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リメイク中作品 ver5  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う
10/99

10 略してイメチェン5264

 妙な盛り上がりを見せる冒険者たちと村へ戻ると、割れんばかりの拍手で迎えられた。

 市井の人々は避難が終えられていたらしく、残っていたのは村長やギルドマスター、そして冒険者の残りだけだったが、俺たちの凱旋は拍手の嵐だった。

 だが、増強魔法により強くなったニードルベアと死闘を繰り広げて疲れていた俺は、話し掛けられても適当に頷くだけで、早く宿屋に戻って休息を取りたかった。エリアが俺の歩行を助けてくれていなければ、血を失い過ぎて今すぐにでも倒れそうだった。

 体中が痛む。左手の傷は塞いだだけで放置だし、胴体の傷はエリアに補填魔法で埋めては貰っているが、女神の加護がある俺でも痛いものは痛い。身体中に針が突き刺さったのだから、仕方ない。内臓を貫通しなかったのは不幸中の幸いであった。とはいえ、確認するべきだろう。

「……なあ、エリア」

 俺は隣で歩く彼女に話し掛けた。

「うぬ?」

「魔王であるお前なら、傷を癒す魔法とか知ってるんじゃないか?」

「回復魔法などのことかの?」

「使えるのか?」

「そんなもの使えぬ、あれは古代の伝説じゃ」

「転移魔法みたいに遺物とか――」

「ない」

 やっぱりか、と俺は思った。

 遥か昔、それも五百年ほど前には回復魔法という優れた魔法があったらしい。

 あらゆる傷や病を瞬時に癒し、万全の状態にする魔法。

 しかし、いつだったかの転移魔法と同じく、そんな便利な魔法は古の大戦で人界から失われたと聞く。魔界にも同じような伝承が伝わっていたため、転移魔法の前例がある魔王なら知っているのではないかと考えたが、やはり無理みたいだ。

 今もエリアに掛けてもらっているのは、回復魔法ほどではないが、便利な補填魔法だ。水素で傷口を結合し、自然治癒を促す。これなら一週間ほど安静にしていれば、万全の状態まで戻るはずだ。普通の冒険者だと引退を考えるような傷でも、女神の加護により休息すれば治るようになっている。

 素振りも一週間は控えよう、そう俺は決意しながら、先ほどの戦闘を思い返す。

 あの上級魔物であるニードルベアは最初からそれなりに強かった。とはいえ、俺が苦戦するような敵ではなかったはずなのに、あそこまで苦戦を強いられたのは、魔王エリアの魔力により突然変異らしきことを促されたからだろう。エリアが森で魔力の形質変換を行った時、放出された魔力の残滓みたいなものがその場に留まっていた。ニードルベアはそれを吸収してしまったのかもしれない。そしてフロゥグディを目指していたのは、エリアの魔力に引き寄せられたのかもしれない。

 まあ、そんなことはどうでもいい。結果として勝てたのだから、深く考える必要はない。どうせ真相はわからないのだ。

 気になるのは、その魔力の残滓をエリア自身で吸収してしまえば、八重魔法(オクタプルクラフト)が可能なほど高い魔力量はそのままに、身体能力の向上ができたのではないのか。しかし、エリアがそうしなかったのは、そうできない理由があるからだろう。確か、エリアは最大魔力量が低下するとか何とか言っていたが、つまり、魔力をやはり吸収できなかったということである。都合のいい話はなかったのだ。

 そんなことをあれこれ考えていると、エリアがこちらを見て言った。

「それでエイジよ」

「ん?」

「宴には参加するのかや?」

「あ、ああ……どうしようか」

 悩ましいところだ。

 俺がニードルベアを討伐し、村の脅威がなくなったため、急遽フロゥグディでは村長主催で宴が開催されることになった。討伐者とすれば出席するのは当然だろうが、エリアが聞いてきたのは、俺が何度も目立ちたくないと発言していたからだ。

「まあ、参加するよ。主役の俺が出なかったら場がしらけるだろうし、どちらにせよ村長かギルマスに用事があるからな」

「用事……とは?」

「この村の次に向かうのは鍛冶の街、コズネスなんだろ? その道中は商人の護衛依頼を行おうと思ってな。誰か紹介してもらおうと考えているんだ」

「なるほどの」

 そんな話をしている内に、目的地へ着いた。午前中にも来た武具屋である。

 前回来た時は、店主に怪しまれる可能性がある、単純に手持ちの金がない、といった理由で俺は装備を買い替えなかったが、そうは言ってられなくなったのだ。今の装備は悲惨の一言に尽きる。チェストプレートは突進で木っ端微塵に砕け散り、他の金属部分もほとんどが原型をとどめていない。純白だった布地はずたずたに引き裂かれ、赤く染まっているのは俺の血である。

