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リメイク中作品 ver5  作者: 沿海
2章 汝は何を望み、誰が為に戦う
34/99

34 来るべき戦いに備えて6726

 現れたのは、ごつごつとした体格の男である。

 オリバーの艷やかな髪とは異なる、くすんだ色の金髪を無造作に切り揃え、無精髭が目立つ。まるでそれが鎧かと見紛えてしまうようなほど立派な筋肉に、熊のような高身長。そして武器となる無骨な大剣は背中に背負われている。冒険者というあやふやな概念を具現化すれば彼になるだろう。そう思わせる迫力があった。

「…………」

 急な乱入者に俺が黙ってしまったのは、その迫力に圧倒されたからではない。

 その男と俺が、少し特殊な関係にあったからだった。

 俺が呆然としている前で、男は飄々とした様子のオリバーに歩み寄ると言い放つ。

「あー、主に頼まれていた人探しだが、見付からなかった。この街にいるという情報は本当か?」

「もちろん。門を守っていた衛兵が見たと言うのだからね。ただ、方向音痴である彼女のことだ。どこかしらで道に迷って抜け出せなくなっているんじゃないかな? まあ、見付からなかったのなら、もう放置でいいよ。放置さ、放置」

「……そりゃ、いくらなんでも酷いんじゃねえのか? 主の身内なんだしよ」

「彼女が道に迷うのはよくあることさ。野垂れ死にはしないだろうし、放置が一番。それよりもアングリフには頼みたいことがあってさ」

「あー、はいはい。どうせまた面倒ごとだろ?」

 オリバーと誰かのことについて話していた男は、その言葉を機にして、俺とエリアに向き直る。

 彼に話し掛ける言葉を考えあぐねていたところで、男の鋭い視線だ。何も言えずに固まってしまった俺に、男は気軽にばしばしと肩を叩いて挨拶した。

「よう、少年。久しぶりだな」

「――あ、ああ。久しぶりだ、おっさん」

 まるで獅子のような印象を与える彼は、騎士団師範長という肩書きを背負い、そして、俺に魔族との戦い方を教えた師匠、アングリフだ。言葉通り本当に久しぶりである。年月で表せば、かれこれ四年以上になるだろう。眼前に立つ師匠は記憶と少しも変わらない姿で、いや、少し髪が薄くなっていたりと四年の時を確かに感じさせ、感慨深い。

 彼と初めて出会ったのは、八年前のことである。俺の故郷が魔族に滅ぼされ、下手すれば俺も命を落としそうだった時、俺とイザラを救ったのがアングリフだった。そして、魔族に対する憎悪のままに、当時は騎士団師範長だった彼に、俺は剣の教えを乞うたのだ。

 しなければならない積もる話はある。俺がこの四年間で何を成し遂げ、そして、何を知ったのか。だが、そんな話をしに来たのではない。

「おっさん、色々と話したいことはあるが、これだけ聞かせてくれ。どうしておっさんがここにいる?」

「おいおい少年、俺がここにいちゃ悪いか? そもそもコズネスは俺の城だぞ?」

「……オレノシロ?」

 よくわからない単語に俺が頭を傾げると、オリバーが隣から補足する。

「アングリフは騎士団コズネス支部を僕から任されている立場なんだ」

 彼の簡単な説明に、アングリフは我が意得たりと頷いた。

「そうそう、俺はいわゆる支部長ってやつだな。だから、俺がここにいるのは当然だし、この執務室も本来は俺が使う場所だ。もっとも今は俺より高位の主がいるから、立場を一時返上しているがな。……それに言っておくが、少年をこの広い街から探し出したのも俺だぞ、感謝しろよ」

 なるほど。

 感謝できるはずがなかった。

 少しもこれっぽっちも感謝できる要因なんてどこにもない。

 商人ベゼルに呼び出され、騎士団総長オリバーに呼び出され、俺とエリアの平穏な毎日が脅かされた元凶は、アングリフのせいだったわけだ。恨んでやる。いや、考えようによっては大商人との関係を持てたし、今回の件で協力してもらえる糸口になったのだから、感謝をするべきか。わからない。間を取って、評価なしということで。

