23 魔術師との邂逅3669
「エリアは帰っているか!」
俺は扉を蹴り飛ばすように開けるや否や、イザラに聞いた。
ここまで俺を急かす要因は、ひとえにあの草原で小龍を見たことだった。
本来、炎龍も小龍も同じ龍種なのだが、互いの生態が異なるため、揃うことなんてないはずだ。小龍は最弱の龍種と呼ばれ、自身もそれを自覚しているのか、他の龍種を見ると逃げ出すという器が小さい性格なのである。対して、炎龍は長寿であるゆえに秋から冬眠を始めるという特性があるわけで、こんな時期に現れるはずがない。それなのにも関わらず、あの場所で両者を見た原因はあれしか考えられない。
魔物使いだ。
あの炎龍はクルーガが使役していた、そう考えれば腑に落ちる。
俺に魔物の個体を見分けることなんてできないが、たぶんだが、あの草原で見た小龍はクルーガが移動手段に使っていた小龍と同じ個体だろう。ならば、その隣にいた炎龍もクルーガが使役していた個体だと考えるのは当然だ。普通ならば、上位の魔物を使役するなんて想像できないが、この際、事実はどうだっていい。
問題は、炎龍をコズネスへ差し向けたクルーガの目的だ。手段が過激すぎることから、どう考えても友好的な目的ではないだろう。そう考える一方で、きな臭さもどこか感じる。出会って数日の間柄だが、クルーガはそこまで過激なことをするようには思えなかった。普段からエリアを敬愛し、俺にも礼儀正しい言動で接してくれた。裏があるようには思えなかった。何かがおかしい。
だが、どちらにせよ、黒幕候補に最も近いのはクルーガである。危険かもしれない彼の元に、俺はエリアをたった一人で帰らしてしまったのだ。
流石に何もないことを信じているが、もしかしたらエリアの身に危険が迫っているかもしれない。
そんな懸念が当たるかのように、イザラは首を振った。
「一度は帰って来たが、その後、クルーガさんと散歩に出かけたみたいだぞ」
「やっぱり……なあ、どこまで行ったのか聞いてるか?」
「いいや。エイジ、どうしたんだ?」
イザラが質問してくるが、俺は何も言えなかった。
焦燥感が膨れ上がる。
エリアをいったいどうするつもりなのか。
俺はすぐさま工房を飛び出した。だが、頭の片隅に嫌な思考が取り憑く。
――今から探しても、見つかるわけないのに。
コズネスは人界でも最大級に広い街だ。それも、路地は網目のようで、その中から探し出すなんてほとんど不可能――
「うるさい!」
邪念を払うように、叫びながら走る。無暗に路地を走る。どこへ行ったかもわからないまま、無暗に走る。よくわからない使命感に背を押され、走った。
もしかしたら、そこの曲がり角の先にいるかもしれない、という希望は何千回と裏切られ、それでも探し回る。
そんな時だった。
「っ!」
何者かが屋根から路地へ降り立ち、まるで待ち伏せをしていたかのように、俺の行く先を塞いだ。暗闇に溶け込んで、その顔は見えない。
誰だ、と尋ねながら、俺はおぼろげな人影に向けて剣を抜いた。こんなところで時間を浪費させる余裕はない。邪魔をしてくるなら、一般人でも速攻で切り捨てる覚悟があった。
すると、その人物は街灯の下へと歩み出た。途端、露わになるその出で立ち。
小柄な少女。珍しい青みがかった白髪に、魔術師のローブを深く被り込んでいる。その表情は抜け落ちていて、瞳も虚ろに俺の姿を映している。こんな姿をしている人物を、俺はあいつしか知らなかった。
けれども、俺はそれが現実的だとは思えなかった。なぜなら彼女は僻地も僻地、魔界の最奥にいるはずだから。
僅か一週間程度で、彼女がここまで移動する手段は思い付かない。転移魔法を封じた遺物なんて持っているはずがない。
例え俺の仲間だろうと、俺は剣を構えたまま尋ねた。
「……どうしてここにいるんだ、アガサ」
最凶の魔術師アガサ。彼女はそんな二つ名と裏腹に、可愛らしく首をかしげた。
「んーんー、それはわたしのセリフ。どうして……ここにいるの、勇者」
答えられなかった。
魔王である少女と共に魔界へ来たなんて。
魔族を殺すことに躊躇しないアガサへ本当のことを言えば、即日、エリアを血祭りに上げるだろう。八重魔法を扱うエリアならアガサに勝てただろうが、今の彼女は三重魔法が限界だ。どうやっても勝てないと思う。だが、もしそんなことになるなら、かつての仲間だとしても俺は厭わない。
