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リメイク中作品 ver5  作者: 沿海
2章 汝は何を望み、誰が為に戦う
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30 霹靂の魔王と最恐の魔術師5037

 観客席に戻った俺を出迎えたのは、なにもエリアだけではなかった。

 エリアと楽しそうに談笑していたのは、一人の少女だった。空と雲が混ざったような色の短髪と、眠たげに見える無表情が特徴的で、その身の丈には似合わないぶかぶかローブを纏っている。

 巷で最恐の魔術師と呼ばれる少女、アガサ。あどけないその様子とは裏腹に、五重魔法クインタプルクラフトを使いこなし、俺と四年間共に旅した仲間の一人だ。

 しかし、なぜこんなところに。

 いや、なにもアルベルト騎士団にいることがおかしいのではない。オリバーの言葉からアガサがここにいるのは始めからわかっていたことだ。だが、アガサの行動が読めなかった。

 アガサは俺と同じように多くの魔族を虐殺してきた。だから、彼女が連れ去られたエリアの居場所を教えてくれた時、本当に俺は驚いたものだ。しかし、だからといってアガサが俺たちの仲間になり、もう誰も殺さないのかと問われれば違うと思う。アガサの行動はいつだって気紛れで、あの時に手を貸したのだってただの気紛れなのかもしれない。いつ敵に戻るのかわからない、それがアガサという存在なのだ。

 だが、そんな警戒も杞憂に終わる。

 最恐の魔術師アガサは、霹靂の魔王エリアと楽しそうに談笑していた。相変わらず顔は無表情だが。

 その少し予想外だった光景に俺が呆然としていると、俺が何か言うよりも早くこちらに気付いたアガサが、気軽に右手を上げた。

「や、ひさしぶりエイジ。げんきだった? わたしはげんき、げんきいっぱい」

 いつも通りのつかみどころがない口調だ。無視するわけにもいかず、答える。

「……ああ、お陰様で元気だよ。で、なぜお前がここにいる?」

「わたしがいると不都合?」

 アガサはこてんと頭を傾げる。その仕草に懸念していた敵意は見当たらない。

「不都合なわけではない。ただ、質問しているだけだ」

「んー、二人の様子を見にきた。思ったより元気そうで、良かった」

「なら、なぜ一週間も接触してこなかった? いつもの気紛れか?」

 アガサが敵になるかもしれなかったから、エリアと会わせたくなかったのは本当だ。とはいえ、彼女がエリアの救出に貢献したのも事実だ。ゆえにお礼をずっと伝えたかったわけだが、なんの接触もなくアガサは一週間近く音信不通だったのである。

 アガサはいつもそうだ。気紛れで行動するから行動が読めない。何の置手紙もなく行方をくらますのは、旅の最中でもままあることだった。今回も例に漏れず、アガサの気紛れだろう。

 しかし、そんな批判がましい俺の目線に耐えかねたのか、アガサは否定した。

「違う。わたし一週間も意識がなかった」

「……意識がなかった? 大丈夫なのか?」

「だいじょうぶ、人界まで走り戻ってくる時に使った魔法の反動。ぐっすりすやすや寝てた。それで、わたしはそこにるアルベルト騎士団の総長に匿われてた? 保護されていた? とにかく、意識がない間お世話になってた。意識が戻ったのは昨日。ずっと寝たままだったから仕方なし」

 なるほど。ならば、説明は付くのか。

 俺たちの会話を邪魔しないためか黙っているオリバーも、うんうんと頷いているし嘘ではないのだろう。

「じゃあ、改めて礼を。俺を追って人界までわざわざ来てくれたのもそうだし、あのとき俺に助力してくれて。本当に助かった」

 俺が礼を述べると、アガサはぱちくりと目を瞬かせた。

「意外。エリアがお礼してくれたのはわかるけど、前のエイジなら感謝を言葉で伝えるなんてしなかったのに」

「悪かったな似合わない真似して。俺もこの二週間で成長したんだよ。――それで、お前ら二人って面識あったか?」

 照れ隠しで話題と共に視線を逸らせば、エリアの瞳と合う。

 二人は観客席最前列に姉妹の如く並んで座っていた。片や霹靂の魔王で、片や最恐の魔術師。エリアは王である故にか外交的な性格で、アガサは知らない人に対しては基本無口だ。