 俺が悶々とアングリフの扱いを心中で考えていると、彼はオリバーとの会話に戻る。

「それで、主が俺に頼みたいことって?」

「手短に話そう。二週間後、この街に地霊族の大軍が攻めてくるから、僕たちは対策を練らなければならない。けれど、僕たちは彼らについての情報をよく知らない。ずっとこの街にいる君に地霊族のことを教えて欲しいんだ」

「……その前に質問させてくれ。それは事実なのか?」

「現状だとわからない。ただし、今は事実として考えてくれ」

「俺には信じられないな。地霊族の族長とは長い付き合いだ。あいつはこの街に攻め入るやつじゃない――が、まあいい。とりあえず、話してやるよ」

 アングリフは一同を見渡す。

 テーブルを隔てて、片側には俺とエリアが、もう片側にはオリバーとアガサが座っている。ソファーにアングリフが座る場所はない。諦めたのか、背負っていた大剣を壁に立て掛けると、そのままに話す。

「地霊族は魔族のくせに魔法が使えない珍しい種族だ。その代わり、身体能力がうんと高くて、戦いが大好きな集団だ。しかし、あいつらは俺ら人族を含めた他種族に寛容で、自ら戦いを起こしたりしないし、戦いがあっても相手を殺さない。変わった奴らだな」

「――少し待ってくれないかい?」

 自分から話をさせたくせに、横槍を入れたのはオリバーだった。

「君から上がっている報告だと、ここ数年で行われた騎士団と地霊族の戦闘回数はかなりのものだ。アルベルト騎士団は指針の通り、僕らから魔界に攻め入ることはない。けれども、地霊族も自ら戦いを起こさない。それなら、報告にあった戦闘履歴はどういうことだい?」

 その質問に、アングリフは都合が悪いのか視線を逸らした。が、主であるオリバーの頬杖ニコニコ笑みの圧に耐えられなくなったのか、恐る恐る答える。過去の俺が師匠であるアングリフに逆らえなかったように、彼も自身の主に逆らえないのだ。

「……あー、この際だからゲロっちまうか。報告に上がっていた戦闘は、確かにあったものだ。だが、実際は戦闘というよりも手合わせみたいなものさ。地霊族を纏めている族長、ファイドルって奴なんだが、そいつが凄く物分かりがいいやつでな。口約束だが不可侵条約を結ぶぐらい、仲良くなったわけだわ」

「ふっ、不可侵条約ッ!?」

 オリバーが絶句する。

 俺も、エリアも驚きを隠せなかった。

 オリバーからすると自分の部下が自分の知らぬうちに敵と同盟を組んでいたわけだ。その驚きは殊更なものだろう。一同があんぐりとしている最中、アングリフは言葉を続ける。

「まあ最後まで聞けって。酒を飲み交わすほど仲良くなったわけだが、世間体的にそれは不都合なわけだ。騎士団は整世教会に示しが付かないし、あいつらは他の種族との関係があるみたいでよ。そこで、俺たちは戦闘という名のお遊びで、手合わせをしているわけだ。というより、俺たちは手合わせをしてもらっている側だな。ファイドルって奴は地霊族でありながら魔王の加護を持っているらしく、部下を連れて束になって掛かっても勝てないほど強え。だから、いつも手加減してもらってる」

「魔王の加護かい?」

「うぬ。妾の記憶が確かであるならば、ファイドルは七代目千眼の魔王ハイセインから加護を授かっていたはずじゃ。十中八九で戦闘に特化した加護じゃろうな」

「――ところでよ。さっきから気になってたんだが、結局その少女は少年とどんな関係なんだ?」

 説明を挟んだエリアに、アングリフが目を向ける。

 どこか含みのある視線に俺が宵闇の剣を抜きかけると、オリバーが手で制した。

「じゃあ、僕が紹介しよう。彼女は十二代目霹靂の魔王エリア嬢、先代クラディオ殿の娘らしい」

「へえ、こいつがあの娘な。……話を戻そう。それで、あいつらは他種族と争うのを好まない。それはお遊びの戦闘で今まで誰も死傷者が出ていないことからもわかる。心が優しいってよりも、誰にも傷付けないと心に誓っているみたいなものだ。だからこそ、そんな奴らが攻めてくるなんて、とてもじゃないが俺は信じられないってわけだ」

