったようだな。――それで、嬢ちゃん。ほら、例の『鍵』はこれだ」

 ファイドルはなぜか虹色に輝く不思議な鍵を首元から取り出すと、エリアに渡した。

 エリアは興味深そうにそれを手に取り、しばらく眺めていた。やはり、彼女にも何の材質かわからないようだ。

「それよりも、エリアに何の『鍵』なのか説明しなくていいのか?」

「ん? ああ、すでに手紙で説明してある。裏の事情も全てな」

 ファイドルは得意げな顔で頷いた。その声には余裕と自信が滲んでいた。根回しだけは、まさに完璧。こちらが思いつく前から先手を打ち、全てを押さえている。そういうところだけは本当に抜け目がない。

「それで、エリア嬢ちゃんはそれがどこに使う『鍵』なのか当てはあるのか?」

 ファイドルはそう言って、エリアの方へと視線を移す。

 エリアは自分の掌の上に置かれたその鍵を、まるで宝石でも見るかのようにじっと見詰めていた。虹のように淡く光が揺れる金属の質感を指先で確かめるように撫でながら、それをゆっくりと持ち上げ、胸元の鎖に通してネックレスのように首へと掛けた。

「大丈夫じゃ。覚えはある」

 そう言った彼女の瞳には、確かな確信が宿っている。

「魔王城の中庭にどうしても開かぬ謎の扉があるのじゃ。まつわる話からも推測するに、そこの『鍵』なのは間違いなかろう」

「ならばよし。それで、小僧。どうするつもりだ。エリア嬢ちゃんが来たし、早速だが魔王城に出発するか?」

 思わず制止の声を上げる。

「おい、ちょっと待ってくれ。準備も何もしていないのに、今から行くつもりなのか? 魔王城は魔界の奥地だぞ。ここから馬車を使って移動し続けたとしても一年は必要だ。そんな一瞬を争うような状況でもないし、準備してからでも遅くはない。せめて、保存食量でも補充しておきたいのだが」

 この前は食料がなかったから飢え死にしかけたのだ。実際はホーンウルフの群れが俺の命を脅かしたのだが、もし干し肉でもあれば、それを差し出すことで見逃してくれたかもしれない。全て過去のことだから仕方ないとはいえども、備えあれば憂いなし、その意味に心から実感したのだ。

 それに、この流れだとファイドルも同行してくれるのだろう。実力者である彼の同行はありがたくもあるが、しかし、余計に準備が必要になるだけだ。

 俺は加護を失い、収納魔法の容量が激減した。エリアも魔力を身体能力に変換したことで、収納魔法の容量は同じく激減している。そして、最初から魔法が使えない地霊族のファイドルは、収納魔法に頼ることさえできない。そうなると、誰か魔力量に長けた者を雇うのと、馬車を調達するのは必須だった。

 とそう思っていたのだが、膝上で座っているエリアに、ふふん、と鼻で笑い飛ばされた。

「妾を誰だと。言うまでもなく考えておるし、よもや、忘れておるのではなかろうな?」

 エリアはやや唇を尖らせながら、じとっと濡れたような視線でこちらを見上げてきた。小柄な身体の下から放たれるその目線は、呆れたようなものだった。

「へ? 何のことだ?」

「一カ月ほど前のことであろう。どうやって妾たちは魔界の奥地からフロゥグディへ移動したのじゃ? 妾の記憶だと馬車なんて使った覚えなどないのじゃが」

「あっ、ああ! 転移魔法か」

 俺がようやく思い出すと、エリアは小さな魔石のようなものを収納魔法から取り出した。よくよくそれを覗き込むと、内部に文字が星屑のように散らばって浮いていて、説明だとこれが転移魔法の術式だったはずだ。これだ。あの時、エリアはこれを握って発動し、目を開けると、教会だったそこは草原に変わり果てていたのだ。

 転移魔法は回復魔法や飛翔魔法に並ぶ、古の大戦で失われた伝説の魔法である。どんな技術書にも僅かな手掛かりさえ残されておらず、再現は不可能だという。しかし、古の遺跡から出土される遺物には、そういった魔法が封じ込められていることもあるらしい。当時の俺は転移魔法なんて眉唾物だと考えていたが、瞬く間に長距離を移動して初めて、その存在を認めたのだった。

