4話 イベント・リプレイ
さて、こうして僕は浦島太郎の物語に抗わないといけなくなったらしいのだけど、いったいどうすればいいのだろうか。
『ソレニシテモ、ヨモツヘグイガ、ヨクワカッタナ。アソコノメシヲ、タベテイタラ、イッショウ、コノセカイカラ、デラレナカッタトコロダ。』
「なんでそんな重要なことを前もって言ってくれないの!?」
『イヤ、ガイドガゼンブイッタラ、ツマンナイダロ?』
僕は全く面白くないけど。言わないといけないことくらい全部言って欲しいものだ。という事は、まだ言っていないことがきっとあるのだろう。つまりこの頭の中の声は、信用に足らない者ということだ。つまりは黄泉戸喫もあるかどうか分からない。うん、また思考しすぎだな。
とりあえず気を紛らわせるため、というか、最低限これはやったほうがいいと思うので、僕は亀を囲んでいる少年達の方へ駆け出した。
「何してるんだ!お前達!」
「何って……亀をいじめてるのさ。どんくさいからさ。」
「声がダンディだからさ。」
「そうか、じゃあ僕もやろう。」
僕は少年達と共に、亀の事を足蹴にして虐めてみた。亀は目を見開いて、慌てて喋り出した。
「おいおい、お前が入ってくるのは違うだろ?本当に死んじゃうぞ、私が。」
「うるせ、てめぇなんて、海の底で溺れちまえ!」
僕は亀を持ち上げ、海の方へ思い切りぶん投げた。三回程回転して、どぼんと言う音を立て、亀は海に落ちた。落としたの間違いである。
『こうして浦島太郎は、亀を助ける事すらせず、普通の釣り師として、生涯を過ごしたのであった。』
「!?……くぅ…うおおお……!」
なんだこれ、胸が苦しい。
少年達が亀を虐めている場面にまた戻ってきたのだけど、僕は亀を海に投げ捨てた後と今、それまでに至るこの一瞬の時間で、信じられないかもしれないが、一人の男の人生を経験したのである。
「うおお……美千代さん……治…!」
僕、もとい浦島太郎が結婚した女性と、出来た子供の名前である。浦島太郎が今二十代だとして、最低でも五十年は生きたのだ。それで積み上げてきたものが一瞬の内に無くなる感覚、どうにも形容しがたい喪失感だ。
砂浜に膝を崩して、呻きながら呟く僕に、亀を虐めていた少年達が歩いて寄って来た。
「おい、お前何してるんだ。」
「く…くそ……美千代ぉ…!」
「なんだこいつ……」
少年達は後ずさりして、そして駆けて去って行った。いつの間にか、亀もその場から消えていた。
『こうして浦島太郎は、一生を、ただ海に糸を垂らすだけで、孤独に過ごしたのでした。』
「あああああああああ!!!!!!」
これで合計百年程度過ごしたことになる。竜宮城で過ごした時は体感時間が三日だったので、実際には数百年経っているけれどこの合算には含めない。
詳細に記憶が残っているわけではないけれど、とてつもなく長い夢を見ていた感覚に近い。夢にしては割とちゃんと記憶を保っているが、まあ、こうして精神を保てているのも、全てが夢のように思えたからだろう。
「…何とか脱出しないとな…この世界から……」
あの二回の試行で分かった事と言えば、メインシナリオから大きく逸れた行いをすると、強制的にナレーションが流れてこの浜辺に戻される事くらい。予想の範疇を出ないが、そもそも亀を助けなかったら、それは浦島太郎の物語だとは言えないだろう。きっとイヤ太郎の物語になってしまう。なので、おそらくこの予想は間違いではない。
「何をしてるんだお前達!」
僕は亀を虐めている少年達の下へ駆け寄って、彼らを追い払った。きっとここまでは正解。僕は亀と少し会話して、その場を後にした。
『数日後、浦島太郎はいつも通り、釣りをしていました。』
「浦島太郎さん、お久しぶりです。先日は助けていただきありがとうございました。このことを姫様に報告したら、ぜひ直接会ってお礼を言いたいと。ですので、よろしければ、竜宮城へお連れします。」
浦島太郎の物語の舞台、竜宮城。そこへ行くのもきっと間違いではないだろう。
僕は承諾して、亀を海まで運んでから、その甲に跨った。
竜宮城に来てからの展開は、以前と同じだった。いや、乙姫にイヤ太郎なんていう意味不明な名前で呼ばれなくなったことは、少しだけど確かな変化なのかもしれない。いや、そんなわけないか。
「では、ゆっくりしていってください。」
僕は以前と同じく、出された飯に手を付けず、それを見かねた乙姫は去って行った。さあ、帰ろう。
『そうして、浦島太郎は三日程、竜宮城で過ごしました。』
「……あれ?」
いつの間にか、だった。過ぎ去っていた。時が。今回もまたぼんやり記憶が残っている。でもどうして、僕は帰らなかったんだ。
「…もしかして、負けイベント…?」
ゲームなどでよくある、進行上で絶対に負けることを強制されるイベントのことを言う。基本的にバトルで使われるこの用語だが、今回は絶対に三日間竜宮城で過ごさないといけない、抗う事が許されない、どう頑張ってもあがくことすらできなかったので、ぽろっとこの単語が出た。何かに負けたとすれば、それは多分、運命か何かだろう。
しかし、ここでその強制的なイベントが発生するのなら、ここまでの事は全て正しいという事になる。このままロールプレイングを続けたら、また戻されてしまうけれど、この後にきっと分岐点がある。
そう信じて、僕は乙姫から玉手箱を受け取り、亀の甲に乗って、竜宮城を後にした。
「………さて。」
浜辺に一人、玉手箱と向き合う。きっとこれを開けるかどうかが分岐点になるのだろう。最初は開けて、知られている通りの展開になった。ならば、取るべき選択は一つである。
「持ち帰るか。」
開けないで、と言われたのだから、開けない。至極当然な答えである。あの話の教訓は、約束を破ってはいけない、というものなのだから、その教訓に沿って動いたら、物語の結末が変わるだろう。そうすれば、この世界から出ることが出来る。
『こうして浦島太郎は、箱の中身が何だったんだろうと、一生考えながら過ごしてしまうのでした。』
「………はあ?」
浜辺。