 とにかく、新しい装備をすぐに買い替えたかったのだ。安い物でもいい。

「すいません」

 俺がカウンターの奥へ呼びかけると、店主がのっそりと顔を見せた。

「……なんだ?」

「装備がぼろぼろになったので、新たな装備を見繕って欲しいんですが」

 そう言うと、大男のような店主は目を細め、俺をじっくりと見た。

「……小僧か。あの熊野郎と戦って、よく生き残ったな」

 店主は俺とニードルベアの戦闘を見ていたようだ。少し照れくさいながらも答える。

「運ですよ」

「そうか、小僧ほどの強者がぎりぎり勝てる相手だ。例えこの村の上級冒険者パーティーがいても、倒せなかっただろうな。……少し待っておれ、妥当なものを見繕ってやる」

 店主はまたもや、店の奥へ消えていく。

 予算を伝え忘れたなと思いながら、俺は店主の言葉に違和感を覚えていた。

 店主は「小僧ほどの強者がぎりぎり勝てる相手だ」と言った。俺は自分を強者だとは思っていないが、店主のそれは、どこかで俺が強者だと知っていたような話し方だ。俺の装備を見て? ポンチョ型のローブがあるから、装備なんて確認しようがない。そのローブも普通の武具屋で購入した普通の一品だ。なら、単純にあいつとの戦闘を見たから? それだと、あんな話し方はしないだろう。

 そこまで考えた時、ある可能性に思い至る。

 店主の発言は、以前の俺を知っているみたいな話し方だった。

 それならば、まさか――

「小僧、これならどうだ」

 いつの間にか戻ってきていた店主が、カウンターに一着のコートを載せる。

 色は光を飲み込むような漆黒で、裾はかなり長い。合わせられたチェストプレートも艶消しされた紫紺で、まるで俺が今まで着ていた純白装備の対極にあるコートみたいだ。これがあれば、これまでのようなローブがなくとも変装になりそうだ。

 まさか、店主はそこまで考えて――

 緊張感に満ちた空気の中、店主が言う。

「鞣した小火龍(ファイアドレイク)の皮を黒に染めて使っている。元が炎を吐く魔物だから、高温に強いし頑丈だ。……小僧にはぴったりの一着だな」

「――あの」

「代はいらん。百獣の牙は俺のお得意様だった。あいつらを助けたのはお前だ。だからお前がどこの誰だろうと、感謝はしている。――だが、ひとつ聞かせてくれ。小僧は何のために戦う。何のためにその剣を振る」

 俺は少し考えたが、すぐに答える。

 店主は俺が勇者だったことを知っているのだ。だから、本心のままに語る。そうしなければいけないような気がした。

「世界平和のため、ですかね」

 言葉を続ける。

「これまでの俺は人族の平和しか考えていなかった。でも、魔族にも普通の生活があって……とにかく、俺は世界平和のために戦いたい。この世から戦争をなくすために、俺は戦いたい」

 言い切ると、店主は目蓋を下し沈黙した。何か不快にさせることを言ってしまったか、と思ったが、店主は小さく首肯する。

「……そうか。それならばいい。これを持っていけ。なに、心配するな。俺もそろそろ歳で物覚えが悪くなった。明日にでもなれば、小僧のことなど忘れてしまうだろう」

「あ、ありがとうございます」

 心からのお礼は、ふんっ、と鼻を鳴らして応えられる。そしてそれ以上話すつもりはない、と店主は工房の奥に戻ると商品であろう片手剣を研ぎ始めた。俺はその背中にもう一度深く頭を下げてから、踵を返す。

 店を出ると、もう日は暮れ始めていて、代わりに月が昇りかけていた。決められた宴は一刻もすれば始まるはずだ。その前に宿に戻って、着替えなければいけない。

 宿までの道を二人で並び歩きながら、くすぶっていた疑問をエリアにぶつける。

「……ところで、エリアがあの時見せた魔法って何だったんだ?」

「何だった、とは何じゃ?」

「俺の後方からニードルベアを狙い撃ちにしていただろ? あれって、ほとんど不可能だろ?」

 魔法の詠唱には、四つの区分がある。まずは風素や熱素を召喚する、起句。次に魔法での行動を決定する、主句。威力や効果を高めるための、装句。最後に魔法を締めくくる、終句。