 年齢は同じ二人であるが、印象の違いに加えて本来の敵対関係を考えると、俺とオリバーの短い試合中にここまで打ち解けるのは想像外だった。

 俺の質問にはエリアが答えた。

「ほれ、妾がそなたを教会で説得する時に邪魔が入らぬよう、アガサを無力化していたことがあったじゃろ?」

「そう、わたしたちは縛った縛られたの複雑な関係。出会って数秒で完封された、無念」

「霹靂の魔王として妾は勝たねばならぬからの。妾が開発に何年も費やしたあの鎖を自力で解くなんて、アガサも凄いではないか。まあ、今の妾は魔王の責務から離れておるゆえ、次は勝てぬじゃろうがな」

「それが不満。霹靂の魔王と再戦したかったのに、エリア、弱くなってた。不完全燃焼、勝ち逃げは許さない」

「ほう? あのまま再戦しておったとしても、妾の連勝になるのは自明じゃろうて。魔力変換により弱った妾ぐらいが丁度いいハンデにならぬか?」

 なにおう、とアガサは目を細めた。たぶん、無表情なりに睨んでいるつもりなのだろう。それに対してエリアは堂々と不敵に笑う。並んで座るから拳一個分しかない距離間で、びりびりと交差した視線から火花が散っている。それは流石に比喩だが、雰囲気が悪くなるのは俺も好まない。

 俺はそんな空気を払拭するように言葉を挟んだ。

「……まあまあ、落ち着いて。少し気になる情報もあるが、仲を深めてくれるならそれでいい」

 両者を宥めるとすぐに険吞なさまは霧散して、エリアとアガサは揃って互いの顔を見て笑った。敵、というのは言葉の綾で、実際はライバル程度なのだ。二人とも魔法が好きなのは変わらないし、心配することはない。

「それで、俺が戻ってきた瞬間はどんな話をしていたんだ?」

「ん、エリアにあの束縛魔法を教えてもらってた」

「束縛魔法? ……ああ、あれか」

 思い出したのは、炎龍イグニスドラゴンとの戦闘していた時だ。逃げようとする炎龍イグニスドラゴンの足に絡み付いて動きを封じたのは、鎖のようなエリアの束縛魔法。確か、連れ去られたエリアをクルーガが縛っていたのも同じ魔法だったはずだ。

「だが、あれはエリアの創造魔法オリジナルクラフトだろ? 何年も掛けて造った魔法をそんな簡単に教えていいものなのか?」

 俺の懸念は当然だろう。新たな魔法、創造魔法オリジナルクラフトを造るのに必要な時間と労力は並大抵のことではない。ゆえに、普通は秘匿されるものだ。しかし、エリアは屈託なく頷いた。

「心配あらぬ。アガサは妾たちの敵にならぬじゃろし、弱くなった妾にはもうこの創造魔法オリジナルクラフトを満足に扱えぬ。それに、一度アガサは妾の魔法を解読分解しておるゆえ、少し時間あれば同じ魔法を再現できていたであろうからの」

「そうか、お前がいいならそれでいい」

 魔法のことになると職人気質な二人のことだ。俺にはわからない理屈がそこにあるのだろう。

 それにしても、アガサとエリアが並び座っていると考えると、少し感慨深い。それぞれ人界と魔界で最も魔法に精通しており、最高戦力の一角なのだ。二人が協力すればどんな敵でも木端微塵。むしろ、誇張でもなんでもなく、世界征服でもできそうな過剰戦力だ。

 つまり、アガサを世界平和という夢に引き込めたら、ぐっと実現が近付く。……のだが、そんな簡単でもない。アガサは気紛れに行動を決めるし、アルベルト騎士団所属の俺とは違って、整世教会に所属している。単純な交渉だとまず無理だろう。どうすれば仲間に引き込めるだろうか。

 そんなことを考えていたからか。俺の顔を覗き込むアガサに気付かなかった。

「エイジ」

「ん?」

「久しぶりの勝負しよ」

 俺の名前を呼んだアガサは、最も意外な言葉を発した。

 ただ、アガサが俺を勝負に誘うのは珍しいことではなかった。

「……そこで?」

「そこで」

 アガサは頷くと俺の承諾もないままに、ひょいっと落下防止用の柵を乗り越え、闘技場の舞台に降り立つ。俺は戦うつもりなんてなかったのだが、アガサには恩がある。仕方ない。