しかし残念ながら、剣士である俺は魔術師であるアガサに酷く相性が悪い。戦えば、勝てるかどうかもわからない。
俺は黙り込み、剣の柄をぎゅっと握った。
そんな俺を一瞥したアガサは、小さく頷いた。
「だいじょうぶ、あんしんして」
「は?」
「エイジたちの状況は把握している。だから、わたしは魔王エリアを襲ったりしない。ほんとう、ぜったい。わたし、うそつかないよ」
「……」
「けれど、今のわたしは協力できない。代わりに、魔王とその従者の位置を教える。……ここから西南西約千三百メル付近にある洞窟で、位置情報は変わっていないみたい。近くまで行けば、わたしの魔力が薄く張られてるから、目印にすればいい」
なんでそんな親切なんだよ。俺はお前らを裏切ったのも当然なのに。そう問いただそうと思ったが、やめた。最恐の魔術師アガサは、昔から意味わからないことを突拍子もなくする節があった。今回も深く考えていないのだろう。
「助かる」
「ん……というわけで、手を出して」
どんなわけだよと思いながら、俺が突き出した右手を、アガサの両手が包み込む。瞬間、身体が軽くなったような感覚。無詠唱による加速魔法と増強魔法だろう。
「あの従者、とても危険だから気を付けて。じゃあ、ぐっどらっく」
頷きを返すと、俺は駆け出した。いつものように風魔法を展開して、連なる屋根に飛び移ったのだった。
◆◆◆◆
最凶の魔術師であるアガサ。
彼女は一人、エイジの向かった方向を眺めていた。
いや、一人ではない。誰もいないように思われた闇の中で、無色透明の何かが蠢いている。その輪郭は少しずつ輪郭を成していくが、まるで触れてしまえば消えそうなほどに華奢な存在にも見える。無色透明なのに、そこへ存在していると感じられる何か。
それが、突如として言葉を発した。
――なぜ、奴に協力するのだ。
アガサはその言葉へ怯えるように、ぴくりと肩を跳ねさせた。が、すぐに表情の抜け落ちた顔を、それに向けた。
「彼は未来、彼女は希望」
その言葉に、無色透明の何かはゆらゆらと揺れる。
――あの少年は裏切り者だぞ。
怒りが混ざったその声色に、アガサは淡白な声で返す。
「この戦争を終らせようとしている、ただそれだけ」
アガサは、人ならざる者と対峙しているような感覚に襲われている。しかし、何度も経験してきた過去が、その肩を支えていた。
その様子を見て、影に潜む異物が妖艶に笑った、気がした。
――お主もまた裏切り者になるぞ。
「そうかもしれない。でも、わたしは未来を見たいだけ」
――お主を殺してやろうか。
広がる殺気。まるで、見えぬ手に心臓を握られるような感覚。事実、無色透明の何者かがアガサの胸に腕を突っ込んでいるのだ。すり抜けているように見えるが、それが少しでも力を入れれば、意識を喪失しそうな幻惑に陥る。
まるで概念を超えた苦痛へ歯向かうように、アガサは声を出した。
「私は貴女に造られた存在。だがら、殺すのは簡単だと思う。……でも、わたしが死んだら困るのは貴女の方」
――虚勢はよせ。我の発言は絶対であり、我の存在は頂点である。ゆえに我が――
「もうそれ以上は聞き飽きた。光素召喚――」
アガサは口頭詠唱で光素を生成し、闇を照らす。
直後、蠢いていた無色透明の何かは、崩れ落ちるように消え去った。
しんっ、と静まり返る路地裏。最初からそうだったかのように、そこにはアガサしか存在しない。
しかし、未だアガサは何者かに胸を圧迫されるような感覚が消えてなくならない。血管が張り裂けそうなほどに鼓動が高まり、壁に手を付かなければ立っていられない。
しかも、アガサは疲れていた。例え魔法で空腹や睡魔を退けていたとしても、一週間以上も休むことなく走り続けたのだから、疲労が限界に達しているのは当然である。
「ちょっと無茶しすぎた。きゅぅ……」
アガサはへなへなと路地に倒れこんだ。流石にこれ以上は移動できない。少しだけ眠ろう。ここは鍛冶の街コズネス。治安はいいから、路地で寝ていても襲われることはないだろう。そう思って、ついにアガサは眠りに就いた。