 すべての魔法の詠唱はこの四つに分解できる。そして、装句を長くすればするほど威力や精度は跳ね上がるが、詠唱時間は比例して莫大になる。だから、戦闘中には強い魔法を使う余裕がなく、装句の省かれた即席魔法を行使しがちだ。

 例えば、エリアが森で爆発を起こした時、俺が防御するために使った魔法の詠唱は『風素召喚(サモンエアリアルエレメント)障壁構築(コンストラクトウォール)全開放(フルバースト)』だ。この障壁魔法の詠唱は装句がないため効果は薄いが、その代わりに一瞬で行使できる。つまりは、詠唱時間と能力の折り合いなのだ。

 だからこそ、あの時にエリアがした援護射撃は不可解である。

 俺を避けてニードルベアだけに当たる精度に加え、鉄壁の如きニードルベアの隙を生み出すほどの火力。それを実現するには、尋常じゃない詠唱時間が必要だし、それほど長く詠唱していたら、その間に攻撃対象が移動してしまう。いったい、どうやってニードルベアだけを狙い撃ちするといった芸当が行われたのだろう。

 そんな俺の疑問を解消するように、エリアは声を出した。

「説明するのは簡単じゃ。口頭で起句と主句を詠唱した後、脳内で装句を分担して紡いだのだ。それゆえ、短時間で高い威力の魔法を行使できる。分担詠唱といって、習得は難しいがの」

 そこまで説明されれば、理解できる。

 いつだったか、仲間の魔術師からも同じ説明を受けた覚えがあったから。

「思えば、そなたの仲間にローブを被った魔術師がおったじゃろ? あやつにも分担詠唱はできるはずだの。あとは、予め狙い撃つ地点を決めておいてそこに対象が現れたら発動する、そんな技術があるわけよ」

「へえ、難しいな。……そういえば、エリアは彼女と会ったんだな。どうだった?」

「どうだったとは、何がじゃ。まあ、強いと思うぞ。不意打ちゆえにたやすく拘束できたが、普通に戦っていれば負けたかもしれぬ」

 俺は思ってもいなかった言葉に驚き、思わずエリアの顔を見る。

「なぜだ? あいつは強いが、最大魔力量は五百ぐらいと、お前には遠く及ばないぞ」

 目蓋の裏に、あの時に見たエリアの神速を想像する。俺でさえ剣尖すら当てられなかったことから、魔王エリアの強さがわかるだろう。対して、仲間の魔術師も強い。四年間も旅を共にしてきたのだから別格の強さがあるのは理解しているが、それでも魔王には及ばない。魔術師同士の戦いは見たことがないため判断できないけれど、エリアが劣るとは思えなかった。

「確かにそう考えるのも無理はないの。しかし、彼女は別種の能力を持っている……はずじゃ。接触したのは一瞬ゆえ、断定できぬが。まあいずれにせよ、今の妾では勝ち目などないがな」

 よくわからないが、そういうことらしい。よくわからないなりに納得していると、エリアがふと言った。

「のう、エイジよ。宿へ先に戻っていてくれないかの?」

「どうしてだ?」

「野暮用じゃ、二十分もあれば終わる。心配はいらぬからの」

「それなら、また後でな」

 エリアは小さく手を振ると、他の道へ歩いていく。

 考えてみると、彼女と出会ってから別行動になったのは、ニードルベアとの戦闘を除けば、これが初めてだ。出会った直後の俺はエリアを完全には信じられていなかったのに、いつの間にか気兼ねなく接するようになっている。旅を共にした仲間たちのように。

 それにしても、例の魔術師を含めた仲間たちは元気にしているだろうか。置手紙も残さずに失踪したわけだから、心配しているかもしれない。そもそも、彼らの目的は魔王討伐であって、その魔王がこちら側にいるのだから、俺と彼らが次に出会う時には、敵対関係になることもありうるということか。なかでも、あの魔術師は最も接しにくい相手なため、交渉もできなさそうだ。

 はあ、と俺は溜息した。これからのことを考えると面倒だ。どうせ、彼らとの間には遥かに長い大地が広がっているから、出会うのも遥か先のことだ。対処法を模索するのは先延ばしにして、とりあえず目下の宴に参加するのが先だ。

 俺は面倒な考えを断ち切るように、帰路を急いだ。


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