「じゃあ、俺も行ってくる」

「うぬ、戦うからには勝利せよ」

「……善処するよ」

 あやふやな返答を残して、観客席から舞台の地へ降りる。

 俺とアガサは今まで旅の合間に何度も戦ったことがある。しかし、俺はアガサに一度として勝てたことがない。それは俺が弱いアガサが強い、というよりも、相性的な問題だ。

 そもそも剣士は相手の懐まで近付かなければ攻撃を与えることができないのに対し、魔術師は遠距離攻撃ができる。加えて、相手から近付いてくれるなら、空気抵抗や落下地点などの計算をしなくていい。だから、一般的には剣士と魔術師が一騎打ちすれば、大体の場合は魔術師が有利になる。

 その反面、剣士が有利な点もある。魔術師は魔法の行使に魔力が必要になり、それぞれの最大魔力量という絶対的な限界があるのだ。もちろん剣士も体力の限界には抗えないが、魔術師のそれは限界を越えると一切の行動ができなくなるという点では違う。ゆえに、戦闘が長引くと魔力の残量を気にしなければいけなくなる魔術師が不利になるのである。

 とはいえ、アガサには限界がない。

 俺は対面するアガサに、少し卑怯だが、エリアには聞こえないよう小さな声で話し掛けた。

「なあ、アガサ。俺は一度もお前に勝ったことがない。だから、少しハンデをくれないか? エリアにも勝利しろって言われてるし」

「……ハンデ?」

 アガサが少しむっとした気がした。他の人なら見分けられないほど微かに無表情が崩れた。

「そう、ハンデ。俺は一度もアガサに勝ててない。本来ならば戦いが長引けば長引くほど魔術師よりも剣士が有利になるはずだ。お前の最大魔力量は四百ぐらいだったな? それだと全力で戦えば三十分ほどで戦えなくなる。なのに、お前は戦い続けることができる。どういう理屈だ?」

 なんとしてでも勝ちたかった俺は、過去に幾度となくアガサとの戦闘を長引かせる作戦もしてきた。しかし、なぜか普通の魔術師にはある限界がアガサにはなく、ありえない持久力を見せたのだ。何かがおかしい。魔力が無くなれば動けなくなるのは、魔術師にとって不変の事実であるはずなのに。

 その違和感が確信に変わったのは、アガサが俺を追って人界まで走ってきたと聞いたからだ。一週間であの距離を踏破するなら、飲まず食わず休憩せず五重魔法クインタプルクラフトで走り続けなければいけないだろう。つまり、魔力が回復する暇なんてないのに、魔力が尽きなかったのである。明らかにありえない現象だ。

 しかし、俺はそのありえない現象を可能にする正体に予想が付いている。

 加護。

 女神から授かる特別な能力。俺の場合は圧倒的な身体能力と特殊な剣技。アガサの場合は状況から考えると無限魔力といったところか。

 その予想はアガサの頷きで肯定される。

「そう。これは女神に与えられた加護。ちょうどいいから説明する。わたしの加護は魔力無限回復。魔力が一定量より低下した場合、強制的に回復させる加護。それがあるから、わたしに限界はない。限界がないから戦闘が長引いても構わない。だから、エイジ。わたしに勝ちたかったら短期決戦がおすすめ」

「……なるほどな、ありがとよ。にしても、丁寧に教えてくれるものだな」

「ん。エイジにはわたしを倒せるようになってほしかったから。いつかする戦いの予習。――じゃ、始めよ。手加減はしない」

「望むところだ」

 その言葉を契機に、試合開始に相応しい距離を取る。

 俺から十五メルほど離れたアガサが、ぱんっと手を叩く。瞬間、彼女の周囲が歪んだ。空気中の魔力の乱れている。魔法発動の予兆だ。その脳内では攻撃魔法が高速で練られていることだろう。

 対面する俺は加速魔法と増強魔法を無詠唱で構築すると同時に、宵闇の剣を左腰から引き抜いた。

 アガサの身体全体から、鋭く研ぎ澄まされた気配が圧力の波となり襲い掛かってくる。

 ――殺気。

 相変わらずの無表情なのに、その眼光は凍てついた氷よりも冷たく、やはり最恐の魔術師の異名が相応しいく思える。一歩でも踏み出せば、そこはアガサの間合い。すぐにでも攻撃魔法が殺到することだろう。

 だが、俺は右手に剣を携えて、前へと地を踏み込んだ。


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