「なるほどね。じゃあ、とりあえずここまでの話を纏めようか」

 今回、相手になるのは地霊族が約二千。彼らは身体能力が高い反面、魔法を苦手とする種族のため、彼らからの遠距離攻撃の類は心配しなくてもよい。そのため、コズネスの城壁へまで近付かさせなければ、一方的に攻撃を与えることができる。

 加えて、コズネスは魔族の侵攻に備えて建造された城郭都市。その堅牢な城壁を突破することはまずないだろうし、突破されてもコズネスが陥落することはないだろう。こちら側の戦力はコズネス常備軍が二千、騎士団が千、冒険者が二千。数の差は圧倒的なのだ。

 そして、手紙に書かれていた唯一の懸念であった炎龍イグニスドラゴン、クルーガが使役していた幼体は既に人界から姿を消しているらしいため、戦場に現れることはないだろう。そのため、様々な観点から考えても、負ける要因は万が一にもない。

 問題は、侵攻を食い止めるのが目的ではなくて、平和的にこの争いを収めることだ。最上は無血で終えることだが、とりあえず地霊族とコズネスの間で和約を結ぶのが最終的な目標だ。

「しかし、それは今の状況だと難しい。彼らの目的、つまり地霊族がなぜ急に攻めてきたのかわからないからね」

 師匠であるアングリフの言葉によると、地霊族はコズネスを襲うような奴らではないらしい。彼らのことは深く知らないが、口約束であろうとも不可侵条約を反故なんてしないだろう。ならば、何か看過できない問題があったはずだ。

 問題とは何か。

 それは既にわかっている。クルーガ宛に届いた謎の手紙。そこには地霊族を扇動した、と書かれていた。扇動とはいったい。ただ先導されただけで、それまで争いのなかった相手に大軍を差し向けるだろうか。それとも、クルーガのように『呪い』を掛けられているのではないか。呪いがどのようなものか未だに判明していないが、まさか地霊族全員に掛けれるほど万能だとは思えない。

 なら、彼らは何らかの目的を持って攻めてくるはずだ。

「その目的を探れば、和約も可能になるのは道理」

「古い諺でも、彼を知り己を知れば百戦殆からずって言うもんね。ただ、その目的を探る方法が……」

 オリバーの言葉が尻すぼみになったのは、彼が何かに思い至ったような表情でエリアに向いたからだ。

「――そもそも、地霊族さんたちは魔王がコズネスにいることを知っているのかな?」

「うぬ?」

「確かにそうだな。エリアがここにいるのを知っていたら、攻めてこないはずだ」

 エリアは十二代目霹靂の魔王、つまり魔界を収める王だ。話を聞くに、エリアは先代のように民から慕われていたのに加えて、地霊族の長とも面識があるらしい。

「そうだね。だから、地霊族は魔王がここにいることを知らない。ということは、彼らの目的がどうであっても、たちどころに事態を解決できる方法がある。簡単さ、エリア嬢が彼らに接触して退くように説得すればいいだけさ」

 なるほど、その案は納得できる。

 魔王エリアは伝え聞くだけでも広く慕われている魔王らしい。ならば、その一声だけで地霊族の群を退かせるのは可能だろう。

 しかし、予想外にエリアは困った顔をした。

「期待されておるところ申し訳ないのじゃが、半々の確率で妾が妾であると信じられぬであろう。確かに地霊族の族長であるファイドル殿と面識はあるが、それも六年ほど前に一度だけ顔を合わせた程度じゃ。これでも背丈も昔より随分と成長しておるし、それにかつての能力を失っている現状は、魔王である証明もできない」

「――ならエリア、魔王の証を見せればいいんじゃないか?」

 魔王の証。

 魔王であるために必要なもの。その実態は身体のどこかに現れるアザのようなものらしい。

 次の魔王を選ぶ条件は血統でも実力でもない。初代魔王の血を引く者の中で、その世代にただ一人だけ魔王の証を持つ者が生まれるという。彼らは加護とは異なる特殊な才能があり、将来に何らかの功績を残すことが多いと噂されている。

 そんな魔王の証が、エリアと彼女の執事であるクルーガの仲違い、いや正確には仲違いではないのだが、とにかく先日の事件の原因になった。まあそんなことはどうでもいい、大切なのはその証が同世代にたった一人しか現れない点だ。つまり、それを見せれば、魔王であることを証明できる。