 まり、今回も同じ方法で魔王城まで移動するつもりなのだろう。馬車も荷造りも必要ない。一瞬で目的地にたどり着く。まるで反則だ。であるが、問題は残る。

「だが、それって残り一回しか使えないとか言ってなかったか?」

「よく覚えておるの、その通りじゃ。ゆえに、片道だけになるな。帰りは普通に旅することになるじゃろうな。それに、そのほうがエイジにとっても正に都合がいいであろう?」

「……俺が?」

「それこそ忘れてはいけぬであろう。エイジの仲間とは合流しなくていいのかや?」

「ああッ!」

 完全に忘れていた。

 旅を共にした仲間たち。

とはいえ、言い訳をさせてもらえば、あの時の転移が一度限りだったせいで、再会はもっと先の話だと勝手に思い込んでいたのだ。だが、もし魔王城へ戻るのであれば、彼らと別れた場所にも近づける。つまり、再会は十分可能ということになる。

 だが、これもまた問題は残る。

「エリア、俺の仲間と合流するには、二点も問題がある」

「言ってみよ」

「一点目に仲間との連絡手段がない。別れた場所はあの村でも、俺は彼らが今どこにいるのか知らないんだ。広い魔界で彼らを見付ける自信がない」

「抜かりなし。仲間の位置がわかるという伝書鳩をアガサから預かっておる。転移魔法の制限には触れぬから、共に行けるだろう」

 ありがたいことだ。本当に俺が何も知らないところで全て話が終わっているのか。

「じゃあ、二点目だ。仲間のカタナ使いは、俺と同じく故郷を魔族に殺されたと聞いている。だから、魔族を激しく憎んでいて、エリアを見れば殺しにくると思うが……そこは何か考えているのか?」

「もちろん、考えていない」

「そりゃよかっ……た? いま、考えていないって言ったか?」

「うぬ。まあ、何とかなるじゃろ。懇切丁寧に説明すれば仲間になってくれるかもしれぬ。無理だったら……エイジが頑張ってくれ」

 あくまで他人事のように言い放ち、のほほんとした態度を崩さない。最終的は楽観視だな。それでいいのか、魔王。

 にしても、あの二人は何をしているだろうか。一カ月も音信不通にしていたわけだから、想像も付かない。俺と違って、まだ魔族の村を滅ぼしているかもしれない。いや、それはないか。俺とアガサがいないのだ。二人だけでそんな危ない橋を渡らないだろう。それに、考えてみれば旅の資金はアガサが管理していたから、彼らはいま資金不足に困っているだろう。たぶん、冒険者ギルドで身分を隠しながら依頼でもこなしているのではないか。

 そんなことを考えていると、何杯目かのエールを飲み干したファイドルが、どんっと木製のジョッキをテーブルに叩きつけた。その音は軽く響き、場の空気を切り替えるような勢いがあった。

「話は終わったか? それで結局、小僧はどうするんだ。出発するのか?」

 俺はすっと立ち上がり、真っ直ぐに彼を見て言った。

「ああ、出発しよう。移動手段が確保されているのならすぐにでも出発したい。……早く加護を取り戻したいしな」

 ならば、とファイドルは手を叩いた。

 すると奥の扉が開き、執事服を纏った店員が姿を見せた。彼の腕には、見覚えのある荷物が抱えられていた。宵闇の剣と、小火龍(ファイアドレイク)の皮製である冒険者服。左腕の部分は、ホーンウルフとの戦闘で焼け焦げていたはずだが、すでに新しい生地に丁寧に縫い直されている。あまりに手際が良すぎて、逆に怖くなるほどだった。

「エリア。少し離れてくれるか。着替えたい」

 はっとした表情でエリアは慌てて視線を逸らした。

 俺は手早く患者服を脱いで、装備を纏っていく。で気まずそうにしているエリアを横目に、左腰の剣帯に鞘ごと剣を差し込む。旅の途中、アガサにじっと見られながら着替えることも多々あったのだから、もう今更な話だ。割と純粋だったエリアが顔を隠している間に、着替えを終わらせて、左腰の剣帯に鞘ごと宵闇の剣を差す。いつもの姿である。違いがあるとすれば、左手に包帯が巻かれたままなことだけだ。

 ファイドルもまた、その巨躯に不釣り合いなほど長大な剣を背中に背負い終えていた。エリアは窓辺へと歩み寄り、指を鳴らして白い伝書鳩を呼び寄せる。それは滑るように彼女の肩へと舞い降りた。

「準備はよさそうじゃな。では、手を重ねてくれ」

 転移魔法が封じ込められた魔石を握ったエリアの手に、あの時のように、俺とファイドルが手を上へ重ねる。

「転移、魔王城四階執務室」

 凛とした声が響いた刹那、遺物から溢れ出した緑色の光が俺たちの身体を飲み込む。界が滲み、耳鳴りが広がる。重力の向きが曖昧になり、足元の床が水面のように波打つ錯覚に襲われた。

 そんな細かく移動先を指示できるのかよ――と思いながら俺は襲い掛かる浮遊感に身を任せたのだった。


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