 しかし――

「無理じゃの。クルーガの先例からもわかるように、似たアザを持つ者は他にもいるかもしれぬし、偽造も可能であるな。ゆえに、妾が妾であるという証明にはなり得ぬのじゃ。とにかく、魔王の立場を期待しても無駄じゃ」

「そこまで言うならそうなんだろうね。でも、彼らの目的を探る必要なのも事実。だから、エリア嬢には進軍中の彼らに接触してほしい。もちろん魔王として認められることが最も好ましいけれど、この際はどうでもいい。できるかな?」

「うぬ。問題ない」

「さて、それなら次の課題だ。彼らが何らかの目的でコズネスへ攻めてきたとして、その目的が事前の交渉で解消できない場合。どうやって彼らを退けるかだ」

「それについては妾から提案がある。単純なことじゃ。妾を魔王じゃと信じさせたうえで、魔王の命令として刃を退かせる」

 オリバーが怪訝な目をした。それもそうだ。エリアを魔王本人だと信じさせるのは何よりも難しいと、つい先ほどエリア自身で発言したのだから。

 部屋に流れ始めた微妙な雰囲気を払拭するように、エリアは頷いた。

「怪訝に思うのも尤もじゃ。であるが、妾の提案は別の方法である。妾が妾である証明をするならば、魔王である妾にしかできぬ芸当を見せればいい。例えば、八重魔法(オクタプルクラフト)による大規模な魔法とかの」

「……いや、無理だろ。確かエリアは魔力を身体能力に変換していた代償で、大規模な魔法が使えなくなっていたんじゃなかったか?」

「うぬ、その通りである。じゃが、当てはある。……我が騎士であったクルーガが開発した創造魔法オリジナルクラフトの魔石移植魔法、あれを応用すれば他人から他人へ魔力を移動させることができる。時にアガサよ。そなたは魔力無限回復とかいう加護を得ているそうじゃな?」

 話題の渦中となったアガサは、俺をじろりと睨んだ。生命線となる加護の内容を勝手にエリアへ伝えたのは悪かった。俺が負い目にたじろぐと、アガサは一睨みだけで肯定した。

「そう、わたしの加護はわたしに無限の魔力を与えるもの。だから、どれだけ大規模な魔法を構築しても尽きることはない。……でも、わたしからエリアに魔力を譲渡できるとは思えない。魔力運用一般概論によれば、魔力を他人に移動させるのは不可能だというけれど。もし可能なら、わたしは協力する」

「可能じゃ。魔力は体内に吸収された時点で使用者の固定が行われるため、その権限を術式で消去すれば、未吸収時と等しい魔力を抽出することができる。詳しいことは後ほど話し合うとして、その術式とこれもクルーガが残した空中投影式魔法陣、そして妾の八重魔法(オクタプルクラフト)を組み合わせれば、妾の声を戦場全体に届ける超規模魔法の完成であるの。……であるが、これはアガサの魔力に合わせて魔法を再構築する必要があるゆえ、ほとんどの作業をアガサに任せることとなる。たぶん、大変じゃ。物凄く大変じゃ。それでもいいかや?」

「だいじょうぶ。逆説的にわたしから教えを乞いたいぐらい。なぜならそれは未発見の原理だから。もし実現すれば魔力運用界の進展になるだけでなく、魔力枯渇症で苦しんでいる者たちも救うことができる」

「ならば、共に目指そうぞ!」

 エリアが差し出した掌を、アガサの小さな手がしっかりと掴む。

 なにこれ。

 魔法について疎い俺にとっては、二人が話す内容のほとんどが理解できなかった。魔力運用一般概論、なにそれ。空中投影式魔法陣、なにそれ。魔力枯渇症、なにそれ。知らない知識と単語が多すぎる。

 まさか二人の会話を理解できなかったのは俺だけなのか、と思って見渡すと、オリバーはやれやれと首を振っていて、アングリフは死んだ目で現実逃避していた。よかった、俺だけではなかった。

 それもそうか。エリアとアガサはそれぞれ魔界と人界で魔法に最も精通した二人だ。そんな彼女らが専門的な話をし始めると、誰も理解ができなくなるのは当然のことだった。

 それからオリバーが話を仕切り直すまで、理解の範疇にない遥かに高度な会話が暫く続いたのだった。


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